【完結】側妃は愛されるのをやめました

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13話

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「ラテシア様……貴方のお言葉に、縋ってもよろしいでしょうか」

 歩み寄り跪いたリガル様は忠義の礼を示し、私を見つめた。

「私は大臣を辞職し、貴方に付いていきたいのです。もう迷いはありません」

「もちろん。貴方の知恵を、ここで腐らせはしません」

「感謝します……ラテシア様……」

 リガル様の言葉を受け、セリム達は呆気にとられていた。
 だが、やがて冷静さを取り戻し始めたゼブル公爵が叫ぶ。

「ラテシア殿! 王家への反逆ともとれる言動は、今すぐ捕らえるに充分であるぞ!!」

「構いませんが、もしも私を捕えれば……当主不在のフロレイス家の領兵は止められぬでしょう」

「っ!! それは脅しのつもりか……! 私はそれでも構わぬのだぞ!」

「脅しではなく事実です。それに我がフロレイス公爵家は多くの貴族より支持を頂いている。法案に異議申し立てた私を捕らえたという醜聞は、陛下達の支持基盤すら揺らぎますよ」

「ぐ……」

 互いに支持派を持っているからこその逃げ道だ。
 周囲を納得させぬまま血の争いをすれば、私を捕らえたとてその後に大きく響く。
 その状況を利用できると踏んでいるからこそ、ここまで強行手段に出ている。

「それに、先程からなにを怯えているのですか?」

 私の問いかけに、セリム達は目を見開く。

「私はセリムの法案が間違いと証明すると言ったのです」

「それこそが許せぬ言動だと……」

「ですが、セリム自らが此度の選択を最善と主張するなら、堂々と迎えてはいかがでしょうか」

「っ!!」

 セリムの瞳が揺らぐ中、私は言葉を告げた。

「これは貴方の主張と、私の主張との政争です。血を流す争いではない。ならば無血でどちらが正しいか決めればよい」

「ラテシア……僕は」

「それとも、貴方の王としての主張は……私の反旗にて揺らぐものなのですか? ならば王たる裁量の無さを認めて、私を裁く選択をすればいい」

 セリムは俯いて押し黙る。
 私を捕らえれば支持派の反感を買い、この問答通りの醜聞を招く。
 王政の未来は、わざわざ民を犠牲にした成果を失い暗く閉ざされるだろう。

 加えて彼が王である事に固執する考えが……予想通りの答えをくれた。
  
「従軍経験者の土地の返還は貴族を省き、集めた土地を貴族に与えて僕は支持を得る。そうなれば君の立場は消えていくだろう」

「ならば、それを証明してみてください。それこそが政争です」

「セリム様……!」

 ゼブル公爵の声を無視して、セリムは鋭い眼で私を睨んだ。

「僕は、王としての自らの判断に自信を持つ。だからこそこの選択が最善と証明し、君の支持派閥すら取り込む!」

「……無血での道を、選んでくれるのですね」

「あぁ。もう僕は、ラテシアの後ろに立つ王ではない! 僕こそが王だと皆に認めさせよう! 君が間違っていると証明してみせる!」

 その啖呵を受けながら、私は踵を返す。
 彼自身が無血での政争を選んだ今、もはや止める者はいない。

 ここからは、セリムと私。
 互いの信じる正道を賭け、支持基盤の奪い合いを行うのみだ。


   ◇◇◇


 城を出て直ぐ、用意していた馬車に乗り込んで走らせる。
 その際、リガル様は私へと必死な様子で頭を下げた。

「ラテシア様……危険を顧みず、このような行為をさせて申し訳ありません」

「いえ。元よりセリムの答えが私を裁く場合、強引に城を脱出する手筈はしておりますよ」

 言葉と同時に、馬車の傍に多くの騎馬が付いてくる。
 皆、フロレイス公爵家の精鋭騎士達だ。
 身の安全は当然確保して、あの場に立っている。

「流石です、ラテシア様……不肖ながら、私から頼みたい事が」

「リガル様、安心してください」

「え……?」

「謁見前から、貴方の家族の身柄を護衛し、公爵領に迎えております」

「っ!! どうして、私の頼みを分かって……」

 私の言葉を受け、馬車に乗り込んだリガル様は大粒の涙を流す。
 嗚咽を漏らし、私へと感謝の言葉を呟き続ける。

「感謝します。ラテシア様……セリム陛下を止められぬ、私などにこのような厚遇を……」

「リガル様、セリムを止められなかったのは……家族が理由でしょう?」

「分かるのですか?」

「貴方は自らの命も惜しまず王を諌める方。そんな貴方が動けなかったのは、護るべき家族が危ういからこそでしょう?」

 走り出す馬車の中、尋ねた私へとリガル様は頷く。

「はい。厳密にいえば……王妃ミラ。彼女の暗躍に私は負けました」

「詳細をお聞きしても?」

「……もちろんです。ラテシア様……これは貴方にも関わる事ですから」

 リガル様が話し出す。
 それは、かつて前国王陛下が亡くなった日の事だ。

 葬儀に参列していたリガル様の元へ、ふらりとミラが告げたという。
『フロレイス公爵様のご不幸の準備もされてはいかがですか?』と。
 失礼な言動に𠮟責しようとした時、予知のように私の父の不幸が知らされた。

 
 ただの一市民であったミラが、知る由もない事実。
 驚きを持ったリガル様へ、彼女はさらに告げたのだ。

『もし下手に私に逆らえば。次の不幸は貴方の娘よ』


「……私は臆病です。娘に危害があるのを恐れて、従うしかなかった」

「リガル様……」

「ミラの監視を恐れて行動もできず……私は愚かな傀儡になっておりました」

「家族を護るべき行動を、誰が責められましょうか」

「……」

「それに、ミラにも問いたださねばならぬ事ができました。そのためにも……私の元でその知恵を発揮してください」

 私の言葉に、リガル様は即座に跪く。
 そして、涙を流しながら胸に手を当てて礼を行った。

「亡き前国王陛下へと誓った忠義。今度はラテシア様へと捧げます!」

 その言葉が、キッカケだった。
 リガル様の言葉を端にして、馬車の周囲にて馬を走らせる騎士達が胸に手を当てた。

「我らも、此度のラテシア様のご判断に……感謝と共に忠義を誓います!」

 皆、家族に従軍経験者がおり、セリムによって搾取される者達だ。
 この国には彼らのような被害者が多く居る……皆、救ってみせよう。
 彼らの期待を責務とし、頷きで返した。
 
「皆の忠義に応えてみせます。必ず」

「しかし……今後はどうされますか。あれだけ啖呵を切れば、王家から公爵領への介入は止められませぬ」

「決まっておりますよ、リガル様」

 呟きながら、馬車の車窓から外を眺めた。
 夕刻にさしかかってきた時間、馬車が所定の場所に着くのを確認する。
 着いた先では、待ち合わせていた数人の騎士が居た。

 彼らは我が公爵家ではなく、別の貴族家が抱える騎士だ。
 そして、その騎士達が私へと書状を渡す。

「ラテシア様、ご命令通りに書状を届けにまいりました」

「感謝します。皆様のご領主にもこの礼は必ず行うとお伝えください」

 受け取った書状には、ルマニア王国の私を支持する貴族家のサインが記されている。

「ラテシア様……それは?」

「此度のセリム陛下の判断に、反感を抱く貴族家は私だけではありません」

 リガル様の問いに、私は書状を胸に答えた。

「これらは……私の派閥の貴族家が、フロレイス家の独立を認める書状です」

「なっ!!?!?」

「これで、我がフロレイス公爵家は自領の独立を宣言します」

 着いて来た皆が、一斉に驚きで言葉を失う。
 当然だ。
 私はいよいよ、王国からの独立を皆に伝えたのだから。

「これから私は、強制移住させられた従軍経験者を公爵領に迎え入れ……我が領を他国との貿易路の中心地とします」

「なんと……」

「そして王都にも劣らぬ貿易街に栄えさせましょう。独立した我が領を、他国が庇護せざるを得ない要地にしてみせる!」

 皆に伝えながら、書状を握りしめる。
 これはフロレイス家の支持派閥からの期待、王家の非道に一矢報いるための責務を皆から託されたのだ。

 セリムが無駄だと切り捨てた従軍経験者。
 彼らと共に独立したフロレイス公爵家が栄華を遂げれば、もはや王家の面子は崩壊に等しい。
 これこそが私の狙いだ。

「皆、ここから我が国の変革となります! フロレイスの名を、名誉を……この国だけでなく、他国にまで響かせるのです!!!」

 かつての戦争を経験した者は、セリムによって住む場所を追いやられた。
 私は、フロレイス公爵家当主––ラテシアとして、矜持を持って彼らを救う。
 完璧な誇りを手にするため、この選択に迷いなどない。

「現王政の間違いを……我らが証明しましょう!!!」

 けしかけた言葉に、少人数ながらも一軍に勝る声が私の背を押す。
 独立したフロレイス公爵家を必ず、導いてみせる。
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