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二章

60話

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「リルね、このおほんね。おとたによんでほしー!」

「……無理だ」

「なーーんで! おとた!」

 暇を持て余したリルレットは、魔術書を読んで欲しいとシルウィオへと迫る。
 しかし……シュルク殿下が書いた本を読むのが嫌なのか、彼は渋っていた。

 そんなやり取りを見守っていると、ジェラルド様がやって来た。
 流石だ……傷一つない様子に安堵の息を吐くと、リルレットも彼に気付いて走り出した。

「じーい! おほんよんで!」

「姫様、今日もお元気でじいは嬉しいです。ですが……今は陛下とお話をしてきてよろしいでしょうか?」

「んーー? わかた!」

「はは、ありがとうございます」

 ジェラルド様はリルレットの頭を優しく撫で、シルウィオの元へと向かった。
 その後ろにリルレットが付いていこうとするので、私は手を招いて遠ざける。
 小さな子に聞かせる話ではないだろう。
 
「リルレット、おいで……こっちで読んであげるから」

「おかたん!」

 歩いてきたリルレットを膝にのせて、少し離れた二人の会話に聞き耳を立てながら本を読んであげる。
 
「捕えた者ですが……黒緋色の鎧騎士でした。ヴォーレン前公卿と共に行動していた者です。指示を受けたとも尋問で吐きました」

 前公卿ヴォーレンという名。やはり、杜撰に思えた計画は太皇太后でなく別の者が主犯だったのだ。
 それを聞いたシルウィオは、怒りに似た雰囲気を放った。

「皇族の祖母を偽るか……消すぞ、ジェラルド」

「はっ!!……ですが、今は娘達が心配のため、私はグレイン達を追って城を空けてもよろしいでしょうか?」
 
 ジェラルド様の心配は当たり前だ。
 グレインが向かってくれているとはいえ、狙われている娘達の安否がまだ分からないのだ。
 私も過去に一緒に遊んだミリアとラーニを思い出して不安が募る。 

「すぐに早馬を用意させよう」

「感謝いたします!」

 二人の会話が終わった時。
 ふと、リルレットが顔をあげて二人を見つめる。

「じーい、いきたいとこある?」

 そう呟いて、ぴょんと私の膝から下りて二人の元へと歩いていく。
 私も慌てて後を追った。

「姫様……じいは少し急ぎで向かうべき場所があり」

「あのね、あのね。リルね、できるよ?」

「?」

 リルレットがジェラルド様の袖を引いて、何かを呟く。

「姫様?」
「リル、どうした」

 シルウィオ達が当然の疑問を投げかけるが、私もリルレットが何を言おうとしているのか分からない。
 だけど、リルレットはニコリと笑って言葉を続けた。

「あのね、じーい。いきたいとこ考えて!」

「? なにを……」

「えっとね、おほんにかいてたの。りるね、できるかもしれないの!」

 本に書いていたとは、読んでいた魔術書のこと?
 そう問いかけようとした瞬間。リルレットを中心に緑色の光の渦が私達を囲みだした。
 風が唸って、周囲の草木が大きく揺れる。

「リ、リルレット? なにをして––」
「リル、やめ––」

 私とシルウィオの声は、そこで途絶えた。





   ◇◇◇





 何が起こったの? 目も開けられぬ程の光がはじけた瞬間。
 城の庭園から、私達は見知らぬ屋敷の前に立っていた。

 周囲を林に囲まれている大きな屋敷。
 門番らしき衛兵達が、私達を見て驚きの顔を浮かべている。

「こ……ここは」

「やた! できた! おかたん、りるえらい?」

 喜ぶリルレットの声を聞きながら、私はここが何処かと周囲を見渡す。
 しかしその答えを、一際驚いた様子のジェラルド様が答えた。

「こ……ここは私の屋敷です……ど、どうして」

 ジェラルド様の屋敷?
 そんな……帝国の城内から一瞬で移動したというの?
 信じられないが、一瞬で何処かに移動する魔法が私には見覚えもあった。
 確か、過去にシュルク殿下が行っていた。転移魔法……

「あのね、おほんにね、かいてたの」

 そうか。
 シュルク殿下が書いた魔術書、それに記されていたのだ。
 まさかリルレットだけでなく周囲の私達まで転移できるなんて……とんでもない力だ。

「リル、すごい?」

「す、すごいけど……リルレット。こういった魔法は簡単に使ったら駄目!」

「えーなんで!」

「失敗したら危ないの。……リルレットが怪我するかもしれないよ? お母さんは心配だよ?」

 リルレットへそう言えば、反省したように下を向いた。

「…………ごめなさい」

「リルレットは本当に凄い子だよ。でも、これからはお母さん達に一回聞いて?」

「う……ん……ごめさい……おかた、ねんね……したい」

 反省を促していると、リルレットは目をくしくしと撫でて私に抱きついてきた。
 そのまま……なんと寝てしまった。

「リルレット!?」

「魔力の使い過ぎによるものだ。身体に異常はない……安心しろ、カティ」

 咄嗟にシルウィオが診て、答えてくれる。
 一安心していると、ジェラルド様が頭を下げてきた。

「カーティア様、どうか姫様を許してあげてください。私が余計な心配をかけてしまいました」

「えぇ……これもリルレットの優しさですし、嬉しくも思っております」

 この子を責めるつもりはない、ただ……この子の強大な魔力は簡単に使うものではない。
 また、ゆっくりと教えよう。
 でも今は。

「今は、ジェラルド様の娘様達を狙っている者達を優先しましょう」

「姿は見えませんね……」

 周囲を見渡しても、屋敷の前を守る衛兵が声をかけづらそうにしているだけだった。
 しかし……近くの林から飛び出して来る者が一人いた。

「カ、カーティア様!? 光が見えたのでもしやと思いましたが……信じて来て良かった!」

 なんと走って来たのは、かつてグラナートで大臣を務めていたレブナンだった。
 リルレットの転移魔法の光を見てやって来たらしき彼は、私達の前で跪いた。

「も、申し訳ありません! 奴ら……既に近くに来ており……計画を早めて屋敷を襲う気です!」

「どこだ」

 レブナンはやって来た方向を指さした。

「あちらです! 今はギルクが止めてくれておりますが……長く保つか……」

 瞬間、ジェラルド様が走り出していた。
 まさか計画が早まっているなんて……リルレットがここへ転移してくれなければ、どうなっていたか。
 娘の頭を撫でながら、私はシルウィオの傍を離れぬようにジェラルド様の後を追った。


 林の中を進む先、そこには集団の男達がいた。
 皆が剣を手に持ち、殺気立つ中で一人の男が傷だらけで彼らの前に立つ。

 かつて、私を連れ帰すために帝国へやって来ていた。
 グラナート元近衛騎士団長––ギルクだ
 彼は集団の前に一人立っていた。

「剣も持てぬ者が、俺達を裏切るとはな」

「う、うるせぇ! お前らなんて……腕が無事なら、楽勝なんだよ!」

「貴様も皇帝に恨みを持っていたはずだ。なぜ裏切る?」

「分かってねーな……あの皇帝に激怒される方が万倍も怖いって知ってるからだよ!」

 シルウィオの恐怖を知る彼は、そんな言葉を吐いて食い止めてくれていた。
 その時、集団の一人が私達に気づき、叫びのような声をあげる。

「お、おい! あれ!」
「こ、皇帝!? なんでここに!」

「鎮まれ!」

 騒ぐ集団から出て来たのは、一人の騎士だった。
 リーダらしき黒緋色の鎧騎士が、剣先を私達へと向けて一歩前に出てきた。

「内通者によって計画が筒抜けだったとはな……油断した。だが、俺の目的はわざわざ出向いてきてくれたようだ」 

 鎧の下からでも分かる。騎士は下卑た視線を私へと向けた。

「あのカーティア王妃が、俺の前に居る。ここで皇帝を殺せば、情婦として迎えてやるよ」
   
 騎士は、シルウィオへと剣先を向けた。

「さて、皇帝陛下……あんたを動けぬようにして、目の前で皇后をおか––」

「おい……」

「っえ?」

 一瞬だった。
 黒緋色の騎士の剣を持つ腕がもげて、血しぶきと共に宙を舞う。
 何が起こったのか理解出来ていない騎士は、自身の飛んで行った腕を黙って見つめていた。
 しかし、徐々に理解してきたのか身体を震わせ、叫び出した。

「貴様らはどれだけ俺を苛立たせる? 元凶は知れている。生かす必要はない……用済みだ。消えろ」
 
「まっ! 待ってくれ! 話せばわかッツアガッ、だずげッツ」

 抵抗も許されず、騎士の身体は魔法によってあり得ない方向へと曲がっていく。
 まるで布を絞っていくように、鎧が折り曲げられて砕けて、騎士の叫びは途端に聞こえなくなって、赤く染まった鉄くずが落ちて転がる。

 それを見ていた、他の男達は逃げ出すように後ずさったが。

「ジェラルド、一人も逃がすな」

「承知いたしました、陛下」

 指示を受けたジェラルド様は走り出し、誰も逃さずに男達を次々と地面へと叩きつけていった。
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