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10話
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蹄が街道を走り抜ける音を響かせる。
晴れて自由になった私は、王都を抜けて公爵邸に向かう。
新たに仕える事を誓ってくれた皆を連れ、今後に思考を巡らせていた時。
「ごめんなさい……ラテシア」
馬車の中で、母が頭を下げて涙ぐむ。
「本当に、ごめんなさい。当主不在の不安で、王家の庇護を求めてしまった」
「母上……」
「でも皆に慕われる貴方と、セリム陛下を見て。私は愚かな選択をしたと分かったわ」
「家を心配してくださったのは嬉しいです。でも……後は私に任せてください」
「ええ……ラテシア。……フロレイス家をお願いします」
「もちろんですよ、母上……私は貴方の娘なのですから。帰りましょう、我が家に」
「貴方の言う通り、もう二度と……家の尊厳を失うことなどしないと誓うわ」
猛省する母と共に、公爵邸へと戻る。
以前は父が倒れた後、政務のために戻る事を余儀なくされたが。
今や自由になった私はここで再び暮らせるのが嬉しい。
「ここが……父の執務室……」
帰還して早々、父が執務を行っていた部屋へと入る。
机の引き出しには、綺麗にまとめて整頓された書類がある。
流石父上だ……これなら当主代理としての執務を引き継ぐのもすんなりいけそうだ。
「ディア。お姉様が帰ってきてくれたわよ」
ふと、執務室の扉が開き。
母に連れられて、弟のディアがひょっこりと顔を覗かせる。
銀色の髪から、紫色の瞳が私を見つめていた。
「……おねさま、ずっとここにすむの?」
「ええ、ディア。父上に代わってお仕事をするため、戻ってきたのよ」
父上が倒れてしまった日以来の再会に、ディアは緊張した様子だ。
ディアは私が留学時代に生まれ、まだ五歳ほど。
私がこの国に帰ってきても忙しくてあまり会えなかった。
ゆえに緊張しているのだろう、小さな手でギュッと母のドレス裾を握って隠れた。
「ずっと、いるの?」
「ええ、ディアはお姉様と一緒はいや?」
「……」
尋ねた言葉に、ディアは無言のままだ。
母は困ったように、額を押えた。
「ごめんなさい……この子、まだ緊張しているのかも」
無理もない。
この子にとって、急にやってきた私は怖いに決まっている。
そう、思っていた時だった。
「おねさま。ずっといっしょ……うれしい」
「え……?」
ディアはそう言って、突然……私の元へと駆け寄る。
そしてぽふりと、私に抱きついた。
「ディア……」
「おとうさまから、いっぱいおねさまのこときいてたから。ずっとあいたかったの」
嬉しい言葉に、私はしゃがみ込む。
ディアと視線を合わせると、ディアは頬に小さく笑みを刻む。
「いっぱいお話ししたい。おねさま」
「私もよ、ディア。今まで会えなくて、ごめんね」
「ぼくがおうちをあんないするから、おててだして」
私にとって住み慣れた屋敷だけど、ディアは私が慣れない屋敷に住むと思っているのだろう。
だから案内を申し出てくれるこの子に感謝しながら、小さな手と手を結ぶ。
「ただいま、ディア」
「うん。おかえり、おねさま」
ディアからの歓迎を受けながら、離宮して家に帰ってきた実感が胸を満たす。
あそこと違い、ここは心安らぐ場所であると、改めて思い出せた。
数日後、執務室にて私は王宮から着いて来てくれた人員に仕事の割り振りを行う。
使用人はそのまま公爵邸に増員し、衛兵達は私や母とディアの護衛だ。
そして……
「文官の皆様、集まってくださってありがとうございます」
王家に仕えていた文官達を執務室に集める。
王国の頭脳であった彼らは、様々な事に対応できるはずだ。
「皆様には、私と共にやってもらいたい事があります」
「もちろん、なんなりとお申し付けください。ラテシア様」
「公爵領は広大であり、多くの問題があります。中でも領民の不安は農耕です」
フロレイス公爵領は豊かな土地が与えられているが、不安は当然ある。
特に農耕に関して、過去の記録を見ていると不作、豊作の差が激しい。
「まずはフロレイス公爵領の安定化を目指します。農地管理を行い、連作障害を防ぐための輪作方法を領民へとご教授願います」
そう言って、私はこの数日で作った輪作についての資料を皆に渡す。
他国で学んできた、最新の農業技術だ。
「この資料を、もうご用意してくださったのですか?」
「はい。私について来てくれた皆や領民の安寧のため、手を止める気はありませんから」
「やはり……私達は貴方に仕える選択をして良かった。ぜひ、貴方へとご尽力させてください」
文官達の言葉に、頼もしさを感じる。
まずは領地の安定化を目指し、一歩ずつ進めていけそうだ。
「では皆様。頼みます……私の公爵家当主代理としての一歩。共に歩みましょう」
「「はは!!」」
跪く文官達に感謝しながら、私は公爵家当主代理として歩み始める。
さっそく父の執務を引き継ぎ、各領地へと指示を飛ばす。
空いた時間は、弟のディアと失われた姉弟としての時間を過ごした。
「おねさま。きょうもおとなりで、えほんよみたい」
「もちろんよ、ディア。執務中でお話はできないけど、それでもいい?」
「うん。でも、あのね……ほんとはおひざのうえがいいの」
「ふふ、おいで。ディア」
「やた……」
ディアは無口だが思ったよりも甘え坊さんで、私の膝上にちょこんと座る。
そして嬉しそうに、絵本を読むのだ。
忙しいながらも、始まった当主代理としての日々は……想像よりもずっと幸せに進み出す。
久しくなかった心穏やかに過ごす時間は、幸せで手離せそうにない。
晴れて自由になった私は、王都を抜けて公爵邸に向かう。
新たに仕える事を誓ってくれた皆を連れ、今後に思考を巡らせていた時。
「ごめんなさい……ラテシア」
馬車の中で、母が頭を下げて涙ぐむ。
「本当に、ごめんなさい。当主不在の不安で、王家の庇護を求めてしまった」
「母上……」
「でも皆に慕われる貴方と、セリム陛下を見て。私は愚かな選択をしたと分かったわ」
「家を心配してくださったのは嬉しいです。でも……後は私に任せてください」
「ええ……ラテシア。……フロレイス家をお願いします」
「もちろんですよ、母上……私は貴方の娘なのですから。帰りましょう、我が家に」
「貴方の言う通り、もう二度と……家の尊厳を失うことなどしないと誓うわ」
猛省する母と共に、公爵邸へと戻る。
以前は父が倒れた後、政務のために戻る事を余儀なくされたが。
今や自由になった私はここで再び暮らせるのが嬉しい。
「ここが……父の執務室……」
帰還して早々、父が執務を行っていた部屋へと入る。
机の引き出しには、綺麗にまとめて整頓された書類がある。
流石父上だ……これなら当主代理としての執務を引き継ぐのもすんなりいけそうだ。
「ディア。お姉様が帰ってきてくれたわよ」
ふと、執務室の扉が開き。
母に連れられて、弟のディアがひょっこりと顔を覗かせる。
銀色の髪から、紫色の瞳が私を見つめていた。
「……おねさま、ずっとここにすむの?」
「ええ、ディア。父上に代わってお仕事をするため、戻ってきたのよ」
父上が倒れてしまった日以来の再会に、ディアは緊張した様子だ。
ディアは私が留学時代に生まれ、まだ五歳ほど。
私がこの国に帰ってきても忙しくてあまり会えなかった。
ゆえに緊張しているのだろう、小さな手でギュッと母のドレス裾を握って隠れた。
「ずっと、いるの?」
「ええ、ディアはお姉様と一緒はいや?」
「……」
尋ねた言葉に、ディアは無言のままだ。
母は困ったように、額を押えた。
「ごめんなさい……この子、まだ緊張しているのかも」
無理もない。
この子にとって、急にやってきた私は怖いに決まっている。
そう、思っていた時だった。
「おねさま。ずっといっしょ……うれしい」
「え……?」
ディアはそう言って、突然……私の元へと駆け寄る。
そしてぽふりと、私に抱きついた。
「ディア……」
「おとうさまから、いっぱいおねさまのこときいてたから。ずっとあいたかったの」
嬉しい言葉に、私はしゃがみ込む。
ディアと視線を合わせると、ディアは頬に小さく笑みを刻む。
「いっぱいお話ししたい。おねさま」
「私もよ、ディア。今まで会えなくて、ごめんね」
「ぼくがおうちをあんないするから、おててだして」
私にとって住み慣れた屋敷だけど、ディアは私が慣れない屋敷に住むと思っているのだろう。
だから案内を申し出てくれるこの子に感謝しながら、小さな手と手を結ぶ。
「ただいま、ディア」
「うん。おかえり、おねさま」
ディアからの歓迎を受けながら、離宮して家に帰ってきた実感が胸を満たす。
あそこと違い、ここは心安らぐ場所であると、改めて思い出せた。
数日後、執務室にて私は王宮から着いて来てくれた人員に仕事の割り振りを行う。
使用人はそのまま公爵邸に増員し、衛兵達は私や母とディアの護衛だ。
そして……
「文官の皆様、集まってくださってありがとうございます」
王家に仕えていた文官達を執務室に集める。
王国の頭脳であった彼らは、様々な事に対応できるはずだ。
「皆様には、私と共にやってもらいたい事があります」
「もちろん、なんなりとお申し付けください。ラテシア様」
「公爵領は広大であり、多くの問題があります。中でも領民の不安は農耕です」
フロレイス公爵領は豊かな土地が与えられているが、不安は当然ある。
特に農耕に関して、過去の記録を見ていると不作、豊作の差が激しい。
「まずはフロレイス公爵領の安定化を目指します。農地管理を行い、連作障害を防ぐための輪作方法を領民へとご教授願います」
そう言って、私はこの数日で作った輪作についての資料を皆に渡す。
他国で学んできた、最新の農業技術だ。
「この資料を、もうご用意してくださったのですか?」
「はい。私について来てくれた皆や領民の安寧のため、手を止める気はありませんから」
「やはり……私達は貴方に仕える選択をして良かった。ぜひ、貴方へとご尽力させてください」
文官達の言葉に、頼もしさを感じる。
まずは領地の安定化を目指し、一歩ずつ進めていけそうだ。
「では皆様。頼みます……私の公爵家当主代理としての一歩。共に歩みましょう」
「「はは!!」」
跪く文官達に感謝しながら、私は公爵家当主代理として歩み始める。
さっそく父の執務を引き継ぎ、各領地へと指示を飛ばす。
空いた時間は、弟のディアと失われた姉弟としての時間を過ごした。
「おねさま。きょうもおとなりで、えほんよみたい」
「もちろんよ、ディア。執務中でお話はできないけど、それでもいい?」
「うん。でも、あのね……ほんとはおひざのうえがいいの」
「ふふ、おいで。ディア」
「やた……」
ディアは無口だが思ったよりも甘え坊さんで、私の膝上にちょこんと座る。
そして嬉しそうに、絵本を読むのだ。
忙しいながらも、始まった当主代理としての日々は……想像よりもずっと幸せに進み出す。
久しくなかった心穏やかに過ごす時間は、幸せで手離せそうにない。
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