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35話
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なんだろう、温かい。
包まれるような感覚で、小さく揺れて……口ずさむ鼻歌が聞こえる。
夢だろうか……誰かに抱っこされている?
『産まれてきてくれた、ありがとね……ナターリア』
見知らぬ女性の優しい声と共に、私の頭が撫でられる。
それを感じていると……扉を開く音が聞こえた。
『ティア!!』
『フォンド……手紙通り、来てくれたのね』
『どうして……どうして!』
私のかすれた視界では、抱きしめてくれていた女性が血を吐きながら。
父の名と同じ男性へと笑いかける。
『ごめんなさいフォンド、貴方の忠告は……やっぱり聞けない』
『その身体で出産なんて……君の身はもう! どうして……』
『私が生きていると、貴方が犠牲になってしまうわ』
『っ!!』
女性は私の頭を撫でて、笑いかける。
苦し気な呼吸なのに、その表情はとても満足したように晴れやかな笑みで……
『この子や貴方を犠牲にしてまで……私は生きたくないのよ』
『ティア……』
『フォンド……貴方には酷なお願いかもしれない。だけど……身勝手な事を言わせて』
『……駄目だ。待ってくれ……ティア』
『どうかこの子を、お願い……』
◇◇◇
「……リア」
声が聞こえる。
聞き馴染みのある優しい声が、私の名前を呼んでくれた。
「ナターリア」
この声は、そうだ。
リカルドの……
「ん……」
「起きたか」
瞳を開けば、リカルドが私を見つめている。
よく見れば横抱きにされており、彼がその身を寄せた。
「運んでいる途中だったが、起きて良かった」
「ぇ……っと」
状況に混乱している中。
私はようやく、直前の事を思い出してリカルドへと抱きつく。
「リ、リカルド! 容態は!? どこもおかしな所はない? 痛い所は?」
「どこにもない。もうどこも……苦しくはない」
「良かった、良かったよ……リカルド」
「ありがとう。ナターリア」
「隠さないで……ちゃんと辛かったら言って。本当に……本当に心配したんだから」
「心配かけた……もう、隠したりしない。ありがとう」
思わずボロボロと泣き出してしまう私に、彼はお礼と共に強く抱きしめる。
そして見つめてくる琥珀色の瞳が近づき……
「ん……」
唇に当たる、柔らかい感触。
影が長い時間重なり合って……離れる。
彼がした行為に、鼓動が跳ねて、顔が熱くなってしまう。
そんな私を、真っ直ぐに見つめてくる。
「結婚するのに、まだちゃんと言えてなかったから、隠さず素直に言う」
「リ、リカルド?」
「会った時から、好きだった」
「え……」
「感謝しきれない恩を返したい。ずっと……一緒にいてくれるか。ナターリア」
隠さずに言う……その言葉通りに彼は無表情に少しの笑みを添え、思いのまま呟く。
私が泣いている中、嬉しそうに抱きしめてくるのだ。
彼が無事で良かったという安堵感と、伝えれる言葉の嬉しさで涙が止まらない。
「なんで、なんで今言うんですか。こんなに……涙でぐちゃぐちゃなのに……」
「駄目か?」
「い、いいに決まってます」
「ありがとう、愛してる」
「っ……素直すぎます。リカルド」
リカルドは私を抱きしめ、時折口付けをしてきて……
恥ずかしさと嬉しさがごちゃ混ぜで混乱してしまう。
彼は私が落ち着くまで待ってくれて、ようやく落ち着けた……
「リカルド……皆さんは?」
「俺の無事を確認し、各地に伝えに向かってる」
「良かった……あっ、お父様は?」
「モーセと別室に居る。向かうか?」
「……はい」
父が最後に全てを話すと言っていた。
彼が抱える秘密は、いまだ分からない。
でも、父は本当にティアさんを殺したのだろうか。
だって……先程の光景が、とても夢のように思えないのだ。
◇◇◇
「起きたか、ナターリア」
「……お父様」
父はこの辺境伯領では罪人。
だから再び手錠をかけられているが、厳重に捕えられているという訳ではない。
流石に辺境伯の命を救う一因となった彼に、厳しい拘束を兵士がするのは酷だったのだろう。
「ナターリア嬢。もう容態はよいのか?」
「はい」
モーセさんが心配したように、私の手に触れた。
そして、安堵した息を吐く。
「魔力は尽きているようだが、身体に影響はないな。良かった……お主になにかあれば、儂がルウ坊に合わせる顔がなかったぞ」
「ご心配おかけしました。もう大丈夫です。モーセ講師」
心配をかけてしまったが、魔法は上手くいってリカルド様も助かった。
不安は全て解決した。
そして……いよいよ。
父の過去を知るだけが、最後の問題だ。
彼には全てを、話してもらおう。
「聞かせてくれますか。お父様……」
「分かっている。全部話そう。ティアとの事……お前にしてきた事への理由も」
父はその瞳を逸らさずに言葉を続ける。
嘘などつかないと伝えるように真っ直ぐな眼で、ハッキリと告げた。
「ティアは……私のせいで死んだ。全部、私のせいだ……」
「……」
「そして私は……お前達が豊穣の魔力と名付けたこの忌まわしき力を消したかった。初代王家の魔力という呪いに終止符を打ちたかったんだ」
「だから、私の魔力をシャイラに移していたのですね。魔力の特異性が消えるから……」
「それしかなかった……誰も死なずに済む方法は……たとえ、二人の人生を犠牲にしても……」
父は顔を押え、俯きながら全てを語り始める。
「全部……私のせいだ。だからどうか恨んでくれ……ナターリア」
と前置きをし、彼が胸に秘めるティアさんと私達の事を……全て語り出した。
包まれるような感覚で、小さく揺れて……口ずさむ鼻歌が聞こえる。
夢だろうか……誰かに抱っこされている?
『産まれてきてくれた、ありがとね……ナターリア』
見知らぬ女性の優しい声と共に、私の頭が撫でられる。
それを感じていると……扉を開く音が聞こえた。
『ティア!!』
『フォンド……手紙通り、来てくれたのね』
『どうして……どうして!』
私のかすれた視界では、抱きしめてくれていた女性が血を吐きながら。
父の名と同じ男性へと笑いかける。
『ごめんなさいフォンド、貴方の忠告は……やっぱり聞けない』
『その身体で出産なんて……君の身はもう! どうして……』
『私が生きていると、貴方が犠牲になってしまうわ』
『っ!!』
女性は私の頭を撫でて、笑いかける。
苦し気な呼吸なのに、その表情はとても満足したように晴れやかな笑みで……
『この子や貴方を犠牲にしてまで……私は生きたくないのよ』
『ティア……』
『フォンド……貴方には酷なお願いかもしれない。だけど……身勝手な事を言わせて』
『……駄目だ。待ってくれ……ティア』
『どうかこの子を、お願い……』
◇◇◇
「……リア」
声が聞こえる。
聞き馴染みのある優しい声が、私の名前を呼んでくれた。
「ナターリア」
この声は、そうだ。
リカルドの……
「ん……」
「起きたか」
瞳を開けば、リカルドが私を見つめている。
よく見れば横抱きにされており、彼がその身を寄せた。
「運んでいる途中だったが、起きて良かった」
「ぇ……っと」
状況に混乱している中。
私はようやく、直前の事を思い出してリカルドへと抱きつく。
「リ、リカルド! 容態は!? どこもおかしな所はない? 痛い所は?」
「どこにもない。もうどこも……苦しくはない」
「良かった、良かったよ……リカルド」
「ありがとう。ナターリア」
「隠さないで……ちゃんと辛かったら言って。本当に……本当に心配したんだから」
「心配かけた……もう、隠したりしない。ありがとう」
思わずボロボロと泣き出してしまう私に、彼はお礼と共に強く抱きしめる。
そして見つめてくる琥珀色の瞳が近づき……
「ん……」
唇に当たる、柔らかい感触。
影が長い時間重なり合って……離れる。
彼がした行為に、鼓動が跳ねて、顔が熱くなってしまう。
そんな私を、真っ直ぐに見つめてくる。
「結婚するのに、まだちゃんと言えてなかったから、隠さず素直に言う」
「リ、リカルド?」
「会った時から、好きだった」
「え……」
「感謝しきれない恩を返したい。ずっと……一緒にいてくれるか。ナターリア」
隠さずに言う……その言葉通りに彼は無表情に少しの笑みを添え、思いのまま呟く。
私が泣いている中、嬉しそうに抱きしめてくるのだ。
彼が無事で良かったという安堵感と、伝えれる言葉の嬉しさで涙が止まらない。
「なんで、なんで今言うんですか。こんなに……涙でぐちゃぐちゃなのに……」
「駄目か?」
「い、いいに決まってます」
「ありがとう、愛してる」
「っ……素直すぎます。リカルド」
リカルドは私を抱きしめ、時折口付けをしてきて……
恥ずかしさと嬉しさがごちゃ混ぜで混乱してしまう。
彼は私が落ち着くまで待ってくれて、ようやく落ち着けた……
「リカルド……皆さんは?」
「俺の無事を確認し、各地に伝えに向かってる」
「良かった……あっ、お父様は?」
「モーセと別室に居る。向かうか?」
「……はい」
父が最後に全てを話すと言っていた。
彼が抱える秘密は、いまだ分からない。
でも、父は本当にティアさんを殺したのだろうか。
だって……先程の光景が、とても夢のように思えないのだ。
◇◇◇
「起きたか、ナターリア」
「……お父様」
父はこの辺境伯領では罪人。
だから再び手錠をかけられているが、厳重に捕えられているという訳ではない。
流石に辺境伯の命を救う一因となった彼に、厳しい拘束を兵士がするのは酷だったのだろう。
「ナターリア嬢。もう容態はよいのか?」
「はい」
モーセさんが心配したように、私の手に触れた。
そして、安堵した息を吐く。
「魔力は尽きているようだが、身体に影響はないな。良かった……お主になにかあれば、儂がルウ坊に合わせる顔がなかったぞ」
「ご心配おかけしました。もう大丈夫です。モーセ講師」
心配をかけてしまったが、魔法は上手くいってリカルド様も助かった。
不安は全て解決した。
そして……いよいよ。
父の過去を知るだけが、最後の問題だ。
彼には全てを、話してもらおう。
「聞かせてくれますか。お父様……」
「分かっている。全部話そう。ティアとの事……お前にしてきた事への理由も」
父はその瞳を逸らさずに言葉を続ける。
嘘などつかないと伝えるように真っ直ぐな眼で、ハッキリと告げた。
「ティアは……私のせいで死んだ。全部、私のせいだ……」
「……」
「そして私は……お前達が豊穣の魔力と名付けたこの忌まわしき力を消したかった。初代王家の魔力という呪いに終止符を打ちたかったんだ」
「だから、私の魔力をシャイラに移していたのですね。魔力の特異性が消えるから……」
「それしかなかった……誰も死なずに済む方法は……たとえ、二人の人生を犠牲にしても……」
父は顔を押え、俯きながら全てを語り始める。
「全部……私のせいだ。だからどうか恨んでくれ……ナターリア」
と前置きをし、彼が胸に秘めるティアさんと私達の事を……全て語り出した。
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