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4話

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 妹について知ってから、三日後。
 屋敷に私の両親が訪れた。

「久々だなナターリア。少し肥えたな」
「ええ本当に……ちゃんと身だしなみを整えなさいね? ヴィクター様の隣に相応しくいないと」

 両親は久々に会った私を、卑下する言葉を吐く。
 いつも通りだ。

 幼き頃から、私を褒めれば妹が癇癪を起こす。
 だから両親は自然と、私を卑下する癖が身についていた。

「お父様! お母様!」

「シャイラ! 美しくなったな」
「寮生活で離れて心配だったけど、ヴィクタ―様に愛してもらっていて安心したわ」

 妹との再会を喜ぶ両親に、やっぱり説得は難しいと確信する。
 まぁ、元々説得する気もないのでいいか。

 彼らをヴィクターの待つ客室へと招く。


「ヘルリッヒ子爵家夫妻。急にお呼びたてして申し訳ない」

「ヴィクタ―様。こちらこそナターリアがご迷惑をおかけします」

「いえ、問題ありません」

 私が迷惑をかけている認識のようだ……
 それを否定しないヴィクターも、心中では同様の意見のようだ。

「しかし、ヴィクター様。えらく出世されましたね。第二王子殿下の護衛など大変でしょう?」

 私の父––フォンド・ヘルリッヒの言葉に、ヴィクタ―が微笑む。

「いえいえ、フォンド様の過去の実績に比べれば、僕などまだ青二才です」

 ヴィクタ―の言う通り、父は若かりし頃に子爵家の地位を得る実績を残した。
 魔法学者として、魔力についての研究をしていたらしい。
 だが今はその研究が頓挫し、稼ぎ口を失って私に仕送りを要求する始末だ。

 父もその事が後ろめたいのか、話を逸らした。

「騎士に加えて、伯爵家の当主としての仕事も勤めているとは……御立派ですよ。ヴィクタ―様」

「苦労も多いですが。当主としても、騎士としても務めあげてみせますよ」 

 その当主の仕事については、ほぼ私の仕事となっているのだけど……
 口を挟めば本題に入るのが遅くなりそうなので、今は静観する。

「それでは、ナターリアの説得をしましょうか。フォンド様」

「ええ、そうですな」

 はぁ……
 議題はシャイラを正妻にする事の是非についてのはず。
 なのに、いつの間にか私の説得にすり替わっていた。

「お姉様、どうして私が一緒になる事を拒むの? 私はお姉様と暮らせるのが楽しみだったのに!」

 早速。切り出された言葉。
 私は考えていた本音を打ち明ける。
 今更、心中を隠すつもりはない。

「シャイラ、私はもう貴方と一緒に暮らす気は無いわ。世話をする気はないの」

「酷い……なんで突き放すの?」

「世間一般的に酷いのは、不貞行為を働いた貴方達のはずよ」

 私の言葉に涙目を浮かべた妹。
 その頭を撫で、必死に擁護の声をかける両親。
 私を責めるヴィクター。

 皆、私が間違っているという態度を変えない。
 話も聞いてくれない彼らの説得など出来ないだろう。
 だから私は、さっさと本題へと移ろう。
 
「ヴィクター、貴方がシャイラを正妻にする考えは変わらないのね?」

「もちろんだ。彼女は僕の子を身ごもった。跡継ぎを懐妊したなら、正妻にするのは当然だろう?」

「……」

「それに、もしも不倫となったなら学園も退学になるのだぞ? 妹にそんな苦労をさせるのか?」

「はぁ……それは貴方自身の不貞のせいでしょう? 原因をすり替えないで」

「なんで、どうして分かってくれない。君が納得するだけで、皆が幸せになるのに!」

 私を理解する気は無いのは、そっちの方だ。
 思わず、ため息を漏らしてしまう。

「ナターリア、いい加減にしなさい!!」

 お父様が突然、怒声を上げて威圧した。
 だけど怯む気は無い。

「お父様。シャイラを思うなら、庇護するだけが最善ではないと分からないのですか?」

「黙りなさい。いいか? シャイラは学園を卒業予定だ。そして魔法学でも優秀な成績を残している」

「それがなにか?」

「学園を退学したお前より、将来有望なシャイラが伯爵家の妻である方が、双家にとって有益だ。分かるだろう!? 貴族として双家の未来を考えろ!」

 誰のせいで、私が退学せざるを得なかったのか。 
 その怒りがこみ上げてくる。

「ナターリア、受け入れなさい。お前は姉として、シャイラの将来を大切に……」
 
 話し合おうとしたのが間違いだったのだ。
 彼らは、私の言葉など聞いてくれない。
 だから……

「お姉様。私だってお姉様の傍にいたいの。受け入れてよ……お願い」

 私の人生。
 何千と聞いた、妹からの『お願い』という言葉。
 もう頷く事はない。

「ナターリア、どうしてシャイラを受け入れてやらないんだ。妹だろう?」
 
 続くヴィクタ―の言葉に、両親が追随してなにかを言うが。
 もう……聞かない。
 彼らがこれまで通り私の人生を奪うなら、ここに居るつもりはない。




「それなら、私がここを出て行きます」
 




「「「……え?」」」


 途端に、彼らは動きを止めて固まる。
 私が出ていくなど、まるで想像していなかったのか?
 何時ものように、愛想笑いで受け入れると思ったの?

 あいにく、もう自分を殺して生きていく気は無い。
 
「荷物はまとめ終えております。そして、これを見てください」

「ま、まて。ナターリア……」

 机に置いたのは、権利関係の書類。
 そして私の対応に焦りを見せるヴィクタ―の言葉を無視する。

「まず、私が稼いでいた資産は当然ながら、貴方達の元には残しません」

「なにを……待て」

「そして、私が今まで当主代理として仕事していた分の対価も頂きます。これは我が国での労働に対する正当な権利です」

「何を言っている、ナターリア、待て。落ち着け」

「資産の配分をするため、屋敷の家財を売却しました。十日後には商家が査定に来ますので、全て渡してくださいね」

 両親が来るまでのこの三日間、出て行く前提で準備していた。
 もう、何を言われても止められない。
 私が持てる権利は、全て取り戻して去るつもりだ。

「お父様や、シャイラ達も同様です。子爵家の共有銀行から私の資産は引き出しておきましたから」

「な……待て、ナターリア」

「来年度分のシャイラの学費などは、ご自身達で捻出してください」

 徹底的に、私が居たという痕跡を消すように。
 全てを持っていこう。

「ナターリア! 落ち着け。混乱しているのだろう?」

 両親たちが、慌てたように視線を泳がせる。
 シャイラは呆然と「なんで……」と呟き、涙を浮かべていた。
 けど、もう心配の言葉をかける気は無い。

「ナターリア、意固地になるな。今日は話し合って解決するはずだっただろう?」

「話し合って、結論を私が提示したではないですか。ヴィクタ―」

「違う! 君がシャイラを受け入れるだけで、丸く収まるんだ! 誰も不幸にならずに済むだろう?」

「それが無理だと言っているのです。それに……私がなによりも怒りを抱いているのは、貴方よ」

「っ!!」

 動揺するヴィクターを睨む。
 ぐっと息を呑んだ彼へと、怒りの本心を打ち明けた。

「私が支えてきた日々を裏切ったのは……貴方よ」

「待ってくれ。どうして聞いてくれないんだ。分かり合うまで話合いをしよう」

「ふふ、都合がいいのね。ずっと、ずっと……貴方は私の言葉を聞いてくれなかったのに」
 
 こんな時に限って、ヴィクターは私を見て……話を聞いている。
 でも。

「もう、遅いのよ」

 覚悟はもう決まり。
 私はすでに、行動を始めているのだから。
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