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36話

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「許される気もない。そして私自身も許す気は無い」

 父が呟いた瞬間。
 指先に込められた魔法が、彼の胸を貫く。
 彼の口元から真っ赤な血が流れ、その身体がソファーへと倒れた。

「はは……これで、終われる」

 嬉しそうに笑いながら。 
 父は、身勝手にも終わりを求めた。

「フォンドッ!!」

 モーセさんが慌てて駆け寄るが。
 父の呼吸は荒く、胸から流れる血は止まらない。

「確実に死ねる箇所を傷つけた……長く、苦しんで死にたい……それが私の罪だ」

 父は最初から死ぬため、全てを話したのだろう。

 ティアさんを犠牲にした人生に罪悪感を抱え続け。
 私が無事に生きる道を見つけたから、もう満足だと……
 
「これでいい。私は……ティアを殺してしまった罪悪感から逃れたくてお前達を利用した、最低な人間だ。お前達を犠牲に生きていた事に罪悪感もなかったのだから」

「直ぐに医者を! 直ぐに止血せねば!」
 
 モーセさんが手を当てるが、それに父は抵抗する。

「良いのです。モーセさん。私は……死にたいんだ。ずっと……ずっと生きる事が辛かった」

「フォンド……」

 父は満足気な表情を浮かべているが、私の心には……
 煮えるような怒りが宿っていた。
 
 死んで終わりなんて、絶対に許さない。



「勝手な事を言わないでください!」

「っ……」

「やり遂げて死ぬなんて許さない。私はいい、もう過去なんて捨てて生きていくから。でも……シャイラはどうするの?」

「あの子は……」

「貴方はシャイラに謝る義務があるはずです!! 本当の……父親なのだから」

 言葉を続ける。
 父はなにもやり遂げてなどいない。
 まだまだやってもらう事はある、彼は戦ってもらう必要があるのだ。

「王家に迫られた脅迫は全て開示してもらいます! 貴方は生き証人です。ティアさんの死の真相を証言し……王家に一矢報いてください!」

「っ!!」

「ティアさんのためにも戦ってください。現王政を崩壊させる最後の一矢は、貴方の証言になるはずだから」

 父の瞳が揺らぐ。
 消えかけていた瞳の光が、微かに灯った。

「それに、救われた命を粗末にしないで」

「っ!!」

「人のために生きてと、ティアさんが言ったのでしょう? ならこれからは、そのために生きて」

 簡単に父を許せるほど、私は人間はできていない。
 
 でも、絶対に救う。
 後悔しているから死ぬなんて、許さない。
 ティアさんが繋いだ命は、粗末に終わらせていいはずない。

「すぐにお父様を、お医者様のところへ運びます!」

「手配しよう。俺が運ぶ」

 私は先の治癒魔法で魔力が切れている。
 だから父が助かるには、お医者様の所へ連れていくしかない。

 リカルドが手配をし、直ぐに父が担架で運ばれ出す。
 父は抵抗しない、かなり弱っている。

「診療所まで運ぶ」

「私が玄関扉を開きます」

 辺境伯邸を出て医療施設へと向かおうと……
 屋敷の外へ出た時だった。




「お……父様?」



 そんな呟きが聞こえ、視線を向ける。
 そこに居たのは……シャイラとヴィクターであった。
 傍に居たジェイクさんが、私達の様子に驚いている。

「お、お客人がナターリア様に会いたいとの事で……ご報告をしようと思っていたのですが……い、一体なにが?」

「どうして……二人がここに?」

「お父様!!」

 シャイラが叫び、父の元へ駆け出す。
 泣きながら、父の頬に手を当てて心配していた。
 私と違い……利用されてはいたが、愛されていたシャイラの反応は当然だろう。

「ナターリア。僕らは謝罪のためにここに来たんだ……けど、これはいったい?」

 ヴィクターが尋ねるが……答えている暇はない。

「では謝罪はいりません! 私には必要ないから」

「あ……その、僕は……それでも」

「急いでいるの、そこをどいてください」

 ヴィクターは何か言い淀んでいるが、今は構っている場合ではない。
 父の容態は一分一秒を争う。

「ご、ごめん……」と謝罪を漏らした彼が、私達から避ける。
 だがその際、地面にほつれた手袋が落ちるのが見えた。

「っ、それは……」

「あ、あぁ……君に贈ってもらった手袋だ。これの礼も言いたかったんだ。これに付与された魔力で僕は騎士として……」

「っ!! 渡してください!」

「え?」

「はやく!」

 驚いているヴィクターの様子など気にせず、私は手袋を持つ。
 私の作っていた衣服には、魔力が宿っていた。
 それは恐らくヴィクターに渡したこの手袋も同様だったはず……
 

 以前にジェイクさんの報告で知った事実。
 付与された魔力は、年月をかけて育ち。それは私と繋がっているから。
 つまり……

「運ぶのを止めてください。お父様はここで救います」

「ナターリア……なにをして?」

 動揺する皆を置いて、私は手袋を握る。
 繋がっているからこそ……ここから魔力回収できる。

 何年分もの成長した魔力が……私へと流れ込んでくる感覚。
 いける。

「ちゃんとシャイラにも謝罪してください。そして貴方の証言で、現王政に終止符を打って。」

 魔力ではなく、ティアさんを奪った王家と戦って。
 
 その想いを告げ、か弱い息を吐く父へと手を当てる。
 ティアさんから継いできた魔力を、行使しよう。
 人を救うために、受け継いだ力を。

「罪を償ってください……ティアさんに託された命も、無駄にしないで」
  
 お父様の傷を癒していく。
 大丈夫……二度目だから、失敗なんてしない。

「ナターリア……支える」

「ありがとう。リカルド」

 魔力切れに近い状態。
 リカルドの支えでなんとか立ちながら……治癒魔法を使う。

 胸を貫いていた父の傷は。
 傷痕を残さずに、消えていった。
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