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3話

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「とんだ恥であったな。ラテシア」

 夜会が終わり、皆が帰った後。
 私へと近づいて話しかけるのは、フロレイス公爵家当主。
 私の父だ。

「セリム殿下がお前の傍に居ないとは。なんという失態か」

「申し訳ありません父上。殿下を会に留められなかったのは、私の失態です」

 公爵家を代表する者として、このような醜態を晒してしまった事実。
 𠮟責を覚悟して頭を下げる。
 父上は鋭い瞳を向けたまま、小さく頭を振った。

「馬鹿を言うな。お前に落ち度はない。やり遂げた王妃教育、三年もの留学、知る者もいない場で成し遂げた功績に恥など一切ない」

「父、上……」

 かけられた賛辞の言葉。
 今までの苦労を正式に評価してくれる父に、思わず涙を見せてしまう。

「セリム殿下は、せめてお前を褒め讃えてくれたか?」

 父上の問いかけに思い出すのは、私から遠ざかっていくセリム様の背。
 心やましくはあるが、私は首を横に振った。

「そうか。やはり落ち度は王家にあるようだな」

「っ!!」

 呟いた父上は、私の頭を撫でた。
 優しい、子供の頃のと同じ力加減で。
 だけど眼光は鋭く変わる。

「王家の指示にて私の愛しき娘……公爵家の珠玉を捧げた。その代償に礼もない事、陛下には私自ら苦言を呈そう」

「父上、苦労をかけてしまい、申し訳ありません」

「よい。胸を張れ、ラテシア。お前に落ち度はない……我が公爵家の娘として、次代の王妃として立派にやり遂げたのだから」

 その言葉に、どれだけ救われただろうか。
 私の苦労への労いセリムから欲しかった言葉を代わりに述べてくれた父には感謝しかなかった。

「また帰ってこい。お前が留学中に生まれた息子。弟がいる、会ってやれ」

「はい、父上。また会いに向かいますね」

「あぁ。王家への抗議……後は任せよ」

 公爵家当主である父自らの抗議。
 その成果は、翌日には顕著に現れた。


 王家からは謝罪として、公爵家へと莫大な謝罪金が積まれたのだ。
 異例の事であり、王家としては他の貴族家に示しもつかぬ失態。
 父の苦言は実を成したといえるだろう。

 しかし、ただ一点のみ叶わぬ事があった。
 金による謝罪と共に、セリム様の謝罪の場を設けるはずだった。
 しかし彼は自らに落ち度はないと、謝罪を突っぱねたのだ。

 この行為に、彼は貴族社会での評価は途端に下落。
 なぜ、ミラという女性にそこまで固執しているのか、皆が分からぬまま次代の王政に不安を抱いた。


   ◇◇◇
  

 半年の時間が過ぎた。
 セリム様とは、あれから溝が深まっている。

 自らに落ち度はないのに、私のせいで責められたと立腹しているらしい。
 怒りを感じているのはこちらだというのに。

「父の抗議も虚しく。セリム様は聞き入れないなんて」

 執務の傍ら、思わず呟く。
 セリム様の考えは、陛下と父自ら諌めたが……その意志は変わらないらしい。

 むしろ反発して一層、私を遠ざけた。
 城内ですれ違う際、ミラという女性と片時も離れずに過ごしている。
 だからと、都合の良い言い分で。

『ラテシア。なぜ分からない、彼女はただの友人だ。君の思慮の浅さには辟易するよ』

 私が苦言を呈した際、彼はそう言って睨みつけた。
 そしてより強く、私と会う機会すらも根絶したのだ。

「……」

 無言のまま、執務の手を止める。
 どうすれば良かったのかと、自問してしまうのだ。

「ラテシア様。お疲れですか?」

 悩みが表情に出ていたのか。
 部屋の中に居た護衛騎士が、案じる言葉をくれた。

「少し考え事です。心配はいりません」

 次代の妃として、弱き姿など見せられない。
 自省と共に不安を払い、毅然と返答する。

「失礼いたしました。しかしラテシア様は我が国に多大な益をもたらす務めを果たされておられます。どうか、御気分が悪ければ何時でも申しつけてください」

 心配させてしまっただろうか。
 騎士の言葉に礼を告げ、再び執務へと取り掛かる。

 私は王妃として留学中に築いた外交関係により、他国との交易に大きな成果を残せそうなのだ。
 これが成功すれば莫大な益を生む。
 だからセリム様との関係を憂いている時間があれば、そちらに意識を向ける方が有意義だと自らに言い聞かせる。

「ラテシアはいるか?」

 ふと、執務へと戻った私に水を差すように声がかかる。
 部屋へと入ってきたのは、セリム様であった。

「セリム様……どうされました?」

「婚約者の部屋に来る事に、問題はないはずだろう」

 久しく会話も交わしていなかったというのに。 
 自ら訪れてくれた彼に、自然と警戒してしまう。

「何か御用ですか?」

「いや、暫く不在にする事を伝えに来ただけだ。ミラの病気を和らげるため、森林療法を試す。そのために一か月ほど城を離れる」

 どよめく騎士。
 執務を手伝ってくれていた文官も驚いている。
 私ですら、信じられないのだから。

「セリム様、何を言っているのですか。王太子である貴方の時間は、そのような事に使うべきではありません」

「友人を救うためだ。弱っていく彼女を見捨てろと?」

「王家の財や、豊かな生活は民の血税によるもの。全ては民から託された、この国のまつりごとを担う使命のためです。看病のためではありません」

「僕はミラに、学園での在学中に世話になったんだ。それこそ……君などよりも。そんな彼女を救いたい気持ちを否定するのか?」

「……せめて、貴方は王太子として責務を果たしてください。ミラさんには使者を同行させるだけでも良いではありませんか」

 ここまで説得の言葉をかけても、セリム様は苛立たしげに拳を机に打ち付ける。
 まるで聞く耳も持たぬ様子だ。

「婚約者であるから君に報告をしたが、間違いだったよ。ここまで薄情だとは……僕は君に気遣ってきたというのに」

「セリム様、話を聞いてくだ––」

「僕は……。薄情な君と違ってね」


 突き放す言葉を吐き捨て、セリムは部屋を出て行く。

  

 その後、私へと見せつけるように、セリム様はミラと共に庭園にて茶会を嗜んだ。
 嫉妬、怒り、悲しみ。
 ごちゃ混ぜになった感情をしまって、カーテンを閉じる。

「……」

 悲しい事だが、いつしか私の心からは恋情が薄れていくのを感じている。
 これでいいのか分からないが、悲しむよりはマシだ。

「ラテシア様……」

 一連の出来事に気遣う騎士の声に、毅然と答えた。

「心配ありません。もしも……これ以上セリム様が道を違えた際は、私は……」

 彼を支えるのを止める。
 そう言おうとした言葉をぐっと堪えて、執務へと戻る。
 そうなってほしくは、ないのだけれど。
 
 私の希望虚しく、その後もセリム様のミラを気遣う暴走は続き。
 いつしか城内での彼への評価は、私とは真逆に落ちていくのであった。
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