【完結】貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

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彼女が居ない生活・終 フォンドside

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「過去から……話そう」


  ◇◇◇


 過去、私はただ研究熱心な一人の青年であった。
 平民生まれで、家庭環境も良好。
 ただ人のために研究する事こそ最善だと信じていた。

『フォンド、今日も遅くまでやっているのね』
 
『ティア……これが完成すれば人はもっと安全に暮らせる。休んでられないよ』

 ティア。
 彼女は同じ研究室の同僚で、気の合う女性だった。
 私と同じ金髪が美しく、話す内に心惹かれていた。

『本当に熱心ね』

『魔物の中には、辺境伯領の防壁を超えるグリフォンなんてのもいる。この魔法研究が上手くいけば……そんな魔物を寄せ付けない事ができる』
 
 彼女と話す日々と、人のため研究する日々が幸せだった。
 そんな折、私は研究で成果を出す事に成功した。
 
『おめでとう、魔物を寄せ付けない魔法……成果がでたと聞いたわ!』

『まだまだ範囲は狭く、実用化は難しいけどね』

『それでも努力してきた成果よ、おめでとう……本当に』

 ティアに褒められるのは嬉しかった。
 元から医療者としても患者を診ていたし、魔物を遠ざける魔法の結果もあり……王家に表彰された。

 下賜されたのは、ヘルリッヒ子爵家の籍。
 だがその実現には、現在の妻との家柄を結ぶ結婚が必要であった。
 その時、私はティアへの気持ちが諦められず想いを告げたが……


『ごめんなさい……フォンド。私……すでに結婚を前提にしている人がいて』


 まぁ、あっさりと断られたよ。
 そして彼女は結婚して、研究室を去ってしまう。
 初めての失恋だが、意外と心は前向きだった。
 これで恋情を捨て、私は自らの研究に心血を注げるのだから。

 
 だが……それは失敗だった。
 私は孤独でさらに研究へ熱を上げ、犯してはならない事をしてしまった。


『やはり魔物を遠ざける魔法の実現には……複数の魔力サンプルを試すしかないか』


 研究のため、複数の魔力サンプルが必要だった。
 魔力鑑定のために、髪の毛などを集めた。
 そんな中、研究室に落ちていた長い金色の髪……ティアの髪を見つけてしまったのだ。

『魔力サンプルは多い方がいい。この魔法の実現まであと少し……これで多くが救えるんだ』

 大義、正義、人のため。 
 そんなものに操られ、私は独断でティアの魔力鑑定を行った。
 ……それが始まりだ。

『変質している。なんて事だ……この魔力なら、どんな魔法でも実現可能ではないか……』

 驚き、感極まったと同時に私は彼女の魔力を研究室で公表した。
 この魔力なら、私の研究も進む。
 それどころか飢えに苦しむ人、難病で死ぬ運命の人……皆が救える!

 人のためにと暴走した行為、その結果。
 私は王家に招致され……事実を知る事となる。
 

『フォンド。お主が見つけたこの魔力の持ち主……ティアといったか』

『は、はい』

『まさか……初代王家の末裔が残っていたとはな』

『え……?』

 現王政の国王陛下は全てを教えてくれたよ。
 私を逃がさぬためだ。

 全てを知り、もし他言すれば……
 両親や知り合い、名声や子爵家の名誉。
 今までの研究成果まで全て奪うと脅された。

『……ティアという女は夫と共に行方不明だ。恐らく奴も全てを知っているのだろう。お前も捜索を手伝え』

『ど……どうして私が……?』

『知り合いであれば、油断もさせられる』

『……』

『王国の平穏のためだ。手伝え……フォンド』


 王の言葉を断る事が、私にはできなかった。


 私は必死に彼女を捜した。
 知り合いという利点を使い、あちこちから情報を集め。
 
 私が持つ平民の繋がりを駆使し、何か月もかけ……ようやくティアの居場所を見つ出した。
 だから。私は彼女を王家の命令通りに……











 従わなかった。
 私は、彼女を救う気だった。

ー王家が君を捜している。直ぐに逃げるんだーと、彼女の隠れ家に手紙を送った。


 だが返答の手紙で知った彼女の立場は、想像よりも苦しい状況であった。


ー夫が感染病で亡くなった……私は妊娠しており、身を隠しているー


 彼女の夫は、感染病の治療が手遅れで亡くなっていた。
 知らせを受け、私は直ぐティアの元へ向かう。
 彼女は悲しみに暮れながらも夫を埋葬していた、大きくなったお腹で。

 そして最も悲しい事に、彼女自身も夫の看病によって病に侵されていたのだ。

『ティア……薬を渡す。これを飲むんだ』

『でも、この感染症の薬には……赤ん坊に毒だと聞いたわ……』

『赤ん坊よりも、自分を優先しろ! 君が死ねば……僕は』

 後悔しかない。
 迂闊に彼女の魔力を探った事、明かしてしまった……

 全部私のせいだ。
 だからこそ、助かってほしいと薬を飲ませた。



   ◇◇◇


 しかし、ー出産を終えたーと手紙が送られてきた。
 彼女の元へ向かうと、本当に一人で出産を終えていたのだ。

『ティア!』

 薬は飲むふりをしていたのだろう。
 感染症に侵され、体調は限界の中で……赤子を抱いていたのだ。

『その身体で出産なんて、君の身は……もう! どうして……』

『この子や貴方を犠牲にしてまで……私は生きたくないのよ』

 彼女はそう言って微笑む。
 追い込んだ私を恨んでもいいのに、昔と同じ屈託のない笑みを見せるのだ。

『フォンド……どうかこの子を、お願い』 

『ティア……』

『私の魔力をきっとこの子も継いでいる。この力を……正しく使わせてあげて』

『なにを……言っている?』

『私達の家系は、この力が争いではなく平和を作るためにあると信じてきたの……』

『……ティア、待て……なにをして!』

 彼女の周囲に、魔力が集まっていた。
 転移魔法の予兆だった。

『お願い。ナターリアにはどうか……正しい道を教えてあげて』

『待て! ティア!』

『人のために頑張る貴方なら、きっとできるから』

 手を伸ばした時には、もう彼女は居ない。
 転移魔法により消えて、赤子だけを残して去っていた。



   ◇◇◇


 一か月後、ティアの死体が見つかった。
 彼女は自ら転移し……私の研究していた魔法を使い、私が教えたグリフォンを呼び。
 襲われていたのだ。

 全部、私の犯行だと王家に知らしめるため。

『よくやってくれた、フォンド。これで王国は救われた』

『……』
 
 もう、私は王家からの賞賛など届かなかった。
 研究など、止めてしまった。



 残ったのは赤子。
 ティアがナターリアと呼んだ子だ。
 この子が死ねば、全て無事に解決する……

 それにこの赤子が居なければ、ティアは生きていたはず。
 私がこんな罪悪感を、抱く事もなかった……

「……」

 だが、殺せない。
 ティアが最後に託したのは……他でもないこの子なのだから。

 

 しかし私の行き場のない憎しみは……初代王家の魔力へと向く。
 これが無ければ、悲劇は起こらなかった。

 この魔力をティアは平和のためと言ったが、間違っている。
 これは消す、必ず。
 だから出した答えが……魔力移動だ。 
 初代王家の魔力は、血筋なき者でなければ特異性が発現しないと分かった。


 だから……私は自らの子に移す事を計画した。


 ナターリアは幸い私と同じ髪色だから、子供として扱う。
 孤児では戸籍登録に手間がいるからだ。

 ナターリアを拾った、私達の子に魔力を移動させたいと妻に協力を願った。
 今の妻は利己的で、子が才子になるならと協力してくれた……
 幸い王家はティアの死体回収に目が向いており、出産の欺きは上手くいく。


 六年後、シャイラが産まれて計画を実行する。
 屋敷に魔法陣を描き、全てが始まった。

 ナターリアには徹底的に妹のために生きる選択を教えた。
 シャイラには徹底的に歪んだ愛情表現を教え込み、姉と離れず行動させた。

 全てはティアの遺言を無視し、その魔力を消すため。
 そして、ナターリアが学園を卒業する頃には魔力移動を終えたはずだった。



   ◇◇◇



 ナターリアは私の言葉を聞き、表情を変えない。
 思う以上に、強い子だ 
 
「お前の魔力移動を終え、望むならと結婚させた」
 
「政略結婚でヴィクターを選んだのは何故ですか?」

「表舞台に出さぬように徹底するためだっ。ヴィクターの母が世間体を気にするので、学園を退学させてから結婚させたんだ」

「シャイラの……せいではないの?」

「あぁ、私が退学させた」

「っ!!」

「シャイラ達が不倫したのは予想外だったが、私はもう後はどうでもよかった」

「……」

「私は、お前達を利用する事に……罪悪感はなかったのだ」

 そう、私はただ憎しみで行動していた。
 ティアが死ぬ原因を作った初代王家の魔力と、それを迂闊に公表したに。

 だから……


「これが真実だ。ナターリア。やっと……終われる」

「っ!? なにを……」


 私は手を伸ばし、指先に魔力を集中させる。
 咄嗟に辺境伯やモーセ殿がナターリアの前に出るが……そちらではない。

「ずっと……死にたかった。これで終わりだ」


 自ら死ぬために編み出した魔法。 
 どんな時でも、拘束中であっても死ねるように私が考えた魔法の光が……



 自らの胸を貫く。
 胸に走る激痛と共に……解放感に包まれた。
 


「お父……様……?」
 
「許される気もない。そして私自身を許す気もない」

 やっと終わりだ。
 後悔を晴らすため、ただ初代王家の魔力を消す目的で生きていた人生。

 私と違い。
 ナターリアはティアの遺言通りの答えを見つけた。
 なら、もう初代王家の魔力を消す必要はない。



 後に残った憎しみの対象は、ティアを殺してしまった私自身のみ。
 これでいい。

 私は……死ぬ事に抵抗などない。
 になど、なんの意味も見出せず。
 ただ空虚に生きてきた命を、終えられるのだから。







 そう、思い。
 これで終わりだと、意識を手離しかけた刹那。

「勝手な事を言わないで!」


 あの子の叫び声が、掠れる意識の中で聞こえる。


「シャイラにもちゃんと謝罪してあげて……そして生きて、その証言で王家に一矢報いてください!」

 滲んだ視界の中。
 ティアと重なった面影と共に……ナターリアは強い瞳で私を真っ直ぐ見つめていた。

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