死んだ王妃は二度目の人生を楽しみます お飾りの王妃は必要ないのでしょう?

なか

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三章

95話 感謝の意味・レティシアside

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『我らが帝国の母へ、平穏をくださった貴方の永遠の幸せを願います』

 カーティア様へ捧げた祝福の願い。
 あの言葉には本心から……私とジェラルドの感謝が含まれている。

「レティシア、帰ろうか」

「はい、ジェラルド」

 皇帝陛下達の転移魔法によりアイゼン帝国にまで戻った後、私達は帰路に着く。
 出会った頃と違い、お互いに歳を重ねてしわが刻まれた手。
 だけど……変わらず手を繋いで共に歩く。こんな当たり前が嬉しい。

「嬉しそうだな、レティシア」

「ふふ、そうですね。ようやく……カーティア様と会えましたから」

「カーティア様と会いたがっていたが、なにか理由があったのか?」

「内緒です」

 ジェラルドの問いには答えられない。
 私には、前世の記憶があり。

 同時にカーティア様と同じく……前回の記憶があるなんて言えないから。



   ◇◇◇◇◇◇


 ––––前回の人生。
 あの時間を生きている者は皆、ただの日常が恐怖に染められて生きていたはずだ。
 各国で広がっていく争い、連日のように入る情報は不穏なものばかり。

 いずれ……アイゼン帝国にまでその火種は降りかかるのだと、誰もが思っていた。

 
 ……


 屋敷を出て行くジェラルドの背。
 いつもは笑顔で送り出し、口付けを交わして見送るのに……今日は彼の背にすがりついて引き止める。
 今日だけは、行ってほしくなかった。

「ジェラルドっ!!」

「っ……レティシア!? 寝ている時間だろう」

「起きぬうちに行こうとしたの……?」

 早朝、普段は誰も起きていない時間に屋敷から出て行こうとするジェラルド。
 彼が向かう先はカルセイン王国で、それを悟られぬためだろう。

 カルセイン王国はこの戦乱で乱れた各国の動きを変えるため、時戻しの秘術を行うという。
 それを成功させるため、アイゼン帝国は軍をおこして援軍に向かうというのだ。
 だけど……それは死地に向かうのと同じ行為。

「行かないで……ジェラルド」

「っ……」

 はじめて、ジェラルドが出て行くのを引きとめる。
 当たり前だ、彼が向かう先は各国の軍がひしめく激戦地で命の保証なんてない。加えて時戻しの秘術が必ず成功するなんて分からない。
 今、ここで彼が出て行けば、もう二度と帰ってこないかもしれない。
 だから……行ってほしくない……

「すまない……レティシア」

「お願い、お願いだから……やだよ……」

 普段は流さない涙が、出て行く彼にすがるうちに流れ落ちる。
 頬を流れる雫が止まらなくて……みっともなくも彼の衣服を掴む。
 絶対に、離したくない。

「行かないで……ジェラルド」

「……」 

 どうして、振り向いてくれないの?
 いつもは私が呼びかければ、真っ先に振り向いてくれるジェラルドが。
 いつもは……私と一緒なら笑顔を向けてくれる彼が。
 押し黙り、その背を向けたまま。

「行かなければ……ならないんだ」

「ジェラルド……」

「今、この世界では各国で争いが広がっている……いずれ、アイゼン帝国内の平穏も失われる」

「……っ」

「このままでは、君と娘達が戦火に巻き込まれるかもしれない」

 ジェラルドの肩が震えている。
 拳を握り、声を震わせて言葉を告げているのだ。
 優しい彼は……きっと涙を流す私を見ればその足を止めてしまう、だから振り返らずに言葉を続ける。

「すまない、レティシア。俺は……君と娘達を失う運命だけは……何があっても避けたい」

「……」

「俺は……君に死んでほしくない」

「ジェラルド……私だって、私だって同じだよ! 貴方が死ぬなんて、考えたくない!」

 ジェラルドの覚悟は分かっている。
 でも私だって気持ちは同じだ、彼を失う事なんて考えたくない。
 そんな運命を受け入れるなんてできない。
 失いたくない、大好きな彼を。
 
「……いやだよ……ジェラルド。行かないで……」

「……すまない」

 どうして、謝るの。
 どうして……今日だけは私のお願いを聞いてくれないの?
 ジェラルド……いかないで。

「お願い……お願い。ジェラルド……」

 彼の覚悟は分かっている、送り出すのが妻として……アイゼン帝国に生きる者としての務めだろう。
 でも気持ちは追いつかず、子供のように泣いてすがりついてしまう。
 愛しい彼が死ぬかもしれない、その恐怖が身を震わせる。

「約束する。必ず……運命は変わる」

「っ……」

「だから、泣かないで待っていてくれるか? レティシア」

 ようやく、振り返ってくれたジェラルド……
 その瞳は私と同じく涙を潤ませて、頬にはとめどなく雫が流れている。
 悲しいのは、彼も同じだ。

「信じてくれ、時が戻れば……きっと全てが変わる」

「ジェラルド……」
 
 ジェラルドが私の涙を拭ってくれて、泣きながら頬に笑みを刻む。
 私が好きだと言った笑みを、安心させるために浮かべるのだ……

「だから、行かせてくれるか?」

「分かった……ずっと、ずっと信じてるから」

「あぁ、君と娘達のため……必ず……この悲惨な運命は変えてみせる」

 約束だよ、ジェラルド。
 私は待っているから……だからどうか、この運命を変えて。

「行ってらっしゃい、ジェラルド」

「あぁ。行ってくる……レティシア」

 信じて、貴方を送り出す。
 いつもと変わらぬ笑みで、口付けを交わして、手を振って見送るのだ。

 日常と違うのは……互いに流す涙のみ。
 でも弱音は吐かない。

 ジェラルドが約束してくれたから、信じよう。
 きっと……この悲惨な運命は変わるはずだ。
 



   ◇◇◇◇◇◇




 ––––今世。 



 カーティア様に会いたかった理由がこの前回の記憶があるからこそ。
 一年前に突然、記憶に蘇ったのだ。

 私はニホンという国で過ごした前世の記憶もあるが。
 まさか前回の記憶まで思い出せるなんてね。
 帰りの馬車に揺られながら、自身の数奇な人生に思わず苦笑してしまう。

「しかし……陛下はカーティア様のおかげで、本当に変わられたな」

「……そうね」

 ジェラルドが笑って呟く。
 彼の言葉通り、陛下は本当に変わられた。

「以前は、恐ろしくて、冷たい瞳で……どこか危なげでしたものね」

「そうだな……陛下はいつ死んでもいいと考えているような、人生を虚無に思っている危うさがあった」

「ふふ、確かにそうね」

 今の陛下を見れば、そんな時があったのかと思ってしまう程に幸せそうだ。
 昔と変わらずに無表情ではあるが、カーティア様や御子様達を見つめる視線には……確かに以前までは無かった光があった。

「カーティア様には、感謝せねばな」

「ええ、また今度来てくださる時は……もっとたくさん料理を振る舞いましょう」

 カーティア様は、確かに悲惨な運命と陛下を変えてくださった……



 だけどね、ジェラルド。
 運命を変えたのは……貴方のおかげでもあるはずよ。

 貴方が、陛下のためにカーティア様を皇后にと推薦した。
 それが……偶然だと思えるだろうか?
 その答えは、前回の記憶を思い出した今なら分かる。

『君と娘達のため……必ず……この悲惨な運命は変えてみせる』

 貴方は、時が戻り全てを忘れても……私との約束を守ってくれたのよ。
 カーティア様を選んだのは、きっとそんな理由もあると私は信じてる。

「ありがとうね、ジェラルド」

「? ……なにがだ?」

「ふふ、いろんなことです。大好きですよ」

「……俺もだ」

 私の前だけでは、出会った時と変わらずに一人称が俺に変わる。
 そして……優しく抱きしめてくれるのだ。
 こうして愛しい彼とまた平穏を過ごせるのは、カーティア様のおかげだ。



 カーティア様、貴方に救われた者はきっと世界中におります。
 だからどうか卑下せずに、自身の功績を誇っていてくださいね。


 私も貴方に、かけがえのない幸せを護ってもらった一人として感謝してます。
 我らが帝国の母へ、平穏をくださった貴方の永遠の幸せを……心から願っております。
 
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