【完結】貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

なか

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3話

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 思い出せば、私の記憶はいつだって妹と共にあった。

「ナターリア、貴方は姉として妹を支えてあげなさい」

 父と母は、決まって私にその言葉を告げた。
 宗教の教義のように、口を開けば同じ言葉ばかりだ。

 両親の妹を想う気持ちは、理解はしている。
 妹は生まれつき身体が弱く、手がかかる子だから両親は私よりも特に気にかけていた。
 だけど妹を大切にしたい想いが、庇護と共に強くなっていたのだ。

「貴方と違って、シャイラは身体が弱いのよ」
「労わってあげなさい、恵まれた貴方と違って、シャイラは不幸なんだから」

 だから、両親はいつだって同じ言いつけを私に繰り返した。
 我慢を知らずに育ったシャイラの要求は、徐々に膨れ上がっていく。
 そのきっかけは、ある一言から始まった。

「私も、ナターリアお姉様の髪飾りが欲しいな」

 ふと、シャイラは私の髪飾りに興味を示した。 
 それは私が数年お小遣いを貯め、ようやく買った髪飾りだ。

 大事な物であり、渡したくない私は「駄目」だと伝えた。
 シャイラは人生で初めて否定された言葉に、直ぐに両親の元へ駆けていった。

「お姉様が、シャイラのことイジメるの!」

「なんだって?」
「ナターリア。妹は大切にしなさいと言っているでしょう!」

 両親は妹の言葉を疑いもなく受け取って、事情を聞かずに私を責めた。
 私は自分のお小遣いで買った物だから、渡したくないと伝えた。

「少しこっちに来なさい、ナターリア」

「……」

 父に手を引かれて、別室に連れて行かれた。
 私の話を聞いてくれるのだと、そう思ったのに……

「シャイラが欲しいと言えば、愛する妹には姉として渡してあげなさい」

「お、お父様……でも、これは……私が頑張って貯めたお金で……」

「身体が弱くて、可哀想な妹を大切にしてあげないか!」

「私の物も、全部シャイラに渡さないといけないの? そんなの嫌です!」

「っ!! 言う事を聞きなさい!」

 必死に抵抗しても、私の言葉は届かなかった。
 父は頬へと平手をしてきて。痛みに呻いていると、髪飾りを乱暴に髪から引きちぎられる。
 そして、泣き出す私の手を引っ張った。

「シャイラに謝りなさい。妹を愛してあげなくて、ごめんなさいと言うんだ」

 なんで私の物が取られて、謝らないといけないの?
 そう言い返そうと思った口を……父の怒りに染まった表情を見て閉じた。

「分かっているな?」

「……」

 もう、私の言葉など届かないと……子供ながらに感じ取ったのだ。

 父や母は、健康に生きる私が恵まれていると思っている。
 そして身体が弱い妹は、不幸で可哀想だから大切にしないといけないという想いが……肥大化して、暴走してしまって、私ではもう止められなかった。

「お姉様、この服ちょうだい?」
「勉強なんてしてないで、シャイラと遊んで!」
「お姉様、お姉様、お姉様、お姉様、お姉様、お姉様、お姉様!」

 その日から私が断れなくなり、シャイラの要求は止まらなくなった。
 断れば両親からの𠮟責や、平手による躾があり抵抗は出来ないのだ。
 だから私の人生は、妹の所有物同然だった。

 そして十五歳の歳……とうとう、妹の要求が私の人生を潰し始める。
 
『ナターリア、貴方に手紙が届いていたわよ』

 当時。
 学園で寮生活をしていた私は、妹から解放された自由を感じていた。
 だが入学して僅か三ヶ月後に届いた手紙により、それは短い自由に終わった。

ーシャイラがお前と離れて寂しいからと、容態が悪化した。看病に戻れー
ー治療費の捻出で学費は払えない、退学申請をするー
 
 手紙に書かれた内容に手が震えた。
 私の人生を決定付ける学園生活ですら、妹と両親によって退学を余儀なくされたのだ。
 学園の友が別れを惜しむ中、私は屋敷へと帰るしかなかった。

「お姉様!!」

「っ……」

 帰れば、手紙とまるで違って元気な妹が出迎える。
「寂しかった」と告げて、「これからもずっと私の傍に居て」と言うのだ。
 どうやら妹は私を傍に置くため、仮病を使って退学させたと分かった。

 その行為に、もう限界で壊れそうだった。
 姉として、家族として……私の人生をこれからも犠牲にして生きていく事が怖かった。
 だから……

「お父様……お願いがあります」

 父に頼んだ。
 元から決まっていた政略結婚を早めて欲しいと。
 家には仕送りを送る条件で……私は妹と別れてヴィクターの元へと嫁ぐことができた。


 妹からは会いたいと何通も手紙が届いたが、忙しいと理由を付けて断り続けた。
 流石に両親も、伯爵家の嫁となった私を簡単には呼び戻せない。
 狙い通り、家族から離れることに成功したのだ。

 私はそれから、ヴィクターを支え続けるのも苦では無かった。
 自分の居場所を守るための打算もあるが、もちろん彼を愛する気持ちは確かにあったからだ。

 義母のいびりや、彼の当主代理としての仕事にも文句はあれど、納得はしていた。
 なのに……



   ◇◇◇


「お姉様とまた暮らせるなんて、私……幸せ!」

「あぁ、きっとナターリアも喜んでくれるはずだ」

 隣の部屋から、相も変わらず聞こえている二人のやり取り。
 私の気持ちなど露知らず、好き勝手に言っている。

「僕は……本当はシャイラに妻になってほしかったんだ。学園を卒業する君なら、同僚にだって紹介できるよ」

 うすうす、知っていた。
 ヴィクターが私の事を、同僚にも紹介せず……話にも出さない事を。
 学園を退学した私に、義母と同じくみっともないと感じていたのだろう。

 それでも、私は貴方を愛して、支えてきた……
 なのに貴方の心にすら、もう私の居場所が無いのなら。
 
「私がここに居る理由は、もう無いわね」

 私は部屋に置いたトランクに、最後の荷物を入れる。
 出て行く準備は出来た。
 もう、ヴィクターを支える気も……妹のために生きるつもりもない。

「でも……ただ黙って出て行く気はないわよ……」


 すでにヴィクターへの恋情や、妹への慈悲など消えている。
 悲しみなどない。
 不思議と、一度絶望まで落ちると吹っ切れる事が出来るようだ。

 だから……
  
「どうせなら、何も残さずに出て行ってあげるわよ。ヴィクター、シャイラ……」 

 これから私は、自分の人生を好きに生きていく。
 そして貴方達のために捧げた全てを、返してもらおう。

 私の資産も、権利も、残さず全て持って出て行くのだ。
 もう二度と……惨めに泣く日を送らぬためにも。
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