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23話

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 父の取り調べから五日経った。
 彼は今も黙秘を続けているという……
 一体なにを隠しているのか、まだ掴めない。

 私の方は、「いつも通りに過ごせ」と言ってくれたリカルド様達のおかげで、心穏やかな日々を取り戻している。

「ポポポ!」

「ポーちゃん、こっちにおいで~」

 そんな訳で、今日も庭先でポーちゃんに餌をあげる。
 念願叶って肩に乗ってくれたり、頭の上で落ち着いてくれるのだ。

「可愛いね~ポーちゃん。な……撫でて良いかな?」

「ポッ!!」

「いだっ!」

 とはいえ、撫でようとした瞬間につついて飛び立っていく。
 オマケに髪の毛を一本抜いて行くとは……なんて奴だ。
 巣でも作るために必要なのだろうか。
 
 痛みで頭を撫でていると、軽快な笑い声が上がった。

「ほっほっ……ハトでも飼いたいのか。ナターリア嬢」

「え? モーセ講師。どうしてここに?」

「いや、ちょっと報告にな」

 モーセさんはどかっと、切り株に座る。
 少し悲し気な表情だ。

「フォンドの過去について、情報共有をしようか」

「お父様の?」

「前も言ったが、奴はこんな愚行を犯すような男ではなかった。少なくとも……儂が知る限りな」

「そう……なのですね」

「儂が学者時代に教えを乞うてきた生徒の一人でな。優秀で、探求心も高く……人柄も良くて皆に信頼されておった」

「……」

「奴の研究は魔法で魔物を人から遠ざける方法の模索でな。小規模ながらも成功し、王家から表彰も受けていたはずだ。他にも医療者としての知識もあり、幾人かの患者を救っていた」

 研究成果で子爵家の爵位を得るというのは、並大抵の事ではない。
 モーセさんの言う通りに、過去の父は人格者だったのだろう。

「そんな父を変えたのは、やはり私の魔力が関係しているのでしょうか」

「まだ分からん。が……ティアという女性が大きく関わっている事は間違いないだろう」

 モーセさんは懐から一通の紙を出し、それを広げた。
 手紙……のようだ。
 
「王都に住む、かつての研究仲間や旧友などに頼り、ティアについてを調べた」

「ティアさんを?」

「どうやらティアは失踪前、妊娠していたようだ。相手は分からんままだがな……」

「妊娠……」

「魔力は遺伝しやすい……分かるか。ナターリア嬢」

 私と同じ魔力を持つティアさんが妊娠していた事実が、父の変貌に繋がっている……
 事実を繋ぎ合わせば、一つの答えが浮かぶ。

「私はティアという女性の……子供である可能性があると?」

「儂は、そうだと推定している。お主の家庭を貶める発言で申し訳ないが……」

「その点は気にしないでください」

 だけど、それなら私がティアさんと同じ魔力を持つ事に納得がいく。

 私の髪色は父や妹と同じで、血が繋がっていると思っていたが……
 もしもの可能性は……高いのかもしれない。

「ティアについては情報は集まりつつある。辺境伯家の調査結果ももうすぐ出るだろう」

「あと少しで……分かるかもしれませんね」

「湿っぽい話をして申し訳ないのう。せっかくお主は気楽に過ごしておったのに」

「いえ。お話してくれて嬉しいです」

 モーセさんは立ち上がる。
 そして、気を取り直していつもの笑みに戻った。

「詫びに雑学を教えよう。ハトとは一見のんびりに見えるが、訓練されたハトは馬などより速く、長距離を飛ぶ事が可能なのだぞ」

「……ポーちゃんが、馬より?」

「伝書バトは一国王家でも採用されている優秀な伝令手段だ。ハトの飼育なら訓練しても面白そうだの」

 雑学を教えてくれるモーセさんは、いつも通りに講師の顔に戻る。
 父については任せろと、その表情が語っていた。

「モーセ講師、今日も学び舎でご教授をお願いしますね」

「おう。待っとるぞ。ルウ坊にも宿題やってるか聞いといてくれい」

 いつもの調子に戻ったモーセさんを見送る。
 暫くすると、今日も可愛らしい声が私を呼んでくれた。

「ナーちゃん!」

「ルウ。おはよう」

「おはよ!」

 ルウの元気な挨拶と共に、学び舎に向かう。

 以前の恐怖は、まだルウの中に残っているかもしれない。
 だから……

「ナーちゃん。ルウ、おててつなぎたい」

「ルウ。今日もね……抱っこしてあげようか?」

 この子の不安をかき消すためにも、私がいつも以上に笑顔で振る舞おう。

「いいの!?」

「もちろん。おいで」

「やた……うれしい。やさしい! ナーちゃん」

 はにかみながら、ルウが抱きつく。
 抱き上げると、私の髪に手を伸ばし、結び始める。

「ナーちゃんのね、みつあみにしていい? かわいいよ」

「もちろん。ルウの好きにしていいよ」

「えへへ。ナーちゃん、ナーちゃん。すき~」
 
 とても嬉しそうに、私の髪を結び始める。
 この笑顔に、二度と恐怖を与えないと再び固く心に誓い、学び舎へ向かった。

 

   ◇◇◇


 いつも通り授業を終えて、身体座学の補習も終える。
 今日、ルウはお母さんが迎えに来るために居ないが……彼は居た。

「……ナターリア」

「リカルド様。来てくれたんですね」

「あぁ、来る。会いたいから」

「……」

 これは、どういう感情なのか。
 素直すぎて、リカルド様の応対には鼓動が高鳴ってしまう。

「そ、そうですか……」

「手……握りたい」

 無表情のまま、聞いてくる表情が子犬のように見える。
 琥珀色の瞳がジッと私を見つめて、従順に答えを待っていた。

「いいですよ、どうぞ」 

「……」

 ギュッと握ってくる手は、とても大きくて……男性の手だ。
 私から握り返して、指を絡めてみる。
 手が一瞬だけ揺れて、彼の表情に笑みが浮かぶのが見えた。

「嬉しいのですか?」

「……勝手に、こうなる。なぜか分からん」

「それが嬉しいって事ではないですか?」

「なら、嬉しい」

「ふふ……素直になれましたね」

「ん」

 無表情の中に、徐々に芽生えている感情。
 それは彼自身も答えを模索しているのだろう、その初々しさが可愛らしい。
 
 と、何時までも手を繋いでいる訳にはいかない。
 身体座学を受けた成果を、リカルド様に伝えておこうかな。

「そうだリカルド様、みせたい事があるんです。手を出してください」

「……ん」

 袖を引けば、やっぱりまた怪我をしてる。
 昨日も夜間の掃討作戦があったと聞いたけど……痛々しい傷だ。
 絆創膏では覆えぬ怪我は、まだ放置しているらしい。

「力、抜いていてください」

「なにを?」

「ふふ、モーセ講師に教えてもらい。幾度か試してきて……ようやく完成してきたんですよ」

 微笑みながら、手先に魔力を込めていく。
 淡い光が、彼の傷を包み込んでいく。
 いい調子だ。皮膚組織、血管……それらを繋ぎ合わせていくイメージで……

「よし、できた……」

「っ……」

 先程の傷は、綺麗に消えていた。
 傷痕など微塵も残さず……完治といっていいだろう。

「これ……は?」

「私が編み出した、治癒魔法です。……モーセ講師に教えてもらったおかげで、大分完成に近づきました」

「どうして……」
 
「前に言ったはずですよ? 私、誰かの犠牲の元で生きたくないと」

 リカルド様は驚いたように、目を見開く。
 そんな彼に微笑んで、言葉を続けた。

「私達を守ってくれて感謝しています。私も貴方を救ってみせますよ……あと少しですからね」

 言葉を告げた時、リカルド様の表情が変わる。
 こんなに驚いている彼は初めてだ……なにを考えているのか、分からない。

 
 だけど次の瞬間。
 繋いだ手に力が込められ、私の身体が……抱き寄せられた。

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