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三章

103話 新しい人②

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 ひょんな縁から、私達の帝国にやってきた物書きのリーシア。
 盲目の彼女の手を引き、用意した一室へ案内する。

「ほ、ほんとうによろしいのですか? 私が……帝国に居て良いなんて……」

 彼女の動揺は当然だが、もちろんいいに決まっている。
 なぜなら、彼女が書いた小説はかつて私とシルウィオも良く読んだ事がある……出会った頃の思い出だ。
 それに、困っている人を帰すのも悪いしね。

「もちろんよ、リーシア。慣れない事が多いだろうけれど、使用人もいるから安心して」

「よ、よいのでしょうか……」

「ええ。私達の許しを得なければ……姉のエリーから、酷い扱いを受けるのでしょう?」

 酷い話だ。
 私達、もといグレインと因縁があったエリーが引き起こした不祥事。
 本来ならあの会で失態を犯した彼女がすべき謝罪を、リーシアに任せて、許しを得られなければ戻って来るな……など。
 
 まぁ、戻ってくるなと言うなら、私達の元に居てもらおう。

「で、ですが、無償でお世話になる訳には……」

「肩身が狭く感じるなら……良ければお仕事をしてみない?」

「し、仕事?」

 彼女は、見えてはいない瞳をパチパチと瞬かせる。
 その綺麗な蒼色の瞳に吸い込まれそうになりながら、私は彼女の手を取った。

「私にね、お話の書き方を教えてほしいの!」

「……え?」


   ◇◇◇


 私は皇后として生きてはいるが、政務は行っていない。
 それを望んで妃になったが……最近は時間を持て余していると言ってもいい。

 シルウィオの政務を手伝いたいが、「カティは自由にしていろ」と断られてしまう。
 だから、余暇を潰す方法を模索していたのだ。

「私ね、リーシアのようにお話を書きたいの。教えてくれない?」

「わ、私が……ですか?」

「ええ」

 彼女は驚いたのか、暫く呆然とした後。
 コクリと、頷いた。

「わかりました。このまま甘えて居候する訳にもいかないので、私に出来る事があれば協力させてください」

「やった!」

 リーシアは、諸外国にまで広まるような物語を書くのだ。
 その子に、物語の作り方を教えてもらえる機会なんて夢のようだ。

「それにしても、リーシアは目が見えないのに……どうやって文字を書いているの?」

「ま、まずは……見せた方が早いですね」

 早速、彼女は手探りで自分のトランクから紙とガラスペンを取り出す。
 目を引いたのは、ガラスペンだ。
 先が丸く、インクは付けずに彼女は紙へと押し当てる。

「私は、八歳までは目が見えており……文字の読み書きは習得しておりました。なので、文字は書けます」

「インクは、つけないのね」

「はい、見えないので……ガラスペンを押し当て、紙に凹みをつけ……そこに指を当てて書いた文字を確かめます」

 実践された方法は、よく手紙などで使われる隠し文字細工の手法に似ている。
 紙をペン先で凹ませ、炭などでこすって文字を写し出すのだ。 
  
「なるほど、文字の形が出るように……ガラスペンの先が丸いのね」

「はい。これで物語を書き……馴染みの商家の方に渡して、模写して本にしてもらってます」

 彼女なりの生き方だ。
 出来ないと嘆くのではなく、出来る事を見つけて生きている。
 その姿は、とても輝いて見えた。

「この事、貴方の姉……エリーは知らないの?」

「ええ、姉に言っても……貴族家の者が物書きなどしていれば、恥だからと止められてしまいます」

「なるほど……」

「だから、姉が社交界で居ない夜などに……商家の方々とやり取りをしておりました」

 確かに、エリーのような貴族一番という選民思想ならば。
 物書きという職に、偏見を持っていても仕方がない。
 そんな状況で、隠れて他国に知られるような物語を書けたのは……彼女の努力あってこそのはずだ。

「リーシア、これから……私にも、色々と教えてちょうだい」

「は、はい! でも、なぜ皇后様が物語なんて……一体どうして」

「シルウィオにね。書いてあげたいの。私達が出会った頃から、今までの物語を……きっと彼は喜んでくれるから」

「それは、素敵ですね。カーティア皇后様」

 ようやく、微笑んだリーシア。
 だが当然ながらまだ緊張は解けていない様子だ。
 まずは、彼女の緊張をほぐすところから始めよう。

「せっかくだから今日は……城を案内するわ」

「え?」

「暫くは皇城に住むんだもの。行きましょう」

 彼女の手を引き、私とリーシアは部屋を出た。


   ◇◇◇


「カーティア様。ここにいらしたのですね」

「グレイン……どうしたの?」

 部屋を出れば、護衛騎士であるグレインが居た。
 彼は私とリーシアを交互に見つめた後、跪く。

「シルウィオ陛下がお呼びです、余暇ができたので……茶会をしたいと」

「あら、リーシアを案内しようと思っていたのに」

 どうしようか。
 リーシアには、城で暫くは住んでもらうので案内は必要だ。
 困っていた時、グレインが口を開いた。

「あの。俺が彼女を案内します」

「グレイン? いいの?」

「ええ、通りにくい通路などもありますので……詳しい事は俺の方が良いかと」

「なら、任せてもいいかしら。いい? リーシア」

 彼女に尋ねれば、リーシアはコクリと頷いた。
 そして、グレインの声を聞いて視線を向ける。

「あ、あの。グレインさん……ですよね」

「ええ、俺の案内が嫌なら、女性を呼びますか?」

「い、いえ! その……姉が、ご迷惑をおかけしました」

 かつてグレインの心に傷を負わせた姉のエリーについて、代わりに謝罪をしたいのだろう。
 だが、リーシアが頭を下げようとすれば、グレインが止める。

「いいよ。エリーとの事は俺と彼女の問題だから。君は関係ない」
 
「……よい、のでしょうか」

「気にしないでいてくれた方が。俺も気楽だからさ」

 グレインは優し気に笑う。
 それが見えなくとも、彼の声色でリーシアは安堵して、ふわりと口に笑みを浮かべた。

 やはりグレインは、天性の優しさで緊張を和らげるのだろう。
 私もよく、彼の優しさに助けられた。

「で、では。案内するために手に触れてもいいですか? リーシアさん」

「は、はい。どうぞ。グレイン様」

「ただ、俺は女性がちょっと苦手で……手汗とか気持ち悪ければ、言ってください」

「私も手汗が出るので、お互い様で……」

 何処か初々しいやり取りで二人は城を歩き出す。
 盲目の彼女を、グレインは優しく手を引いて案内を始めた。

 その様子を、見守っていた時。
 庭園から、ものすごい勢いで走ってくる影が……グレインの頭の上へ飛び乗った。

「コケーー!!」

「うわ! コッコさん!」

「え!?」

 なんと、コッコちゃんがグレインの頭に飛び乗ったのだ。
 新参者への挨拶のように、コッコちゃんはリーシアを見つめ「コケコケ」と鳴く。
  
「こ、コッコさんとは誰ですか?」

「カーティア様のご家族の、ニワトリです」

「な、なんで……お城の中にニワトリが……」

「…………そういえば……なぜでしょうか」

 コッコちゃんを頭に乗せながら、グレインがそう返す。
 思い返せば、城の中にニワトリが居る事は異常だが、それを自然と思っていた。
 だからグレインも戸惑いの声を漏らしたが、その答えにリーシアはくつくつと笑い出した。
 
「ふ、ふふ。こ……コッコさんが、城になぜかいるんですね」

「はは。そうなんですよ、カーティア様のご家族として……」

「コケー! コッケ! コッケ!」

 コッコちゃんのおかげか、二人の間の緊張が一気に和らぎ。
 互いに屈託のない微笑みで会話を交わす。
 もしかして、これをコッコちゃんは……これを狙って。

「コケェ……コー」

 いや違う。
 コッコちゃんはグレインの頭の上で落ち着き、ウトウトとしていた。
 寝床にしているだけだ! 

 グレインは体幹がよく、コッコちゃんを落とさず歩くので眠れるのだろう。
 なんにせよ、明るく話し始める二人なら城の案内も大丈夫だ。 
 
 グッジョブ、コッコちゃん。
 心の中でそう呟き、リーシアの事はグレインに任せ。
 私はシルウィオとの茶会へ向かった。



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