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8話

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「どうやら私の心配は杞憂でしたね」

 すんなりと受け入れるリガル様に、思わず問いかける。
 
「廃妃を望むなど王家への背反。リガル様は止めるかと思っておりました」

「いえ、むしろ……私は嬉しく思います」

「嬉しい?」

「ラテシア様の御父上。今は意識を失っておられるフロレイス閣下も自らの誇りを貫き通しておりました」

「父上が?」

「ええ、王国に仇成す政敵を追い込み、かつての戦争では自ら軍の前に立つ勇敢さに私も助けらました。そのお姿とラテシア様は本当に似ておられます」

 今は意識のない父上の経歴を、リガル様から聞いて胸が弾む。 
 嫌な気持ちなどあるはずもない。

「私も私情を挟めば、セリム陛下の不義理に憤っております。ですので、ラテシア様のお考えも応援したいが……」

 その表情はどこかやるせなくて、セリムの名を呼ぶ声には覇気がない。
 彼に賛同していない態度が感じ取れる。

「リガル様は、現王政が異常だと思っておられるのですよね?」

「……当然です。初代王家の血を継いでいようと、安易にミラ嬢を王妃に娶るなどあり得ません」

 ほろほろと漏れ出る言葉。
 先ほどセリムの決定だからと納得していたけれど、こちらが本音だろう。

「ならば、どうしてセリム様へ抗議なさらぬのですか?」

「私は……抗議できません。どこで彼女が見ているか」

「それは、どういう意味ですか……?」

「……ラテシア様、気を付けてください。あの女……ミラに御父上はーー」

「リガル大臣!」

 リガル様の言葉、その最中に遮る声が響いた。
 今しがた名前が出ていた、ミラの声だ。
 彼女は私の部屋の扉を開き、私達を睨む。

「探しましたよ、リガル大臣。ここにおられたのね」

「っ!」
 
 途端、リガル様は口を閉ざして俯く。
 続きを尋ねても答えてくれず、大臣という職務である彼が箝口令を敷かれたかのようだ。
 その様子に、ミラは微笑んだ。
 
「リガル様、勝手にセリムから離れないで。言ったはずよ」

「……申し訳ありません。ミラ様」

 訳が分からない。
 王妃といえど、つい先日まで平民であった彼女がとっていい態度ではない。
 リガル様もどうしてこの無礼を受け入れているの。

「問答する時間はないわ。ラテシアさん、セリムが呼んでいるので来てくださる?」

 切り返すミラの視線が、私へと向く。 
 飾りつけたような笑みを浮かべる彼女は、どこか不気味だ。

「断るわ。私がセリム様の指示に従う必要はない」

「そんなに怒らないでよ。皺が増えるわよ?」

 挑発的な言動と、敵意すら感じる視線。
 どうやらミラには敵意を向けられているようだ。
 
「私が貴方のセリムを奪って申し訳なく思っているのよ……だから情けで、私の教育係としてセリムに会えるよう計らってあげる」

「貴方の不遜な態度と、その傲慢さの矯正は教育しても無駄だと思うわ」

「っ!! 貴族令嬢は本当に、嫌いだわ」

 嫌味の応酬。
 こんな不毛なやり取りはしたくはないが……ミラの本性が垣間見えたのは成果だ。
 そう思った時、彼女はひそりと呟いた。

「お高い地位でご立派だこと。でも……貴方の家はどうかしらね?」

「なにを……?」

 不可解な言葉を投げかけてきたミラへと、尋ねた言葉。
 その後、彼女が語った全てを聞き終える前に……私はセリムの元へと駆け出していた。


   ◇◇◇


「セリム様。ご説明を願います!」

 国王陛下の執務室。
 かつては温和な前王が過ごしていた部屋に、彼はふんぞり返る。
 その傍には、ミラから聞いていた通り。
 私の母が……座っていた。

「王家とフロレイス公爵家が結んだ婚約を、我が家から破棄させる気とお聞きしましたが……」
 
「ラテシアか……ちょうど、君の母上とその話をしていた所だ」

 セリムは立ち上がり、幾つかの書類を手渡す。 
 それは婚約を破棄する書類……記された名は私のものでなく、母のものだった。

「王家とフロレイス公爵家が結んだ婚約を、そちらから破棄してもらう。これでミラの王妃としての名誉も、王家の権威も落ちずにすむ」

「なにを……ふざけたことを……」

「ふざけてなどいない。これは今後の王政のためだ。君だって豊かな国を築くために、諍いなど無い方がよいだろう?」

「このようなこと、許容できません」

「まぁ聞け。この提案を呑むならフロレイス公爵家には多大な援助をしよう。君の父も倒れて大変だろう? 家は安泰となり、王家も面子が守れる。君のためにも、良案を導いてあげたんだ」

 ふざけるのも大概にしてほしい。
 貴族からの反感を防ぐため、婚約を公爵家から破棄させようというのだ。
 あまりに非常識で、不愉快な政略に反吐がでる。

「母上。なぜ……こんな話を了承するのですか」

 静かな怒りを交えて、思わず母へと詰め寄る。
 だが、母は小さく首を横に振った。

「ラテシア……貴方の父が倒れて、今は公爵家としての立場が危ういの。まだ若いディアでは領主となれない」

「これはフロレイス家の誇りを凌辱するものです!」

「……誇りでは、家は守れないわ。領主なき家は王家からの庇護を貰わねばならないの」

 母は昔から保守的な人だった。
 時に父に助言をする賢き人だが、今はその保守思想が空回りしている。

「ラテシア、いくら喚いても無駄だ。すでにフロレイス家と婚約破棄状を正式に結んでいる」

 セリムは自信満々に笑みを浮かべて、私を見つめる。
 私は滾る怒りを収めて、冷静に、淡々と状況を整理して……
 ここで、と判断した。

 そうだ、むしろ都合がいい。

「……その婚約破棄状は、公爵家と結んだものではありません。ゆえに不当です」

「なにを言っている? 当主は意識不明となれば、決定権は奥方に……」
 
「いえ、当主の代理がここにおります」

「は?」

 自らの胸に当てて、宣言する。
 これを言えばもう後戻りはできない。

 私は責務を負い、フロレイス公爵家を背負う。
 でも、それこそが望みだ。
 さっさと宣言して……王宮から出ていこう。

「私、ラテシア・フロレイスは、父の代わりに公爵家の当主代理を務めます」

「なっ……ふざけるな。妃でありながら当主など許容できない」 

「貴方が許容せずとも、私は自由にさせて頂くと言ったはず。気に入らなければ廃妃をどうぞ」

 側妃でありながら、公爵家当主。
 相容れぬ立場に付くことを宣言した私だが、そこにセリムの拒否権はない。
 決定権は家長である私にあり、側妃という地位は正式な妃でもなく縛りもない。

「そもそも貴族達がそのような横暴。容認するはずがない!」

「すでに支持の署名は頂いております。私が領主として成そうとする貿易路の拡大に、皆が期待してくださいました」

「そんなっ……」

 セリムの横暴な政略など成功させはしない、一手先んじていた私の勝利だ。
 これで婚約破棄状なんてふざけたものは呆気なく無効にできる。
 
 彼もそれを理解してか、悔しげに眉をひそめていた。

「そして、母を利用して不当な盟約を結ぼうとした王家に、信用できぬと実感しました」

「落ち着け。僕は君の家を思って、最善を……」

「よって私はフロレイス公爵家を守るために王宮から離れます! 先に横暴を行ったのは、そちらですから」

 早々に、王宮を出て行こう。
 彼らに画策される前に、家を守るため。
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