29 / 56
23話
しおりを挟む
父の取り調べから五日経った。
彼は今も黙秘を続けているという……
一体なにを隠しているのか、まだ掴めない。
私の方は、「いつも通りに過ごせ」と言ってくれたリカルド様達のおかげで、心穏やかな日々を取り戻している。
「ポポポ!」
「ポーちゃん、こっちにおいで~」
そんな訳で、今日も庭先でポーちゃんに餌をあげる。
念願叶って肩に乗ってくれたり、頭の上で落ち着いてくれるのだ。
「可愛いね~ポーちゃん。な……撫でて良いかな?」
「ポッ!!」
「いだっ!」
とはいえ、撫でようとした瞬間につついて飛び立っていく。
オマケに髪の毛を一本抜いて行くとは……なんて奴だ。
巣でも作るために必要なのだろうか。
痛みで頭を撫でていると、軽快な笑い声が上がった。
「ほっほっ……ハトでも飼いたいのか。ナターリア嬢」
「え? モーセ講師。どうしてここに?」
「いや、ちょっと報告にな」
モーセさんはどかっと、切り株に座る。
少し悲し気な表情だ。
「フォンドの過去について、情報共有をしようか」
「お父様の?」
「前も言ったが、奴はこんな愚行を犯すような男ではなかった。少なくとも……儂が知る限りな」
「そう……なのですね」
「儂が学者時代に教えを乞うてきた生徒の一人でな。優秀で、探求心も高く……人柄も良くて皆に信頼されておった」
「……」
「奴の研究は魔法で魔物を人から遠ざける方法の模索でな。小規模ながらも成功し、王家から表彰も受けていたはずだ。他にも医療者としての知識もあり、幾人かの患者を救っていた」
研究成果で子爵家の爵位を得るというのは、並大抵の事ではない。
モーセさんの言う通りに、過去の父は人格者だったのだろう。
「そんな父を変えたのは、やはり私の魔力が関係しているのでしょうか」
「まだ分からん。が……ティアという女性が大きく関わっている事は間違いないだろう」
モーセさんは懐から一通の紙を出し、それを広げた。
手紙……のようだ。
「王都に住む、かつての研究仲間や旧友などに頼り、ティアについてを調べた」
「ティアさんを?」
「どうやらティアは失踪前、妊娠していたようだ。相手は分からんままだがな……」
「妊娠……」
「魔力は遺伝しやすい……分かるか。ナターリア嬢」
私と同じ魔力を持つティアさんが妊娠していた事実が、父の変貌に繋がっている……
事実を繋ぎ合わせば、一つの答えが浮かぶ。
「私はティアという女性の……子供である可能性があると?」
「儂は、そうだと推定している。お主の家庭を貶める発言で申し訳ないが……」
「その点は気にしないでください」
だけど、それなら私がティアさんと同じ魔力を持つ事に納得がいく。
私の髪色は父や妹と同じで、血が繋がっていると思っていたが……
もしもの可能性は……高いのかもしれない。
「ティアについては情報は集まりつつある。辺境伯家の調査結果ももうすぐ出るだろう」
「あと少しで……分かるかもしれませんね」
「湿っぽい話をして申し訳ないのう。せっかくお主は気楽に過ごしておったのに」
「いえ。お話してくれて嬉しいです」
モーセさんは立ち上がる。
そして、気を取り直していつもの笑みに戻った。
「詫びに雑学を教えよう。ハトとは一見のんびりに見えるが、訓練されたハトは馬などより速く、長距離を飛ぶ事が可能なのだぞ」
「……ポーちゃんが、馬より?」
「伝書バトは一国王家でも採用されている優秀な伝令手段だ。ハトの飼育なら訓練しても面白そうだの」
雑学を教えてくれるモーセさんは、いつも通りに講師の顔に戻る。
父については任せろと、その表情が語っていた。
「モーセ講師、今日も学び舎でご教授をお願いしますね」
「おう。待っとるぞ。ルウ坊にも宿題やってるか聞いといてくれい」
いつもの調子に戻ったモーセさんを見送る。
暫くすると、今日も可愛らしい声が私を呼んでくれた。
「ナーちゃん!」
「ルウ。おはよう」
「おはよ!」
ルウの元気な挨拶と共に、学び舎に向かう。
以前の恐怖は、まだルウの中に残っているかもしれない。
だから……
「ナーちゃん。ルウ、おててつなぎたい」
「ルウ。今日もね……抱っこしてあげようか?」
この子の不安をかき消すためにも、私がいつも以上に笑顔で振る舞おう。
「いいの!?」
「もちろん。おいで」
「やた……うれしい。やさしい! ナーちゃん」
はにかみながら、ルウが抱きつく。
抱き上げると、私の髪に手を伸ばし、結び始める。
「ナーちゃんのね、みつあみにしていい? かわいいよ」
「もちろん。ルウの好きにしていいよ」
「えへへ。ナーちゃん、ナーちゃん。すき~」
とても嬉しそうに、私の髪を結び始める。
この笑顔に、二度と恐怖を与えないと再び固く心に誓い、学び舎へ向かった。
◇◇◇
いつも通り授業を終えて、身体座学の補習も終える。
今日、ルウはお母さんが迎えに来るために居ないが……彼は居た。
「……ナターリア」
「リカルド様。来てくれたんですね」
「あぁ、来る。会いたいから」
「……」
これは、どういう感情なのか。
素直すぎて、リカルド様の応対には鼓動が高鳴ってしまう。
「そ、そうですか……」
「手……握りたい」
無表情のまま、聞いてくる表情が子犬のように見える。
琥珀色の瞳がジッと私を見つめて、従順に答えを待っていた。
「いいですよ、どうぞ」
「……」
ギュッと握ってくる手は、とても大きくて……男性の手だ。
私から握り返して、指を絡めてみる。
手が一瞬だけ揺れて、彼の表情に笑みが浮かぶのが見えた。
「嬉しいのですか?」
「……勝手に、こうなる。なぜか分からん」
「それが嬉しいって事ではないですか?」
「なら、嬉しい」
「ふふ……素直になれましたね」
「ん」
無表情の中に、徐々に芽生えている感情。
それは彼自身も答えを模索しているのだろう、その初々しさが可愛らしい。
と、何時までも手を繋いでいる訳にはいかない。
身体座学を受けた成果を、リカルド様に伝えておこうかな。
「そうだリカルド様、みせたい事があるんです。手を出してください」
「……ん」
袖を引けば、やっぱりまた怪我をしてる。
昨日も夜間の掃討作戦があったと聞いたけど……痛々しい傷だ。
絆創膏では覆えぬ怪我は、まだ放置しているらしい。
「力、抜いていてください」
「なにを?」
「ふふ、モーセ講師に教えてもらい。幾度か試してきて……ようやく完成してきたんですよ」
微笑みながら、手先に魔力を込めていく。
淡い光が、彼の傷を包み込んでいく。
いい調子だ。皮膚組織、血管……それらを繋ぎ合わせていくイメージで……
「よし、できた……」
「っ……」
先程の傷は、綺麗に消えていた。
傷痕など微塵も残さず……完治といっていいだろう。
「これ……は?」
「私が編み出した、治癒魔法です。……モーセ講師に教えてもらったおかげで、大分完成に近づきました」
「どうして……」
「前に言ったはずですよ? 私、誰かの犠牲の元で生きたくないと」
リカルド様は驚いたように、目を見開く。
そんな彼に微笑んで、言葉を続けた。
「私達を守ってくれて感謝しています。私も貴方を救ってみせますよ……あと少しですからね」
言葉を告げた時、リカルド様の表情が変わる。
こんなに驚いている彼は初めてだ……なにを考えているのか、分からない。
だけど次の瞬間。
繋いだ手に力が込められ、私の身体が……抱き寄せられた。
彼は今も黙秘を続けているという……
一体なにを隠しているのか、まだ掴めない。
私の方は、「いつも通りに過ごせ」と言ってくれたリカルド様達のおかげで、心穏やかな日々を取り戻している。
「ポポポ!」
「ポーちゃん、こっちにおいで~」
そんな訳で、今日も庭先でポーちゃんに餌をあげる。
念願叶って肩に乗ってくれたり、頭の上で落ち着いてくれるのだ。
「可愛いね~ポーちゃん。な……撫でて良いかな?」
「ポッ!!」
「いだっ!」
とはいえ、撫でようとした瞬間につついて飛び立っていく。
オマケに髪の毛を一本抜いて行くとは……なんて奴だ。
巣でも作るために必要なのだろうか。
痛みで頭を撫でていると、軽快な笑い声が上がった。
「ほっほっ……ハトでも飼いたいのか。ナターリア嬢」
「え? モーセ講師。どうしてここに?」
「いや、ちょっと報告にな」
モーセさんはどかっと、切り株に座る。
少し悲し気な表情だ。
「フォンドの過去について、情報共有をしようか」
「お父様の?」
「前も言ったが、奴はこんな愚行を犯すような男ではなかった。少なくとも……儂が知る限りな」
「そう……なのですね」
「儂が学者時代に教えを乞うてきた生徒の一人でな。優秀で、探求心も高く……人柄も良くて皆に信頼されておった」
「……」
「奴の研究は魔法で魔物を人から遠ざける方法の模索でな。小規模ながらも成功し、王家から表彰も受けていたはずだ。他にも医療者としての知識もあり、幾人かの患者を救っていた」
研究成果で子爵家の爵位を得るというのは、並大抵の事ではない。
モーセさんの言う通りに、過去の父は人格者だったのだろう。
「そんな父を変えたのは、やはり私の魔力が関係しているのでしょうか」
「まだ分からん。が……ティアという女性が大きく関わっている事は間違いないだろう」
モーセさんは懐から一通の紙を出し、それを広げた。
手紙……のようだ。
「王都に住む、かつての研究仲間や旧友などに頼り、ティアについてを調べた」
「ティアさんを?」
「どうやらティアは失踪前、妊娠していたようだ。相手は分からんままだがな……」
「妊娠……」
「魔力は遺伝しやすい……分かるか。ナターリア嬢」
私と同じ魔力を持つティアさんが妊娠していた事実が、父の変貌に繋がっている……
事実を繋ぎ合わせば、一つの答えが浮かぶ。
「私はティアという女性の……子供である可能性があると?」
「儂は、そうだと推定している。お主の家庭を貶める発言で申し訳ないが……」
「その点は気にしないでください」
だけど、それなら私がティアさんと同じ魔力を持つ事に納得がいく。
私の髪色は父や妹と同じで、血が繋がっていると思っていたが……
もしもの可能性は……高いのかもしれない。
「ティアについては情報は集まりつつある。辺境伯家の調査結果ももうすぐ出るだろう」
「あと少しで……分かるかもしれませんね」
「湿っぽい話をして申し訳ないのう。せっかくお主は気楽に過ごしておったのに」
「いえ。お話してくれて嬉しいです」
モーセさんは立ち上がる。
そして、気を取り直していつもの笑みに戻った。
「詫びに雑学を教えよう。ハトとは一見のんびりに見えるが、訓練されたハトは馬などより速く、長距離を飛ぶ事が可能なのだぞ」
「……ポーちゃんが、馬より?」
「伝書バトは一国王家でも採用されている優秀な伝令手段だ。ハトの飼育なら訓練しても面白そうだの」
雑学を教えてくれるモーセさんは、いつも通りに講師の顔に戻る。
父については任せろと、その表情が語っていた。
「モーセ講師、今日も学び舎でご教授をお願いしますね」
「おう。待っとるぞ。ルウ坊にも宿題やってるか聞いといてくれい」
いつもの調子に戻ったモーセさんを見送る。
暫くすると、今日も可愛らしい声が私を呼んでくれた。
「ナーちゃん!」
「ルウ。おはよう」
「おはよ!」
ルウの元気な挨拶と共に、学び舎に向かう。
以前の恐怖は、まだルウの中に残っているかもしれない。
だから……
「ナーちゃん。ルウ、おててつなぎたい」
「ルウ。今日もね……抱っこしてあげようか?」
この子の不安をかき消すためにも、私がいつも以上に笑顔で振る舞おう。
「いいの!?」
「もちろん。おいで」
「やた……うれしい。やさしい! ナーちゃん」
はにかみながら、ルウが抱きつく。
抱き上げると、私の髪に手を伸ばし、結び始める。
「ナーちゃんのね、みつあみにしていい? かわいいよ」
「もちろん。ルウの好きにしていいよ」
「えへへ。ナーちゃん、ナーちゃん。すき~」
とても嬉しそうに、私の髪を結び始める。
この笑顔に、二度と恐怖を与えないと再び固く心に誓い、学び舎へ向かった。
◇◇◇
いつも通り授業を終えて、身体座学の補習も終える。
今日、ルウはお母さんが迎えに来るために居ないが……彼は居た。
「……ナターリア」
「リカルド様。来てくれたんですね」
「あぁ、来る。会いたいから」
「……」
これは、どういう感情なのか。
素直すぎて、リカルド様の応対には鼓動が高鳴ってしまう。
「そ、そうですか……」
「手……握りたい」
無表情のまま、聞いてくる表情が子犬のように見える。
琥珀色の瞳がジッと私を見つめて、従順に答えを待っていた。
「いいですよ、どうぞ」
「……」
ギュッと握ってくる手は、とても大きくて……男性の手だ。
私から握り返して、指を絡めてみる。
手が一瞬だけ揺れて、彼の表情に笑みが浮かぶのが見えた。
「嬉しいのですか?」
「……勝手に、こうなる。なぜか分からん」
「それが嬉しいって事ではないですか?」
「なら、嬉しい」
「ふふ……素直になれましたね」
「ん」
無表情の中に、徐々に芽生えている感情。
それは彼自身も答えを模索しているのだろう、その初々しさが可愛らしい。
と、何時までも手を繋いでいる訳にはいかない。
身体座学を受けた成果を、リカルド様に伝えておこうかな。
「そうだリカルド様、みせたい事があるんです。手を出してください」
「……ん」
袖を引けば、やっぱりまた怪我をしてる。
昨日も夜間の掃討作戦があったと聞いたけど……痛々しい傷だ。
絆創膏では覆えぬ怪我は、まだ放置しているらしい。
「力、抜いていてください」
「なにを?」
「ふふ、モーセ講師に教えてもらい。幾度か試してきて……ようやく完成してきたんですよ」
微笑みながら、手先に魔力を込めていく。
淡い光が、彼の傷を包み込んでいく。
いい調子だ。皮膚組織、血管……それらを繋ぎ合わせていくイメージで……
「よし、できた……」
「っ……」
先程の傷は、綺麗に消えていた。
傷痕など微塵も残さず……完治といっていいだろう。
「これ……は?」
「私が編み出した、治癒魔法です。……モーセ講師に教えてもらったおかげで、大分完成に近づきました」
「どうして……」
「前に言ったはずですよ? 私、誰かの犠牲の元で生きたくないと」
リカルド様は驚いたように、目を見開く。
そんな彼に微笑んで、言葉を続けた。
「私達を守ってくれて感謝しています。私も貴方を救ってみせますよ……あと少しですからね」
言葉を告げた時、リカルド様の表情が変わる。
こんなに驚いている彼は初めてだ……なにを考えているのか、分からない。
だけど次の瞬間。
繋いだ手に力が込められ、私の身体が……抱き寄せられた。
9,332
お気に入りに追加
9,611
あなたにおすすめの小説
完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。
完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。
音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。
だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。
そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。
そこには匿われていた美少年が棲んでいて……
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる