死んだ王妃は二度目の人生を楽しみます お飾りの王妃は必要ないのでしょう?

なか

文字の大きさ
上 下
84 / 111
三章

97話 心の傷①

しおりを挟む
「次の国が楽しみだね……シルウィオ」

「あぁ」

 帝国を離れ、各国を旅行している私達皇帝一家。

 いよいよ、最後の国となるのはレイル王国というアイゼン帝国の近隣にある国だ。
 目立つ観光地は無く、平穏でのどかな国。
 
 だが、私とシルウィオはその国へ向かうのが、旅行の一番の楽しみでもあった。
 なぜか?
 その国に、私とシルウィオが仲良くなったキッカケである、互いに大好きな物語を書いた作者がいる国だからだ。

 思い出すたびに懐かしさがこみ上げる。
 ……私がシルウィオへ、面白い事を教えると渡した物語。あれから私達は中を深めたのだ。


「ようやく会えるね、先生に」

「……カティが興味あるのなら、良かった」

 シルウィオは興味なさげだが、私は知っている。
 ちゃっかり、自分も本を購入している事を。

「お父様! 嬉しそうだね!」
「ほんとだー!」

 リルレットやテアも、シルウィオの様子を感じ取り声を上げる。
 どうやら子供達も、シルウィオの無表情の裏にある感情が分かってきたようだ。

「俺は……別に」

「おとーたま、うれいーね?」

「っ……」

 イヴァがハイハイしてシルウィオの膝上に座り、彼の頬をグニグニとする。
 そんなことが出来るのはイヴァだけで、シルウィオはほのかに笑ってイヴァの頭を撫でた。

「そうだな、お前たちの言う通り。少し楽しみだ」

「相変わらず、素直じゃないね、シルウィオ」

「俺は……カティと一緒ならどこでもいいからな」

 そんなやり取りをしつつ、道の途中で休憩をとる。
 御者をしてくれていたグレインにもお礼を伝え、昼食を食べる。

 その後、子供達は馬車の中でお昼寝をはじめ。
 大人組が次の国へ向かうために地図を広げていた時だった。

「……グレイン、今日は元気がないの?」

「え?」

 驚くグレインだけど、明らかに様子がおかしかった。
 いつもはニコニコとしているのに、今日はずっと落ち込んだ表情を浮かべていたのだ。
 心配しないはずがない。

「どうかしたの?」
 
「な、なんでもありませんよ。なにも……」
 
 そう言いつつも、彼は何かを隠して視線を逸らす。
 始めて見せるグレインの様子に驚きつつも、私は尋ねた。

「グレイン、私は何度も貴方に助けられてきたわ。だから……貴方が困っているなら、相談してね」

「……」

「なんでも言えばいい、俺が許そう」

 不意に、黙っていたシルウィオがグレインへ言葉をかける。
 彼も、グレインの様子を気にかけているのだろう。

「陛下…………心配させてすみません。すこし、過去の事を思い出したのです」

 観念したように、グレインはポツリと呟く。
 そして、抱え込んだ悩みを吐き出し始めた。

「今から向かうレイル王国に、会いたくない者がいるのです。といっても……相手は俺の事など覚えてもないでしょうけど」

 そう言って、グレインは過去を語り始めた。


「あれは、俺が正式な騎士となった十八歳の時の話です」



   ◇◇過去◇◇
 


 グレインside


「喜んでくれるかな……」
 
 手に髪飾りを持ち、思わず声が漏れる。
 店頭の商品を数十分も吟味する俺に、店主がため息を吐いた。

「お客さん。さっさと決めてくださいよ」

「そ、そうは言っても……相手は貴族令嬢で、それなりの品は選びたいんだ」
 
「お客様になら、何をあげても喜ばれますよ」

 俺––グレインは今から幼馴染であるエリーと十年ぶりに再会する。
 幼い頃はよく遊び、子供の頃の記憶の大半を共に過ごしていた女性だ。

 彼女は、伯爵家の令嬢で俺は平民だった。
 だからエリーの両親にとって、側に俺が居るのは疎ましかったのだろう。
 八歳になる前には、俺達は引き離された。

 しかし、互いに手紙は送り合う事は続けていた。
 俺はその頃には、家庭を養うため騎士見習いとして勤めていた。 
 厳しい訓練の日々だが、エリーの手紙が届くたびに一喜一憂して……いつか会えると信じていた。

「緊張してますね。お客さん」

「十年振りなんだ……緊張もするだろう……」

 手紙のやり取りだが、ここ数年は彼女からの返答は無かった。
 だが、正式な騎士として就任した際に手紙が届いたのだ。
『誕生会を開くから来てほしい。会えぬ間も、ずっと貴方を想っていた』……と。

 何度も読み直した手紙をまた開く。
 文面を確認し、嬉しいと思う感情が沸き立つ。
 十年という会えぬ期間、エリーが俺を想っていてくれていたのだ。
 嬉しかった……俺も、同じ気持ちだったから。

「店主、これにするよ」

「はい」

 悩み抜いた末に選んだのは銀色の髪飾り。
 エリーの髪色によく似合うはずだ。
 高価だが、騎士となった今なら手が出ない額ではない。
 それに相手は伯爵令嬢、見栄を張りたい思いもある。

「ありがとうね、頑張って」

「ありがとう!」

 店を出て、水たまりに映る自身の身なりを最終確認する。

 服装は騎士団の隊服で良かっただろうか? ……もっと良い服の方が良かっただろうか。
 自身の碧の瞳は、よくエリーが褒めてくれていた。思い出せば、会うのが今から楽しみだ。
 気付けば、水面に映る顔が朱にそまる。

「着く前には、落ち着かないとな……」

 十年ぶりの再会で、誕生会の贈り物が髪飾りでは重いだろうか。
 女性関係に疎いせいで、自身の判断に迷う。
 が……こんな時は勢いだと、騎士の先輩も言っていた。

「っし!」
 
 迷いを振り払って向かい、彼女の待つ邸へと辿り着いた。
 玄関扉を叩く前、傍の木々に身を隠して呼吸を整える。
 ……その時、屋敷から声が聞こえた。

「えー! エリー、本当に呼んだのー!?」

 ……エリー?
 名前が聞こえ、悪いと思いつつ聞き耳を立てる。

「ええ、皆にも話したでしょ。グレインを呼んだのよ」

 大人びているが、エリーの声だ。
 聞こえてく他の声は、彼女の友人達だろうか。

「本当に、平民なんて呼んだの?」

「っ!!」

 その言葉には明らかに棘が混ざっていた。

「エリーったら悪趣味ね、貴族の集まりに呼ぶなんて」
 
「あら、いいじゃない。グレインは顔がいいから、集まりの見栄えは劣らないわ」

「でも、貴族の会なんて、平民だから来ないんじゃない?」

「そう思って、手紙に書いておいたの。グレインを想っているってね。彼……昔から私のことを好きだったから」

 途端、周囲からささやかな笑い声が聞こえる。
 俺でも分かる、それは嘲笑だった。

「エリーはすでに婚約者がいるのに勘違いさせてるの? かわいそう~それとも本気?」

「冗談はよして、剣を握る野蛮な平民なんて好きにならないわ。ただ騎士として万が一にも爵位を下賜されるかもだから、縁は保っておかないとね」

「ふふ、腹黒ね?」

「貧しい平民が来るけど、笑わないでよね、みんな」

 そこからの会話は、よく覚えていない。

 ただ、チラリと木陰から見たエリーは、驚く程にきらびやかで。
 身に着けている黄金の髪飾りを見て、あれだけ悩み購入した自身の銀の髪飾りが酷く粗末な品に思えてしまった。
 
 彼女の傍にいる皆は、刺繡の入った高価な衣服で。
 俺の隊服で混ざれば……どれだけ浮くのか容易に想像ができてしまう。
 

『貴族』と『平民』


 思い上がっていた現実を知らされ、感じるのは羞恥と惨めな気持ち。
 逃げ出すように、俺はひっそりとその場を去り、それから連絡をする事は無かった。



   ◇◇◇◇


 
 ……


「その経験もあり、俺は女性と話すのが少し怖いんです。裏で悪態を吐いていると想像して、手が震えて。……とはいえ、裏表のないカーティア様や、レティシア様は別ですが」

 グレインは全てを話した後、悪くもないのに頭を下げた。

「すみません、こんな事を話して……」

 グレインの口から語られる、胸が痛いほど辛い話。
 当時、純粋な恋情を抱いていた彼がどれだけ傷ついたか、話を聞くだけで心が痛む。

「謝るのは私の方よ。ごめんなさい……辛い事を聞いて」

「い、いえいえ! いいんですよ、カーティア様! 俺はもう気にしてませんよ! 本当に! むしろ話してちょっと心が軽くなりました!」

 そうは言いつつも、いまだグレインの瞳は悲し気であった。

「俺も悪いんですよ。大人になって打算的になった彼女と、いつまでも子供だった俺。互いの恋情の重みが違っていただけなんです」 

「そんなことないわ、貴方は悪くなんてない!」

「……ありがとうございます! でも、本当に俺はもういいんです。今が充分に幸せですから」

 グレインは、悲しみを消すようにいつもの笑みを浮かべた。

「エリーはレイル王国の貴族に嫁いだと聞いていたので、少し思い出してしまいました。ですが、もう気にせずに旅行を楽しみましょう! 俺もたらふく食べますよー!」

 もう気にしないでくれと、グレインは何度も念押しをする。
 そして……お昼寝から起きた子共達と遊び始めた。




 彼は優しくて、頼りになって、本当に明るい人だ。
 心の傷も、きっと一人で向きあい、折り合いをつけて幸せに過ごしているのだろう。
 
 だけど、私達に……なにかできないだろうか。
 私とシルウィオは、そんな答えのない問題を互いに問うように、視線を合わせた。

しおりを挟む
感想 994

あなたにおすすめの小説

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつまりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】潔く私を忘れてください旦那様

なか
恋愛
「子を産めないなんて思っていなかった        君を選んだ事が間違いだ」 子を産めない お医者様に診断され、嘆き泣いていた私に彼がかけた最初の言葉を今でも忘れない 私を「愛している」と言った口で 別れを告げた 私を抱きしめた両手で 突き放した彼を忘れるはずがない…… 1年の月日が経ち ローズベル子爵家の屋敷で過ごしていた私の元へとやって来た来客 私と離縁したベンジャミン公爵が訪れ、開口一番に言ったのは 謝罪の言葉でも、後悔の言葉でもなかった。 「君ともう一度、復縁をしたいと思っている…引き受けてくれるよね?」 そんな事を言われて……私は思う 貴方に返す返事はただ一つだと。

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。