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三章

102話 新しい人①

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 アイゼン帝国に帰還して、私は早速……あの子に会いに向かう。

「コケー! コケケ!!」

「ただいま、コッコちゃん!」

「コケケ! コケケ! コッケ―!」

 あぁ、久しぶりに再会したコッコちゃんが愛おしい。
 可愛くてたまらない。

 コッコちゃんも寂しかったのかもしれない、私に飛びついていっぱい鳴いている。
 寂しい思いをさせてごめんね……コッコちゃん……

「あぁ、そうだ。今日のコッコちゃんのご飯が少し遅れておりました」

 そんな声が聞こえて、ジェラルド様がコッコちゃんのご飯を器にいれた。
 その瞬間、目にも見えない速さでコッコちゃんは私から離れて餌へとがっついた。

「コケ! コケ!」 

「……え?」
 
 まさか、ご飯がほしくて鳴いていただけ?
 コッコちゃん…………

 振られたような気分で落ち込んでいれば、子供達の元へは犬のノワールがはしゃいで飛びついていた。
 あぁ、あの子達はあんなに懐かれているのに……

「ふふ、まぁ……帰ってきた感覚がするわね」

 私は椅子に座り、大きく身体を伸ばす。
 やはり、アイゼン帝国の庭園は落ち着くなと……改めて思うのだ。
 そんな時、ご飯を食べ終わったコッコちゃんが私の膝上に乗った。

「はは、やはりカーティア様の傍がいいのですね。コッコ殿はカーティア様が帰ってくるまで、誰にも寄りつきませんでしたよ」

「そうなのですね。ジェラルド様」

 コッコちゃんはお腹いっぱいになって、眠たそうにしている
 そっと撫でてあげれば、嬉しそうに身体を私に寄せた。

「ただいま、コッコちゃん」

「コケ」
 
 この子も、出さないだけで寂しかったのかもしれないな。
 以前と変わらず……シルウィオと同じで素直じゃないんだから。

「ふふ、会えて嬉しい? コッコちゃん」

「…………ケッ!」

 コッコちゃんの愛想の良さ? を堪能しつつ、私も久々の庭園でのゆっくりした時間を過ごす。
 庭園に作った畑の様子も見に行かないといけないな……

 どうしてか、旅行から帰ってきた時には日常のまったりが有難く感じる。
 旅行も楽しかったけれど……やっぱり一番は。

「おうちが一番だね~コッコちゃん」

「コー」

 久々に帰ってきたアイゼン帝国で、私はいつも通りにゆったりとした時間を過ごした。



   ◇◇◇



 レイル王国から帰還して数日が経ち、そういえばと思い出す。
 確か、当初はあのレイル王国にて、シルウィオと仲良くなるキッカケとなった物語の作者と会う予定だったはずだ。

 なのに、色々とあったせいで完全に忘れていた。
 最年少で物書きとして本を売り出したという天才と聞いており、会いたかったが……仕方ない。
 うん、切り替えて本でも読もう。
 
「カーティア様、今……少しよろしいでしょうか」

 コッコちゃんを膝上に乗せながら本を読んでいれば……グレインが声をかけてきた。
 少し神妙な表情だ……珍しい。

「どうしたの? グレイン」

「レイル王国から使者が来ており……カーティア様に非礼をお詫びしたいと……」

「却下しておいてちょうだい。今はこの物語の方が重要だわ」

「それが、盲目の女性なのです。以前の会場には居なかったので、少し気になって……」

 盲目の女性?
 確かに、そんな女性は以前の会場にはいなかった。
 女性は私や娘のリルレットを除けば、エリーぐらいだったはずだ。
 
「……確かに、気になるわね」

「ええ、良ければお会いになられますか?」

「そうね……一度、会ってみようかしら」
  

 本当に、気まぐれだった。
 今日は特にする事がなかったので、会ってみてもいいかな。
 そんな気まぐれのおかげで、私は良い出会いができる事を……まだ知らなかった。




   ◇◇◇



 私が会うと言う事で、シルウィオと共にその女性の元へ立った。

「お、お会いできて光栄です……シルウィオ皇帝陛下。カーティア皇后様」

 跪きながら、その女性は震えた。
 白髪の髪を後ろで結わえて、蒼色の瞳は開いているが、彼方を見て集点は合わない。
 盲目と聞いていた通りなのだろう。

「誰だ。貴様」

 当然、その女性を知らぬシルウィオが問いかけた。

「リーシアと申します。この度、ご迷惑をおかけしたエリーお姉様の命令で謝罪にまいりました」

「妹が謝る必要はない。帰れ」

「そ、それは……できません」

「は?」

 シルウィオの瞳が鋭くなる。
 だが、リーシアはそれに気付かずに震える声で言葉を続けた。

「エ、エリーお姉様が……許しを得るまで帰ってくるなと。死んでも許しを得ろと言われているのです」

「……」

「目の見えぬ私では、レイル王国では家も買えず……借りることもできません。お姉様に捨てられたなら、行き場を失います」

 盲目である事を嫌い、遠ざける商家はいる。
 悲しい事に……彼女は肉親からも、虐げられているのだろう。 

「な、なので……どうしても許しを得たいのです……」

「許すもなにも、俺はレイル王国の貴族の思想が気に喰わないだけだ。謝罪など意味がない」

「そ、それでも、私にはこれしかできません」

「帰れ、意味がない問答をする気はない」

「……はい」
 
 私達とて国の取り決めを個人の謝罪で変えられない。
 少し申し訳なく思いつつ、リーシアさんへと帰ってもらうように促す。

 彼女は小さく礼をして、手探りで置いていたトランクを持った。
 しかし……弾みでトランクから幾つかの紙束が落ちていく。

「あっ………」

「そこにいて、私が拾います」 

 流石に盲目の女性に紙を拾ってもらうのは申し訳なく思い、私は床に落ちた紙を拾い集める。
 だが、その紙に書かれた内容を見て……目を見開いた。

「どうした、カティ?」

「シルウィオ……これ」

 私が見せたのは、原稿用紙。
 物語が書かれたその内容は、私とシルウィオが最初に仲を深めた際に読んだ……あの冒険譚だったのだ。

「これ、貴方が書いたの?」

「え……は、はい。目が見えませんが、文字は書けますので……物語を原稿に書いて商家に卸しています」

 思い出した。
 あの作者の名前は……確かリーシアという女性だった。
 最年少で物書きとして本を売りしていたと聞いた事があった。
 それが、もしかして彼女?

 その事実を知った途端、私は彼女の手を握る。

「ねぇ、リーシアさん」

「は、はい」

「帰る場所がないから、エリーさんの元へ戻るしかないのですよね?」

「え……はい。そうです」

「なら、いっそのこと……アイゼン帝国に住まない?」

「え……?」

 私は即座にシルウィオに振り返れば、彼も原稿を持って珍しく嬉しそうに頷いていた。
 思えば……彼もあの本のファンだったはずだ。
 顔には出さないが、嬉しいのだろう。

「いいですか? シルウィオ」

「あぁ」

「そして……あの伯爵家は許さず……もっと徹底的にいきましょう。シルウィオ

「当然だ」

 意気投合した私とシルウィオ。
 そして困惑の表情を浮かべている……盲目の物書き––リーシア。




 彼女との出会いが、新たな物語を紡いでいく事になるとは……この時は思わなかった。
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