死んだ王妃は二度目の人生を楽しみます お飾りの王妃は必要ないのでしょう?

なか

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皇帝陛下の愛し方

78話

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 カーティアside

 雨が降る日は基本的に寝室で過ごす事が多い。今日も同様にテアと共におもちゃで遊んだ。
 ひとしきり遊び終わったテアは、よちよちと歩いて絵本を持ち出し私の膝上へと座る。

「おかしゃん。おほんよんで~」

「ふふ、いいよ。テア」

 テアの銀糸の髪をゆったりと撫でると、嬉しそうに笑いながら絵本を渡してくる。
 息子に心癒され、絵本を読もうとした時。

「お母様! ただいま!」

 寝室の扉が開き、リルレットが帰ってきた。
 リルレットは六歳となった事で初等教育が始まっており、日中は数時間お勉強のために講師の元へと向かっているのだ。
 そして、講師は有難いことにジェラルド様が請負ってくださっている。

「おかえり、リルレット。お勉強はどうだった?」

「今日もじぃじが褒めてくれたよ! りる、かしこいって!」

「さすがね。リルレット」
「ねぇね、ほめてあげゆぞ」

「ありがとうお母様! テアはお父様のまねっこしてないで、リルにもお母様のおひざゆずって!」

「うーおかたんのおひざは、テアがすわゆの~」

「りるも座るー!」

 いつものように始まった私の膝上争奪戦に微笑みつつ、二人ともちゃんと半分こで膝に座ってもらう。
 二人の頭を撫でれば、共に落ち着いたように喜んだ笑みを見せてくれる。
 微笑んでいれば、リルレットが思い出したように声を上げた。

「そういえばねさっきね。お仕事中のお父様とも会ったよ」

「そうなの?」

「うん、お父様。お仕事中だけどいっぱい抱っこしてくれた!」

「えーー! てあもー!」

「お父様が帰ったらテアも抱っこしてあげるって、お母様にもいっぱいって!」

「やたー!」
「あら……」

 仕事中でも、シルウィオは絶えず愛情をあげているようだ。
 それが嬉しくて、頬の笑みが止まない。

 忙しくとも、私達と過ごす時間を大切にしてくれている彼が愛しくて鼓動が跳ねる。
 嬉しさと共に……彼へ日頃の感謝を伝えたくて私はとある事を思い付いた。



 翌日、子供達は庭園で過ごしてもらい、グレインに護衛してもらった。
 私はシルウィオへ会いに執務室へと向かう。

 しかし執務室に彼は居らず、しょうがないので子供達の元へと戻れば。
 庭園の入り口近く、物陰に隠れるようにしてシルウィオが立っていた。

 なにをしているのだろう? とバレないように見つめれば、彼は庭園で過ごす子供達を見ていたようだ。

「ねぇね、おほんよんで」

「いいよ、テアおいで」

「やた! ねぇねすきー!」

「リルはお姉様だからね、いっぱい甘やかしてあげる」

「ねぇね~」

 庭園で二人並んで座り、リルレットが絵本を読んであげている姿。
 その光景をシルウィオは陰ながら見守っているのだろう。
 私も思わず微笑み、彼へと近付いた時だった。






 パシャ。

 ……?

 パシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ

 ……どこかで見た事ある光景と、見たことのある撮影機を手に持ち。
 無表情のままボタンを連打するシルウィオ。
 その光景に、後ろから近づいていた私は思わず笑ってしまう。

「ぷっ! あはは! シルウィオ……撮りすぎだよ!」

「っ……カティ」

「もう……声かけようとしてたのに、先に笑っちゃった」

「二人が……可愛くて」

 相変わらず子煩悩な彼を愛しく思いつつ、私は彼の手を握る。

「シルウィオを探してたの」

「どうした?」

「いつも……ありがとう、シルウィオ。お礼が伝えたかくて」

「いい。俺はカティが居れば」
 
 呟く彼に、私はニコリと笑って手に持っていた書類を見せた。

「これは……?」

「ふふ……昨日ね、ジェラルド様に頼んで……貴方の政務を幾つか手伝わせてもらったの。グラナートで王妃時代にやっていた事もあったから」

「っ!」

「これで、少しはゆっくりできるよね」

 彼のために、過去の知識や経験を活かして手伝えるお仕事を少し私に回してもらった。
 私からのお礼は、今はこれぐらいしか出来ない。
 けど、シルウィオは驚きつつもほのかに笑ってくれた。

「ありがとう……カティ」

「それでね……もしシルウィオが良ければね」

「?」

「いつでもいいから、みんなで出かけよう? テアとリルレットも貴方と一緒にお外に行きたいらしいの」

「……」

「ど、どうかな? シルウィオ」

 忙しい彼に少しでも家族の時間を過ごして欲しくて作った時間。
 我ながら誘うのは慣れていないなと自省しつつ。彼の答えを待つ。
 少しの無言に緊張していれば、急に手を引かれ抱きしめられた。

「シルウィ……」

「明日行く」

「え!? 明日?」
 
 思わず問いかけた言葉に、彼は嬉しそうに微笑みながらコクコクと頷く。
 
「待てない」

「そ、それは、嬉しいけど……っ」

 戸惑っていると、彼の手が頬に触れてそっと口付けが落とされる。
 吐息が漏れて、彼は小さく囁いた。

「久しぶりに、カティとゆっくりできる」

 はにかみながら呟く彼は本当に嬉しそうで、強く抱きしめてくれた。
 期待で嬉しそうな姿に、大きく揺らぐ尻尾が見えてきそう。

「わ、私も楽しみ。明日の服、選んでおくね」

「俺も準備しておく」

「……準備?」

「あぁ……」

 意味深な言葉を交わし、嬉しそうな彼と共に子供達の元へと向かう。
 明日への期待は、まるで初めて出かけた時のような緊張が胸に宿る。
 あの頃二人で出かけた時と違い、今度は家族で出かける事が嬉しく思えた。









   ◇◇◇◇◇
 

 アイゼン帝国。 

 かつて、皇帝夫妻が訪れた噂のある帝都の菓子店。
 美味しいと評判の店だが……そんな人気の場所には良からぬ虫が集る。
 この店も同様だった。


 夜中だというのに店内の明かりが灯っており、中には菓子店の女性店主と数人の男達がいた。
 男達は睨み、店主に詰め寄る。

「さっさと払ってもらえるか? こっちも困るんだよ」

「は、払えません。そんな高額……」

 男達が要求するのは借金の返済だった。
 その借金はすでに亡くなった店主の父のものであり、本来借りた金額に不当な金利を上乗せした膨大な額。
 菓子店の経営はうまくいっているが、その借金の利子だけで女性と家族は苦しい生活を強いられていた。

「分かってんのか? お前の父親が残した借金だろ。借りたら返すのが常識だろうが」

「ち、父が借りた額はとっくに返済済みです。それに……何十倍にもなっています。こんな額……」

 払えないと言おうとした口を塞がれ、数人の男達が女性店主の身体を押さえつける。
 ニヤニヤと笑い、店の明かりを幾つか消して外から見えぬようにした。

「ならよ、この店を手放してもらおうか。ちょうどこの立地が欲しい奴がいるんでな」

 はじめからこの要求のために不当な請求をしていたのだが、男達の欲はさらに高まり。
 女性店主を見て、ニヤリと笑った。
 
「足りない分は、その身で稼いでもらうぜ。まずは手始めに……俺らが客になってやるよ」

「っ!! や……やめ」

「おい、声は出すなよ。お前の兄弟や母親の身が心配だろ?」

 女性店主は脅され、身を震わせながら視線を落とす。
 諦めた様子に男達は成功を確信し、店主へと手を伸ばした。

「俺たちが最初の客だ。安心しろ、それなりの金は渡してやるよ」

「や……めて……くだ」
 
 救いの懇願に、男達が下卑た笑いを上げて店主の身体へ触れようとした……が。

「……邪魔だ」

「は?」

 突然の声と同時に、女性店主に手を伸ばしていた男達の指が歪な方向へと曲がっていく。
 骨が砕ける音が鳴ったと同時に、足からも破砕音が鳴って男達は倒れた。

「がぁッッッ!!!!!!」 

 男達が痛みで叫ぼうとした瞬間、その口は見えない力によって閉じられて店外へと引き摺られていく。
 漆黒の夜中、店外で男達が宙に浮くのだけが見え。
 悲鳴を上げる間もなく、何度も顔を地面に叩きつけられたのを女性店主は呆然と見つめていた。

「いま、いいか?」

「えっ!?」

 いつの間にか、店内に見知らぬ人物がいた。
 外套をまとって顔は見えないが、フードの陰から見える綺麗な銀糸の髪がゆらりと揺れる。

「あ……あの……」

 誰か分からない、それでもこの人が助けてくれた事だけは分かる。
 だから、店主がお礼を伝えようとした時。

「この、期間限定のワクワクセット……まだやっているか?」

「…………え? は、はい!?」

 謎の人物は店主を見ておらず、メニュー表の子供用お菓子セットを指さしていた。
 お礼など求めている訳でなく。ただただ自然なお客のように平然と言葉を続けてくるのだ。

「終わっているか? 子供達が喜びそうなのだが……」

「ま、まだやっています! やっております!」

「そうか。……明日はこの店を貸し切ろう。これで足りるか?」
 
 置かれた大量のお金。
 家族が飢えていた店主にとって充分すぎる金額だった。

「だ、だだ……大丈夫です!」

「俺の妻はこの店の菓子が好きだ。明日は頼む」

 淡々と、用事を済ませた人物は店外へと出ていく。

「店の外は、片付けておこう」

「え?」
 
 その言葉に店外を見れば、いつの間にやって来たのか多くの帝国騎士が男達を拘束して跪いていた。

(こ……この人……だ、誰なの?)

 疑問ばかりだが、明日は生涯最高の菓子を作ってみせると店主は固く心に誓って頭を下げたのだった。








 しかし……

 翌日、店にやって来る家族に飛び上がるほど驚くことを、まだ女性店主は知らない。
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