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1巻
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「側妃など、この国にはいらないだろう」
王座にもたれる国王陛下が放った突然の一言に、ピタリと周囲の動きが静止する。
陛下の身を守る衛兵、雑務をこなしていた使用人達が一斉に陛下を睨んだ。
しかし陛下に提言することのできない彼らは、当の本人が気付く前に仕事へと戻っていく。
聞き耳だけは立てたまま……
「い…………いらないとは? ランドルフ陛下」
その中で唯一、ランドルフ陛下に意見できる大臣の私だけが、冷や汗をかきつつも再度確認する。
本当におっしゃっているのか? と確かめるためだ。
しかし陛下は、不思議なものを見るような目をして首を傾げた。
「耳が遠くなったか? 側妃はいらないと言ったのだ。あの女はごくつぶしと変わらん」
変わらない返答に、周囲は諦めを含んだため息を漏らした。
皆が陛下の言葉に、そんなはずがないと思っているのだろう……私も同じだ。
額に滲む冷や汗をそのままに、私は陛下に語り掛けた。
「お考え直しくださいランドルフ陛下……クリスティーナ様は、ごくつぶしなどという言葉とは無縁のお方です。側妃である事を許容していただいている時点で、あの方に感謝すべきなのですよ」
「貴様、俺が間違っているとでも言うのか? クリスティーナは妃としては不十分だ。愛するマーガレットに比べて、あまりにも不出来な女ではないか!」
ランドルフ陛下の言葉には困惑してしまう。側妃のクリスティーナ様が、正妃のマーガレット様に劣ることなど、いくら探しても思い当たらないのだから。
「どうか考え直してください。クリスティーナ様の廃妃など、我らは受け入れられません」
「はっ……貴様らの許可が必要か?」
「クリスティーナ様は、側妃となっても貴方を支えてくれたのですよ?」
「黙れ、クリスティーナが俺を支えただと? マーガレットの方が、ずっと俺を愛して支えてくれているではないか。ろくに仕事もできない、役立たずの側妃と違ってな!」
ランドルフ陛下への憤慨を胸の中でなんとか押しとどめ、説得を続ける。
そもそも陛下がクリスティーナ様に下す、「役立たず」という評価が大きく間違っているのだ。
クリスティーナ様……彼女は幼い頃に正妃候補として選ばれ、親元から離された。
周囲は幼い彼女に次期正妃としての期待を向け、失敗が許されない環境に身を置かせたのだ。
だが、その重すぎる期待を裏切ることなく、彼女は知識を蓄え、多くの功績を打ち立てた。
貧困地域への農業支援や、養護施設を増やす政策の樹立。
これらは全て、彼女が陛下のために研鑽を怠らず、経験を積んできたからこその成果だ。
しかも、それだけの功績を挙げても彼女は決して驕らず、妃としての立場も気にせずに民達とも親密な交流を重ねていた。
そんな彼女が居たからこそ、ランドルフ陛下は即位以前から絶大な支持を得ていたのだ。
なのに、当の陛下は彼女をあっさりと切り捨てた。
どこで見初めたのか……陛下は即位と共に、男爵令嬢のマーガレット様を突然正妃に迎えたのだ。曰く、哀れにも辺境伯領で手籠めにされかけていた彼女を救いだし、悲劇の令嬢を妃としたという。
だが、当のマーガレット様は品性の欠片もなく王妃教育を受ける気もない。
クリスティーナ様と比べるまでもない姿に、周囲は当然彼女を正妃にすることを反対したが、陛下は聞き入れなかった。
そんな不義理を犯した陛下には、今もなお疑念の目を向ける貴族が多い。
それでもランドルフ陛下が不自由なく過ごせているのは、側妃となっても政務を積極的に行うクリスティーナ様の支えがあるからこそだ。
そんな彼女を王宮から追放すれば、王家への支持は跡形もなく消え去るだろう。
「陛下、せめてクリスティーナ様の功績をご確認ください。決して役立たずなどと蔑むような評価はできぬはずです!」
「虚言を吐くな、俺の調べでは、あの女はむしろ国民の反感を買っているのだろう?」
「……は? なにを言っているのです? クリスティーナ様は――」
「話し合う気はない。役立たずの側妃は廃妃にしろ。国費は有意義に使うべきだ‼ 国王たる俺にろくも顔を見せず、仕事もできぬ側妃を食わせるために、民は税を払う訳ではない!」
自分から裏切っておきながら、会いに来ないから捨てる。
そしてクリスティーナ様への評価も間違っており、それを正そうとしても話を聞かない。
陛下のあまりの言い草に、思わず声を荒らげた。
「陛下! クリスティーナ様と一度お話ししてください! 彼女は貴方のために……」
「黙れ! これ以上の問答は不要。廃妃は決定事項だ!」
そう言って、ランドルフ陛下は私に出ていくように手で仕草する。
あまりにも身勝手な姿に、大きなため息と共に渋々と頷いた。
この方にはなにを言っても無駄だと悟ったのだ。
陛下を説得できない無力感に悲嘆しつつ、私は重い足取りでクリスティーナ様の待つ部屋へ向かう。
いつもと変わらぬ道なのに、切り立った崖を登るかのように向かうことを身体が拒む。
衛兵や使用人達は、こちらに同情の視線を送った後、ランドルフ陛下を睨み続けていた。
しかし本人は周囲からの反感に気付くことなく、満足げな笑みを浮かべたままだった。
「申し訳ありません……クリスティーナ様」
私はクリスティーナ様へと頭を下げ、先のでき事を全て伝えた。
ランドルフ陛下を支え続けてきた彼女にとって、それがどれだけ残酷な宣告か、想像もできない。
だが、彼女は凛とした表情を一切崩さず、毅然とした態度を貫き続ける。
涙を見せることなく話を聞き終えると、「はぁ……」と小さくため息を吐き出した。
その吐息で、艶やかな銀色の髪がわずかに揺れて、透き通るような蒼い瞳が潤む。
秀麗で思わず見惚れてしまう美しい顔にわずかな悲壮を浮かべ、クリスティーナ様は呟いた。
「分かりました」……と。
涙を流さぬように唇を噛み、悲しさを押し殺すよう絞り出された声に、私は再び深く頭を下げた。
第一章 役立たずの側妃でしたか?
「そちらは捨ててください」
「は、はい……分かりました」
私――クリスティーナは、本日をもって廃妃となった。
言い方を変えれば、ランドルフに捨てられてしまったのだ。
今は王宮を出ていくために側室の荷物を整理している。今日中には実家であるフィンブル伯爵家へと戻るため、休む暇はない。
指示を出しつつ、わずかばかりの衣類を自分でもトランクに詰めた。
侍女達は私が作業をするのを止めようとするが、自分で作業をした方がむしろ気楽なのだ。
一人になって考え込めば悲しさがこみ上げてくるので、今は地味な作業も有難い。
「クリスティーナ様、こちらの処分はどうしますか?」
それでも、問いかけてきた侍女が持つ物に、思わず涙が流れてしまいそうになる。
危ない……泣くのは駄目だ。
余計な心配をかけぬために涙を堪え、侍女が差し出した物を受け取る。
それは、三つ葉のクローバーの押し葉を使った栞だった。
通常なら四つ葉で作るものだが……これが三つ葉なのには理由がある。
思い出すのは、十歳になった頃、ランドルフに見初められて婚約が決まった時の事だ。
『ランドルフ様と結婚すれば必ず幸せになれる』と両親に強く言われ、意味もよく分からないまま婚約を受け入れて正妃教育が始まった。両親から引き離された王宮で、幼い私は当然ながら孤独感に襲われ……現実から逃げるように本を読んで塞ぎこんでいた。
当時、本の虫となり誰とも話さぬ私に、周囲は次代の妃への不信感を抱いていたと思う。
そんな時、ランドルフがこの三つ葉の栞を持って来てくれたのだ。
『本が好きならこれを使うといい』
そう、幼き頃にランドルフへ恋をしたのは、この栞のおかげだった。
手渡してくれた彼の笑みが眩しくて、閉じこもった私の手を引いてくれた優しさに心が惹かれた。
それから、彼と過ごす時間は幸せだった。
お互いが顔を赤く染めながら、気持ちを伝え合って手を繋いだこと、こっそりと王宮を抜け出した時や、初めてキスをした瞬間も全て幸せだった。
そして私が王妃教育を終える頃に、彼が言ってくれたのだ。
『いつか、君への感謝の証として四つ葉を栞にして渡すよ』と。
――ランドルフ……私はずっと貴方が四つ葉を見つけてくれると信じて頑張ってきたのに。
「大丈夫ですか? クリスティーナ様」
はっと顔を上げれば、いつしか涙が頬を伝っていた。
油断すればすぐに感傷的になってしまう、いっそ彼との記憶など消してしまえれば楽なのに……
叶わぬことを考えつつ、侍女を安心させるために精一杯の笑顔を見せる。
「大丈夫よ。そうですね、この栞は……」
「――失礼します、クリスティーナさん」
その時、誰かが部屋へと入ってきた。その人物に次々と侍女達は頭を下げるが、その瞳は警戒しているように見える。私も視線をその人物に向けて、内心でその理由に頷いた。
「マーガレット……どうしましたか?」
そこに居たのは、ランドルフの正妃であるマーガレットだった。
真っ赤な髪を揺らし、黒色の瞳で私を見つめている。
マーガレットは私が王妃教育を終えて数年後、ランドルフが周囲の反対を押し切って正妃にした女性だ。
私は彼女について、実はよく知らない。ランドルフは彼女を迎えてから、私を遠ざけ始めたからだ。
しかし、侍女達から聞く彼女の評価は良くない。
彼女の悪行を実際に目にしたことはないけれど……その評価を思い出して身構えてしまう。
だが私の警戒に反して、彼女は黒い瞳に涙を浮かべて深々と頭を下げた。
「ごめんなさい……私がランドルフを説得すれば、貴方が王宮に残っていただくこともできたのに」
聞いていたよりもしおらしい姿に驚いた。やはり噂というものは当てにならないようだ。
謝る彼女に、できる限り毅然と微笑むように心がける。
「大丈夫です。ランドルフが決めたことですから……素直に従いますよ」
「私が彼を奪ってしまいましたね……クリスティーナさんを想うと、心が張り裂けそうに辛くて」
ポロポロと涙を流す彼女へと、首を横に振って否定する。
「貴方のせいではありません、単純に私がランドルフに選ばれなかっただけですから」
「クリスティーナさん……」
「気に病む必要はないわ。どうかこれから幸せに過ごしてください」
本心から、そう言えたと思う。
ランドルフへの気持ちが消えた訳じゃないが、ここで惨めに喚いても変わらない。
ならば私は最後まで落ち込む姿など見せずに王宮から去ろう。
そう、改めて思いなおした時だった。
「――ちっ……」
聞こえた舌打ちに思わず視線を上げるが、マーガレットは何事もなかったように涙を拭っていた。それから、距離を詰めて、私の手を握ってくる。
「なんて寛大なお言葉……! そう言っていただけると嬉しいです!」
「え、ええ」
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目の前で笑う彼女から、そんな陰険な雰囲気は感じられない。
私が戸惑っている間に、彼女は部屋の中をぐるりと見まわした後、私の手の中を見て微笑んだ。
「あ、それ……ランドルフからの贈り物ですか?」
マーガレットが指さしたのは、三つ葉の栞だ。
折れぬよう大事に持っていたので、ランドルフからの贈り物と気付いたのかもしれない。
「そ、そうですが……」
――そう答えた瞬間だった。
マーガレットは私から栞を奪い取り、ビリビリと軽快な音を鳴らして引き裂いた。
何が起こっているのか理解できず、言葉も出ない。
あまりにも突然に、彼との思い出が……ためらいもなく引き裂かれたのだ。
呆然と立ち尽くしていると、マーガレットは先程と変わらない笑顔のまま呟いた。
「ランドルフとの思い出の品や、もらった物は全て捨てなさい。貴方はもう妃ですらないのだから、未練まみれに思い出を残すような事はしないでよね」
「マーガレット……?」
「これは命令よ? 廃妃になったくせに未練がましくランドルフを愛されると迷惑なの」
残酷な言葉の数々が、私の心を深く抉っていく。
息が上手くできなくなって目を見開くと、マーガレットは愉快そうに嗤った。
その表情に、先程までの殊勝な態度や言動は、全て偽りだったのだと気付く。
「わかった? 貴方は私の魅力に負けた惨めな女なの。諦めて王宮を去りなさい」
ここまで言われて、言い返せない。私がランドルフに選ばれなかったのは紛れもない事実だ。
諦めに近い感情を抱いてしまい、頷こうとした瞬間――意外な人物が声を上げた。
「ふ、ふざけないでください‼ クリスティーナ様が貴方に劣っている所などありません!」
「っ⁉」
それは、今までのやり取りを見守っていた侍女の一人だ。
彼女は一歩踏み出して、マーガレットへと詰め寄る。
「クリスティーナ様は貴方と違い、この国のために王妃の務め以上の功績を残してきました!」
「は、はぁ? 侍女風情がなにを……」
「貴方は一度でも……不作の地で飢えに苦しんだ民へ、手を差し伸べたことがありますか?」
「だ、黙りなさい! 私の許可なく話すなんて無礼な侍女ね!」
「他にも、養護施設の子供達のために寄付や慰問をされたことがありますか?」
マーガレットへと怯むことなく、侍女は次々と言葉を重ねていく。
「な……何が言いたいのよ? そんなこと、誰でもできるわよ!」
「クリスティーナ様は、ランドルフ陛下の政務まで引き受けておりました。その忙しさの中で……絶やさずに、それらを行っていたのですよ」
一人の侍女を皮切りに、他の侍女達も口々に私を庇ってくれる。さらには、外で様子を聞いていたらしき衛兵達までが部屋の中へやってきて、私を守るように立ってくれた。
「な、なによ、貴方達! 不敬よ! 私は事実を言っただけ。ランドルフに選ばれたのは私なの!」
どこか怯えたように叫ぶマーガレットへ、衛兵が答える。
「クリスティーナ様は陛下に望まれなくとも……我ら民に最も望まれているお妃様です」
「っ⁉」
「不敬だと罪に問われようと、申し上げます。我らは……真にこの国の正妃に相応しいのはクリスティーナ様だと信じております」
「みんな……」
共に過ごしてきた皆の言葉に胸が打たれ、ついに涙がこぼれる。
側妃として過ごしてきた日々が無駄ではないと、皆が言ってくれた事が嬉しくて。
民に望まれた妃――なんて、光栄なことだろうか。
だが、彼らの言葉を聞いたマーガレットは、苛立ちを知らせるように舌打ちをした。
「はぁ……苛つくわ。雑用ごときが、私よりもクリスティーナの方が妃に相応しいと言うの?」
マーガレットは呟きながら、最初に口を挟んだ侍女へと歩み寄る。
「生意気な侍女は教育してあげるわ。不敬な言葉を吐いた貴方たちの考えを変えてあげる。痛みを与えれば、すぐに分かるわよね?」
マーガレットは平手を振り上げる。
「私に口を挟んだこと、後悔させてあげる!」
「っ‼ やめなさい! マーガレット!」
しかし暴力を見過ごせるはずがない。私は咄嗟にマーガレットの手を止めた。
だが、それが彼女の逆鱗に触れたようだ。
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マーガレットは身勝手な言葉を吐き、私達を嘲笑った時だった。
「マーガレット様。誰に許可を得て……そのような事を言われるのですか?」
「なっ……」
聞こえた言葉に振り返れば、私の部屋へと、王国の大臣であるルイード様がやってきていた。
この王宮内ではランドルフにも並ぶ影響力を持つ彼に、マーガレットが戸惑いの声を漏らす。
「な、なんで……ここに?」
「恩義のあるクリスティーナ様へ挨拶に来たのです。それよりも、先の牢に入れるとの発言は、誰の許可を得ての発言なのですか?」
ルイード様は老齢を感じさせない鋭い眼光でマーガレットを射貫く。彼女は怯えつつ答えた。
「こ、この者達は、私よりもクリスティーナの方が妃に相応しいと侮辱したのよ! 許されないわ!」
「事実でしょう?」
「は……はぁ⁉」
驚くほどあっさりと、マーガレットが妃に相応しくないとルイード様は認めた。
動揺している彼女を気にする素振りも見せず、ルイード様は言葉を続ける。
「クリスティーナ様ほど妃に相応しいお方はおりません。政務だけでなく、民との交流を多く重ねて支持を集めていた姿に、文句などあるはずない」
ルイード様の言葉からは、確かに感謝が伝わってくる。
私を認めてくれている想いが、一つ一つの言葉に込められているのだ。
「ふ、ふざけないで! 国王のランドルフがクリスティーナを役立たずと評価しているのよ⁉」
「我らはそれが不当な評価だと思っているのですよ」
言い切ってくれたルイード様と、同調して頷いてくれる周囲の皆に胸が熱くなる。
嬉しさで満たされた私とは真逆に、マーガレットは悔し気に表情を歪ませた。
そして再びなにかを言おうと口を開いたが、寸前でルイード様が睨みつけた。
「マーガレット様、再度質問いたします。事実しか申していない彼らを、誰に許可を得て罪に問うというのですか?」
「な……」
「もしも彼らを罪に問うのなら、それはクリスティーナ様を侮辱したと同じです。到底許されぬ行いだと、お分かりでしょうか?」
威圧を放って言い切ったルイード様に、マーガレットは声を震わせた。
「も、もういいわ。あんたたちが何を言おうと、この女の廃妃は決定事項なのだから!」
威勢の良さは残しつつも、マーガレットは逃げるように早足で去っていく。
訪れた沈黙の中、私は皆へと頭を下げた。
「――ありがとうございます。皆さん」
自然と、心から感謝の言葉が漏れる。
「……皆に、なんとお礼をすればいいか」
「いえ、我らこそ……クリスティーナ様に返すべき恩がまだまだありますから」
「恩……?」
ルイード様の言葉に首を傾げると、最初にマーガレットに立ち向かった侍女が大きく頷いた。
「私が妊娠した時、クリスティーナ様が育児休暇制度を作ってくれたこと、とても感謝しています」
「俺も、衛兵の訓練の厳しさにめげた時、貴方の励ましの声で何度も立ち上がれました!」
私も、俺も……と言ってくれる内容は、妃としてやるのは当然だと思っていることばかりだった。
けれど、何気なく続けていた行動を皆が喜び、認めてくれていた事を知っていく。
皆のお礼に包まれる中、ルイード様が代表するように前に出て、頭を下げた。
「クリスティーナ様、貴方は紛れもなく我らが望む王妃でした。だからどうか……自身のことを卑下なさらないでください。廃妃が妥当であったなど、思わないでください」
「ルイード様……」
「我らは貴方が望むのなら国さえ敵にしてもいい。そう思える程に感謝しているのです」
ルイード様の告げたのは反逆にも近い言葉だ、けれど異を唱える者は誰もいなかった。
「……ありがとう。みんな」
皆を見て、妃としての日々を卑下していた自身の気持ちを恥じる。
こんなにも認めてくれる人達がいるのに、私がランドルフの言葉通りに妃としての日々を無駄だと思うのは、彼らに失礼だったことに気付けた。
「クリスティーナ様。廃妃という結果を招いてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
「ルイード様のせいではありません。気になさらないでください」
「贖罪にもなりませんが。貴方に困った事があれば……我らをどうか頼ってください」
ルイード様、そしてその場にいた者は皆が礼をする。それは国王にとるべき礼だった。
皆が忠義を示し、私の手助けを願ってくれているのだ。断る理由なんてない。
「ありがとうございます。いつか……必ず頼らせてくださいね」
「はっ‼ 我らの忠義は……常にクリスティーナ様へ」
皆の礼に、私も頭を下げてお礼を告げた。
その後、皆に認められた嬉しさで悲しみは消え、晴れやかな気持ちで荷物の整理を進めた。
「本日中には王宮を出ます。残った物は廃棄しましょうか」
見回した部屋には、まだランドルフと関係が悪化していなかった頃に贈られた物が残っている。
ランドルフとの思い出を捨てるのにはまだ抵抗があるが、全て捨てるようにと申し伝えた。
とはいえ、最後にバラバラに破られた栞の残骸を拾い上げる時は、流石に胸が痛かった。
侍女に背中を撫でてもらい、情けなく泣きながらも栞は捨てた。
そうして、荷物が整理し終わった頃にはもう夕暮れだった。
これから私の実家でもあるフィンブル伯爵家に帰れば、すっかり夜だろう。
別れを惜しむ時間はなく、私は皆の見送りを受け、長年苦楽を共にした部屋に別れを告げた。
そのまま足早に、王宮の外で待つ馬車へと向かっていた時だった。
「クリスティーナ妃!」
「っ⁉」
その大きな声に驚いて振り返れば、一人の騎士が駆け寄ってきて、私のもとで膝をついた。
紅葉のような茶髪が小さく揺れ、宝石のように美しい蒼い瞳が見つめてくる。
「エドワード……」
目の前の男性の名はエドワード、王家近衛騎士団の団長だ。
彼は若くして剣の腕に優れており、騎士となってからわずかな年月で今の立場を築いた実力を持つ。
武勇や名声に加え、眉目秀麗な顔立ちも相まって貴族令嬢が色めきたつ声も絶えない方だ。
近衛騎士団には労いの意味も込めてよく菓子を贈っており、その縁あって彼とはよく話す仲だった。
「クリスティーナ妃、廃妃となって王宮から出ていかれるとは本当なのですか?」
目の前の彼は、いつもの凛々しい表情とは違って悔しそうに顔を歪めている。
「……はい。ランドルフの命で廃妃となり、本日で王宮を去ります」
私の言葉を聞き、彼は唇を噛んだ。
「クリスティーナ妃が出ていくなど間違っています!」
彼が見せた怒りを嬉しく思いつつも、名残惜しさを残さないように言葉を続ける。
「もう妃と呼ばなくても大丈夫ですよ。エドワード」
「っ⁉ 俺は貴方の傍にずっと居たいと思い、王宮を守る近衛騎士となったのに……」
そう言って、彼は立ち上がって私の手を握った。突然の行動に目を見開く。
「ではどうか、せめて貴方の傍に……俺を傍にっ……‼」
廃妃として追放されてなお、自分を望んでくれる人がいることが嬉しい。けれど、近衛騎士として煌びやかな人生が待っているはずのエドワードを、私の護衛などにする訳にはいかない。
縋るようにこちらを見つめる彼に向かって、首を横に振る。
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