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41話
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「は、犯罪!? な、なんのことよ。私はなにも……」
「言っておきますが、産まれたばかりの赤子を遺棄する事は裁かれるべき事案です。知らないのですか?」
「あ……え……その」
「もう、貴方の住所も……経歴も調べ尽くしております。この事は、すでに騎士団へ報告を済ませておりますので」
「う、うそ……そんな」
「自身の罪すら償わず、貴方は母親になろうというの?」
「ち……違う。違うの。わ、私は……私はジェレドともう一度、一緒になるために……」
うろたえ、焦る彼女の襟首に手をかけて。
私は睨みつける。
「たとえ、どのような理由があろうと。貴方がロイを放棄した事実に変わりはない。ジェレドに振り向いてもらうため? それとも私達を離縁させるため? どのような理由かなんて知らない。だけど……万が一にもロイが亡くなっていた可能性があった事を、貴方は考えなかったの?」
「あ……わ、私は……そんなつもりじゃ」
「あの日は、寒くなってきた時期。ジェレドが見つけなければ? ロイを置いていく選択をして……数日、誰にも見つからなければ、あの子はどうなっていたか。考えたの!?」
「わ、私。そんな……」
「…ロイは貴方達の恋情を繋ぐ道具でも、幸せにしてくれる存在でもないの……あの子を幸せにしてあげる事が、最も優先すべきこと」
「……だ、だって。私は……私の子で、ジェレドと三人で、暮らしたくて」
「あの子を捨てて去ったその日から、貴方は……自分でその幸せを捨てたの」
ようやく罪の実感がわいてきたのか。瞳を潤ませる彼女に情けなんて必要ない。
ロイを命の危機に晒しておきながら、いまだに道具のように扱う人を……絶対に許すつもりなんてない。
「遺棄した際、五年は牢の中。その間にロイは十歳となり、親権はあの子の意志が尊重される歳になる。だから……諦めなさい」
「あ……あぁぁぁ」
べたりと、座り込んだミアナから視線を外し。呆然と立ち尽くすジェレドを見つめる。
彼はビクリと肩を震わせた。
「ジェレド、貴方にもこの五年分の罪を償ってもらうわ」
「エ、エレツィア……」
「アウルム。お願いします」
事の一部始終を見ていたアウルムへ声をかけると、彼は待ってましたとばかりに懐から紙を取り出してジェレドへと手渡す。それを見た彼は、血相を変えていく。
「不貞による慰謝料に加え、子供への虐待行為、夫婦間の暴力、性行為の強要。これらすべての和解金として一億ギルを請求する。拒否するなら、こちらも法廷で争ってもいい」
「い、一億ギル……そんな、通るわけが……」
「通す。俺の伝手、出来る手段を全て使ってでも……」
アウルムはジェレドの胸を掴み、鋭い視線のまま。淡々と言葉を告げていく。
「エレツィアは、この五年を苦しんで、泣きながらも耐えてきた。それを最も近くで見て来たお前が、どうして苦しめる選択を選ぶ。その考え方を、心の底から軽蔑する」
「あ……あぁ……俺は。そんなつもりじゃなかったんだ。ただ、幸せな家庭を……」
「それを捨てたのは、そこの女と同様。お前自身だ」
とどめの言葉に、膝から崩れ落ちたジェレド。
どれだけあがいても、ロイを巡って争う事など出来ないと分かったのだろう。
ほろりと涙を流しているけれど、同情などせずに私は声をかけた。
「ジェレド……まだお聞かせしたい事が」
「な、なにがあるんだ。お願いだ。冷静になる時間をくれないか?」
もちろん、そんな時間は与えない。
ロイを近くで見てきて最後まであの子を考えぬ選択をした彼を……絶対に許さない。
「貴方の行為はすでに社交会で広めております。ローレシア家の評判は地に落ち、貴方の父は責任逃れのため、勘当も考えているかもしれませんね」
まぁ、たとえジェレドを勘当したとてローレシア家が犯してしまった過ちは社交会に広く知れ渡った。
失った信頼を取り戻すのは不可能に近いだろう。
「な……」
私の発言を受けて、さめざめと泣いてジェレドへと縋っていたミアナは血相を変えていく。
頼みの綱であるジェレドの立場を知り、絶望を顔に見せた。
唯一、ジェレドの取り柄でもあった貴族家の息子という立場さえ、崩れ落ちたのだから。
(恋愛感情でどうにかできる問題ではないと、少しは分かっただろう)
「そんな、ジェレド……私達は……三人で……」
「エレツィア……許してくれ。俺は、そんなつもりじゃ……」
もはや、打ちひしがれている二人に、吐く言葉も割く時間も無意味。
懐から、ロイが屋敷のお別れのためにと用意した贈り物を残し、二人へ背を向ける。
「帰ります。裁判は諦めてくださいね。できる状況じゃないと分かったでしょうけど」
「エレツィア……すまなかった」
「っ……直にミアナさんを拘束するために騎士団が来ます。お覚悟を」
貴方は最後まで、謝罪だけの人だった。
この五年、私とロイは成長できた。でも貴方は結婚式を挙げた次の日から何も変わらないまま。
だからこそ……幸せになれなかったのよ。
「行きましょう。アウルム」
「あぁ……大丈夫か?」
「…………えぇ。大丈夫」
ねぇジェレド……私は、一度だけ。
結婚式を挙げたあの日だけは、本気で貴方を好きになれると思ったよ。
でも、それを潰したのは貴方自身。
『エレツィア、これから……君を幸せにすると誓うよ』
誓いの言葉を叶えてくれる選択をする日を……ずっと。
ずっと。待ってた。
彼が……求めて焦がれた幸せには、もう手は届かない。
望んだ幸せは……彼自身が手放したのだから。
「言っておきますが、産まれたばかりの赤子を遺棄する事は裁かれるべき事案です。知らないのですか?」
「あ……え……その」
「もう、貴方の住所も……経歴も調べ尽くしております。この事は、すでに騎士団へ報告を済ませておりますので」
「う、うそ……そんな」
「自身の罪すら償わず、貴方は母親になろうというの?」
「ち……違う。違うの。わ、私は……私はジェレドともう一度、一緒になるために……」
うろたえ、焦る彼女の襟首に手をかけて。
私は睨みつける。
「たとえ、どのような理由があろうと。貴方がロイを放棄した事実に変わりはない。ジェレドに振り向いてもらうため? それとも私達を離縁させるため? どのような理由かなんて知らない。だけど……万が一にもロイが亡くなっていた可能性があった事を、貴方は考えなかったの?」
「あ……わ、私は……そんなつもりじゃ」
「あの日は、寒くなってきた時期。ジェレドが見つけなければ? ロイを置いていく選択をして……数日、誰にも見つからなければ、あの子はどうなっていたか。考えたの!?」
「わ、私。そんな……」
「…ロイは貴方達の恋情を繋ぐ道具でも、幸せにしてくれる存在でもないの……あの子を幸せにしてあげる事が、最も優先すべきこと」
「……だ、だって。私は……私の子で、ジェレドと三人で、暮らしたくて」
「あの子を捨てて去ったその日から、貴方は……自分でその幸せを捨てたの」
ようやく罪の実感がわいてきたのか。瞳を潤ませる彼女に情けなんて必要ない。
ロイを命の危機に晒しておきながら、いまだに道具のように扱う人を……絶対に許すつもりなんてない。
「遺棄した際、五年は牢の中。その間にロイは十歳となり、親権はあの子の意志が尊重される歳になる。だから……諦めなさい」
「あ……あぁぁぁ」
べたりと、座り込んだミアナから視線を外し。呆然と立ち尽くすジェレドを見つめる。
彼はビクリと肩を震わせた。
「ジェレド、貴方にもこの五年分の罪を償ってもらうわ」
「エ、エレツィア……」
「アウルム。お願いします」
事の一部始終を見ていたアウルムへ声をかけると、彼は待ってましたとばかりに懐から紙を取り出してジェレドへと手渡す。それを見た彼は、血相を変えていく。
「不貞による慰謝料に加え、子供への虐待行為、夫婦間の暴力、性行為の強要。これらすべての和解金として一億ギルを請求する。拒否するなら、こちらも法廷で争ってもいい」
「い、一億ギル……そんな、通るわけが……」
「通す。俺の伝手、出来る手段を全て使ってでも……」
アウルムはジェレドの胸を掴み、鋭い視線のまま。淡々と言葉を告げていく。
「エレツィアは、この五年を苦しんで、泣きながらも耐えてきた。それを最も近くで見て来たお前が、どうして苦しめる選択を選ぶ。その考え方を、心の底から軽蔑する」
「あ……あぁ……俺は。そんなつもりじゃなかったんだ。ただ、幸せな家庭を……」
「それを捨てたのは、そこの女と同様。お前自身だ」
とどめの言葉に、膝から崩れ落ちたジェレド。
どれだけあがいても、ロイを巡って争う事など出来ないと分かったのだろう。
ほろりと涙を流しているけれど、同情などせずに私は声をかけた。
「ジェレド……まだお聞かせしたい事が」
「な、なにがあるんだ。お願いだ。冷静になる時間をくれないか?」
もちろん、そんな時間は与えない。
ロイを近くで見てきて最後まであの子を考えぬ選択をした彼を……絶対に許さない。
「貴方の行為はすでに社交会で広めております。ローレシア家の評判は地に落ち、貴方の父は責任逃れのため、勘当も考えているかもしれませんね」
まぁ、たとえジェレドを勘当したとてローレシア家が犯してしまった過ちは社交会に広く知れ渡った。
失った信頼を取り戻すのは不可能に近いだろう。
「な……」
私の発言を受けて、さめざめと泣いてジェレドへと縋っていたミアナは血相を変えていく。
頼みの綱であるジェレドの立場を知り、絶望を顔に見せた。
唯一、ジェレドの取り柄でもあった貴族家の息子という立場さえ、崩れ落ちたのだから。
(恋愛感情でどうにかできる問題ではないと、少しは分かっただろう)
「そんな、ジェレド……私達は……三人で……」
「エレツィア……許してくれ。俺は、そんなつもりじゃ……」
もはや、打ちひしがれている二人に、吐く言葉も割く時間も無意味。
懐から、ロイが屋敷のお別れのためにと用意した贈り物を残し、二人へ背を向ける。
「帰ります。裁判は諦めてくださいね。できる状況じゃないと分かったでしょうけど」
「エレツィア……すまなかった」
「っ……直にミアナさんを拘束するために騎士団が来ます。お覚悟を」
貴方は最後まで、謝罪だけの人だった。
この五年、私とロイは成長できた。でも貴方は結婚式を挙げた次の日から何も変わらないまま。
だからこそ……幸せになれなかったのよ。
「行きましょう。アウルム」
「あぁ……大丈夫か?」
「…………えぇ。大丈夫」
ねぇジェレド……私は、一度だけ。
結婚式を挙げたあの日だけは、本気で貴方を好きになれると思ったよ。
でも、それを潰したのは貴方自身。
『エレツィア、これから……君を幸せにすると誓うよ』
誓いの言葉を叶えてくれる選択をする日を……ずっと。
ずっと。待ってた。
彼が……求めて焦がれた幸せには、もう手は届かない。
望んだ幸せは……彼自身が手放したのだから。
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