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二章
65話
しおりを挟む無実だと分かった太皇太后を連行してしまったことを謝罪するため、謁見が行われる事となった。
玉座に座り、シルウィオと共に太皇太后が来るのを待つ。
大扉が開き……その人はやって来た。
「……失礼します」
入ってきた太皇太后は、歳は重ねていても美しい女性だった。
シルウィオと同じ銀色の髪は光を反射してキラキラと輝いており、彼の深紅の瞳とは真逆の、空のような蒼色がシルウィオを見つめている。
表情は、どこか不安そうだ。
「……陛下」
太皇太后様は私達の前へ立った途端、急に頭を下げた。
突然の行為に言葉が出ず、驚いてしまう。
「っ!?」
「今更遅いけど……どうか謝罪させて欲しいの、顔も見せなくてごめんなさい」
「……」
……??
何かが食い違っている。
今回は無実の罪で連行してしまった事を私達から謝罪するはずだったのに、どうして太皇太后様が謝っているのだ。シルウィオも黙っているので、二人の関係性が良く見えない。
感じた疑問が、思わず私の口を動かしていた。
「あ、あの……関係ない者が喋って申し訳ありません」
「貴方は……?」
「私は、シルウィオの妻……皇后のカーティアです」
「っ!! そう……結婚も……していたのね」
どうやら、帝国の世情さえも全く知らない様子だった。
捜索隊が見つけた際も、他国で目立たずひっそりと暮らしていたようだし。シルウィオに恐怖して情報を遮断していたのだろうか。
「その……此度は私達が誤って連行してしまった事を謝罪したいと思っていたのです。なのに、どうして貴方が謝罪を?」
太皇太后様はシルウィオをチラリと見ながら、視線を落として答えた。
「……私の、娘……いえ。陛下の母が亡くなってから一度も彼と会わぬように避けていたからよ。逃げて、遠ざかっていたの……謝罪すらせずにね」
「どうして、謝罪が必要なのですか?」
「恨まれても仕方ないと思ったからよ。私の娘は……陛下に、感情すら無くす教育をしたの……私はそれを知っていながら黙認し続けた。同罪よ」
その言葉に、シルウィオを見る。
彼は俯いたままだったが、太皇太后は言葉を続けていく。
「私の娘は、陛下から全てを奪った。周囲の人間を遠ざけ……友すら作らせず、笑うことも禁じ……強く、恐怖される冷酷な皇帝にしようとしていたの」
その言葉に、初めて彼に会った時を思い出す。
誰も寄せ付けず、話し合いすら拒否して……笑わないシルウィオを。
それが……彼の母が教えたことだというのだろうか。
疑問に思っていた時、シルウィオは不意に立ち上がって太皇太后の元へと歩きだした。
彼が一歩近づくたびに、彼女は本当に怖がって身を竦めた。
「……ごめんなさい、ごめんなさい! 私の娘の教育が貴方を苦しめていると分かっていながら、見て見ぬふりをしていたの!」
「……」
「でも、どうか……私の命を奪ってもいいから、あの子は許してあげてほしいの。仕方がなかったの! ああするしかなかった! あれが……あの子の最善だったの!」
太皇太后の真意が掴めぬ謝罪を全て無視して、シルウィオは膝を落として太皇太后と目線を合わせた。
そのまま、彼は太皇太后の手をとる。
「ぇ……」
「お久しぶりです……太皇太后。いえ、おばあ様」
「へ……陛下……?」
「どうか、幼き頃と同じ……シルウィオとお呼びください」
無表情のままだけど、シルウィオの声色は優しかった。
その様子に、太皇太后が恐怖していたような憎しみはまるで感じない。
「う、恨んでいないの? 貴方の母と……私のことも」
「恨んで……いたのかもしれない。だが俺にも妻と娘ができて……知りたいと思うようになったのです。俺の母が、なにを考えていたのかを」
「……」
「妻のカティも俺も子の笑顔を望み、明るく自由に生きてほしいと願っている。愛しい我が子の笑顔を奪う考えなど思いつきもしない。だから母が俺の笑みすら禁じたのは、皇帝にしたい以外の理由もあったのではないかと……思いたい」
「…………あの子を、憎んでいないの? 殺したいほどに……貴方は怒っているはずだと……」
「いまや憎しみも、怒りもない……俺はただ、真実が知りたいだけです。母の真意を知っていれば、教えてほしい」
太皇太后は暫しの沈黙の後、震える手で懐から紙を取り出した。
くしゃくしゃで、年数の経ったその紙をシルウィオへと差し出した。
「貴方の母が毒を含まれ、死の間際に私へと送ってきた手紙よ。死後に貴方に渡して欲しいと書いてあった。でも……貴方に恨まれている事が怖くて渡せなかったの。ここに、あの子の本心が書かれているわ。今さら真実を知っても、ただ怒りが再燃するだけかもしれない。それでも……知りたいの?」
「はい……」
「分かったわ。貴方の母の本心を……どうか知ってあげて。ずっとこの手紙を渡せなくてごめんなさい」
「また、ひ孫の顔を見にきてください。俺と違って、明るい子です」
「…………っ……ありがとう。本当に、ごめんなさい……」
亡き母が残した手紙をシルウィオは受け取る。
太皇太后は言い残した事を伝え終わったかのように深い礼をして、謁見の間を後にしてしまった。
その背を見送った後、彼は私へと視線を向けた。
「カティ、隣に来てほしい」
「……うん」
隣へと歩いていけば、手紙を持つ彼の手が震えている事が分かった。
彼の過去になにがあったのか分からない、だけどその手の震えに、私には想像もできない悩みと葛藤があるのは分かる。
だから、彼の手に私はそっと手を添えた。
「シルウィオ……」
「傍にいてくれるか?」
「うん、もちろん」
シルウィオはゆっくりと、亡き母が残した手紙を開いていった。
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