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三章
94話 親子の国③
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かれーらいすを作ると言いだしたレティシア様は、村の人達を集めた。
この稲という作物を使い、オコメを作る方法を教えてくれるらしい。
私とシルウィオ、そして子供達。
さらに村中の人が見つめる中、レティシア様が稲を持つ。
「まずは、この稲に実っている粒が、お米となります」
「あ、あの……それは家畜の肥料で……」
村人が困惑の声を出すが、レティシア様は気にせずに稲に実っていた小さな粒を取っていく。
「まずは、脱穀です。稲を固い物で挟めば、粒をとりやすいわ」
「……」
ディウ君と、お母様が村の人に事情を伝える。
今から家畜の肥料が金脈になると言われたのだ、村の人達は固唾を呑んで見つめた。
「とれた粒は、もみすりといって。この硬い殻を外すんです……ということで、ジェラルドとグレイン。頼みますね」
「……もちろんだ、レティシア」
「俺もですか!?」
レティシア様の頼まれた事に嬉しそうに反応するジェラルド様が、シルウィオに似てて可愛らしい。
グレインも戸惑いつつ、素直に手伝う準備をする。
「すり鉢でこすって。固い殻の部分を外して。お米を潰さない力加減でね」
「あぁ」
「わ、わかりました」
ジェラルド様とグレインは流石だった。
元から器用な二人は直ぐにコツを掴んで、凄い速さで作業を進める。
「それぐらいでいいわ、ありがとう二人とも」
脱穀が終わったらしい。
レティシア様は取れたオコメを見せてくれるが、茶色い粒の色は変わらない。
「レティシア様……これが食べれるのですか?」
私の問いに、レティシア様は微笑みながら頷く。
「このままでいいのだけれど、もっと美味しくするためには精米という作業が必要なんです。手作業で時間がかかるので、少し待ってもらう必要がありますが」
「それを、どうすればいい」
突然、シルウィオが尋ねる。
レティシア様は、驚きつつ答えた。
「この玄米から、表層の膜を取り除く作業が必要なのです」
「なら、俺がやる」
「え?」
シルウィオが手をかざすと、魔法によってオコメが浮いてバラバラと茶色の粉を落とした。
後に残ったのは……見事な程に純白となった米である。
まるで、小ぶりな真珠のようだ。
その変貌ぶりに、様子を見ていた村の人達も感嘆の声をあげた。
「これでいいか?」
「は、はい。ありがとうございます。陛下」
「……美味い食事を、期待している」
「っ!! はい」
シルウィオは、私の隣に再び戻る。
その表情はどこか嬉しそうだ。
「珍しいですね。シルウィオから動くなんて」
「子共達が、もう我慢できそうにないからな」
「ふふ」
確かに、リルレット達が期待に瞳を輝かせている。
さらにシルウィオは、私の手に指を絡めて微笑んだ。
「それに、俺もはやくカティと食事をしたい」
「っ……ありがとう。シルウィオ」
彼の優しさを喜んでいれば、レティシア様は次の作業へと移る。
「では……この鍋を使ってオコメを炊いていきます」
「炊く?」
オコメを洗い、水と共に入れて火にかけて蓋をする。
レティシア様が見せた作業は、たったそれだけだった。
「これで、オコメができるのですか?」
「ええ……それと、もう一つ重要な物を作ります」
レティシア様は人参、ジャガイモ、玉ねぎ、そしてお肉を切り分けてオコメとは別の大鍋に入れていく。
そして、何やら懐から小さな小瓶を幾つか取り出してそれを入れる。
「レティシア様、それは?」
「ふふふ、私が長年をかけて作った秘伝のスパイス達です。カレーライスを食べるこの日のため、研究していました」
「研究?」
なにやら意味深な言葉を吐くレティシア様。
そのうち、オコメの鍋がふつふつと煙を吐く。
もう一つの鍋も、茶色に変わって香ばしい匂いが漂いだした。
全員が、その匂いに食欲をそそられる。
なんて良い匂いなの。
「炊けたわ、まずはお米をどうぞ」
お皿に盛りつけられた、純白のお米。
それらをレティシア様は皆に配っていく。
固い粒が、こんなにフカフカになるとは……
さっそく食べよう。
「……っ」
……?
確かに、食べられない事も無いが。
絶品と言えるだろか?
「レティシア様、これがお米なのですか?」
「はい、そして。そのお米は最高の引き立て役となります」
「?」
困惑する私達へと、レティシア様はお米にカレーをよそってくれた。
茶色の香ばしいスープが、お米にかかる。
「さぁ、まずはカレーだけを食べた後。お米を食べてみてください。子共達には甘口の物も作ったから、そっちをどうぞ」
言われた通り、まずはカレースープを食す。
……!!
美味しい。ピリッと辛いけれど、感じた事のない美味しさだ。
野菜の味、お肉の旨味に加えて辛味が上手く絡まって絶品だ。
「美味しいね! シルウィオ」
「……あぁ」
シルウィオも初めて食事で驚いた表情を浮かべていた。
そして、いよいよお米に絡める。
これが……カレーライス。
「っ!!!?!」
なんだ、これ……美味しい……!
先ほどまで、少し辛かったカレーがオコメと混ざる事で食べやすくなっている。
さらに先程まで無味で、なりを潜めていたはずのお米の旨味が、カレーと混ざる事でぐっと美味しさを引き立てているのだ。
スプーンが、止まらない。
「お母様! これ……すっごく美味しい……!」
「テア、もっと食べたい」
子共達も甘口のカレーライスを食べて驚いている。
イヴァも同様だ、私が甘口カレーを食べさせてあげると、「もっともっと!」とおねだりをする。
「っ!! ……美味しいです! なんですか、この美味しさ……おかわりをお願いします!」
グレインに至っては、もう食べ終わっておかわりを要求していた。
「なんだ、これ……あの稲が?」
「まさか……! ウソだろ」
村の人達も驚きの声を上げた。
ジェラルド様は嬉しそうに、レティシア様の隣でカレーを食べながら頷いている。
「流石、レティシアだ」
「ふふ、今までジェラルドがカレースパイスの研究に付き合ってくれたおかげよ。ありがとう」
ジェラルド様とレティシア様は仲睦まじい様子で、カレーライスを食べる。
これは……二人の愛の時間が作ってきた料理なのだと思うと、より一層美味しさを感じた。
「さて、これがお米となります。カレーだけでなく、お米はあらゆる食材に合う万能な食材。さらには保存もできるのです」
「っ!?」
周囲の目が変わる。
確かに……これは金脈に等しい、食材の革命を起こすだろう。
「陛下、アイゼン帝国としては……この村、ひいてはキョウ国に稲を栽培してもらい、輸入をしたいと考えております」
ジェラルド様が尋ねた言葉。
この稲という作物は、キョウ国の環境だからこそ育つらしい。
だから、輸入をしようというのだろう。
シルウィオは当然ながら頷いた。
「ジェラルド、レティシア……二人に感謝しよう。帝国はこの食材を輸入する事を承認する」
「あり難き幸せです! 陛下!」
ジェラルド様の感謝と共に、村の人達が喜びの声を上げた。
アイゼン帝国が輸入するとなれば、村の新たな稼ぎとして栄えるのは間違いない。
感謝の声に包まれながら、カレーライスを食べていく。
子共達がはしゃぎ、リルレット達がスプーンを止める事は無い。
その様子を見守りながら、私はレティシア様の元へ向かった。
「カーティア様、お口に合いましたか?」
「もちろんですレティシア様。凄いです、こんなに素晴らしい料理を作るなんて、ぜひまた教えてください」
「はい、もちろん。でも……本当にすごいのはカーティア様ですよ」
「え?」
意外な返答に首をかしげると、レティシア様は言葉を続ける。
「私が初めて会った頃のシルウィオ陛下は、もっと怖く……冷たい瞳でした」
「……」
「それを変えたのはカーティア様です」
「そんな、私は……」
「こうして皆にカレーライスを振る舞えたのも。全て……貴方がシルウィオ陛下を変えてくれて、一緒にいてくださったからですよ」
褒められる言葉に、むずがゆさを覚える。
私は、立派な人間なんかじゃない……
そんな考えを伝えるように、言葉を出す。
なぜかレティシア様は頼れる姉のようで、全てを話したくなった。
「私は……そこまで立派な人間じゃありません」
「?」
「ジェラルド様から聞いているかもしれませんが。こうして生きていられるのも、前回の人生の記憶があるからで……以前の私は、もっと内気でした」
「……」
「だから、これは前回を知っていたからこその結果で……そんなに立派なことじゃ……」
「あら、そうでしょうか?」
レティシア様は微笑む。
凛と見つめてくる姿は本当に姉のようだ。
「人は経験して変わっていくものですよ。前回の記憶も経験であり……カーティア様を変えたキッカケに過ぎません」
「レティシア様……」
「胸を張って誇っていいのです。今、この時間……この瞬間を作ったのは、確かに貴方が変えた運命のおかげですから」
その言葉に、私の中で今まで自信の無かった考えが変わっていく。
誇っていいのだと言われた事が、嬉しく思えた。
「それに、実は私も……この世界とは違う場所の記憶があるんですよ」
「……え?」
突然、レティシア様が発した言葉に疑問が浮かぶ。
この世界とは違う記憶?
「ふふ、驚くのも無理はないですよね。ニホンという国の記憶です。今までの料理も、前世の記憶があったからこそなの」
「ニホン……?」
「前の世界では、転生なんて言われていたかしら? 珍しくない事だったんですよ」
「珍しくなかったのですか!?」
「あ……いえ、語弊があったわね。物語の中ではありふれた設定と言えばいいかしら」
レティシア様はそう言いつつ、遠くでカレーを振るまうジェラルド様を愛しそうに見つめて言葉を続けた。
「ジェラルドにも、話していないの。でも……カーティア様には何故か話したくなったわ」
「っ!! わ、私もです」
「きっと、同じような考えを抱いたからかもね。私も……前世の記憶があるが故の人生だと思っていた時期があったわ、本当の私では作れない幸せだったと思っていた」
「……」
「でも、さっきも言ったように……この記憶は私達が経験してきた財産で、今の人生を生きる糧なのです」
「レティシア様……」
「だから、気にせずに楽しみましょう。この人生を思いっきりね」
あぁ……グレインが私に似ていると言っていた意味が分かった。
レティシア様の、人生を思いっきり楽しんで充実させようとする考えは……私と同じだ。
それでいて、人生の先輩でもある。
「そのうえで、カーティア様。私から一つアドバイスを……人生をさらに楽しむために、なにか好きな事を探すのも楽しいですよ」
「好きな事?」
「はい、私にとってそれは料理です。ジェラルドがいっつも喜んでくれるから嬉しくて」
確かに、レティシア様の料理で喜ぶジェラルド様の笑顔はとびきりだ。
「私も、シルウィオや家族に喜んでもらうことを見つけたいです」
「きっと見つかりますよ」
「そうでしょうか? 私は前回の人生も、特に趣味などなくて」
「ふふ……私も今世で料理を好きになったように、きっと見つかります」
レティシア様にそう言われて、考えてみる。
人生のためにしたい事、やりたい事。
もちろん、シルウィオと過ごす時間や家族との日々は幸せだ。
でも、だからこそ家族が喜ぶような趣味も見つけてみたい。
それを探すのも楽しそうだ。
「ありがとうございます……レティシア様」
「私こそ、カーティア様のおかげで……私は大好きなジェラルドと一緒にいれます」
微笑むレティシア様は、本当に嬉しそうだった。
◇◇◇
その後、数日キョウ国で観光してジェラルド様達が帰還する日となる。
子共達は寂しそうにしていたが、帝国に帰ればまた会えると聞いて元気にさよならをする。
来た時と同様、シルウィオとリルレットが転移魔法で移動するのだ。
レティシア様は私へと別れを告げてくれた。
「カーティア様、ありがとうございます」
「レティシア様……帝国へ帰れば、もっとお話をさせてください」
「はい、美味しい料理を作って待っておりますよ」
「ぜひ!」
「テアも食べたい!」「リルもいくー!」「イヴァもー!」と、子供達も聞いていて声を出す。
「ふふ、待っていますね」
子供達との別れの挨拶も終わり、転移魔法が始まる。
ジェラルド様とレティシア様は手を繋ぎ、私へと視線を向けて礼をした。
「「我らが帝国の母へ、平穏をくださった貴方の永遠の幸せを願います」」
「っ!!」
転移していく二人の心からの感謝に、胸が熱くなる。
私が変えた運命を、彼らは心の底から喜んでくれているのだ。
転移魔法後、シルウィオ達が戻って再び馬車に乗りこむ。
私はシルウィオの隣に座れば、彼が手を繋いでぐっと引き寄せた。
いつもと違う仕草に、驚いてしまう。
「カティ……傍にこい」
「ど、どうしたの?」
「……俺は、遠慮せずカティに愛を伝える事にした」
「えっ?」
不意に、シルウィオが私へと口付けを交わす。
子共達が見ていない一瞬の隙をつき、愛を伝え……今まで見せたことないイジワルな笑みを浮かべた。
「ジェラルドとレティシアが言っていた、夫婦円満の秘訣だと」
ジ、ジェラルド様達……そんな事をシルウィオに言っていたの?
「だから、カティにもっと愛を伝える」
「じ、充分に伝わってるよ?」
「もっとだ。俺がもっとこうしたい」
「っ」
そう言って、再び抱き寄せて口付けをするのだ。
今までよりも情熱的な彼に、嬉しさと共に頭が痺れるような感覚がある。
ジェラルド様達……なんてアドバイスをしたのですか……これじゃあ、私の心臓がもちません。
どうやら私がレティシア様に影響を受けたように。
シルウィオも二人の愛に影響されたようだ。
今まで以上に情熱的にくるなど……私が耐えられるだろうか。
「よ、容赦してね?」
「しない」
「……」
これは、しばらく……顔が火照る大変な日々になりそう。
「さて、行きましょうか! 次の国へ!」
グレインの言葉が響き、馬車が走り出す。
また、新たな国へと走り出していくのだ。
私もそこで、何か好きな事が見つけられるだろうか。
子供達と過ごすのも、情熱的になったシルウィオと一緒なのも楽しみだけど。
レティシア様に教わった、私の好きな事を探す事が……旅行の楽しみに加わった。
◇◇◇書籍化のお知らせ◇◇◇
いつも、『死んだ王妃~』を楽しんでくださりありがとうございます。
皆様から頂いております、ご感想やエール。
そしてしおりを挟んでくださり、読んでくださっている方々のおかげで……連載する励みを頂いております!
気付けば100話を超えていた本作ですが。
10月の下旬にアルファポリス様から本を出して頂くことになりました!
やったー!! と一人で歓喜しております。
皆様にも……喜んでいただけたらすごく、すごく嬉しいです。
イラストレーター様や、詳細についてはお知らせできるようになれば随時報告いたします!
まだお見せできませんが、挿絵のカーティアはとっても可愛いくて、シルウィオ達がカッコイイです。
なにより……コッコちゃんも描いてもらえました!
ここまでは、一人では出来なかったことです。
皆様のおかげで本を作ることできました、ありがとうございます。
また、書籍化記念でいくつかSSも書こうと思っております。
カーティアへと、シルウィオが想いを芽生え始めた頃を軸に……
帝国の色んな人の視点で、二人の愛を見守っていたお話など書く予定です。
二人の新しいエピソードも書きます!
まだまだ、これからもお話を広げていく予定です!
読んでくださる皆様……本当に、いつもありがとうございます!!
この稲という作物を使い、オコメを作る方法を教えてくれるらしい。
私とシルウィオ、そして子供達。
さらに村中の人が見つめる中、レティシア様が稲を持つ。
「まずは、この稲に実っている粒が、お米となります」
「あ、あの……それは家畜の肥料で……」
村人が困惑の声を出すが、レティシア様は気にせずに稲に実っていた小さな粒を取っていく。
「まずは、脱穀です。稲を固い物で挟めば、粒をとりやすいわ」
「……」
ディウ君と、お母様が村の人に事情を伝える。
今から家畜の肥料が金脈になると言われたのだ、村の人達は固唾を呑んで見つめた。
「とれた粒は、もみすりといって。この硬い殻を外すんです……ということで、ジェラルドとグレイン。頼みますね」
「……もちろんだ、レティシア」
「俺もですか!?」
レティシア様の頼まれた事に嬉しそうに反応するジェラルド様が、シルウィオに似てて可愛らしい。
グレインも戸惑いつつ、素直に手伝う準備をする。
「すり鉢でこすって。固い殻の部分を外して。お米を潰さない力加減でね」
「あぁ」
「わ、わかりました」
ジェラルド様とグレインは流石だった。
元から器用な二人は直ぐにコツを掴んで、凄い速さで作業を進める。
「それぐらいでいいわ、ありがとう二人とも」
脱穀が終わったらしい。
レティシア様は取れたオコメを見せてくれるが、茶色い粒の色は変わらない。
「レティシア様……これが食べれるのですか?」
私の問いに、レティシア様は微笑みながら頷く。
「このままでいいのだけれど、もっと美味しくするためには精米という作業が必要なんです。手作業で時間がかかるので、少し待ってもらう必要がありますが」
「それを、どうすればいい」
突然、シルウィオが尋ねる。
レティシア様は、驚きつつ答えた。
「この玄米から、表層の膜を取り除く作業が必要なのです」
「なら、俺がやる」
「え?」
シルウィオが手をかざすと、魔法によってオコメが浮いてバラバラと茶色の粉を落とした。
後に残ったのは……見事な程に純白となった米である。
まるで、小ぶりな真珠のようだ。
その変貌ぶりに、様子を見ていた村の人達も感嘆の声をあげた。
「これでいいか?」
「は、はい。ありがとうございます。陛下」
「……美味い食事を、期待している」
「っ!! はい」
シルウィオは、私の隣に再び戻る。
その表情はどこか嬉しそうだ。
「珍しいですね。シルウィオから動くなんて」
「子共達が、もう我慢できそうにないからな」
「ふふ」
確かに、リルレット達が期待に瞳を輝かせている。
さらにシルウィオは、私の手に指を絡めて微笑んだ。
「それに、俺もはやくカティと食事をしたい」
「っ……ありがとう。シルウィオ」
彼の優しさを喜んでいれば、レティシア様は次の作業へと移る。
「では……この鍋を使ってオコメを炊いていきます」
「炊く?」
オコメを洗い、水と共に入れて火にかけて蓋をする。
レティシア様が見せた作業は、たったそれだけだった。
「これで、オコメができるのですか?」
「ええ……それと、もう一つ重要な物を作ります」
レティシア様は人参、ジャガイモ、玉ねぎ、そしてお肉を切り分けてオコメとは別の大鍋に入れていく。
そして、何やら懐から小さな小瓶を幾つか取り出してそれを入れる。
「レティシア様、それは?」
「ふふふ、私が長年をかけて作った秘伝のスパイス達です。カレーライスを食べるこの日のため、研究していました」
「研究?」
なにやら意味深な言葉を吐くレティシア様。
そのうち、オコメの鍋がふつふつと煙を吐く。
もう一つの鍋も、茶色に変わって香ばしい匂いが漂いだした。
全員が、その匂いに食欲をそそられる。
なんて良い匂いなの。
「炊けたわ、まずはお米をどうぞ」
お皿に盛りつけられた、純白のお米。
それらをレティシア様は皆に配っていく。
固い粒が、こんなにフカフカになるとは……
さっそく食べよう。
「……っ」
……?
確かに、食べられない事も無いが。
絶品と言えるだろか?
「レティシア様、これがお米なのですか?」
「はい、そして。そのお米は最高の引き立て役となります」
「?」
困惑する私達へと、レティシア様はお米にカレーをよそってくれた。
茶色の香ばしいスープが、お米にかかる。
「さぁ、まずはカレーだけを食べた後。お米を食べてみてください。子共達には甘口の物も作ったから、そっちをどうぞ」
言われた通り、まずはカレースープを食す。
……!!
美味しい。ピリッと辛いけれど、感じた事のない美味しさだ。
野菜の味、お肉の旨味に加えて辛味が上手く絡まって絶品だ。
「美味しいね! シルウィオ」
「……あぁ」
シルウィオも初めて食事で驚いた表情を浮かべていた。
そして、いよいよお米に絡める。
これが……カレーライス。
「っ!!!?!」
なんだ、これ……美味しい……!
先ほどまで、少し辛かったカレーがオコメと混ざる事で食べやすくなっている。
さらに先程まで無味で、なりを潜めていたはずのお米の旨味が、カレーと混ざる事でぐっと美味しさを引き立てているのだ。
スプーンが、止まらない。
「お母様! これ……すっごく美味しい……!」
「テア、もっと食べたい」
子共達も甘口のカレーライスを食べて驚いている。
イヴァも同様だ、私が甘口カレーを食べさせてあげると、「もっともっと!」とおねだりをする。
「っ!! ……美味しいです! なんですか、この美味しさ……おかわりをお願いします!」
グレインに至っては、もう食べ終わっておかわりを要求していた。
「なんだ、これ……あの稲が?」
「まさか……! ウソだろ」
村の人達も驚きの声を上げた。
ジェラルド様は嬉しそうに、レティシア様の隣でカレーを食べながら頷いている。
「流石、レティシアだ」
「ふふ、今までジェラルドがカレースパイスの研究に付き合ってくれたおかげよ。ありがとう」
ジェラルド様とレティシア様は仲睦まじい様子で、カレーライスを食べる。
これは……二人の愛の時間が作ってきた料理なのだと思うと、より一層美味しさを感じた。
「さて、これがお米となります。カレーだけでなく、お米はあらゆる食材に合う万能な食材。さらには保存もできるのです」
「っ!?」
周囲の目が変わる。
確かに……これは金脈に等しい、食材の革命を起こすだろう。
「陛下、アイゼン帝国としては……この村、ひいてはキョウ国に稲を栽培してもらい、輸入をしたいと考えております」
ジェラルド様が尋ねた言葉。
この稲という作物は、キョウ国の環境だからこそ育つらしい。
だから、輸入をしようというのだろう。
シルウィオは当然ながら頷いた。
「ジェラルド、レティシア……二人に感謝しよう。帝国はこの食材を輸入する事を承認する」
「あり難き幸せです! 陛下!」
ジェラルド様の感謝と共に、村の人達が喜びの声を上げた。
アイゼン帝国が輸入するとなれば、村の新たな稼ぎとして栄えるのは間違いない。
感謝の声に包まれながら、カレーライスを食べていく。
子共達がはしゃぎ、リルレット達がスプーンを止める事は無い。
その様子を見守りながら、私はレティシア様の元へ向かった。
「カーティア様、お口に合いましたか?」
「もちろんですレティシア様。凄いです、こんなに素晴らしい料理を作るなんて、ぜひまた教えてください」
「はい、もちろん。でも……本当にすごいのはカーティア様ですよ」
「え?」
意外な返答に首をかしげると、レティシア様は言葉を続ける。
「私が初めて会った頃のシルウィオ陛下は、もっと怖く……冷たい瞳でした」
「……」
「それを変えたのはカーティア様です」
「そんな、私は……」
「こうして皆にカレーライスを振る舞えたのも。全て……貴方がシルウィオ陛下を変えてくれて、一緒にいてくださったからですよ」
褒められる言葉に、むずがゆさを覚える。
私は、立派な人間なんかじゃない……
そんな考えを伝えるように、言葉を出す。
なぜかレティシア様は頼れる姉のようで、全てを話したくなった。
「私は……そこまで立派な人間じゃありません」
「?」
「ジェラルド様から聞いているかもしれませんが。こうして生きていられるのも、前回の人生の記憶があるからで……以前の私は、もっと内気でした」
「……」
「だから、これは前回を知っていたからこその結果で……そんなに立派なことじゃ……」
「あら、そうでしょうか?」
レティシア様は微笑む。
凛と見つめてくる姿は本当に姉のようだ。
「人は経験して変わっていくものですよ。前回の記憶も経験であり……カーティア様を変えたキッカケに過ぎません」
「レティシア様……」
「胸を張って誇っていいのです。今、この時間……この瞬間を作ったのは、確かに貴方が変えた運命のおかげですから」
その言葉に、私の中で今まで自信の無かった考えが変わっていく。
誇っていいのだと言われた事が、嬉しく思えた。
「それに、実は私も……この世界とは違う場所の記憶があるんですよ」
「……え?」
突然、レティシア様が発した言葉に疑問が浮かぶ。
この世界とは違う記憶?
「ふふ、驚くのも無理はないですよね。ニホンという国の記憶です。今までの料理も、前世の記憶があったからこそなの」
「ニホン……?」
「前の世界では、転生なんて言われていたかしら? 珍しくない事だったんですよ」
「珍しくなかったのですか!?」
「あ……いえ、語弊があったわね。物語の中ではありふれた設定と言えばいいかしら」
レティシア様はそう言いつつ、遠くでカレーを振るまうジェラルド様を愛しそうに見つめて言葉を続けた。
「ジェラルドにも、話していないの。でも……カーティア様には何故か話したくなったわ」
「っ!! わ、私もです」
「きっと、同じような考えを抱いたからかもね。私も……前世の記憶があるが故の人生だと思っていた時期があったわ、本当の私では作れない幸せだったと思っていた」
「……」
「でも、さっきも言ったように……この記憶は私達が経験してきた財産で、今の人生を生きる糧なのです」
「レティシア様……」
「だから、気にせずに楽しみましょう。この人生を思いっきりね」
あぁ……グレインが私に似ていると言っていた意味が分かった。
レティシア様の、人生を思いっきり楽しんで充実させようとする考えは……私と同じだ。
それでいて、人生の先輩でもある。
「そのうえで、カーティア様。私から一つアドバイスを……人生をさらに楽しむために、なにか好きな事を探すのも楽しいですよ」
「好きな事?」
「はい、私にとってそれは料理です。ジェラルドがいっつも喜んでくれるから嬉しくて」
確かに、レティシア様の料理で喜ぶジェラルド様の笑顔はとびきりだ。
「私も、シルウィオや家族に喜んでもらうことを見つけたいです」
「きっと見つかりますよ」
「そうでしょうか? 私は前回の人生も、特に趣味などなくて」
「ふふ……私も今世で料理を好きになったように、きっと見つかります」
レティシア様にそう言われて、考えてみる。
人生のためにしたい事、やりたい事。
もちろん、シルウィオと過ごす時間や家族との日々は幸せだ。
でも、だからこそ家族が喜ぶような趣味も見つけてみたい。
それを探すのも楽しそうだ。
「ありがとうございます……レティシア様」
「私こそ、カーティア様のおかげで……私は大好きなジェラルドと一緒にいれます」
微笑むレティシア様は、本当に嬉しそうだった。
◇◇◇
その後、数日キョウ国で観光してジェラルド様達が帰還する日となる。
子共達は寂しそうにしていたが、帝国に帰ればまた会えると聞いて元気にさよならをする。
来た時と同様、シルウィオとリルレットが転移魔法で移動するのだ。
レティシア様は私へと別れを告げてくれた。
「カーティア様、ありがとうございます」
「レティシア様……帝国へ帰れば、もっとお話をさせてください」
「はい、美味しい料理を作って待っておりますよ」
「ぜひ!」
「テアも食べたい!」「リルもいくー!」「イヴァもー!」と、子供達も聞いていて声を出す。
「ふふ、待っていますね」
子供達との別れの挨拶も終わり、転移魔法が始まる。
ジェラルド様とレティシア様は手を繋ぎ、私へと視線を向けて礼をした。
「「我らが帝国の母へ、平穏をくださった貴方の永遠の幸せを願います」」
「っ!!」
転移していく二人の心からの感謝に、胸が熱くなる。
私が変えた運命を、彼らは心の底から喜んでくれているのだ。
転移魔法後、シルウィオ達が戻って再び馬車に乗りこむ。
私はシルウィオの隣に座れば、彼が手を繋いでぐっと引き寄せた。
いつもと違う仕草に、驚いてしまう。
「カティ……傍にこい」
「ど、どうしたの?」
「……俺は、遠慮せずカティに愛を伝える事にした」
「えっ?」
不意に、シルウィオが私へと口付けを交わす。
子共達が見ていない一瞬の隙をつき、愛を伝え……今まで見せたことないイジワルな笑みを浮かべた。
「ジェラルドとレティシアが言っていた、夫婦円満の秘訣だと」
ジ、ジェラルド様達……そんな事をシルウィオに言っていたの?
「だから、カティにもっと愛を伝える」
「じ、充分に伝わってるよ?」
「もっとだ。俺がもっとこうしたい」
「っ」
そう言って、再び抱き寄せて口付けをするのだ。
今までよりも情熱的な彼に、嬉しさと共に頭が痺れるような感覚がある。
ジェラルド様達……なんてアドバイスをしたのですか……これじゃあ、私の心臓がもちません。
どうやら私がレティシア様に影響を受けたように。
シルウィオも二人の愛に影響されたようだ。
今まで以上に情熱的にくるなど……私が耐えられるだろうか。
「よ、容赦してね?」
「しない」
「……」
これは、しばらく……顔が火照る大変な日々になりそう。
「さて、行きましょうか! 次の国へ!」
グレインの言葉が響き、馬車が走り出す。
また、新たな国へと走り出していくのだ。
私もそこで、何か好きな事が見つけられるだろうか。
子供達と過ごすのも、情熱的になったシルウィオと一緒なのも楽しみだけど。
レティシア様に教わった、私の好きな事を探す事が……旅行の楽しみに加わった。
◇◇◇書籍化のお知らせ◇◇◇
いつも、『死んだ王妃~』を楽しんでくださりありがとうございます。
皆様から頂いております、ご感想やエール。
そしてしおりを挟んでくださり、読んでくださっている方々のおかげで……連載する励みを頂いております!
気付けば100話を超えていた本作ですが。
10月の下旬にアルファポリス様から本を出して頂くことになりました!
やったー!! と一人で歓喜しております。
皆様にも……喜んでいただけたらすごく、すごく嬉しいです。
イラストレーター様や、詳細についてはお知らせできるようになれば随時報告いたします!
まだお見せできませんが、挿絵のカーティアはとっても可愛いくて、シルウィオ達がカッコイイです。
なにより……コッコちゃんも描いてもらえました!
ここまでは、一人では出来なかったことです。
皆様のおかげで本を作ることできました、ありがとうございます。
また、書籍化記念でいくつかSSも書こうと思っております。
カーティアへと、シルウィオが想いを芽生え始めた頃を軸に……
帝国の色んな人の視点で、二人の愛を見守っていたお話など書く予定です。
二人の新しいエピソードも書きます!
まだまだ、これからもお話を広げていく予定です!
読んでくださる皆様……本当に、いつもありがとうございます!!
応援ありがとうございます!
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