【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか

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20話

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「間違っている……だと?」

「ええ、ゼブル公爵。確かに貴方の言う事にも一理あります。しかし民に貧しさを強要する事は間違いです」

「ふざけるな! 選ばれた優秀な者だけが富を享受すれば、最も世は安定する!」

「それは、いずれ国の衰退を招くだけです」

 威勢よく叫ぶゼブル公爵。
 そんな彼の余裕のない表情へと、私は言葉を続ける。

「貴方は幸せを最小化する事で、僅かな幸福でも民は満足するとおっしゃいましたね」

「あぁ、民の欲求を抑える事で皆が貧しくとも幸せで……不満なき世が築ける!」

「それは未来を閉ざす選択に他なりません」

「なっ!?」

「皆、幸せを求めるからこそ努力し、研鑽を積むのです。人が学門や技術を高め、芸術や音楽といったが文化が築かれたのは……多くの人々が幸せを求めた過去あってこそです」

 目の前に立つのは、主義主張を唱えたゼブル公爵。
 今、彼の瞳が揺れる動揺を見逃さず……私なりの答えを提示する。 

「民が幸せを求める欲求は止まらない。しかし……そこにこそ文化の発展があり、国の成長に繋がります」

「違う! 民ごときに文化の寄与など……」

「現に歴史が証明しております。今私たちが嗜む技術や文化は全て……脈々と築かれてきた民の文化発展による恩恵です。それを享受しながら、未来を閉ざす選択をすると?」

「しかし民の欲求の先では、たった一人の不平不満が……凶刃となるのだぞ!」

 今や立ち上がり、私に殴りかからんとする勢いで迫るゼブル公爵。
 彼は唇を噛み締め、悔しげに拳を握った。

「私の妻の犠牲は、未来の発展には仕方のない事だとでも……貴殿は言うつもりか」

「民に強制して貧しさを与えれば、より犠牲は増えます。貴方の理想も結局は、民と貴族という根源たる格差を無くせないのだから」

「っ……だが、私達貴族が民を管理すれば……」

「それこそが、貴方のいった軋轢ではないのですか? そうして……民を虐げて管理した先に待っているのは、永遠に埋まらぬ格差という溝。より憎悪が増した争いを生みましょう」 

「……」

「貴方の理想だって一理ある……ですが国の基盤である民を虐げ、ただ未来を衰退させ争いの種を増やす考えは間違いです!」

 ゼブル公爵は納得はしていないのかもしれない。
 だが、私なりの答えを示した時。

 彼は怒りの感情を消し、私を見つめる。
 一人の政敵を見つめるような、真っ直ぐな瞳で。

「議論でも及ばぬ……か。フロレイスめ、傑物を育ておったな。本当に厄介だ」

「父上の教えのおかげです」

「この論議の答えは、王家と貴殿の政争の果てにあるのだろう。だからこそ私はこれからもセリム陛下を支える。この理念を信じて」

「結果は直ぐに出ましょう。現王政の支持低下に加え、貴方の先ほどの発言が広がりますから」

「だろうな……貴殿と直接話してよく分かった。こんな傑物が相手では、諦めたくなるものだ」

 ため息を吐いて、ゼブル公爵は後ろに控えていた自らの護衛を見つめる。
 そして、首を横に振った。

「退却だ。交渉は決裂……むしろ王家に深手を与えてしまった。早急に対応をとりに帰還する」

「はっ!!」

「ラテシア殿。貴殿がこの論議に受けて立った礼を込めて、一つだけ教えよう」

「教える? 一体なにを……」

「ミラ王妃についてだ」

「っ!」

「彼女は数年前に私の元へ訪れて全てを予言した……国王陛下の死、フロレイ公爵当主の不幸。そしてラテシア殿が側妃になる事を」

 驚きが隠せないのは、初めてのことだった。
 ミラはいったい……どこまでを知り、どんな思惑で動いているというの。

「彼女は……物語は変わり始めていると、訳の分からぬ事を嬉しそうに言っていたよ」

「物語? 意味が分かりません。そんな思惑も分からぬ彼女に、どうして味方を?」

「利害が一致したまでだ。私は自らの理想を通すため、セリム陛下の臣下となるのが都合が良かった」

「なら味方のミラについて、なぜ私に教えてくれるのですか」

「私とて思惑も分からぬ危険因子など放置できん。かといって立場上、手出しも難しい。だから利害関係上、教えておいた方が得策と踏んだまでだ」

 そこまで伝えた彼は、立ち上がって応接室を出て行く。
 その背に連れ添い、彼を屋敷の外まで見送る。
 おかしな行動をさせぬよう、多数の護衛を連れてだ。

「警戒なさるな。此度の交渉で……私のせいで王政に傷を与えた。もはや対応策も思いつかんさ」

 ゼブル公爵の言う通り、此度の交渉で得たものは遥かにこちらが大きい。
 現王政の腹心が民を嫌悪する思想は、商家によって明かされ、民の支持は消え去るだろう
 ミラの事を教えてくれたのは、現王政の末路を予期してのものかもしれない。
 
「……大きくなったな」

 考えていた時だった。
 ゼブル公爵が漏らした小さな呟きに、私は思わず視線を上げる。

 彼が見つめる先には窓があった。
 外では私の弟であるディアが、護衛騎士に囲まれながらも母上と共に笑っていた。


「ディア坊め、大きくなりおった」

「ディアを、知っているのですか」

「二年前の社交界で、フロレイスに連れ添っているのを見た。しかし子の成長は早いな。もうあんなに大きくなるのか」

 廊下にてゼブル公爵がディアに見せている表情は、今までにない笑みであった。
 驚く私へと、彼は気まずそうに視線を逸らす。

「案ずるな。私は子に危害を加える事を策略するほど……腐ってはおらん」

「……意外です。政略のためなら手段を選ばぬかと」 

「ふん。私とて妻が居れば……あの年頃の子や、孫を抱いてやれたかもと、ありもしない親心を持っている」

 ゼブル公爵は、私にとって政敵だ。
 だが今しがた彼がディアに見せた笑みに、憎しみだけを向ける相手ではないのだと認識させられる。
 互いの正義を信じて主張し、敵対しているだけ。
 
 立場と環境さえ違えば、共に歩む未来もあったはずだ。

「ゼブル公爵。貴方の奥様のお話を聞き。私自身も民へと甘い考えがあったと自省しました」

「……」

「貴方の考えは理に適う事もあり……学ばせてもらいました。しかし私はやはり……ディアのような幼子には、未来が発展する道を歩んでほしいのです」

「っ…………どうやら私の理想はもっと深く議論すべきだったようだ。お主のような者とな」

「このままのセリムの王政では、民の怒りは収まりません。どうか賢明な判断を」

「分かっている。……もう十分に分かったさ。私の負けのようなものだ、これからセリム陛下と未来の話をするため、失礼させてもらう」

 去っていくゼブル公爵の背を見ながら、改めて此度の政争に想い馳せる。 
 セリム……貴方も間違いに早く気付くのを、私は祈っている。

「王としての本懐を、前国王陛下の教えを思い出しなさい……セリム」

 ここまでの痛手を負ってもまだ、彼が考えを変えぬなら……私ができる手はただ一つしか残されない。

「この国そのものを、私が……」


 胸に抱く最大ともいえる選択を考えながら、空を見上げる。






 だが、私の杞憂は当たっていく。
 十日後、セリムの王政が危機的であると知らせるように……私に一つの一報が入った。

 元従軍経験者のうち、一部が私の元に来なかった者達が居たとは聞いていた。
 そんな彼らが王家へと反乱軍を結成し、王都にて暴動を起こしたのだ。

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