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16話

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 その日は授業の後も、補習として人体についてをモーセさんに教えて貰った。
 人の内臓の種類や、位置……
 初めて知る事ばかりで自身の無知を感じる。

 もし知らずに癒す魔法を行使していれば……恐ろしい結果になっていただろう。


  ◇◇◇



 補習が終わり、荷物をまとめる。
 ルウが待っていると言っていたので、きっと外に居るはずだ。

 一時間も待たせてしまった。
 ルウ……寂しい思いをしてないといいけど……

「もっと高い高いして!」

「……あぁ」

 しかし外に出れば、その異様な光景に言葉が出なかった。
 なんとルウを楽しませるために高い高いをしていたのが、リカルド様だったからだ。

「リ、リカルド様!?」

「あ、ナーちゃん!」

 ルウが私に気付き、リカルド様から離れて抱きついてくれる。
 
「ルウ、どうしてリカルド様と一緒に?」

「ん? 待ってたらさっきお兄ちゃんが来たから。遊んでもらってたの」

 辺境伯様相手に?
 いや、ルウにとっては関係ないのかもしれない。

 大人達には怖がられ、王都ではその鮮血に染まった戦いぶりに畏怖の噂が立つリカルド様だが。
 子供にとって、そんな恐怖は皆無なんだろう。
 っと……そんな事より。

「リカルド様。お身体は大丈夫なのですか?」

「問題ない」

「今朝、大問題があったではありませんか!」

「いつもの事だ」

 いつもの事って……そっちの方が問題だ。
 しかし私の心配などよそに、リカルド様は無表情のまま、見つめてくる。

「それで、なにかあったのですか?」

「心配をかけたから……謝罪にきた」

「え……」

 リカルド様は立ち上がり、私が抱っこしていたルウの頭を撫でる。
 無表情のままだけど、その手つきは優しい。

「今日は怖がらせたな。すまない」
 
「お兄ちゃん、だいじょぶ……だったんだよね?」

「あぁ、心配は必要ない」

 この人は……根っこから辺境伯様なんだ。
 ルウを気遣う言動に、リカルド様の責務が理解できた。

 彼が倒れた時、領民に不安が広まる。
 だから傷だらけの身体でも、民のために立つのだ。
 それが命を削る行為でも……辺境伯として膝を落とす事は許されない。
 重く、辛い責務だ。
 
 彼が傷だらけでも無表情なのは、苦痛の中でも民に不安を与えぬため、それが最善だったからかもしれない。
 しかし、そんなリカルド様にルウは……

「あのね、ナーちゃんがね。お兄ちゃんのこと心配してたよ……」

 リカルド様の指を握り、ルウはもう片方の手を伸ばした。
 なんと彼の頭に手を当てて、撫でたのだ。

「いたいの、がまんしたら、だめ」

「…………っ」

「ルウとね、やくそくして」

「……」

「リカルド様、私からも……不躾なお願いですが。無理はしないでください」
 
「……心配は必要な––」

「そうであっても、誰かを頼る事が領民を安心させる事に繋がるのです!」

「……っ」

 リカルド様は暫く、私が言った言葉を咀嚼するように俯く。
 怒っている訳ではなくて、きっと理解しようとしてくれているのだろう。
 その答えか、彼は頷いてくれた。

「分かった」

「ふふ、なら良かったです」

「なら、早速……頼る」

「え?」

 言葉と共に、リカルド様が腕を上げる。
 そして袖をまくった。

「前の……はがれた」

 リカルド様が言っているのは、以前に貼った絆創膏の事だろう。
 今朝はあったウサギ柄の絆創膏が、なくなっている。
 傷は……まだ完全に塞がってはいなかった。

「治療を頼む」

 そういえば絆創膏を貼った際、私も治療すると言ったけど。
 こんな素人の治療など、あまり意味はないだろうに。

「また、絆創膏しか貼れませんよ」

「構わない」

 断る理由もない。
 私は一度ルウを下ろして、持っていた絆創膏類を取り出す。

「あ~わんわんのもある~!」

「ふふ、ルウが怪我した時のために……行商人の方から買ってたのよ」

「やた!」

 とはいえ、以前のようにリカルド様にイラスト付きの絆創膏など貼れない。
 だから無地の物も持ち歩いている。

「リカルド様、腕を出してくださいね」

「ん」

 まくられた腕から見える傷。
 やはり痛々しい。どれだけ辛いのか想像もできない。
 その傷に絆創膏を貼ろうとした時……

「それじゃない」

「え?」

 リカルド様は無表情のままなのに、どこか悲し気に見える瞳で……
 私が置いていたウサギ柄の絆創膏を指さした。

「そっちで……いい」

「こ、こっちですか?」

「あぁ」

 以前、気に入らなくて黙っていたように思ったのに。
 どういう風の吹き回しだろうか。
 疑問だらけの中、望まれるままにウサギ柄の絆創膏を貼る。

「感謝する」

 礼の言葉を述べたリカルド様の表情を見て、目を丸くする。
 なぜか初めて、嬉しそうに笑っているように見えたからだ。

「また、来る」

「え……またって……?」

 私の疑問をよそに、リカルド様が去っていく。
 なんだか今日は彼の事を一つ理解したけれど、また分からない事も増えたような気がした。

「ねね、ナーちゃん」

「ん? どうしたの? ルウ」

「ルウにもね、そっちのわんわんの貼ってほしい!」

 ルウの言葉に、思わず笑ってしまう。
 私が難しく考えていただけで……案外単純に、リカルド様もウサギ柄が気に入っただけかもね。

「はい、ルウにも貼ってあげる」

「やた! ナーちゃんだいすき!」

 手の甲に貼ってあげれば、ルウが喜んで抱きついてくれた。
 また行商人の方が来た時は他の物も買っておこう。



「辺境伯殿、あんな顔もするのか……」
 
「っ!! モーセさん!?」

 モーセさんが、一部始終を見ていたようだ。
 学び舎の窓から顔をひょっこりと出して、満足気に頷いている。

「儂が会った時から、傷だらけなのに無表情で……心配はしておったが」

「やはり、そうなのですね」

「じゃが……色々と変わってきておるようだ」

 モーセさんは意味深に笑みを浮かべながら、子供達にめちゃくちゃに結ばれたヒゲを撫でている。
 
「やはり、若人の近くはええのう」

「どういう意味ですか」

「言葉通りじゃよ。それより……気を付けて帰るんじゃぞ。ナターリア嬢、ルウ坊」

「はい」
「うん!! ばいばい! モーセおじちゃん」

 笑うモーセさんに言葉を返しながら、ルウを抱き上げる。

「帰ろうか、ルウ」

「ナーちゃん、おててつなご」

「はい」

「えへへ。ナーちゃんといっしょ……だいすき」
 
 今日も色んなことがあって疲れたけど、ルウと共に過ごす時間だけで癒される。
 私の癒しはルウだ。

「あとで、ナーちゃんのいえで、宿題しに行ってもいい?」

「もちろん! いつでも来て。ルウ」

「やた! じゃあ、あとでね!」


 ルウと別れた後、私は郵便受けに手紙が入っているのを見つける。

 また、マリアからだった。
 数日前に近況が届いたばかりなのに、こんな頻繫に一体何の用で……

「っ!! うそ……はやっ」

 手紙の内容に、言葉が出る。
 だって書かれていたのは……夫ヴィクターの事であり。

 彼が、第二王子殿下の護衛騎士を解任されたと報せる手紙であったからだ。
 だと。

 不倫とは関係ない私の予想を大きく外れた理由で……





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