【完結】貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

なか

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32話

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 馬車の車輪が回って、少しずつ近づいてくる見慣れた風景に……
 自然と心が高揚する。

「帰ってきましたよ……リカルド」

「あぁ」

 地平線へと流れる広大な防壁。
 その近くに建つ家々。

 十日にも満たない日々しか離れていないのに、懐かしさを感じる。
 それだけ私の中で、この場所が愛しいものになっていた。

 離婚を終え、私の身の潔白を証明した。
 なら後はもう……以前のように自由に過ごせる、好きに生きていける。
 それが堪らなく嬉しい。

「辺境伯様、お帰りで……! ナターリアさんも!」

 ちょうど、巡回していたルウのお父さんと出会う。
 私は車窓から身を乗り出す。

「お久しぶりです! ルウのお父さん……」

「問題なかったのか? 無事に帰ってきてくれてよかったよ……」

「はい……ご心配をおかけしました。もう、大丈夫です! ルウはいまどこに?」

「この時間だと学び舎だよ。呼んでくるか?」

「いえ、私から会いにいきます」

 まだ昼間、当然ながらルウは学び舎で学んでいる時間だった。
 早く会いたい……

 そう思っている内、広場で馬車が停まる。
 リカルドが扉を開くと、真っ先に走って来たのは家令のジェイクさんだ。

「リカルド様! おかえりなさいませ」

「あぁ、不在の間。苦労をかけた」

「いえ、私はなにも……ただ兵士の皆には、どうか労いの言葉をかけてあげてください。魔物との諍いが幾度かありましたので」

 魔物と聞いて、私は思わず警戒心を抱いてしまう。
 リカルドも同様に眉を潜めて、ジェイクさんへ尋ねた。

「皆は、無事か?」

「ええ、ナターリア様に頂いていた手袋。あちらを使った精鋭兵団のおかげで、皆が無事に済んでおります」

 そう言ったジェイクさんが、私へと視線を移して頭を下げる。

「ナターリア様、改めて感謝を……リカルド様がご無理をしなくてもいい辺境伯領は、実現まで手が届く事が証明できそうです」

「ジェイクさん、良かったです……」

「俺は大丈夫だと言っていたはずだ、ジェイク。心配するな」

「いえ、そうはいきませんよ。貴方の身体はお医者様から限界だと言われているのです。だから今度は……私達に頼ってください。私達はもう……大丈夫ですから!」

 ジェイクさんは心から嬉しそうに、感極まった表情を浮かべる。
 仕えている領主に、負担をかけずに済むという安心感は大きいのだろう。
 今まで見た中で一番の笑顔だ。

「リカルド様、そんな訳で……不在の間の領主業がありますので」

「ナターリアと……まだ一緒にいたい」

 そう言って、リカルドが私を抱きしめる。
 本当に子供のような素直さだ。

「いえ、そうはいきません。これからまつりごとで大変なのでしょう? 面倒事は今の内に終わらせておかないと」

「……」

「それに、不在の間……定期健診も受けておりません。いつも通りお医者様に容態を診てもらいましょう。ナターリア様とこれからも長く一緒にいるためです」

「分かった」

 ジェイクさんの本心は、きっと健診にて容態を確認してほしいのだろう。
 リカルド様の容態はいまだに限界に近い状況。

 そんな中で、私のために無理をさせてしまっていた。
 申し訳ない気持ちを抱いた時、彼が私の髪に触れる。

「ナターリア、あとで……会いにいく」

「リカルド……私から行きますよ、待っていてくださいね」

「うん。またこれ……頼む」

 そう言って彼が見せたのは、腕に貼ってあるウサギ柄の絆創膏。
 まだ貼っていたのかと驚いたけれど、大切そうにしている表情に……なにも言えなかった。

「今度から怪我は、私の治癒魔法で治しますよ」

「これも、気にいってる」

「ふふ、ルウも気に入っていたので……一緒に貼ってあげましょうか?」

「……ありがとう。あの子と会って来るといい。君の父親との面会は……あの子と会ってからがいいだろう」

「はい!」

 嬉しそうに笑った彼が、再度私の頭を撫でて馬車を降りる。 
 彼の身体も、私の魔力なら治せるはず。
 学んで、治癒魔法で必ず治してみせよう……彼が先に亡くなるなんて、嫌だから。

「馬車を学び舎まで走らせますか?」

 御者の提案に、私は首を横に振る。

「いえ、ここからなら裏道を通った方が早いので……走っていきます」

 リカルドと同じく馬車を降りて、私は早足で学び舎に向かう。
 いつもルウと共に、手を繋いで歩いていた通学路。
 通る道、見慣れた光景に……日常を取り戻していく感覚を覚える。

「見えた……」

 私が通う学び舎。
 ここに来てから、私の自由な生活は始まった。
 楽しい日々を作ってくれたのは、一人の友達のおかげで……

「っ……」

 学び舎の窓。
 授業の合間なのか、他の生徒達が遊んでいる中。

 モーセさんの膝上に座って、どこか元気がなさそうなルウの姿が見える。
 なにかを握って、俯いていた。


「ルウ!」

 呼びかけた声。
 その瞬間、ルウが顔を上げて私を見つめた。
 途端に、あの子は涙を浮かべて走り出す。


「ナーちゃん!」

 走ってきたあの子は、私へと駆け寄って……抱きついてくれた。
 寂しかったのか、今まで見た事ないほどに泣いている。

「……さびしかった」

「またせてごめんね、ルウ」

「ナーちゃん、おててつないで」

 言われた通りに手を繋ぐ。
 いつものように、小さな手が私の指をギュッと握ると。
 ルウは嬉しそうに、はにかんだ。

「ナーちゃん、かえってきてくれて。うれしい」

「私もだよ、ルウ」

「ぎゅっして。ナーちゃん……そしたらルウ、もうさびしくないから」

「うん」

 ぎゅっと抱きしめれば、ルウは泣き止んでくれた。
 そして、私の髪に触れて……ある物を着けてくれる。

「これ……髪飾り?」

「うん、ルウね。お手伝いいっぱいして、おこづかいで買ったの……ナーちゃんが、ぶじにかえってきたお祝い!」

 その髪飾りは……かつて私がお小遣いで買った髪飾りによく似ていた。
 妹が欲しがって取られていた物が、今になって戻ってきた気がして。
 それくれたルウが、愛しくてたまらない。


「ありがとう……ルウ」

「えへへ、ナーちゃん……泣いてる~」

「嬉しくて……戻ってこれて良かったよ……」

「ルウが拭いてあげる」

 平穏な日常へと戻ってきた。
 その実感が心を満たす中、私は強くルウを抱きしめた。

「よく無事に帰ってきてくれた、頑張ったのう」

「モーセ……講師」

「ルウ坊もずっと寂しくて泣いておったぞ。これからも一緒にいてやってくれな」

「はい。はい……」

 こんなに安心感に包まれるのは、何時振りだろうか。
 気張っていた精神が、柔らんで落ち着いていく。

「ナーちゃん……おかえり!」
 
「ただいま。ルウ。帰って来れて、本当によかった……」

「えへへ、ルウも! だいすきだよ」

 私はこの日常を、大切にしていきたい。
 幸せな居場所を守れて、本当に良かった……
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