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17話

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 マリアからヴィクターについて知らせる手紙が届いてから、一週間が経った。
 当然、彼のことを知って生活が変わる訳ない。

 どこかで離婚する必要は残るが、彼らの不倫が露呈してからでいいだろう。

「ね! ポーちゃん」

「ポー!」

 そんな訳で、今日もハトのポーちゃんに餌をあげて気ままに過ごす。
 私はヴィクターの事よりも、ポーちゃんの方が気になる。
 最近は手から直接餌を食べてくれて……可愛い。

「ポポポ!」

「いたいた! 分かったから、置くから」

 とはいえ、ちゃんと餌を置いてあげないと怒って突いてくるのだ。
 ふてぶてしい子だ。
 可愛いけど……

「ナーちゃん!」

 っと、可愛い子がもう一人。
 私の名前を呼んでくれたので、荷物を持って外に出る。

「おはよう、ルウ」

「おはよ。おててつないでいい?」

「うん、つなごう!」

 ギュッと小さな手が、私の指を包み込む。
 この瞬間だけは、他に代えがたい幸せだ。

「ナーちゃん、あのね……あのね」

 歩いていると、ルウが言いづらそうに俯く。
 その姿に、私は案じずにはいられなかった。

「どうしたの、ルウ」

「あの、前のね……わんわんのやつ。はがれちゃって、どこかいっちゃたの」

「え?」

「ナーちゃんにもらったから、大事にしようとおもってたのに……ごめ、ごめんなさい」

 大粒の涙を拭って、私に謝るルウの頭を撫でる。
 そういえば、子供の頃。
 些細な事でも、重大な事をしてしまったと怖くなった時がある。

 ルウにとってそれが、今なのかもしれない。


「大丈夫だよ、ルウ」

「ぐす……ナーちゃん」

「またわんわんの貼ってあげるし、次はニャンちゃんのも貼ってあげるからね」

「ニャンちゃん……いい、の?」

「もちろん! ルウのために買ったも同然なんだよ。だから大丈夫、泣かないで笑って」

 言った途端、ルウは私に抱きついてくる。
 そして上目遣いで、涙で潤んだ碧色の瞳を向けた。

「あいがとう……ナーちゃん」

「どういたしまして」

「すき~」

「ふふ、私もだよ」

 涙を拭ってあげて、ルウと共に学び舎に行く。
 少し早めに着いたけれど、モーセさんはすでに居た。

「おはようさん、仲よし二人組」

「おはようございます。モーセ講師」
「モーセおじちゃん、おはよ!」

「ルウ坊、学び舎では講師と呼ばんか。それより……目が赤く腫れておるが、まーた泣いたのか」

「むぅ」

 モーセさんは、ルウを見て微笑む。
 ルウは恥ずかしくて俯くが、その小さな身体をモーセさんが抱き上げて膝上に座らせた。

「ちょっと、待っとれ」

「モーセおじちゃん?」

 モーセさんは綺麗なハンカチを出すと、それを魔法によって水で浸す。
 そしてルウの目元を優しく拭った。

「他の子らが来る前に、ちゃんと冷やしておくのだぞ」

「あいがと、モーセおじちゃん」

 その手慣れた仕草に、モーセさんが講師である理由がよく分かる。
 この人は本当に子供達が好きで、大切に想っているんだ。

「ところでナターリア嬢。宿題はできているか?」

「はい! もちろんです」

 人体学についての補習。
 その宿題として出されていた問題集を、モーセさんに見せる。

「よく出来とる。元から頭が良いのだろう、良い学習速度だ」

「モーセ講師の教え方が上手いからですよ」

 そんな話合いをしていた時、ふとモーセさんの机の上に見慣れぬ本があるのが見えた。
 初代王家の歴史という題名だ。

「その本は?」

「おぉ。この本に気になる記述があってな……初代王家は魔法で山や川を作ったと。まるでお主の魔法のようではないか?」

 山や川とは、えらく大きな話だ。
 だけど……確かに実在しない魔法を使ったという点は、似ているのかも?

「とはいえ、我が国の歴史は捏造だと他国に指摘されている。信憑性については、まだ調査段階じゃ」

 気になるが、確証はないということか……



  ◇◇◇



 その後、モーセさんの授業を受け。
 私もいつも通りに放課後、人体学の補習を受けた。
 今日もルウが待ってくれているはずだけど……

「たかーい!」

「……」

 どうやら、彼がいるらしい。
 私が外に出れば、ルウの嬉しそうな声と共に、綺麗な琥珀色の瞳が向く。

「リカルド様、今日もいらしてくれたのですね」

「……」

 リカルド様がいて、なんとルウの肩車をしてあげている。
 そのあり得ぬ状況に、領民が見たら卒倒しそうだ。

「お兄ちゃんがね、今日もあそんでくれたの!」

「ふふ、リカルド様。いつもルウをありがとうございます」

「……」

 あれから、リカルド様がなぜかよく学び舎に来る事が増えた。
 ほとんどは新しい傷に、またウサギ柄の絆創膏を貼ってほしいという要望で……

 その度、無表情なのに嬉しそうな雰囲気が感じ取れるのだ。
 ちょっと可愛くて、私も来るのを楽しみにしていた。

「ナターリア」

「どうしました?」

「ジェイクが、君に報告があると……またいつでも、屋敷に来て欲しい」

 どうやら今日は、屋敷への呼び出しの伝言のようだ。
 きっとジェイクさんは彼に頼んでないだろうに、初めて会った時と同じように独断で伝えに来ているのだろう。

「分かりました。また時間がある時に向かいますね」

「ん」

 その後、暫しの沈黙が流れる。
 ルウが私の傍に来るので、抱っこしてあげて……

「それじゃ、私達は帰りますね。リカルド様」

「っ……その」

「? どうしました」

「……いや、なんでもない」

 どうしたというのだろうか。
 リカルド様の考えが読めないでいると、ルウが口を開いた。

「お兄ちゃんね。ほんとはね、ナーちゃんとおはなしにきたんだって」

「っ……」

「え? ルウ。どういうこと」

「あのね、あのね。話したいけど、なにを話せばいいか分からないって、さっきいってたよ」

 ルウの無邪気な声が響く。
 同時にリカルド様は無言のまま踵を返し始めた。
 それも、凄い速度で。

「ちょ、ちょっと待ってください、私と話にきてくれたのですか?」
 
「……」

「それなら言ってくだされば、時間はありますよ」

「なにを……話せばいいか。分からない」

 リカルド様は目線を逸らす。
 無表情のままなのに、耳が赤い……こんな反応、珍しい。

「ふふ、なんでもいいですよ。私は」

「……考えておく。だから、またくる。絶対」

「はい。待ってますからね」

「……また」

 リカルド様が私と話そうとしているなんて……
 魔物との戦い以外、他への興味を示さないとジェイクさんが嘆いていたけど。

 どうやら、そんなことはなさそうだ。
 リカルド様の考えは掴めないが、彼なりに何かに興味を抱いている?
 それがなにか、まだ分からないが。

 

 去っていく彼の背を見ながら、ルウを抱きしめる。

「じゃあルウ。私達も帰ろうか」

「うん! そうだ、これあげるね」

 ルウが折り紙で作った、お花を渡してくれた。

「あのね、わんわんの貼ってくれたお礼。ナーちゃん、いつもルウと遊んでくれて……ありがと」

「ありがとう。宝物にするね」

「えへへ。ルウも、わんわんのとにゃんこのやつね。たからものだよ」

 ルウからのお礼の贈り物を受け取りながら、今日も平穏な日々に大満足だ。
 幸せ過ぎる日々に……ヴィクター達の元を離れて良かったと、心から思える。

 明日は、ジェイクさんの報告を聞きに行こう。

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