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8話

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 その後、順調に話は進み。
 マリアの父である公爵家当主様からも、よい返事を貰えた。
 交渉は終わり、別れの前に最後の一時を彼女と過ごす。

「ところで……軟禁されたのよね?」

「ええ」

「とんでもない親と夫ね……」

「ふふ、むしろ予想通りで安心したぐらいよ」

「予想通りって……貴方の境遇には同情を禁じ得ないわ」

 紅茶の温もりの心地よさに、カップに手を添えていると。
 マリアも紅茶を飲み、再び尋ねてきた。

「でも、軟禁された状態で良く抜けだしたわね」

「解錠の魔法でなんとかなりました」

「あら、冗談が上手いのね。鍵は複雑な機構で出来てるのよ。解錠の魔法なんて……王宮魔術士ぐらいしか使えないはずよ」

「何言ってるの。魔術書通りにすれば……魔法を使えたけれど」

「嘘つかないで、本当の事を言いなさいよ。物体操作魔法なんて、簡単に使えるものじゃないわ」

 あれ? どうして信じてくれないのだろう。
 現に、解錠の魔法を使えたのは事実だ。
 
 試しに私は、マリアが呑み干した紅茶のカップに手をかざす。 
 くっと力を込めた途端、そのカップがふわりと浮いた。

「なっ!?」

 実演してみせれば納得するだろう。
 そう思っての事だったが、彼女はさらに表情に驚きを浮かべた。
 
「あり得ない……なにそれ」

「そ、そんなに驚く事? 魔法なんて貴族なら誰でも使えるはずよ」

「何言っているの! 物理学に反する操作魔法なんて、簡単に扱えるものじゃないわ……」

「ま、魔術書に記載されている方法よ……」

「貴方、料理本を読んだからと明日から一流シェフと張り合える技術が身に付くと? 魔法だって、そう簡単なものじゃないはずよ」

 私の言葉に、マリアはブツブツと呟いて考え込む。
 彼女が集中する時の癖で、思考を言葉にして整理しているのだろう。

「本来の要領の良さに加えて、生来の魔力のおかげ……? でも、学園で魔法学を習ってないのに、こんな事が……」

「あ、あの……マリア?」

「一つ聞かせて。貴方……いつから魔法学び始めたの?」

「つ、つい最近。二十歳を超えてから、憧れで魔術書を買ったのがキッカケで……その前は使った事はなくて……」

「なっ……」

 私の言葉に、マリアは目を見開いた。
 より驚愕してか、彼女の額に汗が浮かぶ。 

「身に宿る魔力は筋肉と同じなの。使う程に発達するのと逆に……二十年余り魔法を使っていないなら、とっくに魔力は消えていたはずよ」

「え……」

「貴方はいわば、二十年も寝たきりからいきなり起き上がったばかり状態だったはず。なのに……僅かな時間でここまで魔法を扱えるなんて、あり得ないわ……」

 このカップを動かしたのは……かなり驚かれるものだったようだ。
 魔法学を学園で習っていないから、他者との基準が分からなかった。

「でも、これだけの高質な魔力……魔法研究者だったフォンド子爵が知らぬはずがない。なら、どうして……魔法を学ばせなかったの? いや、それよりも今はこの魔力の解明を……」

 なにやら呟くマリアだけど、話が長くなりそうだ。
 なので、とっとと荷物をまとめ始める。

「ちょちょっと、どこ行く気!?」

「えっと、そろそろお暇するわ……あと仕事は暫く休みを貰う。今はやりたい事がいっぱいあるから忙しいの」

「ま、まま、待ってちょうだい! 良ければ公爵家に住むことにしない? 貴方の魔力は調べれば……きっと魔法学を発展させる大きな功績に……」

「いえ、お断りします。私……まずはケーキを食べに行きますから」

「な!? ケ、ケーキ!?  公爵家に住むなら、いくらでも振る舞うわよ? 貴方の魔力は王国に多大な貢献をもたらす可能性があるの……生活の保障はするから!」

「いえ、誰かに依存して生きていくつもりはないわ。そんな生き方、いつか綻びが生まれるから」

 自由とは、誰かの庇護の元で暮らす事じゃない。
 私自身の意志と、力で生きて……楽しむ事だ。

「ま、待って! 貴方もお金が無限にある訳じゃないはずよ」

「服飾関係の仕事もできるから、大丈夫よ」

「違うわ。銀行に資産を預けていても……親族であれば強引に引き出すような手も使えるから……」

「ふふ、それも大丈夫! だって銀行に預けた資産は、もう使っているもの」

「え?」
 
 私の言葉に驚くマリアへと、続いて言葉を漏らす。
 蓄えていた資産の、使い道を明かした。

「私、自分の家を買っちゃいましたから!」

「は、はぁぁ!?!!」
  





   ◇◇◇



 と、いうのが十日前の思い出だ。
 あの後、マリアに引き止められたりと面倒だった思い出はあるが……
 話が長くなるし面白い事もないから、思い出すのはやめだ!

 あれから十日後の今……私は自分のマイホームに住んでいる。
 こっちに思いを馳せる方が重要だ。

「最高ね……やっぱり買ってよかった……」

 荷物の整理は終わり、まだ質素ながらも手に入れた自身の城。
 いくらでも好きなようにできる、まさに自由の象徴だ。
 
 木造の住宅で、少し年季はあるがそれも味だ。
 それに、この家を買って良かったポイントがある。
 
「ふふ、今日も来たわね……」

 窓からパンくずを投げれば、とんでもない勢いで飛んでくる一羽のハト。
 この子と朝を過ごすのが、私の最近の日課だ。

「ポーちゃん、おはよう」

「クルッポー」

 ポーちゃんとの挨拶を済ませて、家を出る支度を整える。
 貴族令嬢に一人暮らしなど出来ないと、よく両親から言われたが。
 今の私は、家族と暮らしていた時より気楽とは……なんと皮肉か。

「さて、今日も行ってくるね。ポーちゃん」

「ポッ」

 外を出れば、広がるのは広大な農園。
 その先、少し遠くには訓練所に向かう兵士の中隊が見えた。

 王国の内地では、まず見れない武装した兵団の姿。
 それが遠くに見える理由は……この場所にある。

「流石、辺境伯領ね……兵士が多いわ」

 私が移り住んだのは、辺境伯領だ。

 人の住む領域と……人を襲う生物の魔物が生息する領域との狭間。
 我が王国に魔物が侵入しないよう役目を持つ、辺境伯様の治める地だ。
 
 まさに、王国の守護の要といえる地。
 そんな場所に移り住んだのは……当然、理由がある。


 まず一つ目は、家族に会う事がまずないであろうと言う事。
 二つ目は、私の資産で家を購入できるのはこの場所しかなかったから。
 
 そして……なにより大きな理由は……

「ナーちゃん、おはよ」

 可愛らしい声と共に私の指を握ったのは、六歳ほどの男の子だ。
 茶色の髪を揺らして、碧色の瞳が少し恥ずかしそうに伏せている。

「ルウ、おはよう」

 この子はルウ。
 私の……だ。

「いっしょ、いこ」

「ええ、行きましょうか。今日もいっぱい勉強するわよ」

 この辺境伯領には内地と違い学園という場はない。
 変わって、学び舎と呼ばれる場所で辺境領の住人は勉学に励む。
 といっても、子供の少ない地域である事から門徒が少ない。


 故に初等、中等、高等部と年齢ごとに分かれている学級の内。
 入学者を増やすため、高等部に関しては年齢制限を撤廃して入学資格が設けられていた。
 そして、高等部を卒業すれば王都学園と同等の学業資格を得られるのだ。

 これが、私が辺境伯領に来た理由。
 そう、私は失った学ぶ機会が……ここにはある。

「がっこ、たのしみ? ナーちゃん」

「ええ、高等部一年として……今日も学問に励むわよ!」

 話は長くなったが、ようは今の私は。

 二十三歳にして……学生になりました!
 奪われた学びの機会、自由に楽しんで……好きなようにやり直していきます。
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