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42話
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帰りの馬車は、アウルムと同席して乗り込む。
全てが終わったような、肩の重みが抜けていくような感覚に私はほぅっと息を吐く。
席に座り、はしたなくも背もたれに体重を預ける。
すると隣にアウルムが座った。
「っ、ごめんなさい。だらしない姿を見せました」
「いい。そのままで」
短い返答の後に、私の手の上に彼の大きな手が重なり、暖かく、慈しむような優しさでそっと握られた。
「あ、あの……」
「実は、俺の持っている資産の八割は……寄付した」
「は? え!?」
鼓動の高鳴りよりも先に、驚きが優ってしまう。
傾いていたウィンソン家を建て直した彼が保有している資産など、私では遠く及ばぬ大金のはず。その八割など……想像もできない額のはずだ。
「ど、何処に寄付なされたのですか?」
「この国の孤児院全てだ」
「っ……」
この国の孤児院の制度は、残念ながら整ってはいない。
だけど、彼が八割も寄付をしたのなら。救われる子供は数知れないだろう。
「ずっと、金だけが一番だと思っていた。俺は金さえあれば両親が愛してくれる家庭だったから。でもエレツィアやロイが、それ以外も……教えてくれた。だから……せっかくならロイのような子供のために使おうと思ってな」
「それに……」と彼は私の手を握りしめながら、その金眼に私を写して。麗しい笑みを見せた。
「今は、金よりも大切な事も見つかった」
「そ、それはなんだというのですか?」
「分からないか?」
見つめられた視線に、恥ずかしさを感じて俯けば。私の首元に彼の手が回る。
そのまま、近くで見つめる彼に……鼓動はけたたましく高鳴った。
「俺は……君に惹かれている。女性としても、ロイの母としても……」
その言葉は嬉しくて、私の心を満たしていく。
だけど……
「良い、のですか? 私は貴族社会から求められている純潔はありません。それでも」
「そんな事、気にすると思っているのか?」
不安がかき消されていくようだった。
彼が抱いてくれた。私とロイへの感情。それは他者の視線や声に惑わされる事がない、アウルムの純粋な想いだったから。
「私も……貴方を、好きでした……ずっと、ずっと前から」
気づけば漏れ出る。私自身の言葉。
抱いていた想いがほころび出て、止まらない。
「ロイを愛してくれる事が嬉しくて、貴方の純粋な所に惹かれて……それで」
続く言葉は……出なかった。
唇が重なって、時が止まったようにさえ感じる時間。離れた唇と共に目の前で笑う彼。
「俺も……同じ気持ちだ」
いつもの純粋な笑み。
拝金主義者だった彼が、益も損も関係なく……私を受け入れてくれた事実が、胸を満たしていく。
ドキドキとして、緊張と恥ずかしさを感じる時間は……なによりも心地よい。
「さて、帰るか。また、君との事業も大きく広げる準備を始めないといけないな」
恥じらいを隠すように、彼は視線を逸らしながら呟く。
「そうですね。……共に、これからも一緒に」
「あぁ、寄付した額を取り戻すために、稼ぐか」
「……そこは、変わらないんですね」
変わったようで、いつも通りの彼に笑みを漏らす。
そんな純粋な彼を、私は愛おしいと思う。
アウルムは私にもう一度……恋をさせてくれる。
それが心地よくて、嬉しくて。
◇◇◇
屋敷に帰れば、真っ先に出迎えてくれたのはロイだった。
駆け寄ってきて、私に抱きつく愛しい我が子を……離さぬように抱きしめる。
「おかあさん、おかえり」
「ただいま。ロイ」
「あのね、あの……おかあさんに渡したいもの。あるんだ」
「ん? どうしたの?」
渡したいもの?
ロイが手渡すのは、可愛らしいお花だった。
「お花? くれるの?」
「うん!」
「どうして、お花なの? ロイ」
「あのね。カレンがね、きょーはおかあさんがロイの為にがんばる日だって教えてくれたから。だから、お母さんとの初めての思い出をあげたかったの」
初めて? どういう事だろうか。
私はロイに花束を渡した事なんてないけど。
抱いた疑問、それに答えるようにロイが言葉を続けてくれた。
「ろいね。覚えてることがあるんだ……初めてお母さんを見た日、ロイはお母さんに抱っこされながら……お花を見てたの」
『ロイ、あれを見て。あれが……お花よ』
過去に、赤ん坊だったロイを抱っこしながら話していた自分の言葉を思い出す。
通じていないと思っていた、覚えているはずがないと思っていた過去……だけどロイはあの日から、私の言葉を聞いてくれて、覚えてくれていた。
「おかあさん、ロイね。おかあさんが大好き、ロイのおかあさんでいてくれて。ありがとう」
ギュッとロイに抱きしめられて、涙がこぼれる。
苦労ばかりだった、大変な事ばかりで……苦しい思い出もあった。
なのに、ロイの『ありがとう』で、それらが全て報われたように、心に染みていく。
「私も……大好きだよ。ロイ」
諦めていた。
結婚後の生活、自分自身の未来は暗いものだと思っていた。
だけど、ロイがいてくれたから。私は母親になれて、幸せをもらって、前を向いて歩かせてくれたんだ。
(この選択に……やっぱり後悔なんてない)
あの日と同じ、澄み渡る青空を見つめながら。
私は過去の選択に、自信を抱く。
「私の子になってくれて……ありがとう。ロイ」
「う? ろいのおかあさんは、ずっとおかあさんだけだよ」
ありがとうロイ。
私が貴方を守っていたようで、
私はずっと……ずっと……。
貴方に支えられて、前に進めていたよ。
これからも、ずっと……ロイと一緒に。
愛しい、貴方の母として生きていくから。
全てが終わったような、肩の重みが抜けていくような感覚に私はほぅっと息を吐く。
席に座り、はしたなくも背もたれに体重を預ける。
すると隣にアウルムが座った。
「っ、ごめんなさい。だらしない姿を見せました」
「いい。そのままで」
短い返答の後に、私の手の上に彼の大きな手が重なり、暖かく、慈しむような優しさでそっと握られた。
「あ、あの……」
「実は、俺の持っている資産の八割は……寄付した」
「は? え!?」
鼓動の高鳴りよりも先に、驚きが優ってしまう。
傾いていたウィンソン家を建て直した彼が保有している資産など、私では遠く及ばぬ大金のはず。その八割など……想像もできない額のはずだ。
「ど、何処に寄付なされたのですか?」
「この国の孤児院全てだ」
「っ……」
この国の孤児院の制度は、残念ながら整ってはいない。
だけど、彼が八割も寄付をしたのなら。救われる子供は数知れないだろう。
「ずっと、金だけが一番だと思っていた。俺は金さえあれば両親が愛してくれる家庭だったから。でもエレツィアやロイが、それ以外も……教えてくれた。だから……せっかくならロイのような子供のために使おうと思ってな」
「それに……」と彼は私の手を握りしめながら、その金眼に私を写して。麗しい笑みを見せた。
「今は、金よりも大切な事も見つかった」
「そ、それはなんだというのですか?」
「分からないか?」
見つめられた視線に、恥ずかしさを感じて俯けば。私の首元に彼の手が回る。
そのまま、近くで見つめる彼に……鼓動はけたたましく高鳴った。
「俺は……君に惹かれている。女性としても、ロイの母としても……」
その言葉は嬉しくて、私の心を満たしていく。
だけど……
「良い、のですか? 私は貴族社会から求められている純潔はありません。それでも」
「そんな事、気にすると思っているのか?」
不安がかき消されていくようだった。
彼が抱いてくれた。私とロイへの感情。それは他者の視線や声に惑わされる事がない、アウルムの純粋な想いだったから。
「私も……貴方を、好きでした……ずっと、ずっと前から」
気づけば漏れ出る。私自身の言葉。
抱いていた想いがほころび出て、止まらない。
「ロイを愛してくれる事が嬉しくて、貴方の純粋な所に惹かれて……それで」
続く言葉は……出なかった。
唇が重なって、時が止まったようにさえ感じる時間。離れた唇と共に目の前で笑う彼。
「俺も……同じ気持ちだ」
いつもの純粋な笑み。
拝金主義者だった彼が、益も損も関係なく……私を受け入れてくれた事実が、胸を満たしていく。
ドキドキとして、緊張と恥ずかしさを感じる時間は……なによりも心地よい。
「さて、帰るか。また、君との事業も大きく広げる準備を始めないといけないな」
恥じらいを隠すように、彼は視線を逸らしながら呟く。
「そうですね。……共に、これからも一緒に」
「あぁ、寄付した額を取り戻すために、稼ぐか」
「……そこは、変わらないんですね」
変わったようで、いつも通りの彼に笑みを漏らす。
そんな純粋な彼を、私は愛おしいと思う。
アウルムは私にもう一度……恋をさせてくれる。
それが心地よくて、嬉しくて。
◇◇◇
屋敷に帰れば、真っ先に出迎えてくれたのはロイだった。
駆け寄ってきて、私に抱きつく愛しい我が子を……離さぬように抱きしめる。
「おかあさん、おかえり」
「ただいま。ロイ」
「あのね、あの……おかあさんに渡したいもの。あるんだ」
「ん? どうしたの?」
渡したいもの?
ロイが手渡すのは、可愛らしいお花だった。
「お花? くれるの?」
「うん!」
「どうして、お花なの? ロイ」
「あのね。カレンがね、きょーはおかあさんがロイの為にがんばる日だって教えてくれたから。だから、お母さんとの初めての思い出をあげたかったの」
初めて? どういう事だろうか。
私はロイに花束を渡した事なんてないけど。
抱いた疑問、それに答えるようにロイが言葉を続けてくれた。
「ろいね。覚えてることがあるんだ……初めてお母さんを見た日、ロイはお母さんに抱っこされながら……お花を見てたの」
『ロイ、あれを見て。あれが……お花よ』
過去に、赤ん坊だったロイを抱っこしながら話していた自分の言葉を思い出す。
通じていないと思っていた、覚えているはずがないと思っていた過去……だけどロイはあの日から、私の言葉を聞いてくれて、覚えてくれていた。
「おかあさん、ロイね。おかあさんが大好き、ロイのおかあさんでいてくれて。ありがとう」
ギュッとロイに抱きしめられて、涙がこぼれる。
苦労ばかりだった、大変な事ばかりで……苦しい思い出もあった。
なのに、ロイの『ありがとう』で、それらが全て報われたように、心に染みていく。
「私も……大好きだよ。ロイ」
諦めていた。
結婚後の生活、自分自身の未来は暗いものだと思っていた。
だけど、ロイがいてくれたから。私は母親になれて、幸せをもらって、前を向いて歩かせてくれたんだ。
(この選択に……やっぱり後悔なんてない)
あの日と同じ、澄み渡る青空を見つめながら。
私は過去の選択に、自信を抱く。
「私の子になってくれて……ありがとう。ロイ」
「う? ろいのおかあさんは、ずっとおかあさんだけだよ」
ありがとうロイ。
私が貴方を守っていたようで、
私はずっと……ずっと……。
貴方に支えられて、前に進めていたよ。
これからも、ずっと……ロイと一緒に。
愛しい、貴方の母として生きていくから。
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