36 / 37
最終話
しおりを挟む
自らの机の上に置かれた報告書。
一年前の出来事が詳細に記されたそれを、私はもう幾度目になるのかも分からずに読む。
王妃であったミラが間者を潜ませて反乱軍を扇動した騒動。
それは未曽有の内乱へと戦火を広げるかもしれない出来事だった。
しかし、当時の国王であったセリムの説得により内乱の火は鎮まり。
事態は沈静化を迎え、ミラの協力者達も全てが捕縛されて処罰された。
「ラテシア様。また……読んでおられるのですね」
「っ……ダウィド。そうね、過去の教訓を忘れないようと思って」
護衛騎士であるダウィドの声掛けに、ハッと意識を戻す。
少し物思いにふけっていたので、彼が気にかけてくれたのだろう。
「あの日……ラテシア様は最善を尽くされておりました。あれ以上の結果など、望めません」
「分かっております……それでも」
再び書類へと目を向けて、報告書を見つめる。
最後の一文が、いつまでも私の記憶から消えはしない。
––国王セリム陛下の説得により反乱軍の沈静化を終えたが、その際の負傷により崩御される––
「あれが最善だったのか、私には今でも分かりません。救えた命があったのではと……思ってしまうの」
「人は決して完璧ではありません。俺もそうです……幾人、幾百人とかつての戦争で救えたかもしれぬ命を夢に見ます」
「ダウィド……」
「それでも、我らが後悔で過ごしてはなりません。国を護るために失われた命で築かれた平和を……最善ではないなどと卑下して良いはずがないのです」
ダウィドの言葉通りだ。
犠牲あって築かれた平和。
それが最善ではなかったと思う事は……彼らの命に報いるものではない。
私がすべきは……そんな彼らのため、この幸せを守り抜くことのみのはずだ。
「ありがとう……ダウィド。私の役目を思い出せたわ……」
「ラテシア様……」
「彼らの犠牲を、絶対に無駄にはしない。この国で、再び誰かの手で命が尽きる事などないよう。私達がこれからも責務を果たしてまいりましょう」
「はい。この先の未来……築かれた幸せを守り抜きましょう」
しんみりした空気を抜けるため、私は立ち上がる。
窓を開いて、外の空気を大きく吸い込んだ。
そんな時、部屋の外から歩いてくる足音と共に……リガル様の声が聞こえた。
「ラテシア様、よろしいでしょうか」
「どうぞ、リガル様」
「失礼します」
入ってきたのは、声の主であるリガル様。
そして……その隣には、かつての政敵であったゼブル公爵の姿もあった。
「式典の準備が整いました。皆……ラテシア様をお待ちしておりますよ」
「リガル様、内乱の後始末で多忙な中。共にこの日の式典を迎えられた事、嬉しく思います」
「なにを言われますか、私は……貴方様の御傍に仕える事ができたあの日から。貴方を支える事ができて誇りに思っております」
リガル様の頬笑みを受けながら、私は隣に立つゼブル公爵にも目を向ける。
彼は騒動後、その責任を問う声が多く上がった。
しかし……ゼブルは反乱軍を手厚く庇護し、土地の返還作業などを滞りなく続けてくれた。
おかげで僅か一年で従軍経験者達は元の生活へと戻り、遺恨のない状況が築かれた。
その手腕や功績を、手放すことはできまい。
「ゼブル公爵、私の傍に仕える事を決断してくださり感謝します。貴方のおかげで……王家派閥だった貴族家からの支持も固められました」
「ラテシア殿……様。私はただ……亡きセリム陛下の御心を継ぎ、その責務を果たしたまでです」
「それで、充分ですよ」
彼の言葉を受けながら、皆を連れて式典へと向かう。
その式典は、私にとって大きな晴れ舞台だ。
私は、この一年で反乱軍の沈静化を終えたこの国を立て直し。
他国へ伝えていたように、公国として建国を果たしたのだ。
そして……それを実現した私は……
「それでは民達の前に立ってくだされ。ラテシア・フロレイス大公!!」
「新たな国の一歩。ラテシア大公の繁栄を祈っております!」
リガル様やダウィドの力強い激励を受け、私は頷いて進んでいく。
私は公国の君主––大公となった、この式典は……それを宣言するものだ。
装飾の施された階段を上がっていき、壇上へと向かう。
この先には集められた民達や貴族が、この国の未来に希望を抱き、私の言葉を待っている。
「お姉様!」
「ラテシア……」
壇上への途中、弟のディアや両親が声をかけてくれる。
すっかり身長が伸びたディアは、嬉しそうに笑って手を振った。
父や母も誇らしげに、私の肩を叩いて背を押してくれる。
「各地の暴動を治めた勇姿に、誰もがお前の大公としての姿を望んでいる。皆に見せつけてこい。ラテシア」
「お姉様! 頑張ってね。ディアも……大きくなったら絶対にお姉様を支えるから!」
「はい……行ってきます」
家族の激励を受けた先には、もう緊張など無かった。
階段を上がっていき、光差す先へと歩いていく。
陽の光が満ちた壇上に上がれば、空気を震わせる歓声が肌を刺す。
期待と希望。
民達が向ける大きな感情を受けながら、私は胸を張る。
「セリム……私も、貴方に恥じない生き方をします。貴方が護り抜いたこの国のため……」
築かれた平和な世の中、国王セリムの名は……時を経て薄れていくかもしれない。
けれど、私は貴方を忘れはしない。
彼が国の王として見せた勇姿……その最後の姿は、私の憧れだ。
セリム……貴方は王として立派でした。
私だけは、それを覚えているから。
だからどうか、見ていて。
私はこれからも、ガーベラの花束を貰ったあの日に誓った通り。
貴方が守り抜いた未来を……支えていくから。
一年前の出来事が詳細に記されたそれを、私はもう幾度目になるのかも分からずに読む。
王妃であったミラが間者を潜ませて反乱軍を扇動した騒動。
それは未曽有の内乱へと戦火を広げるかもしれない出来事だった。
しかし、当時の国王であったセリムの説得により内乱の火は鎮まり。
事態は沈静化を迎え、ミラの協力者達も全てが捕縛されて処罰された。
「ラテシア様。また……読んでおられるのですね」
「っ……ダウィド。そうね、過去の教訓を忘れないようと思って」
護衛騎士であるダウィドの声掛けに、ハッと意識を戻す。
少し物思いにふけっていたので、彼が気にかけてくれたのだろう。
「あの日……ラテシア様は最善を尽くされておりました。あれ以上の結果など、望めません」
「分かっております……それでも」
再び書類へと目を向けて、報告書を見つめる。
最後の一文が、いつまでも私の記憶から消えはしない。
––国王セリム陛下の説得により反乱軍の沈静化を終えたが、その際の負傷により崩御される––
「あれが最善だったのか、私には今でも分かりません。救えた命があったのではと……思ってしまうの」
「人は決して完璧ではありません。俺もそうです……幾人、幾百人とかつての戦争で救えたかもしれぬ命を夢に見ます」
「ダウィド……」
「それでも、我らが後悔で過ごしてはなりません。国を護るために失われた命で築かれた平和を……最善ではないなどと卑下して良いはずがないのです」
ダウィドの言葉通りだ。
犠牲あって築かれた平和。
それが最善ではなかったと思う事は……彼らの命に報いるものではない。
私がすべきは……そんな彼らのため、この幸せを守り抜くことのみのはずだ。
「ありがとう……ダウィド。私の役目を思い出せたわ……」
「ラテシア様……」
「彼らの犠牲を、絶対に無駄にはしない。この国で、再び誰かの手で命が尽きる事などないよう。私達がこれからも責務を果たしてまいりましょう」
「はい。この先の未来……築かれた幸せを守り抜きましょう」
しんみりした空気を抜けるため、私は立ち上がる。
窓を開いて、外の空気を大きく吸い込んだ。
そんな時、部屋の外から歩いてくる足音と共に……リガル様の声が聞こえた。
「ラテシア様、よろしいでしょうか」
「どうぞ、リガル様」
「失礼します」
入ってきたのは、声の主であるリガル様。
そして……その隣には、かつての政敵であったゼブル公爵の姿もあった。
「式典の準備が整いました。皆……ラテシア様をお待ちしておりますよ」
「リガル様、内乱の後始末で多忙な中。共にこの日の式典を迎えられた事、嬉しく思います」
「なにを言われますか、私は……貴方様の御傍に仕える事ができたあの日から。貴方を支える事ができて誇りに思っております」
リガル様の頬笑みを受けながら、私は隣に立つゼブル公爵にも目を向ける。
彼は騒動後、その責任を問う声が多く上がった。
しかし……ゼブルは反乱軍を手厚く庇護し、土地の返還作業などを滞りなく続けてくれた。
おかげで僅か一年で従軍経験者達は元の生活へと戻り、遺恨のない状況が築かれた。
その手腕や功績を、手放すことはできまい。
「ゼブル公爵、私の傍に仕える事を決断してくださり感謝します。貴方のおかげで……王家派閥だった貴族家からの支持も固められました」
「ラテシア殿……様。私はただ……亡きセリム陛下の御心を継ぎ、その責務を果たしたまでです」
「それで、充分ですよ」
彼の言葉を受けながら、皆を連れて式典へと向かう。
その式典は、私にとって大きな晴れ舞台だ。
私は、この一年で反乱軍の沈静化を終えたこの国を立て直し。
他国へ伝えていたように、公国として建国を果たしたのだ。
そして……それを実現した私は……
「それでは民達の前に立ってくだされ。ラテシア・フロレイス大公!!」
「新たな国の一歩。ラテシア大公の繁栄を祈っております!」
リガル様やダウィドの力強い激励を受け、私は頷いて進んでいく。
私は公国の君主––大公となった、この式典は……それを宣言するものだ。
装飾の施された階段を上がっていき、壇上へと向かう。
この先には集められた民達や貴族が、この国の未来に希望を抱き、私の言葉を待っている。
「お姉様!」
「ラテシア……」
壇上への途中、弟のディアや両親が声をかけてくれる。
すっかり身長が伸びたディアは、嬉しそうに笑って手を振った。
父や母も誇らしげに、私の肩を叩いて背を押してくれる。
「各地の暴動を治めた勇姿に、誰もがお前の大公としての姿を望んでいる。皆に見せつけてこい。ラテシア」
「お姉様! 頑張ってね。ディアも……大きくなったら絶対にお姉様を支えるから!」
「はい……行ってきます」
家族の激励を受けた先には、もう緊張など無かった。
階段を上がっていき、光差す先へと歩いていく。
陽の光が満ちた壇上に上がれば、空気を震わせる歓声が肌を刺す。
期待と希望。
民達が向ける大きな感情を受けながら、私は胸を張る。
「セリム……私も、貴方に恥じない生き方をします。貴方が護り抜いたこの国のため……」
築かれた平和な世の中、国王セリムの名は……時を経て薄れていくかもしれない。
けれど、私は貴方を忘れはしない。
彼が国の王として見せた勇姿……その最後の姿は、私の憧れだ。
セリム……貴方は王として立派でした。
私だけは、それを覚えているから。
だからどうか、見ていて。
私はこれからも、ガーベラの花束を貰ったあの日に誓った通り。
貴方が守り抜いた未来を……支えていくから。
3,508
お気に入りに追加
7,227
あなたにおすすめの小説
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
愛を求めることはやめましたので、ご安心いただけますと幸いです!
風見ゆうみ
恋愛
わたしの婚約者はレンジロード・ブロフコス侯爵令息。彼に愛されたくて、自分なりに努力してきたつもりだった。でも、彼には昔から好きな人がいた。
結婚式当日、レンジロード様から「君も知っていると思うが、私には愛する女性がいる。君と結婚しても、彼女のことを忘れたくないから忘れない。そして、私と君の結婚式を彼女に見られたくない」と言われ、結婚式を中止にするためにと階段から突き落とされてしまう。
レンジロード様に突き落とされたと訴えても、信じてくれる人は少数だけ。レンジロード様はわたしが階段を踏み外したと言う上に、わたしには話を合わせろと言う。
こんな人のどこが良かったのかしら???
家族に相談し、離婚に向けて動き出すわたしだったが、わたしの変化に気がついたレンジロード様が、なぜかわたしにかまうようになり――
【完結】婚約破棄はしたいけれど傍にいてほしいなんて言われましても、私は貴方の母親ではありません
すだもみぢ
恋愛
「彼女は私のことを好きなんだって。だから君とは婚約解消しようと思う」
他の女性に言い寄られて舞い上がり、10年続いた婚約を一方的に解消してきた王太子。
今まで婚約者だと思うからこそ、彼のフォローもアドバイスもしていたけれど、まだそれを当たり前のように求めてくる彼に驚けば。
「君とは結婚しないけれど、ずっと私の側にいて助けてくれるんだろう?」
貴方は私を母親だとでも思っているのでしょうか。正直気持ち悪いんですけれど。
王妃様も「あの子のためを思って我慢して」としか言わないし。
あんな男となんてもう結婚したくないから我慢するのも嫌だし、非難されるのもイヤ。なんとかうまいこと立ち回って幸せになるんだから!
運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。
彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。
目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる