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彼女が居ない生活⑥ ヴィクターside

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 王宮騎士団駐屯地。
 俺は本日二十敗目となった模擬試合結果に絶望していた。

「ヴィクター……終わりにしよう」

「……もう、一本」

「無駄だって。護衛期間に訓練不足だったとはいえ、ここまで落ちぶれてるんだから」

 かつては俺が勝利を収めていたはずの、同期の言葉。
 みっともない現状に今更焦っても遅かった。

「ヴィクター。団長の指示でお前は王宮騎士団を解任と決まったよ」

「え……」

「不倫の件に加えて、実力が見合っていない。同期の情けで団長を説得したかったが、この結果じゃ無理だ」

 護衛騎士だけでなく、王宮騎士団からも……解任。

 俺がようやく手に入れた地位が、こんなにあっさりと……崩れていくのか?
 周囲の同僚達が解任に異を唱えていない現状で、残留を願っても無駄だと分かった。

「自分の倉庫は整理しとけ。お前の職務はもうないから」

 惨めで、みっともない程の醜態。
 それを晒しながら、歩く度に苦痛を感じつつ、倉庫へと向かう。

 今の俺には、言われた通りに自身の倉庫を整理する事しか出来なかった。

「あれ……」

 倉庫の中。
 ふと、ナターリアが縫ってくれた手袋がない事に気付く。
 あれは確かに以前、奥にしまったはずだが。

「……どこだ」

「どうした、探し物か?」

「あ、あぁ。手袋を置いていたはずなんだけど」

 たまたま傍に居た王宮騎士が俺の焦りをうすら笑う。
 不倫の件は広まっており、彼のように嘲笑う反応は日常だ。

「そういえば以前、団長がお前の倉庫を漁ってたぞ」

「団長が?」

「あぁ。ま、大方お前の不倫の調査だろ」

「……」

 からかう言葉に反応はしない。
 後ろから「つまんねぇな」と聞こえる声を無視して、団長室へと向かった。


 手袋は要らないと思って手放したが、長年使った思い入れもある。
 団長が持っているか、聞くしかない。



   ◇◇◇




 団長室へ入ろうと思った時、会話が聞こえた。

「副団長が帰還しません」

 団長の声……誰かと話している?
 今日は王宮騎士団に来客予定はなかったが。

「向かった先は?」

 尋ねる声に聞き馴染みがある。
 第一王子……デイトナ殿下だ。
 どうしてここに!?

「辺境伯の元です。やはりあちらへ手を伸ばすのは迂闊だったのでは?」

 辺境伯?
 手を伸ばすとはいったい。  

「大丈夫だ。辺境伯は魔物駆除以外に興味を示さぬ。こちらの介入も不干渉を通すはずだ」

 デイトナ殿下の言葉に、団長が答える。

「ですがモーセを連行しに向かった副団長が帰還せぬ状況……もし辺境伯の怒りを買ったなら危険かと」

「……案ずるな。現辺境伯は父上との謁見で姿を見たが、欠片も感情が揺らがず全てに無関心だった。自らの責務以外には不干渉だろうさ」

「だと……いいのですが」

「大方、モーセという学者の拘束に手間取っているのだろう。魔法を使える者は基本的に厄介だ。そんな者が今更ティアを捜索など危険でしかない」

 なんの会話か分からないが。
 殿下が居るとなれば、団長へ尋ねるのは後でも……

「しかし、ヴィクターの手袋……あれを調べれば答えは直ぐに出たな」

「はい。デイトナ殿下のおっしゃる通り。ティアと同じ魔力が検出されました」

 なぜ、殿下と団長が俺の手袋を……?

「魔力が込められ、身に付けた者の力を引き出す魔法とは厄介ですね」

「ヴィクターの力量低下の不自然さに助けられたよ。元は凡の騎士が、護衛騎士まで登り詰める力を得るとは……やはり脅威的な力だ」

 元は……凡。
 力を引き出す……
 様々な言葉に動揺していると、デイトナ殿下の言葉が響いた。

「あの力は脅威で、大臣達は常に危惧している……現王政の耳に入るまえに身柄を押えねば」

「ええ。我らも協力いたします。ですが偽証にて連行はいささか横暴過ぎたのでは? 彼女の身を慮るおもんばかと……」

「心が痛むか? だが……ここまでせねばならない。分かってくれ」

「……」

「アレは脅威だ。しかし現王政派閥が行った過去のように、女性一人をこの世から消すなど認められん」

「……分かっております」

「利用の価値が充分にある。一度身分を抹消し、俺の妾として子を孕ませる……そして盤石な王家の実現と––」

 最後は声が小さくなって聞こえない。
 分かったのは、ナターリアが作った手袋には力があり……俺はその庇護下だった事。

 なんだ……それは。

 情けないはずの彼女。
 しかし居なくなって分かったのは、領地管理では変えが効かぬ存在で。
 加えて僕が掴み取ったはずの王宮騎士団の地位も……彼女のおかげ?


『私が支えてきた日々を裏切ったのは……貴方よ』


 以前、ナターリアが出て行く前の言葉が頭の中で反復して、止まらない……

 僕は……僕の選択が間違っていて。
 すべては、彼女のおかげで……
 
 考える程に頭痛がして、今は落ち着きたくて……その場を離れた。



  ……



「デイトナ殿下。やはり、聞いていたようです」

「そうか」

「よろしかったのですか? ヴィクターに聞かれるなど」

「よい。奴はもしものための保険だ。ナターリアは奴に情を残して妻に戻る可能性がある。だから彼女の手配情報も奴には伝わらぬよう気を配っているんだ」

「承知いたしました」

「今日はローズベル公爵家の夜会に向かう……彼女の捜索範囲を広げるため、公爵家にも協力を仰ごう」

「はっ!!」



   ◇◇◇





 陰鬱な気分で自らの屋敷へと帰れば、母がなにやら上機嫌で着飾っている。

「母さん、なにをして……」

「ヴィクター! これを見てちょうだい!」

 母が見せたのは、一通の手紙。
 差出人はローズベル公爵家で、夜会への招待状だ。

「あの公爵家主催よ、参加しなくては駄目!」

「母さん、伝えたい事がある。実は全部ナターリアのおかげで……僕らが間違っていて……」

「話は後! 今、私達の家を守るためには……多くの理解者が必要なのよ?」

 母は鬼気迫る表情で、僕の肩を掴む。
 その気迫に言葉が詰まった。

「今日は学園関係者も、王家の方も来るの。ここでナターリアが離婚調停中に逃げた事を周知しないと!」

「離婚届を拒否したのは、僕達で……」

「ええそうね。でもシャイラが妊娠したと学園に露見し。いずれ王家にまで知られたなら、貴方の護衛騎士としての地位も危ういわ!」

 母に護衛騎士を解任したとは、まだ伝えていない。
 明かそうと思っても、今明かせばどうなるか……怖くてできない。
 今まで育ててくれた母さんに、失望されたくなかった。

「だからナターリアが離婚を拒否して逃亡し……シャイラと予定通りに結婚できなくなったと情に訴えましょう」

「母さん……でも、僕らはナターリアに世話になっていたんだ。むしろ謝罪して……彼女に戻ってきてほしいと周囲に広めた方が」

「そんな事をしても、貴方が不利益を被るわ! いい!? 母は貴方のためを思って言っているの」

「……母さん」

 ナターリアを失ったのは、母さんの言う事を聞いてしまっていた結果だ。
 僕の失態だ。
 
 けど。
 僕は昔から女手一つで育ててくれた母に助けられ……ここまできた。
 そんな母に疑うように意見や否定をして、嫌われたくない、失望されたくもない。
  

 母の言う通りに自己保身に走るか……
 ナターリアへと謝罪して伯爵家を失墜させるか。
 どちらが正しい……僕の答えは。





「母さん……分かった。僕はもう、なにも言わないよ」

 無責任だと自覚しながらも……自分自身で決める事が出来ず。
 選択に迷い、失敗を恐れるあまり、情けなく母へと決定権を委ねた。


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