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31話

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 デイトナ殿下は、暫しの沈黙の後に答えた。

「俺は……王政撤廃など受け入れられない……」

「それが、貴方の本心なのですね」

「俺が国王になるのは、今まで犠牲になった者達のためだ!!」

 彼は歯を噛み締め、遺憾を示すように拳を握る。

「犠牲になった者?」

「王位継承争いは、血で血を洗う政争で、命を狙う者なんて幾人もいる。俺をここまで繋ぐため……王宮内で亡くなった者もいる」

「……」

「犠牲になった彼らのためにも、俺は王にならなくてはならない。そして……君の力があれば犠牲などなく王位争いも終えられる! どうして分かってくれない!?」

「それが貴方の……本音なのですね」

「永劫の平和のため……俺にこそ初代王家の魔力が必要だ。俺が王になって力を正しく使えば……平和が実現できるはずなのだから」

 ……正義を謳う口から出て来た、デイトナ殿下の本心。
 しかし幾ら凄惨な過去があろうと、誰かを犠牲にしていいはずがない。

「そもそも共同君主制など実現不可能だ」

「もちろん私達だけで直ぐに決められる事ではありません、問題は多く時間もかかるでしょう」

「なら俺が王とすれば、もっとも平和的に進むはずだ……」

「いえ、だから皆が対話して最善を尽くしていくのです。第二王子殿下にも協力頂き、ゆっくりとでもいいから、歩みを進めていくはずです」

「っ!!」

 これなら、現王政派だって無下にはできない。
 正当な王位継承者であった第二王子殿下も共同君主となるのだから。

「対話して最善を尽くす。その対話を捨てて誰かを犠牲にする選択をする殿下や、現王政に……やはり正義はありません」

「黙れ! 綺麗事だ……聞きたくもない!」

 殿下が私を説得しようとした言葉の本心を知れた。
 彼はやはり、王になるために私を利用したかったのだろう。 

 誰かのためというが……その最終目的が自らの王位であり、対話を認めないのなら。
 もう、私の答えは変わらなかった。

「納得できない! 俺はお前達の選択など……認めない!」

「貴様の……納得などいらない」

 デイトナ殿下の言葉に、リカルド様が首元を掴む。
 そのまま、机へと叩きつけるようにして押える。
 睨む瞳はもう……一国君主を見る瞳ではない。

「っ!! 辺境伯……話を聞け……」

「ナターリアは然るべき対案を出した。これから俺も含めて皆で対話での解決を進める」

「……っ!!」

「平和だ正義だと謳う口が、結局彼女の人生を犠牲にする事を厭わない選択をするのなら、俺の考えも変わらない」

「間違っている!! お前達は共同君主制をのたまうが、いつだって欲に溺れた者は……手を血に染める! 結局は欲に足掻く席を増やすだけだ!」

「答えは簡単に見つからないからこそ、対話して切り開くしか、未来はない」

「……人と対話など無駄だ。いつだって人間は欲に溺れる俗物だ」 

 ローズベル公爵家の衛兵達に連行され始めた殿下だが、言葉を止めない。
 叫ぶまま彼は頬に笑みを浮かべ、私を見つめた。

「貴様の父だってそうだ! なにせ……ティアを殺したのはフォンド子爵なのだぞ?」

「っ!!」

「現王政に対価を貰う条件で、彼はティアを殺した。人のために研究熱心で……誠実だったと聞く。そんなフォンド子爵でさえ……欲にくらんで人を殺める」

 彼は私を嘲笑いながら、叫びを続けた。

「ティアは魔物に襲われて命を失ったと知っているか?」

「……」

「彼は、人のためにと研究した魔物を遠ざける魔法技術を利用して、魔物を寄せ付け彼女を殺させたと聞いている!」

「お父様が……」

 父は現王政の指示で……初代王家の魔力を持つティアさんを殺した。
 だけど私の中に、強烈な違和感が残る。

 なにか、おかしい。
 それならどうして、私が生きている?
 
「人を救うと理念を持った者ですら欲に溺れる! なのに対話などして意味があるか? 結局は特別な力で治めるのが最も平和だ!」


 欲に溺れた?
 それなら、初代王家の魔力を持つ私をどうして生かしていた。

 問題の種、当時赤子であった私をわざわざ育て、さらに手間をかけて魔力を妹に移していた。
 妹では初代王家の魔力の特異性も消えてしまい……得などないはずで。


 あれ。
 消え……て?



 この違和感、疑問に。
 私は一つの答えを導く。

「あぁ……そうか」

「どうした? 父親の素性を知って……失望したか?」

「いえ、むしろ……やはり対話は必要なのだと。改めて分かりましたよ」

「は?」

「お父様は……現王政も、私達すらも欺いて。初代王家の魔力という呪われた問題に……終止符を打つ気でいたのかもしれない」

「なにを言っている!? 奴はただ現王政の指示に従っただけだ……戯言を吐くな」

 デイトナ殿下が、私を嘲笑う声を上げる。
 だが、その瞬間。

「うるさい。貴様の言葉は長い……」

 凍てつくように冷たい一言と共に。
 リカルド様がデイトナ殿下の頭を掴み、壁に叩きつけた。
 その一撃だけで、殿下は意識を失って……かすれた呼吸をあげた。

「か……かは……」

「こちらの答えは変わらん。これから俺や公爵家、多くの知恵者と共に話し合い、国の未来を決めていく」

「く、くそ……俺が王になって……」

「お前が座るのは玉座でなく、裁きを決める司法の場だ」

「だ……いやだ。俺……王に……」

 呟いたリカルド様が、琥珀色の瞳で私を見つめる。
 そこにはもう怒りなど無くて、優しかった。

「帰ろう、ナターリア。もう……君が面倒を背負う必要はない」

 リカルド様の言葉に、マリアが頷いた。
 
「後はローズベル公爵家に任せて、お父様もきっと喜ぶわ。この国……そして民達のために最善を選ぶのは、公爵家の家訓だもの」

「ありがとう……マリア」

「いえ、第二王子にもまたお礼を言ってあげて。彼が居なければ……きっと共同君主制に賛同する貴族家も集められなかったはずだから」 

「必ず、またお礼をさせてください」

 今はもう。
 私とリカルド様の頭には、たった一つの言葉しかなかった。

「リカルド様……帰りましょうか」

「あぁ、さっさと帰ろう……皆の元へ」

「はい、ルウやモーセさん……みんなが待つ私達の居場所に……はやく帰りましょうか」


 もう今から、ルウ達に会うのが楽しみだ。
 そんな私の高揚と共に、リカルド様が私の手を握って指を絡める。


「これでもう、ずっと一緒だ」

「はい。リカルド様」

「リカルドでいい。ナターリアだけは……それでいい」

「ありがとう……リカルド」


 デイトナ殿下は拘留され、ローズベル公爵家によって現王政の撤廃を求める声明が出されるだろう。
 それに辺境伯家も同意の声明を出す。
 これからは第二王子なども含め、多くの問題を対話によって解決するために進む。

 直ぐには無理だろう、でもゆっくりと進んでいく。
 この先の未来で私の力が必要なら、できる限りの協力はする気だ。
 だから今は……

「帰ろう、リカルド。皆の待つ、辺境伯領に」

「うん。ナターリアとこれからずっと一緒だ、嬉しい」

 いつものように私の前では、素直すぎるリカルド様へ微笑む。
 彼の手を取って、辺境伯領へと帰ろう。 

 ルウが待ってくれている、私達の居場所へ。

「……」


 それに父にも……直接聞きたい事もできた。
 お父様が私の半生と、シャイラへ過剰な庇護を行った理由。
 その真意を……対話で知っていこう。

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