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二章
73話
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「おかたん! もうすこしでつく?」
「うん、あと少しだよ。リルレット」
向かうのは、母の眠るお墓。
揺れる馬車の中で暇になったリルレットはシルウィオの膝に座って、彼の頬を引っ張るようにして遊び始める。
シルウィオは抵抗もせずにされるがまま……いや、むしろ嬉しそうだ。
その光景に微笑みつつ、私は馬車の外を見つめる。
私の母は、グラナートの辺境の村にある共同墓地に埋めてもらう事を望んだ。
父が……アレだったので、同じ家系のお墓に入るのは嫌だったのかもしれない。
母らしい選択だ。
だから母が眠る村に向かう道は、のどかな野原が広がる田舎道だった。
真っ青な空と見渡す限り新緑の平原。その光景にふと思い出す。
ここへ最後に来たのは……アドルフの……グラナートの王妃になったばかりの頃だっただろうか
◇◇◇
揺れる馬車の中、アドルフは外を見渡して言葉を失っていた。
なにせ、見渡す限りなにもない平原なのだから当然だ。
貴族らしからぬ土地に私の母が眠っていることを驚くのも無理はない。
『こんな所に、カーティアの母が眠っているのか』
『幼い頃の記憶しかないですが。母は、父とあまり仲が良くなかったので……』
『そういうものか……まぁ、亡き後ぐらいはのどかな場所に居たいという気持ちは分からないでもないが』
『ふふ、そうですね』
長い時間を馬車が走り、辿り着いた農村の近くに母のお墓は建っていた。
村から少し離れた広い野原にポツンと立った墓標は悪目立ちしているように見える。
ここ一帯は共同墓地であるのだが、流石に貴族家が建てたお墓の近くに建てることは憚られるのだろう。
管理もろくにされておらず、雑草が生い茂っている。
その光景は、少し……
『……寂しいところだな』
『そうですね……父がお墓を管理する事を放棄して。私も王妃教育でなかなか来れず。少し……寂しい事になってしまってますね』
呟きながら、私はせめてもと墓標の周辺に生えている雑草を抜いた時。
アドルフもしゃがみ込んで、私と同じように雑草を抜き始めた。
『っ……?』
『陛下!?』
私や、周囲の護衛が驚くのも当然だった。
アドルフは王家の人間だ。私の行為を下品だと吐き捨てるかと思っていたのに。
むしろ彼は、嬉しそうに笑いながら雑草を抜いていくのだ。
『感謝はいらないぞ……俺にとっての義母なんだ。これぐらいはするさ』
『アドルフ……』
『それに、案外楽しいな。王として忙殺されそうな日々に、こうしてのどかな場所で過ごすのを夢見ていたんだよ。いいな、ここ』
彼は楽しそうに、母のお墓周りの雑草処理を嫌な顔もせずにしてくれる。
そして積もった雑草を見てやり切った表情を浮かべた後、私と共にお墓に挨拶をしてくれた。
『義母も、これで少しは喜んでくれるだろう……いっそ、墓の周りを花畑にでもするか!』
『ふふ、そうですね。いつか時間があれば母にそうしてあげましょうか。……ありがとう、アドルフ』
『あぁ、いつかそうしよう。すっかり夜だな……帰ろうか。カーティア』
『はい!』
草むしりをして汚れた手。とても王家の手には見えないけれど、お互いに汚れた手を繋いで歩いていく。
笑い合い、未来を話しながら。
◇◇◇
どうして、今になって思い出すのだろう。
お互いに愛して合っていた頃の、数少ない思い出。
忘れていた記憶を思い出して戸惑っていると、馬車が停まった。
「着きました。カーティア様」
目的地に着いたようだ。
先導したジェラルド様の言葉に、私は馬車を降りる。
そこには、記憶と変わらなぬ母のお墓があった。
少し違うのは、私が王妃時代に村の人たちに頼んだおかげか、雑草の管理をしてもらえて、綺麗にしてもらっている。
村の人達には感謝をしないと。
とはいえ、ここはグラナートでも辺境の地。村の人達は私のことなどあまり覚えてもいないだろう、いきなり押しかけても困らせそうだな。
「ここに、おかたんのおかたんがいるの?」
「そう……私達を見守ってくれてるのよ。リルレット」
「じゃあ、りるもありがとーする!」
「そうだな、俺も……挨拶しておこう」
シルウィオと共にリルレットの手を引いて、母のお墓に挨拶をする。
幸せになったことを報告し、お墓参りも済ませ……帰ろうと振り返った時だった。
「……っ!!」
「わー! きれー!」
「……見事だな」
母のお墓しか見ていなかったから、気付かなかった。
振り返れば……綺麗な花畑が広がっていた。
ちょうど、母のお墓から見える綺麗な景色に思わず息を呑む。
記憶と違う。こんな花畑が広がってはいなかったはずなのに。
「どうして……」
宝石のように色鮮やかに咲き誇った花々が、見惚れてしまう程の絶景を作りだしている。
風がそよげば、散っていく花弁が虹のように空に川を描くのだ。
あまりに見事な光景に、私達を含め……グレインやジェラルド様も言葉を失って見惚れていた。
「……あれま、お客さんだ。こんにちは」
見惚れていると、見知らぬ男性が私達を見て声をかけた。
三十歳ほどだろうか、持っている道具からこの共同墓地の掃除をしている方だろう。
屈託のない笑顔を浮かべて私達へと会釈をする彼に、思わず声をかけてしまう。
「あ、あの……少し聞いてもいいですか?」
「……どうしましたか? おらたちは貴族様のご要望に応えられるような事、あまりできないですよ?」
「い、いえ。聞きたいだけです。ここから見える花畑ですが、いつから……ここに?」
「あぁ……あれは……」
男性は笑顔を浮かべて答えた。
「数年前、いきなりやって来た男があそこに植え始めたんですわ。片腕も動かないような怪我人でね、聞けば、なんでも……代償のせいだとか訳わかんないこと言っていたかな?」
「……それ、は」
「とはいえ、楽しそうに笑って農作業も手伝ってくれるし……うちの村とも直ぐに打ち解けて、すっかり村の一員ですよ。あいつが熱心に花を植え育てて、今やこの光景でしょう? 大したもんですよ」
––––いっそ、墓の周りを花畑にでもするか!
ただの偶然。
しかし聞かずにはいられなかった。確かめるように疑問を口にする。
「あの……その人は……」
「しかもそいつ、もうじきに結婚するんですよ。片腕が使えないからって介護してた女性と恋仲になってね。せっかくだからあの花畑で結婚式でもしようかなんて、考えとるんですわ」
そこまで喋った男性は、遠くに目をこらしたかと思うと「お!」と跳ねた声を出す。
「噂をすれば、ほら! 向こうで歩いてる奴だよ!」
彼が指さす方向を見て、目を見開く。
女性と寄り添って、笑いながら歩いていたのは……
––魔法とは、一つの結論だけでなく……予想も出来ない結果が起きるのです。人智を超えた、僕らの予想など超えた神秘的な結果を起こす……だから面白いんです。
そうか……シュルク殿下が言っていたことが、ようやく分かった。
きっと、この事を……
花畑で歩く男女を見つめ、その光景を心の底から祝福する気持ちから自然と微笑みがこぼれる。
「良かったら呼んできましょうか?」
男性の気遣いに、首を横に振る。
私も、彼の人生からは消えよう。それがお互いの一番だろう。
「大丈夫です。ただ……”ありがとう”とだけ……伝えておいてくれますか?」
「え? なにを……」
困惑した表情を浮かべた男性に頭を下げ、私はリルレットとシルウィオの手を握る。
色とりどりの花弁が舞い散り、その花弁が頬を撫でる中で二人に微笑んだ。
「帰ろうか! シルウィオ、リルレット……私達の居場所に」
「うん! おかたん! りるね、かえったら、まほーのべんきょうするの!」
「リルレット、私も手伝えることは何でもするからね」
「うん!」
「俺は、帰れば久々にカティと時間を過ごしたい」
「ふふ、私もです。シルウィオ……大好きだよ」
「っ……知ってる。俺も同じだ」
喜ぶリルレット、そして照れるシルウィオと共に歩き出す。
振り返ることはない。
今も私の手は最愛の家族と繋がって……離れることはないから。
私達は……お互いの幸せのために生きていこう。
きっとそれが、互いに望んだ道だから。
どうか、幸せに。
ありがとう……––––
「うん、あと少しだよ。リルレット」
向かうのは、母の眠るお墓。
揺れる馬車の中で暇になったリルレットはシルウィオの膝に座って、彼の頬を引っ張るようにして遊び始める。
シルウィオは抵抗もせずにされるがまま……いや、むしろ嬉しそうだ。
その光景に微笑みつつ、私は馬車の外を見つめる。
私の母は、グラナートの辺境の村にある共同墓地に埋めてもらう事を望んだ。
父が……アレだったので、同じ家系のお墓に入るのは嫌だったのかもしれない。
母らしい選択だ。
だから母が眠る村に向かう道は、のどかな野原が広がる田舎道だった。
真っ青な空と見渡す限り新緑の平原。その光景にふと思い出す。
ここへ最後に来たのは……アドルフの……グラナートの王妃になったばかりの頃だっただろうか
◇◇◇
揺れる馬車の中、アドルフは外を見渡して言葉を失っていた。
なにせ、見渡す限りなにもない平原なのだから当然だ。
貴族らしからぬ土地に私の母が眠っていることを驚くのも無理はない。
『こんな所に、カーティアの母が眠っているのか』
『幼い頃の記憶しかないですが。母は、父とあまり仲が良くなかったので……』
『そういうものか……まぁ、亡き後ぐらいはのどかな場所に居たいという気持ちは分からないでもないが』
『ふふ、そうですね』
長い時間を馬車が走り、辿り着いた農村の近くに母のお墓は建っていた。
村から少し離れた広い野原にポツンと立った墓標は悪目立ちしているように見える。
ここ一帯は共同墓地であるのだが、流石に貴族家が建てたお墓の近くに建てることは憚られるのだろう。
管理もろくにされておらず、雑草が生い茂っている。
その光景は、少し……
『……寂しいところだな』
『そうですね……父がお墓を管理する事を放棄して。私も王妃教育でなかなか来れず。少し……寂しい事になってしまってますね』
呟きながら、私はせめてもと墓標の周辺に生えている雑草を抜いた時。
アドルフもしゃがみ込んで、私と同じように雑草を抜き始めた。
『っ……?』
『陛下!?』
私や、周囲の護衛が驚くのも当然だった。
アドルフは王家の人間だ。私の行為を下品だと吐き捨てるかと思っていたのに。
むしろ彼は、嬉しそうに笑いながら雑草を抜いていくのだ。
『感謝はいらないぞ……俺にとっての義母なんだ。これぐらいはするさ』
『アドルフ……』
『それに、案外楽しいな。王として忙殺されそうな日々に、こうしてのどかな場所で過ごすのを夢見ていたんだよ。いいな、ここ』
彼は楽しそうに、母のお墓周りの雑草処理を嫌な顔もせずにしてくれる。
そして積もった雑草を見てやり切った表情を浮かべた後、私と共にお墓に挨拶をしてくれた。
『義母も、これで少しは喜んでくれるだろう……いっそ、墓の周りを花畑にでもするか!』
『ふふ、そうですね。いつか時間があれば母にそうしてあげましょうか。……ありがとう、アドルフ』
『あぁ、いつかそうしよう。すっかり夜だな……帰ろうか。カーティア』
『はい!』
草むしりをして汚れた手。とても王家の手には見えないけれど、お互いに汚れた手を繋いで歩いていく。
笑い合い、未来を話しながら。
◇◇◇
どうして、今になって思い出すのだろう。
お互いに愛して合っていた頃の、数少ない思い出。
忘れていた記憶を思い出して戸惑っていると、馬車が停まった。
「着きました。カーティア様」
目的地に着いたようだ。
先導したジェラルド様の言葉に、私は馬車を降りる。
そこには、記憶と変わらなぬ母のお墓があった。
少し違うのは、私が王妃時代に村の人たちに頼んだおかげか、雑草の管理をしてもらえて、綺麗にしてもらっている。
村の人達には感謝をしないと。
とはいえ、ここはグラナートでも辺境の地。村の人達は私のことなどあまり覚えてもいないだろう、いきなり押しかけても困らせそうだな。
「ここに、おかたんのおかたんがいるの?」
「そう……私達を見守ってくれてるのよ。リルレット」
「じゃあ、りるもありがとーする!」
「そうだな、俺も……挨拶しておこう」
シルウィオと共にリルレットの手を引いて、母のお墓に挨拶をする。
幸せになったことを報告し、お墓参りも済ませ……帰ろうと振り返った時だった。
「……っ!!」
「わー! きれー!」
「……見事だな」
母のお墓しか見ていなかったから、気付かなかった。
振り返れば……綺麗な花畑が広がっていた。
ちょうど、母のお墓から見える綺麗な景色に思わず息を呑む。
記憶と違う。こんな花畑が広がってはいなかったはずなのに。
「どうして……」
宝石のように色鮮やかに咲き誇った花々が、見惚れてしまう程の絶景を作りだしている。
風がそよげば、散っていく花弁が虹のように空に川を描くのだ。
あまりに見事な光景に、私達を含め……グレインやジェラルド様も言葉を失って見惚れていた。
「……あれま、お客さんだ。こんにちは」
見惚れていると、見知らぬ男性が私達を見て声をかけた。
三十歳ほどだろうか、持っている道具からこの共同墓地の掃除をしている方だろう。
屈託のない笑顔を浮かべて私達へと会釈をする彼に、思わず声をかけてしまう。
「あ、あの……少し聞いてもいいですか?」
「……どうしましたか? おらたちは貴族様のご要望に応えられるような事、あまりできないですよ?」
「い、いえ。聞きたいだけです。ここから見える花畑ですが、いつから……ここに?」
「あぁ……あれは……」
男性は笑顔を浮かべて答えた。
「数年前、いきなりやって来た男があそこに植え始めたんですわ。片腕も動かないような怪我人でね、聞けば、なんでも……代償のせいだとか訳わかんないこと言っていたかな?」
「……それ、は」
「とはいえ、楽しそうに笑って農作業も手伝ってくれるし……うちの村とも直ぐに打ち解けて、すっかり村の一員ですよ。あいつが熱心に花を植え育てて、今やこの光景でしょう? 大したもんですよ」
––––いっそ、墓の周りを花畑にでもするか!
ただの偶然。
しかし聞かずにはいられなかった。確かめるように疑問を口にする。
「あの……その人は……」
「しかもそいつ、もうじきに結婚するんですよ。片腕が使えないからって介護してた女性と恋仲になってね。せっかくだからあの花畑で結婚式でもしようかなんて、考えとるんですわ」
そこまで喋った男性は、遠くに目をこらしたかと思うと「お!」と跳ねた声を出す。
「噂をすれば、ほら! 向こうで歩いてる奴だよ!」
彼が指さす方向を見て、目を見開く。
女性と寄り添って、笑いながら歩いていたのは……
––魔法とは、一つの結論だけでなく……予想も出来ない結果が起きるのです。人智を超えた、僕らの予想など超えた神秘的な結果を起こす……だから面白いんです。
そうか……シュルク殿下が言っていたことが、ようやく分かった。
きっと、この事を……
花畑で歩く男女を見つめ、その光景を心の底から祝福する気持ちから自然と微笑みがこぼれる。
「良かったら呼んできましょうか?」
男性の気遣いに、首を横に振る。
私も、彼の人生からは消えよう。それがお互いの一番だろう。
「大丈夫です。ただ……”ありがとう”とだけ……伝えておいてくれますか?」
「え? なにを……」
困惑した表情を浮かべた男性に頭を下げ、私はリルレットとシルウィオの手を握る。
色とりどりの花弁が舞い散り、その花弁が頬を撫でる中で二人に微笑んだ。
「帰ろうか! シルウィオ、リルレット……私達の居場所に」
「うん! おかたん! りるね、かえったら、まほーのべんきょうするの!」
「リルレット、私も手伝えることは何でもするからね」
「うん!」
「俺は、帰れば久々にカティと時間を過ごしたい」
「ふふ、私もです。シルウィオ……大好きだよ」
「っ……知ってる。俺も同じだ」
喜ぶリルレット、そして照れるシルウィオと共に歩き出す。
振り返ることはない。
今も私の手は最愛の家族と繋がって……離れることはないから。
私達は……お互いの幸せのために生きていこう。
きっとそれが、互いに望んだ道だから。
どうか、幸せに。
ありがとう……––––
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