【完結】旦那様の愛人の子供は、私の愛し子です

なか

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38話

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 ロイと共に帰ってきた、私の実家でもあるカルヴァート本邸。
 応接間にやって来た人物を見て、ロイは目を輝かせた。

「あうるむ。きょーもきてくれたの!?」

「あぁ、通りかかったからな」

 駆け寄ったロイの頭を撫でるアウルムへ、私は疑いにも似た視線を送る。それに気づいた彼は、少し目線を逸らした。

「なんだ?」

「いえ、通りかかったにしては……毎日来てくれますね」

「……」

 いつもなら自信満々なのに、照れたように視線を逸らし続けたままの彼に思わず微笑んでしまう。
 そんな彼に抱く感情は、日に日に大きくなっているけれど、未だにそれを言葉にできないのは私が意気地ないからだろう。

「あうるむ、今日もあそぼ~」

「おぉ、いいぞ。何がしたい」

 和気あいあいとする二人を見て、私もその輪に混ざる。
 カルヴァート邸に住む事を父は意外にもあっさりと引き受けてくれた。理由は私の立ち上げた事業が好調な事と、姉の説得。何よりもアウルムの存在が大きかっただろう。
 父にとって、多少のトラブルを抱えてもアウルムと関係を持つ事が重要だと考えての事。

 だったはずなのだけど。

「ロイ坊。今日はおじーちゃんと遊ぶはずだっただろ!」

 そう言って応接間に入ってきたのは、他でもない父であった。
 言動で分かるように、ロイの可愛さの虜になったのはどうやら私だけではなかったようだ。

「おじーちゃんとは、よるあそべるから。きょーはあうるむと遊びたい!」

「ロイがそう言っておられますよ。諦めてください」

「アウルム殿。私の孫を丁重に扱ってくださいよ」

 ルリアンお姉様にも子供は二人いるのだけど、お姉様の嫁ぎ先のテルモンド家からこの家は悪路続きで、馬車の揺れが身体を痛めさせるらしく。頻繫に幼い子供を連れて来るのは難しいらしい。
 孫との交流に乏しかった父の元へやって来たロイ。その可愛さに惹かれたのは必然だっただろう。

「じゃあ。きょーはあうるむと、おかあさんと三人でお絵かきしたい」

 ニコリと笑うロイに、私達も微笑みと共に遊びに付き合う。
 画材を取り出し、アウルムの膝の上にチョコンと座り。ロイはクレヨンを走らせた。
 それを見つめていると……父が隣で呟いた。

「すまなかったな。エレツィア……お前が苦労してきたのに、手伝ってやれなかった」

「お父様……いえ。当主の身であれば、仕方がない事だったと理解しております」

「可愛い子だ。お前が必死に戦っていたのも分かる。どうか、今度こそ何かあれば手伝わせてほしい。身勝手な父ですまない」

 父なりに、私に対して罪悪感があったのだろう。しかし私は責める気はない。
 こうして……ロイを私の子だと認めてくれていれば、それで充分だから。

「あら、楽しんでるわね~」

 応接間の扉が再び開くと、ルリアンお姉様が笑みと共にやって来ていた。
 一人だけの様子を見るに私の様子を見に来てくれたのだろう。ロイもお姉様を見て微笑む。

「こんにちはロイ君。今日も元気ね」

「うん! おねえさんが来てくれたから。ロイうれしい」

「っ、エレツィア……この子連れて帰るわね」

「ダメですよ」

 冗談か本気なのか分からぬお姉様の言葉に苦笑しつつ、私達は談笑と共に時間を過ごしていく。
 手に入れた平穏な生活と幸せ、ロイの母親である実感が胸を満たしていた。


 しかし……



「エレツィア様。マルク様がお会いしたいと来客です。お通ししても?」

 応接間を訪れたカレンに、私は頷く。
 マルクも頻繫にロイに会いに来てくれているので、来客はそれほど珍しい訳ではない。そう思っていのだけど。

「エレツィアさん。ジェレドさんについて報告があります」
 
 神妙な表情で開口一番にそう言ったマルクを見て、私達は息をのむ。
 話の内容を気遣ってなのかマルクに頼まれたためか分からぬが、カレンがロイを別室に連れて行ってくれた。  

「やはり、ジェレドさんは……ミアナという女性と接触しました」

 その言葉に、姉はクスリと笑った。

「やっぱり、エレツィアの言う通りだったわね」

「えぇ。会った時にこうなると思いました」

 リエスを断罪するために私と姉達は社交会へと出たが、あれは目的の一つに過ぎない。真の目的はかつてジェレドと愛し合っていたミアナに私達の現状を認知させる事だった。
 だからわざわざ居場所を調べ、就職先までアウルムに頼んで調べてもらったのだ。

 ロイの血縁関係を持ちながら雲隠れしたミアナ。
 もし……万が一にもジェレドがロイへ向ける視線が変わるとすれば、彼女しかいない。
 そのため、調べておきたかったのだ。私とジェレドの現状を知ってもなお、雲隠れしたままでいてくれるのかを。
 
 結果として、彼女はジェレドに接触した。
 彼の屋敷に残って仕える家令や使用人達によって報告をもらっており、こうなる事は察していたが。

 一番知りたい事を、マルクへと問いかけた。

「ジェレドの動向は分かりますか?」

「それが……僕も驚いたのですが、ミアナという女性を屋敷へ招き、ロイ君への親権を巡り。いまだ話し合っているようです」

「っ!!」

 正直に言えば、意外だった。
 この五年、私は彼に苦しめられてきた。だからこそ、最後の判断でさえも間違えると思っていた。
 しかし……まだ迷っているというなら……本当に最後の良心だけは、彼に残っているのかもしれない。

「でも、安心は出来ません。ミアナという女性は一人で裁判をしてでもロイ君を取り戻すと言っているようで、ジェレドさんは揺らいでいます」

「裁判となっても、すでにエレツィアにはローレシア家との経済格差を埋める蓄えがある。諸侯貴族からの信頼も厚い。争って負ける状況ではないがな」

 頬にロイに書き込まれたラクガキがある状況で自信満々に笑っているアウルムの呟きにくすりと笑みがこぼれた。
 可愛い人だ、と楽観的に考えるのは……この数年、ロイの親権を得るために私達は動いてきたおかげだ。

 どれだけ準備をしてきたと思っているのか。
 たとえ彼らと法廷で争っても、負ける可能性なんてない。

 だけど。

「法廷で争う気はないわ。ただ粛々と、彼らにはロイを諦めてもらうだけです」

 私の言葉に、周囲は頷く。
 私は決して性格が良い訳ではない。

 だからこの五年、苦しんだ日々を許せる程に甘い決断をするつもりはなかった。
 良心が少し残るジェレドにも、ロイを残し去ったミアナという女性にも。

 遠慮はしない。ロイを奪おうと思う気を無くす程の状況に追い込むだけだ。
 この五年あがいてきた私が積み上げた成果で、徹底的に制裁を与えてみせよう。
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