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彼女が居ない生活⑤ ヴィクターside
しおりを挟む第二王子殿下の護衛騎士の解任。
その事実を母やシャイラに告げられず、かなり時間が経つ……
駐屯地にて同僚の冷たい視線を浴びながら、必死に元の位置に戻ろうと剣を振るうが。
以前のような剣筋は取り戻す事ができない。
「以前の才能は、消えた」と……皆が口を揃えた。
「くっそっ!!」
思わず、帰りの馬車の中で叫んでしまう。
シャイラの妊娠を隠す手立ても……どうすればいいのか分からないのだ。
そんな悩みを抱えて屋敷に帰れば、金切り声が響いた。
「嫌です! どうしてシャイラがこんな事をしないといけないのですか?」
「シャイラさん。貴方はこのクロエル伯爵家に嫁ぐのだから、領主業は当然の責務ですよ」
玄関先を見れば、シャイラと母が言い合っている。
口論を止める使用人はもうおらず、悲惨な荒れ様だ。
「私は、ヴィクターに幸せな生活を約束してもらっています。領主業は、ヴィクターや義母様の責務ですわ」
「家族になるのだから協力し合うのは当然の事でしょう?」
「なら、義母様がしてください。ヴィクター様のためですよ」
「わ、私はいいのよ。母としてあの子を充分に支えているわ」
互いの意見に折り合いが見つかる事はなさそうだ。
そんな状況を僕は仲裁もできず……情けなくも玄関で立ち尽くす。
が……
「っ……ヴィクタ―。帰ってきていたのね」
「シャ、シャイラ……」
母との言い合いに辟易して、出て行こうとしたシャイラに見つかってしまう。
「聞いてヴィクター。義母様が酷いの……私に領主業をさせようとしているのよ? そもそも妻にさせる貴族家なんてないわよね?」
「シャイラ……いいか? 母さんの言う事は聞いてくれ」
「え……」
「ナターリアは妻として領主業をしていた。それが家族として当然の事なんだよ」
「な、なんで……どうしてシャイラの言う事を聞いてくれないの?」
それは君も同じだろう。
僕達の事情などもくみ取らず、自分の言い分ばかり押し通して……
ナターリアだったなら……
「っ!!」
思わず、ナターリアが居てくれたらと考えてしまった。
彼女の方が、シャイラよりも聞き分けが良かったから……
「もういい。この件はお母様に相談するわ! お父様も今は出張らしいから、帰ってきたら報告させてもらうからね!」
「待て、待ってくれ! シャイラ! 話を聞いてくれ」
制止も虚しく、シャイラは行ってしまう。
屋敷では、執務書類が部屋中にまき散されている。
財務書類もだ……見れば、貯蓄も底を尽きかけているのが分かった。
母は絶望してなのか、俯いている。
「母さん……」
「あの子、最悪よ。最悪だわ……」
「え……?」
「こんな事なら、ナターリアが正妻のままでいた方がよかったのよ」
なにを言ってるんだ。
母さんはいつだって正しいはずだ、シャイラの事だって賛成していたじゃないか。
その母さんが、間違っていたと判断したら……
「母さんは、ナターリアは必要ないと言っただろう…」
「ヴィクター……シャイラさんは駄目よ。これならナターリアが居た方が良かったじゃない」
今まで母さんの言う通りなら大丈夫だと、不安の気持ちに蓋をしていた。
でも、それが間違いだと母さんが認めたなら。
この胸に膨れ上がった不安を、どう抑えればいい。
僕は……間違った選択をした?
ナターリアは、手放すべきじゃなかったのだろうか。
◇◇◇
不安でおかしくなりそうな中、日数が経ち。
僕は第二王子殿下の護衛の務めで通っていた学園。
その学園長室へと呼び出されていた。
「ヴィクター・クロエル伯爵殿。どうぞ中へ……」
「は、はい」
室内へ入れば、学園長とシャイラが座っている。
その光景に鼓動が激しく脈動した。
「よく来て下さいました。まずは……お座りください」
「……」
座った途端、学園長の視線が鋭くなる。
僕の対面に座っているシャイラも青ざめており……身体は震えていた。
「お呼びした件。心当たりはありますか?」
「い、いえ……」
「実はですね。シャイラ嬢は妊娠していると……判明したのですよ」
恐れていた言葉に、血の気が引いたのを感じた。
手先が震えて、止まらない。
「そ、それは」
「我々は、貴方との子だと疑っております」
「なっ!? どうして……」
「我らとて、学園内で生徒の機微を確認しております。お二人の仲は……殿下の護衛と生徒という垣根を超えていると確認してます」
学園長が、机を叩いて僕を睨む。
その瞳には怒りが込められているのを感じた。
「貴方は第二王子殿下の護衛だからこそ、学内の立ち入りを許可していたのです。なのに……生徒との逢瀬で、不倫とは……」
「違います。学園長……シャイラとはいずれ婚約する予定で、不義ではありません!」
「ですが、貴方は既婚者でしょう?」
「離婚調停中に妻が出て行き……少しごたついてしまっているのです。僕達に落ち度はありません」
「それは本当ですか?」
「はい」
学園長は暫しの間、熟考をする。
そして再び尋ねて来た。
「もう一度聞きます。それは……本当なのですね?」
「ええ、事実です。離婚調停中に逃げた妻のせいで、ご迷惑をおかけする結果となり申し訳ありません」
「…………分かりました。」
納得をしてくれた学園長に、ホッと胸をなで下ろす。
この言い訳を通せば、大丈夫そうだ。
「ですが、やはり風紀の乱れを学園内に生む訳にはいきません……シャイラさんは退学にて処理を検討しています」
「……え?」
シャイラは事前に聞いていたのか、泣き出しそうな顔だ。
僕は彼女の退学など受け入れられず、思わず尋ねてしまう。
「シャイラは確かに風紀を乱してしまいました。ですが……魔法学で優秀な成績を残す才女です。どうか……我が国の未来のためにも、寛大な処置を……」
「それがですね。その魔法学も……今は一般生徒以下になっておりまして」
「え……」
聞けば、シャイラの成績……魔法学の結果が突然落ちてしまったという。
まるで魔力そのものを失ったように……
「故に、シャイラさんの退学を止めるに足る判断材料がないのですよ」
「そんな……シャイラだってきっと魔力が戻って、以前のように才女に返り咲くはずです!」
僕の言葉も虚しく……学園長は首を横に振る。
「それを待たずに、当の問題を起こしたのはそちらです」
「待ってください! 先程も言った通りに僕は離婚調停中でした。現在の妻が出て行った事で全て変わってしまって……」
「それらの正当性を証明してくだされば……私共も判断を変える事は出来るかもしれません」
「僕らの……正当性を?」
「ええ。直近ではマリア・ローズベル令嬢主催の社交界に学園関係者が集まるので参加なされては? 報告は済みましたし、これ以上時間はありませんのでご退室を」
それからは幾ら問答を繰り返しても、学園長の判断は変わらなかった。
泣き出すシャイラと共に、外を出る。
「シャイラ、悪くないよね? ただ……お姉様と一緒に幸せになりたかっただけなのに」
「……」
「お姉様と一緒の人を愛するのが、どうしてそんなに悪い事になるの? どうすればいいの?」
シャイラの問いかけに、答えることが出来ない。
残る手立てはナターリアが失踪した事で離婚できなかったと、僕達の正当性を主張するしかない。
このまま第二王子殿下の護衛まで、解任されたまま……
シャイラまで退学となったら最悪だ。
母さんの考えは間違いで、シャイラすらも学園卒業という箔が消えたなら。
そうなれば嫌でも、思ってしまう。
ナターリアが傍に居てれくれた方が幸せだったと……
◇◇◇◇
GW明けて早々、ヴィクターだけの視点では申し訳ないので夜も投稿します!!
物語は終盤。
これから真実編となり、色々繋がっていきます。
ぜひ続きをお待ちくださると嬉しいです。
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