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1話
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ーー側妃となる、二年前。
母国へと戻る馬車が走り始め、馬の蹄が地面を叩く。
舗装された街道、流れていく光景に、自然と考えが口から綻んだ。
「ようやく、王国へ帰還できますね……」
「ラテシア様、三年間もの留学……お疲れ様です」
同乗する護衛騎士の言葉に頷く。
私––ラテシアはフロレイス公爵家令嬢であり、次代の王妃となる事が決まっている。
第一王子殿下であるセリム様との婚約を済ませ、幼き頃から彼と過ごして確かな愛を育んでいた。
「ようやく、セリム様に会えます……」
「この三年間、本当にお疲れ様です。ラテシア様」
そう、私は婚約者であるセリム様と三年間も離れていた。
我が国では十八年前まで続いていた戦争を教訓とし、二度と悲劇を起こさぬよう他国との外交に力を入れた。
そして王妃教育の一環で他国留学というカリキュラムが定められたのだ。
他国にて知見を広め、自国の王妃として政に加わるためだ。
「しかしラテシア様。僅か三年でここまで各国と深い繋がりを築きあげるとは……きっと殿下も誇らしいはずです」
騎士が言ってくれるように、私はただ留学していた訳ではない。
他国での会合、社交界により外交の繋がりを深くする事ができた。
諸外国との流通経路などの事業計画を結べたのも大きい。
「きっと殿下もご帰還をお待ちしておりますよ。ラテシア様」
「ええ……胸を張って、セリム様と再会できます」
騎士に微笑みを返しつつ、再び車窓を眺めた。
街道の外れにある綺麗な花畑、そこに咲く一際鮮やかなガーベラの花を見て……
ふと、過去を思い出す。
『ラテシア・フロレイス。君に僕の妃になってほしい。この花に貴方を永遠に愛すると誓います』
王城の庭園、私が好んでいたガーベラの花束を持ちながら。
当時、十歳だったセリムが恋小説のような言葉を告げてくれて……
私は年相応の喜びと、恥じらいを交えて答えた。
『はい。私も貴方と共に生きたいです』
答えれば、パッと彼の笑みが咲く。
『……よかった、ラテシアが受け入れてくれて』
政略により婚約は決まったも同然なのに、セリムは純粋無垢に安堵の息を漏らす。
本当に想ってくれている事が、なによりも嬉しくて。
そんな彼の姿が微笑ましくて、公爵令嬢という立場も忘れて彼を好きになった……
気を許せる相手となった彼の傍は、とても幸せであった事を思い出す。
「……早く、セリム様に会いたいです」
「では、御者に急いでもらうように伝えますね」
わざわざ急いでもらう必要はない。
そう告げようとしたが……速度を上げる馬車を緩めてほしくなくて、私は沈黙で帰還の道を過ごした。
◇◇◇
三年ぶりの王城へと辿り着けば……王妃教育での留学帰りという事もあり、多くの方々が出迎えてくれた。
凱旋のような振る舞いに、むしろ気圧されてしまう。
「こんなに大勢で出迎えてくれるなんて……」
「皆、ラテシア様のご帰還を待ってくださっていたのでしょう。他国との国交を結んだ立役者ですから、当然ともいえますよ」
「……こんなに光栄な事はありませんね、感謝しかないわ」
皆からの賛辞が、帰ってきた実感を肌で感じさせてくれる。
胸にジンっと染みる感動が、私の瞳を潤ませた。
馬車が止まり、扉が開く。
騎士のエスコートで馬車から降りた。
「ラテシア嬢。王妃教育での留学、本当にご苦労であった」
なんと、我がルマニア王国の国王陛下がわざわざ出迎えてくれたのだ。
我が国で十八年前まで続いていた戦争を停戦まで導いた立役者。
『賢王』と慕われる現国王で、セリム様のお父様だ。
慌ててお辞儀と共に、感謝を告げる。
「出迎えてくださり、嬉しく思います。陛下」
「よいよい、貴殿は留学にて誇れる功績を残してくれた。胸を張って皆の賛辞に応えてやってくれ」
「有難きお言葉……心に染みる嬉しさです」
皆の賛辞に応えるため、笑顔にて手を振る。
一層熱を帯びる歓声の中で、未だ姿が見えない婚約者のセリムの姿を捜す。
でも、やはりいない。
「しかし、君は本当に妃として相応しい成長を遂げてくれた。王家を代表して礼を言おう」
「陛下、これも全ては教育の機会をご提供くださった王家のおかげです……」
再びの謝辞を述べながら、畏れ多くも陛下へと問いかける。
「陛下、セリム様は何処におられるでしょうか」
「ラテシア嬢……」
「早く、会いたいです。セリム様の居場所を教えてくだされば、私が向かいます」
数年分の寂しさを込めた、「会いたい」という本音。
それに反して、周囲の賛辞はシンっと静まり、何処か重たい空気が流れる。
「ラテシア、落ち着いて聞いてくれるか?」
「陛下?」
「セリムは……ここには居ない。お前の出迎えに来ておらんのだよ」
「え……? ご病気か何かでしょうか? 直ぐにお見舞いに」
私はなんの疑いもなく、セリム様を労わる。
だが、それがさらに周囲の空気を重くしている事に気付いた。
その理由が、陛下から告げられる。
「セリムは君ではなく。今は別の女性を優先している。帰ってきた君にこんな報告をして、すまない……ラテシア嬢」
彼との未来のために異国で過ごした三年。
やっと帰ってきた……今日、この日に告げられた言葉が。
私には信じられなかった。
母国へと戻る馬車が走り始め、馬の蹄が地面を叩く。
舗装された街道、流れていく光景に、自然と考えが口から綻んだ。
「ようやく、王国へ帰還できますね……」
「ラテシア様、三年間もの留学……お疲れ様です」
同乗する護衛騎士の言葉に頷く。
私––ラテシアはフロレイス公爵家令嬢であり、次代の王妃となる事が決まっている。
第一王子殿下であるセリム様との婚約を済ませ、幼き頃から彼と過ごして確かな愛を育んでいた。
「ようやく、セリム様に会えます……」
「この三年間、本当にお疲れ様です。ラテシア様」
そう、私は婚約者であるセリム様と三年間も離れていた。
我が国では十八年前まで続いていた戦争を教訓とし、二度と悲劇を起こさぬよう他国との外交に力を入れた。
そして王妃教育の一環で他国留学というカリキュラムが定められたのだ。
他国にて知見を広め、自国の王妃として政に加わるためだ。
「しかしラテシア様。僅か三年でここまで各国と深い繋がりを築きあげるとは……きっと殿下も誇らしいはずです」
騎士が言ってくれるように、私はただ留学していた訳ではない。
他国での会合、社交界により外交の繋がりを深くする事ができた。
諸外国との流通経路などの事業計画を結べたのも大きい。
「きっと殿下もご帰還をお待ちしておりますよ。ラテシア様」
「ええ……胸を張って、セリム様と再会できます」
騎士に微笑みを返しつつ、再び車窓を眺めた。
街道の外れにある綺麗な花畑、そこに咲く一際鮮やかなガーベラの花を見て……
ふと、過去を思い出す。
『ラテシア・フロレイス。君に僕の妃になってほしい。この花に貴方を永遠に愛すると誓います』
王城の庭園、私が好んでいたガーベラの花束を持ちながら。
当時、十歳だったセリムが恋小説のような言葉を告げてくれて……
私は年相応の喜びと、恥じらいを交えて答えた。
『はい。私も貴方と共に生きたいです』
答えれば、パッと彼の笑みが咲く。
『……よかった、ラテシアが受け入れてくれて』
政略により婚約は決まったも同然なのに、セリムは純粋無垢に安堵の息を漏らす。
本当に想ってくれている事が、なによりも嬉しくて。
そんな彼の姿が微笑ましくて、公爵令嬢という立場も忘れて彼を好きになった……
気を許せる相手となった彼の傍は、とても幸せであった事を思い出す。
「……早く、セリム様に会いたいです」
「では、御者に急いでもらうように伝えますね」
わざわざ急いでもらう必要はない。
そう告げようとしたが……速度を上げる馬車を緩めてほしくなくて、私は沈黙で帰還の道を過ごした。
◇◇◇
三年ぶりの王城へと辿り着けば……王妃教育での留学帰りという事もあり、多くの方々が出迎えてくれた。
凱旋のような振る舞いに、むしろ気圧されてしまう。
「こんなに大勢で出迎えてくれるなんて……」
「皆、ラテシア様のご帰還を待ってくださっていたのでしょう。他国との国交を結んだ立役者ですから、当然ともいえますよ」
「……こんなに光栄な事はありませんね、感謝しかないわ」
皆からの賛辞が、帰ってきた実感を肌で感じさせてくれる。
胸にジンっと染みる感動が、私の瞳を潤ませた。
馬車が止まり、扉が開く。
騎士のエスコートで馬車から降りた。
「ラテシア嬢。王妃教育での留学、本当にご苦労であった」
なんと、我がルマニア王国の国王陛下がわざわざ出迎えてくれたのだ。
我が国で十八年前まで続いていた戦争を停戦まで導いた立役者。
『賢王』と慕われる現国王で、セリム様のお父様だ。
慌ててお辞儀と共に、感謝を告げる。
「出迎えてくださり、嬉しく思います。陛下」
「よいよい、貴殿は留学にて誇れる功績を残してくれた。胸を張って皆の賛辞に応えてやってくれ」
「有難きお言葉……心に染みる嬉しさです」
皆の賛辞に応えるため、笑顔にて手を振る。
一層熱を帯びる歓声の中で、未だ姿が見えない婚約者のセリムの姿を捜す。
でも、やはりいない。
「しかし、君は本当に妃として相応しい成長を遂げてくれた。王家を代表して礼を言おう」
「陛下、これも全ては教育の機会をご提供くださった王家のおかげです……」
再びの謝辞を述べながら、畏れ多くも陛下へと問いかける。
「陛下、セリム様は何処におられるでしょうか」
「ラテシア嬢……」
「早く、会いたいです。セリム様の居場所を教えてくだされば、私が向かいます」
数年分の寂しさを込めた、「会いたい」という本音。
それに反して、周囲の賛辞はシンっと静まり、何処か重たい空気が流れる。
「ラテシア、落ち着いて聞いてくれるか?」
「陛下?」
「セリムは……ここには居ない。お前の出迎えに来ておらんのだよ」
「え……? ご病気か何かでしょうか? 直ぐにお見舞いに」
私はなんの疑いもなく、セリム様を労わる。
だが、それがさらに周囲の空気を重くしている事に気付いた。
その理由が、陛下から告げられる。
「セリムは君ではなく。今は別の女性を優先している。帰ってきた君にこんな報告をして、すまない……ラテシア嬢」
彼との未来のために異国で過ごした三年。
やっと帰ってきた……今日、この日に告げられた言葉が。
私には信じられなかった。
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