死んだ王妃は二度目の人生を楽しみます お飾りの王妃は必要ないのでしょう?

なか

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二章

64話

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 ざわつく貴族達を無視して、私は歩き出した。
 シルウィオの横を通り、真っ直ぐにクズの元へと。

「恐怖で統治する皇帝など相応しくない! 皆で訴えかけるのだ! 我らを縛る皇帝など要らぬと! さぁ!」

 あぁ……やっぱりこの人。私は大嫌いだ。
 シルウィオの今までの功績も知らず、何を言っているのだろうか。
 本当に腹が立つ。

「黙りなさい。ヴォーレン」

「なっ!! この廃妃されたアバズレめ! 口を挟むな––––ガァッ!??」

 怒りに任せてヴォーレンに突き刺さっていたナイフを蹴り飛ばすと、血飛沫と共に彼は悲鳴をあげた。

「黙れと言ったの。分からない?」

「なっ……あぐっつ!!??」

 再度ナイフを踏んで痛みで与えた後、私は周囲の貴族達へと視線を向けた。
 大きく息を吐き……久しぶりに、グラナートで王妃だった頃のような責任感を思い出す。
 今は帝国皇后として、私は皆へと言葉を出していく。

「皆、なにを不安そうな表情をしているのですか」

「私達は、心配で……」
「先程の話は本当ですか!? 皇帝陛下が母を……」

「それが……なんだというの? シルウィオに不信を抱く理由にもならないわ」

「っ!!」

「何十年も続いていた貴族同士の内乱を止めたのは誰ですか。民が飢えに苦しまぬように農耕の管理、食物の輸入へと力を入れて……帝国を歴史上、最も栄えさせたのは誰ですか?」

「……皇后様」
「……」

「……この場に一人でも皇帝から理由なき弾圧を受けた者はいますか!? 一人でも不当に断罪された者はいるのですか!?」

 ざわついていた貴族達は、お互いに顔を見合わせる。
 不当な扱いを受けた者など当然おらず、少しずつ皆のシルウィオに向ける表情が晴れていく。

「帝国の内乱を収め、かつてない平和をもたらしたのは誰なのかを考えなさい! その皇帝が、母を殺めた選択がどれだけ重く、苦しい選択かも知らず……貴方達は責められますか!?」

「わ、私達は……」

「アイゼン帝国貴族はどの国よりも恩義を重んじる気高き貴族のはず! かつてない平和を与えられ、それを享受してきた貴方達は誰を信じるのか! よく考えなさい」

「……っ!!」
「皇后様」「俺は……」

「皇后として、皆に願います。どうか貴方達に安寧をくれた皇帝を……信じてください」

「カティ……」

 私の言葉を皮切りに、貴族が続々と片膝を落としていく。
 シルウィオへと敬意を表すように頭を下げて。その視線は信じるように真っ直ぐだった。

「我らが皇帝陛下……貴方を責めるなど、誰ができましょうか」
「皇后様の言う通り、かつてない平和を与えてくださった貴方へ敬意と感謝を!」

「皆……」

 シルウィオは今まで、貴族達すら遠ざけていた。
 そのことに恐怖は確かにあったかもしれない。だけど、皆がヴォーレン達のように思慮の浅い者達ばかりでない。

 彼らはしかとシルウィオが作って来た功績に敬意を表して、支持しているのだ。
 だからこそ……アイゼン帝国はかつてない平和を作り出している。
 決して、恐怖による統治などではない。

 ヴォーレンは目の前の光景が信じられないような表情を浮かべて叫んだ。

「ば……ばかな! 皇帝は母を殺したのだぞ! お前らはそれでも支持するのか!」

「ヴォーレン公、私達は恩を仇で返すような恥知らずではないのだよ」
「そうだな。陛下は確かに怖いが……だからこそ安心もできる」
「私も……シルウィオ陛下だからこそ。帝国を引っ張ってもらいたいと思えるのよ、貴方なんかよりもね」

「な……な……馬鹿な……この馬鹿者どもめ! お前達のような者など、帝国に相応しくない!」

「いや、相応しくないのは貴様だろ」
「ふふふ、その通りですわ。気高き帝国貴族の恥ですよ。ヴォーレン殿」

 嘲笑されたヴォーレンは逆恨みのように、私へと視線を向けた。

「こ……この……他国からきた小娘ごときが、口を挟みおって……このアバズ––」

「先程から、貴様は」

 叫ぼうとしたヴォーレンだったが、もうシルウィオが許してくれはしなかった。
 
「誰の妻を……貶している」

「ば……あが! がぁ! ぶっ!!」

 その瞳孔は今までで一番鋭く、ヴォーレンの顔が魔法により地面へと叩きつけられた。
 何度も、何度も。
 
「や……やめ!」

「腸が煮えくり返る思いだ。貴様だけは……」

 近くの帝国騎士から剣を取ったシルウィオはその切っ先をヴォーレンの頬へと突き刺した。
 ためらいもなく、何度も。

「あば……あがっ!!……いぃ!!」
 
 痛みから逃れるように、這って逃げていくヴォーレンをシルウィオは冷たく見下ろし。
 ゆっくりと、その切っ先を彼に向けた。

「前皇帝が次期皇帝を決める前に急死した際。貴様は……後宮で起こる皇位継承争いを止められる公卿という身でありながら……見過ごし、血みどろの争いを助長させていたな。貴様のせいで、何人が苦しんだ」

「あ……あぁ……た、だずげ……だずけ」

「そして、今も……我が妻を貶め……忠臣達の命を狙ったことは許し難き愚行だ」

「だずげ!! やめ!」

「目障りだ。もう……二度と喋るな」

 鋭い銀光を放った剣先がヴォーレンを切り裂いた。
 シルウィオは血に染まる剣をそのまま地面に刺して、再び視線を戻す。

「皆」

 その一言に会場は静まり返り、皆が跪きながら彼の言葉を待つ。

「ついてきてくれること、感謝する」

「「「畏れ多いお言葉です!!!!」」」

「俺は……これからも、我が帝国の平和を皆に与えると約束する。だから」

「……」

「愛する俺の妻と娘を……見守ってほしい」

 きっと、初めて頼ったであろう彼の言葉。
 それを聞いた会場の皆は、身体を震わせ、空気すら震わせるな声量で言葉を返した。

「お任せください」……と。



 
 その後、前公卿ヴォーレンは運ばれていった。
 わざとシルウィオは殺さなかったのだろう。声も出せなくなり、荒い息を吐いて痛みにもがいても死ねない姿は……ある意味でずっと悲惨だった。
 国を揺るがすような大混乱であったはずの動乱は、シルウィオ達の圧倒的な力によって幕引きを終えた。



   ◇◇◇



 騒動が終わり、私とシルウィオはリルレットの元へと戻ろうとした時だった。


「へ、陛下! よろしいでしょうか!?」

 焦った様子でやって来たジェラルド様に、私達は何事かと視線を合わせた。

「どうした」

「そ……それが、太皇太后を捜索していた部隊にヴォーレンが主犯だと伝わっておらず……発見し、連行してきたようなのです!」

 ずっと、姿が見えなかった太皇太后。
 ヴォーレンが言った通りに、シルウィオを恐れて隠れていたのだろうか。
 その彼女が情報の行き違いにより、捜索隊が見つけ出して連行してきてしまったようだ。
 
「……」

「ど、どういたしますか?」

「いま、リルは何をしている?」

 突然のシルウィオの問いに、ジェラルド様は瞬時に答えた。

「はっ!! 侍女達の報告によれば……今はお昼寝をしていると」
 
「カティ、まだ少しだけ……一緒にいてくれるか?」

「え……は、はい」

「太皇太后に会い、連行したことを謝罪する。ジェラルド、準備してくれ」

「承知いたしました!!」

 シルウィオなりに、太皇太后の真意が知りたいのだろうか。
 肉親である祖母に恐怖されているという事実を知り、彼の背が再び寂しそうで……私の手握る彼の手が、少し震えているようにさえ思えた。
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