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二章
49話
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ガルシア家は……終わりだ。
謁見の場、周囲に控えていた騎士の皆が同じ考えを抱いた。
少しでも皇帝夫妻の仲を調べれば、そのような提案は禁句だと分かるはず。
情報収集を怠った時点で、ガルシア家の未来は決まっていたのだ。
なにも知らず、再び口を開き出したでデニーロへ、皆が分かりやすく視線を落とした。
「我が娘は、確かに皇后様へ失礼な発言をいたしました。しかし……それは陛下を想っている愛があるからこそ!」
「……」
「少し無礼な発言をいたしますが……現皇后様は他国出身、それも帰るべき家もなく、出自にも不安があります。しかもグラナートで廃妃となったというではありませぬか。そのような現皇后様だけを寵愛すれば、皇族へ不満を抱き、仇成す貴族が生まれるやもしれぬと我らガルシア家は憂いているのです」
(我らなら帝国全てが敵となっても、陛下にだけは従う……)
全ての騎士が同じ考えを抱く。皇帝の力を知る者達にとって、敵対など考えられるはずない。
それに、仇成せば帝国騎士グレインや、現公卿ジェラルド……忠義の厚い二人がいるのだ。命が万あっても足りない事を、帝国騎士は充分に理解していた。
なにより、皇后の明るさを知る騎士達にとってデニーロの言葉はむしろ怒りさえ覚える内容であり、今にも剣を抜いて切り裂こうと視線を鋭くする騎士すらいた。
そんな事も知らず、デニーロは意気揚々と言葉を続ける。
「我が娘マーガレットと子を作れば反抗勢力など出ませぬ! どうか、側室へと抱えてください! そして、失礼ですが現皇后との子を成すことだけはお控えくださればと」
「……」
「必要であれば、此度の話が現皇后を寵愛するよりも価値を持つように、マーガレットと共に我が家にある全ての宝石も献上しま」
言葉の途中だった。
シルウィオがふと、跪くデニーロへと手をかざした。
その瞬間––––
「え? ッッ!?! あぁぁぁ!?!!」
彼の指が、ねじ切れそうな程に歪な方向へと曲がりはじめた。
痛みで叫んだデニーロへ、シルウィオは平然と呟く。
「続けろ」
「え!? な、なにか気に障ったでしょうか!? 陛下!」
「全てだ、貴様の言葉全てが気に喰わん。しかし……話は聞いてやる。言え」
「あ、あ……あの……」
「許可してやる。言え、俺への進言なのだろ?」
「わ……わわ、私の娘はきっと、現皇后様に並ぶ価値があると」
再び、別の指があらぬ方向へと曲がる。
絶叫を上げたデニーロへ、シルウィオは淡々と冷たい視線を送った。
「俺の愛するカティへ……何を言った?」
「あ……あぁ……」
そこで、ようやくデニーロは自分の失態を知ってしまった。
見誤っていたのだ、前皇帝と現皇帝を重ね、その愛を軽視してしまっていた。
「貴様の意見を言え……許可した進言を途中で止める事は俺への侮辱だ」
「あ……あの……も、申し訳ありま」
「謝罪は要らんと言った」
「……そ、そんなっ!」
デニーロの退路は、完全にふさがれていた。
ここで進言を続ければ皇后への非礼となる。しかし許可された進言を途中で止める事も皇帝への非礼。
自然と……公家を断罪するための理由を皇帝に作られているのだとデニーロは悟り、震えた。
「い、言えませ––ッ!?!?」
「時間をかけるな」
謝ろうとした刹那、シルウィオがいつの間にか目の前に迫り、デニーロの足を剣で突き刺す。
刃が足を貫通して、地面にさえ突き刺さっていた。
「ああぁぁ!! や、やめ!」
「黙れ、貴様の進言を聞かせろ、それ以外は喋るな」
再び、玉座に座ったシルウィオの視線の冷たさに、デニーロの身体の震えは止まらなかった。
生誕会の姿を見て忘れていた。現皇帝へ抱いていた恐怖を……思い出したのだ。
「あ……あぁ……た、たすけ!」
最早、恐怖で叫ぶ彼へシルウィオはため息と共に呟いた。
「言っておく。俺は貴様らに媚びる生き方などしない。たとえそれで全てが敵となろうと……カティと共になる道しか選ばん」
(陛下……俺達は絶対にそんな愚行は犯しません……)と騎士達は皆、心に誓いながら聞いていた。
恐怖を感じるが、彼らは皇帝の仕事ぶりを知っている。このアイゼン帝国で貴族同士の小競り合いが止み、飢える民や傷つく民が居なくなったのは皇帝の統治のおかげだからこそ、皆は畏怖を超えて畏敬を抱いている。
だからこそデニーロのように、皇帝への敬意を欠いた者は騎士達も許せはしない。ゆえに騎士達は皇帝の行動を止めるような愚行を犯す事はしなかった。
「一つ問う。貴様が先ほど言ったカティ以上の価値とはなんだ?」
「え、そ……それは……」
「カティは皇后となってから、多くの事を成し遂げた。隣国グラナートの混乱を収めたのも、交流の乏しかった大国カルセインの第一王子との交流を作ったのも、俺の愛する妻の功績だ」
「えっ!? そんな……」
知らなかった。と、デニーロは言えなかった。
周囲に驚きもない様子を見て、自分自身こそが世情を調べてもいなかった無知であると悟ったからだ。
謁見の場、周囲に控えていた騎士の皆が同じ考えを抱いた。
少しでも皇帝夫妻の仲を調べれば、そのような提案は禁句だと分かるはず。
情報収集を怠った時点で、ガルシア家の未来は決まっていたのだ。
なにも知らず、再び口を開き出したでデニーロへ、皆が分かりやすく視線を落とした。
「我が娘は、確かに皇后様へ失礼な発言をいたしました。しかし……それは陛下を想っている愛があるからこそ!」
「……」
「少し無礼な発言をいたしますが……現皇后様は他国出身、それも帰るべき家もなく、出自にも不安があります。しかもグラナートで廃妃となったというではありませぬか。そのような現皇后様だけを寵愛すれば、皇族へ不満を抱き、仇成す貴族が生まれるやもしれぬと我らガルシア家は憂いているのです」
(我らなら帝国全てが敵となっても、陛下にだけは従う……)
全ての騎士が同じ考えを抱く。皇帝の力を知る者達にとって、敵対など考えられるはずない。
それに、仇成せば帝国騎士グレインや、現公卿ジェラルド……忠義の厚い二人がいるのだ。命が万あっても足りない事を、帝国騎士は充分に理解していた。
なにより、皇后の明るさを知る騎士達にとってデニーロの言葉はむしろ怒りさえ覚える内容であり、今にも剣を抜いて切り裂こうと視線を鋭くする騎士すらいた。
そんな事も知らず、デニーロは意気揚々と言葉を続ける。
「我が娘マーガレットと子を作れば反抗勢力など出ませぬ! どうか、側室へと抱えてください! そして、失礼ですが現皇后との子を成すことだけはお控えくださればと」
「……」
「必要であれば、此度の話が現皇后を寵愛するよりも価値を持つように、マーガレットと共に我が家にある全ての宝石も献上しま」
言葉の途中だった。
シルウィオがふと、跪くデニーロへと手をかざした。
その瞬間––––
「え? ッッ!?! あぁぁぁ!?!!」
彼の指が、ねじ切れそうな程に歪な方向へと曲がりはじめた。
痛みで叫んだデニーロへ、シルウィオは平然と呟く。
「続けろ」
「え!? な、なにか気に障ったでしょうか!? 陛下!」
「全てだ、貴様の言葉全てが気に喰わん。しかし……話は聞いてやる。言え」
「あ、あ……あの……」
「許可してやる。言え、俺への進言なのだろ?」
「わ……わわ、私の娘はきっと、現皇后様に並ぶ価値があると」
再び、別の指があらぬ方向へと曲がる。
絶叫を上げたデニーロへ、シルウィオは淡々と冷たい視線を送った。
「俺の愛するカティへ……何を言った?」
「あ……あぁ……」
そこで、ようやくデニーロは自分の失態を知ってしまった。
見誤っていたのだ、前皇帝と現皇帝を重ね、その愛を軽視してしまっていた。
「貴様の意見を言え……許可した進言を途中で止める事は俺への侮辱だ」
「あ……あの……も、申し訳ありま」
「謝罪は要らんと言った」
「……そ、そんなっ!」
デニーロの退路は、完全にふさがれていた。
ここで進言を続ければ皇后への非礼となる。しかし許可された進言を途中で止める事も皇帝への非礼。
自然と……公家を断罪するための理由を皇帝に作られているのだとデニーロは悟り、震えた。
「い、言えませ––ッ!?!?」
「時間をかけるな」
謝ろうとした刹那、シルウィオがいつの間にか目の前に迫り、デニーロの足を剣で突き刺す。
刃が足を貫通して、地面にさえ突き刺さっていた。
「ああぁぁ!! や、やめ!」
「黙れ、貴様の進言を聞かせろ、それ以外は喋るな」
再び、玉座に座ったシルウィオの視線の冷たさに、デニーロの身体の震えは止まらなかった。
生誕会の姿を見て忘れていた。現皇帝へ抱いていた恐怖を……思い出したのだ。
「あ……あぁ……た、たすけ!」
最早、恐怖で叫ぶ彼へシルウィオはため息と共に呟いた。
「言っておく。俺は貴様らに媚びる生き方などしない。たとえそれで全てが敵となろうと……カティと共になる道しか選ばん」
(陛下……俺達は絶対にそんな愚行は犯しません……)と騎士達は皆、心に誓いながら聞いていた。
恐怖を感じるが、彼らは皇帝の仕事ぶりを知っている。このアイゼン帝国で貴族同士の小競り合いが止み、飢える民や傷つく民が居なくなったのは皇帝の統治のおかげだからこそ、皆は畏怖を超えて畏敬を抱いている。
だからこそデニーロのように、皇帝への敬意を欠いた者は騎士達も許せはしない。ゆえに騎士達は皇帝の行動を止めるような愚行を犯す事はしなかった。
「一つ問う。貴様が先ほど言ったカティ以上の価値とはなんだ?」
「え、そ……それは……」
「カティは皇后となってから、多くの事を成し遂げた。隣国グラナートの混乱を収めたのも、交流の乏しかった大国カルセインの第一王子との交流を作ったのも、俺の愛する妻の功績だ」
「えっ!? そんな……」
知らなかった。と、デニーロは言えなかった。
周囲に驚きもない様子を見て、自分自身こそが世情を調べてもいなかった無知であると悟ったからだ。
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