死んだ王妃は二度目の人生を楽しみます お飾りの王妃は必要ないのでしょう?

なか

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二章

53話

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 シルウィオと一晩中考えて、娘となる我が子の名はとなった。
 そんな可愛い我が子と過ごし、もう半年が経つ。

「リルレット、おいで~」

「うーうー」

 私と同じ茶色の髪、顔立ちもとても可愛くて目元の凛々しさはシルウィオに良く似ている。
 何よりも、シルウィオと同じ色鮮やか紅の瞳が爛々と輝いており、その瞳に見つめられた時には、胸のうずきが止まらない程に可愛い。
 リルレットは、私が呼ぶ声にハイハイしてやってくる。

「あと少し!」

「うーあー」

 たどり着いた瞬間、リルレットは甘えて私の指をくわえる。
 コテンと転がって私へと体重を預けてくるのだ。

「あー?」

「よくできたね。リルレット」

「あうぅ!」 
 
 リルレットのハイハイの練習をしていると、シルウィオが政務から戻ってきた。
 部屋に入った途端、彼は私の頬にキスを落として、リルレットへと手を伸ばす。

「カティ、リル、ただいま」

「おかえり、シルウィオ」
「ああーう!」

 リルレットも喜んでいるのだろう。
 ハイハイをし、ヨジヨジとシルウィオへと這い登ろうとして、彼が抱き上げる。
 彼の銀色の透き通った髪が好きなのか、リルレットは引っ張ったり口に咥えたりしている。
 帝国の使用人たちが見れば畏れ多いと、卒倒してしまうだろう。

 だけど彼は……

「ううーあー!」

「リルレット、ダメだよ~」

「いや、いい。カティ」

「え……でも……」

「リルが可愛すぎて……俺に興味を示してくれるならずっとこうしていたい」

「ふ、ふふふ……何言ってるの」

 頬に笑みを浮かべて、嬉しそうに私も抱きしめる彼に思わず笑ってしまう。
 怖がられる事を不安に思っていた彼だけど、きっとそんな事はないだろう。
 今の彼は、娘と私の前ではこんなに優しく笑ってくれるのだから。

「そういえばジェラルド様から聞きましたが、もうリルレットに婚約の手紙が何件も届いているのですよね?」

「あぁ」

 アイゼン帝国に姫が産まれた。その話はあっという間に広まったらしく。
 すでに帝国貴族だけでなく、他国の王家からも次々と婚約の願いが届いているようだ。
 いくらなんで早すぎるけど……

「お断りの返事を書くのは大変でしょう?」

「……簡単だ、『死にたくなければ二度と愚劣な書簡を送るな』と返すだけだ。カティとリルは誰にも渡さん」

 あぁ……手紙が返ってきた人達の阿鼻叫喚が今から聞こえてきそう。
 相変わらず、優しいのは私達限定みたいだった。
 
 そんな時だった。


「陛下……よろしいでしょうか?」

 部屋の外からジェラルド様の声が聞こえる。

「なんだ」

「外で……」

「ここでいい。話せ」

「申し訳ありません。実は最近……城内で怪しい動きをする者がおります。調査を進めておりますが、尻尾がなかなか掴めず、必ず処理いたしますので。今は少し警戒をお願いしたく」

「死にたい者がいるようだな」

 部屋の外から聞こえるジェラルド様の神妙な声。
 ジェラルド様が手を焼くのは珍しく……シルウィオもヒリついた雰囲気を出す。
 少し危ない雰囲気に、言う通り警戒すべきなのだろうけど。

 しかし、そんな事で平穏な生活を失ってたまるか。
 その思いが、自然と口が動かした。

「ジェラルド様、怪しい者の特定はできているのですか?」

「はっ! 一人の侍女に目星はついております。私がつけている監視から逃れ、何度か帝都へ出ているようで……しかし怪しいだけで、いまは証拠がなく」

 城内の安全のため、侍女にさえ監視がいるとは。
 驚いてしまうが、今は関係はない。

「それでは、あえて……尻尾を出しやすい環境を与えてあげましょう」

「え?」
 
「リルレットが安心して遊べるように、城内を綺麗にしましょう!」

 私は、思いついた案を話す。
 娘との平穏な日々を脅かす者がいることは、許しはしないから。
 


   ◇◇◇




 集められた侍女達へ、侍女長が声を出す。

「それでは、本日からカーティア様の専属の侍女へマルシアを指名します」

「はい!」

 侍女––マルシアは返事と共に喜びで拳を握る。
 一年前に帝国の城内勤めになった彼女は仕事熱心な姿と、丁寧に働く姿を周囲から評価されていた。
 今回、子が産まれた皇后を支える専属侍女となった事に異論を唱える者が居ないほどの仕事ぶりだ。

 周囲の侍女達からも祝福されながら、マルシアも皇后の侍女となった事を喜ぶ。
 しかし、それは光栄な仕事を任せられた喜びではなかった。

(やっと……あの冷遇王妃の近くにこれたのね)

 侍女マルシア。彼女の本当の名前は別にある。
 そして、帝国産まれとなっている出自も、実際はグラナート国出身だった。
 彼女は、かつてカーティアがグラナート王妃だった頃に冷遇していた侍女の一人。
 ふくよかだった体を痩せ、とある出会いから偽の戸籍まで手に入れてこの城内で勤めた。

(ここまで来れたのも……私と同じ目的を持つ、のおかげね……)

 彼女がここまで執念を持つ理由は……逆恨みだった。

(私が、王宮勤めを解雇されて……婚約者にさえ捨てられたのはあの冷遇王妃のせいよ)

 グラナートで侍女達が王妃を冷遇していた事は国中に広まった。
 そのせいでマルシアは職を失い。その行為を知った周囲からは蔑まれ、婚約者にも破談を突き付けられた。

(あの女、冷遇されたまま大人しくしておけばよかったのに……あの女のせいで私は全てを失ったの)

 彼女は、カーティアへの逆恨みの感情を増大させていた。
 
(私が不幸になったのに、あの女が幸せになるなんて許せない)

 彼女はとある協力者の力で城内勤めとなることができ、周囲に信頼される程まで登り詰めた。
 そして、念願の皇后専属侍女となれた、その自信が彼女の計画を早める。

(ようやく、会えるわね……あの女が気付かぬ間に、これを)

 マルシアは皇后の飲み物へ、毒を混入させる。
 毒性は薄い、しかし母乳を飲む赤子にとっては劇薬となる毒だった。

(グラナートでただの侍女だった私なんて覚えていないはず。貴方が冷遇された件を公にして私を不幸にした事、子が死んでから後悔すればいいのよ)

 ニヤつく顔を抑えつつ、マルシアは平然を装って皇后へ飲み物を届けるため食卓へ向かう。
 皇帝陛下と幸せそうに談笑するかつての冷遇王妃の姿に、マルシアは舌打ちを漏らした。

(私が婚約者を失ったのに、幸せそうに……まぁいいわ。子供が死んじゃえば! その笑みも消えるもの! あんたも私と同じく不幸に突き落としてあげる! 子が死ぬのが楽しみね!)

 彼女は、復讐心を抑えつつ笑顔を浮かべて皇后へと近づき話しかけた。

「皇后様、今日から専属侍女となりましたマルシアです。なんでも言ってくだ––」

「では、貴方が持ってきた飲み物を飲みなさい」

「え?」

「早く」

(な、どういう事? なんで? バレているの? わ、私、専属侍女で、怪しまれては……)

 疑問が一気に頭を駆け巡る中、ふと気付く。
 周囲を帝国騎士が囲み、一切の動きさえ許されない程に睨まれていることに。
 あまりにも、警戒されている。

「……飲めと言ってるの」
 
 皇后の鋭い視線と言葉に、マルシアは苦悶の表情を浮かべた。

「……で、できません」

「なぜ? 答えなさい」

「す、少し古い果実水を持ってきてしまいました! すぐに換えをご用意しま」

「……誰かと思えば、懐かしい顔ですね。レイラ」

「っ!?」

 グラナートにいた頃の真名を言われて、思わず顔を上げる。
 皇后は、真っ直ぐに見つめていた。

「ど、どうして……」

「理由は幾つかありますが……まずは、この帝国の公卿様を侮らないことです。貴方が無害を装っていても、警戒の対象となっていたのですから」

「な……」

 皇后は、ため息を漏らした。

「私自身も、過去を捨ててここに来ました。だから貴方も過去を捨ててここで心機一転すればよかったのに……専属となって、城内で認められているからと油断しました? 監視されているとも知らず」

「……そんな、ウソ……ウソよ……」

「……貴方はせっかくのやり直しの機会も、無下にしたようね」

 レイラマルシアは、自分を見つめる皇后の視線で思い出す。
 それは、城を出ていく際に解雇してきた時と同じだった。
 見放すように、呆れている視線で。

「覚悟してますよね? あの時と違って、解雇じゃすみませんから」

 ……前と違うのは、震え上がる程に冷たい視線でもあったことだ。
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