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11話

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 色々とあったせいで遅刻寸前。
 ルウを抱っこしながら、全力疾走でなんとか間に合う。

「ナーちゃん、はやーい! ありがとう!」

「おはようございます! モーセ講師!」

「ナターリア嬢。待っておったぞ」

「ええ、私も待ちに待ちました! いよいよ魔法学の日ですね!」

 ふんだんにやる気を伝える。
 しかしモーセさんは、私の勢いとは違って戸惑っている様子だ。

「少し待て、お主の魔力の検査結果について話をしたい」

 モーセさんの神妙な表情など初めて見た。
 彼は私から視線を外して、他の子達に声をかける。

「今日、他の子らは課外授業だ。外で生き物を観察してきなさい」

「「「やったー!」」」

 子供達にとって、課外授業なんて遊びも同然だ。
 ルウも含めた子供達が全員、我先にと外へと出て行った。

「……私も行きたい」
 
「お主は駄目」

 どうやら、人払いをしたらしい。
 私も子供達と課外授業がしたかったが、仕方ない……

「さて、お主の魔力だが……非常に特異な性質を持っている事が分かった」

「特異な性質? ですか……」

「魔力の形が変質を繰り返している。お主の髪の毛に宿る魔力も、この一か月で数度も変質した!」

 モーセさんの言葉が、隠していた興奮を抑えられず語気が強まっている。
 しかし、私は呆然として言葉が出ない。
 魔法学が無知なせいで、基準がよく分からないのだ。
  
「それは……凄いことなのですか?」

「当たり前じゃ!」

 あ、私がちんぷんかんぷんな顔をしていたら。
 黒板に図解を書き出してくれた、やっぱりモーセさん優しい。
 
「分かりやすくいえば、人に宿る魔力は固体だ。それぞれ違う形だから人によって扱う魔法に得意不得手が生じる」

「なるほど…」

「だがお主の魔力は極めて不定形。いわば流体でどのような形にも変わる。これは理論上……あらゆる魔法への対応が可能だ!」

 モーセさんが落ち着きを無くし、再び熱弁に入る。
 当の私は、凄すぎて実感が湧かない。

 だけど魔力の特異性についてはよく分かった。
 昔は学者だったモーセさんの講座は、分かりやすい。 
 
「しかし長く生きてみるものだ。またもやこの特異な魔力に出会えるとは」

とは。前例はあったのですか?」

「あ……あぁ、そうだな。過去に一人の女性だけが、君と同じ特異な魔力を持っていた。ティアという女性だ」

 話すモーセさんの口調が、少し悲し気になる。

「だが彼女は行方不明となり、この特異な魔力の研究は出来ていない」

「行方不明……?」

「儂と同じ研究室だったが、二十五年前に、魔力が判明したと同時に……理由もなく姿を消したのだ」

 理由もなく?
 こんな特異な魔力が分かった途端、姿を消す事があるだろうか。

「しかし……おかしな因果だ。こんな事があり得るか……」

「おかしな因果……?」

 モーセさんは、なにかブツブツと考えた後。
「関係はないかもしれないが……」と前置きして、考えを告げてくれた。

「当時、その女性の魔力を研究していたのは……君の父親、フォンド殿だ」

「え……」

 モーセさんには、入学の際に私の出自を教えている。
 逃げ出したとは告げず、ここに居る理由はごまかしているが……
 とはいえ、突然出てきた父の名前に驚く。

「彼なら君の魔力を知っているはずだが。なにも聞いていないか?」

「はい……」

 そんな事を父から聞いた事なく、むしろ魔力を使う機会を遠ざけられていた。
 妹には、しっかり魔法を教えていたのに……
 
 行方不明の女性と、父の理解できぬ考え。
 それらが私の魔力について繋がりがあるのか、今は考えたって答えは出ない。

 だから、私が今すべきことは……難しい事を考える事ではない!
 ややこしいから、この話は一旦置いておこう。

「とりあえず、複雑な話は後でにして、今すぐ魔法学を教えて欲しいです」

「儂も正直言えば……研究者として、早く魔法を使って欲しくてうずうずしておった」

「では……」

「うむ! ゆくぞ! 早速魔法実習じゃ!」

「はい!」

 難しい事は分からないからこそ、今は自分の探究心に正直に生きよう!
 モーセさんも好奇心がみなぎっているようで、初めてスキップしている姿を見た。



   ◇◇◇



 学び舎を出れば、子供達が集まる。
 私はモーセさんに導かれるまま、近くの農園にやってきた。

「ナターリア嬢、ここで魔法演習を始めるぞ」

「ナーちゃん、魔法つかうのー?」
「すごーい。みたーい!!」

 子供達が嬉しそうにしている。
 しかし、なぜこんな場所なのか。

「まずは最も初歩的である水魔法から行ってもらう」

 モーセさんは、農園の乾いた土を見せた。
 パラパラと、砂が手からこぼれていく。

「今年は雨が降らず、農作物は不作の危機でな。水魔法の練習ついでに水やりをしてやろう」

 なるほど、この場所に来た理由が腑に落ちた。
 ならばさっそく……

「子供達は、儂の後ろにおれ。ナーティア嬢の魔法が始まるぞ」

「「ナーちゃん! 魔法見せてー!」」

 モーセさんの周囲に子供達が集まり、ルウも含めて皆が興味津々に視線を向けてくる。

「まぁ、いくら特異な魔力とはいえ……魔法に関しては初心者なのだろう? たいした水は出ないだろう。気楽に教本通りにやってみぃ」

「はい!!」

 みんなの視線があると……少し緊張するな。

「ナーちゃん! がんばって~ ルウにお野菜みせて~」

 ルウの声援もあるし、いい所を見せたい!
 目を閉じ、集中を始める。
 教本通りに魔法を……バッチリ水を集めてみせよう。


 集中。
 集中……


「すごーい!」
「ナーちゃんがやったのー!?」


 あ、あれ……集中している最中なのに。
 皆の歓声が……?

「ナ、ナターリア嬢……!!」

「っ!!」

 肩を叩かれて集中が途切れ、目を開く。
 すると、目の前には……

「な……に、これ」

 広がっていた風景は、先程と一新されていた。
 農園からは沢山の農産物が実り、青々とした葉が風に揺れている。
 さらに、この季節には出来ないはずの作物まで実っていた。

「モーセさん。これ……は……? 私はなにを……?」

「ナターリア嬢……魔法学の歴史上、こんな魔法は実在せんぞ」

 農園いっぱいに実った作物。
 驚きと共に、喜ぶ子供達の歓声。
 有り得ぬ光景に目を奪われ、私とモーセさんは暫く呆然と立ち尽くした。
 
「儂が侮っておったようだ。魔力は変質するが故に、行使する魔法の制限はなく。儂らの常識など通じぬ魔法が生まれるのか……」

「つ、つまり?」

「お主は、魔法を自由に作れるのかもしれん」

 モーセさんが言った、私の理解を超えた言葉。
 正直、困惑しっぱなしだった。
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