【完結】旦那様の愛人の子供は、私の愛し子です

なか

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ほどけぬ糸⑨

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 エレツィアは実家であるカルヴァート本邸へロイを連れて去り、家財についても徐々に運び出されている。
 日が経つにつれて、屋敷からエレツィア達が住んでいた痕跡が消えていくことに、若干の寂しさを感じた。

 孤独だと思うのは、彼女が去ってからすぐに家人の半数以上が辞職を申し出た事もあるだろう。エレツィアのためにと働いてくれていた彼らは、俺の世話などしたくないと去ってしまう。まぁ、当然の判断だ。

 ロイを諦める事について父は猛反対していたが、懸命に説得をしたおかげか……それともエレツィアが持つ貴族社会での影響力を恐れてか、最後には首を縦へ振った。
 そうして、一ヶ月が経つ頃には彼女達が住んでいた痕跡は跡形もなく消えて。少数の家人とのみ暮らす屋敷となった。
 夜に一人で過ごす時間となれば、人の影もなく恐怖と孤独が常に襲ってくる。
 しかしこれも、俺が犯した罪の代償だ。

「旦那様、お手紙です」

 とある朝、家令が一通の手紙を渡してくれた。差出人はエレツィアの名。
 有り得るはずもないのに、一抹の希望を抱いて封を切る。当然、俺にとって嬉しい報告のはずがなく。
 俺が支払うべき謝罪金、そして不倫による慰謝料の請求だった。

「……」

 思わず涙が出てしまう。彼女が書く文は冷たく他人行儀で。
 結婚式の時に見た彼女の笑みと照らしてしまうのだ。あの笑顔を奪い、こうして冷たい態度をとらせたのは他でもない俺自身なのに。
 何度悔いても叶わない幸せを……未練がましく考えてしまう。

「旦那様、それと……もう一通、屋敷の前に見知らぬ手紙がありました。宛先は旦那様なのですが、差出人が不明で……」

 家令が机の上に置いたもう一通の手紙。俺は涙を拭いつつ、その手紙を開いた。
 そして中身を読みながら、目を見開く。

「どうか、いたしましたか?」

「なんでもない。少し……外に出る」

 尋ねた家令へ曖昧な返事をしつつ、俺は手紙を握りしめながら外へと向かう。
 その手紙に書かれた、とある場所へと向かうために。



   ◇◇◇



 馬車を乗り継ぎ辿り着いたのは、とある町外れにある家屋。
 見知らぬ場所だが、送られていた手紙に書かれていた住所である事に間違いはない。

 古ぼけて、ボロボロの扉を数回ノックする。
 聞こえたのは、忘れもしない……彼女の声。

「ジ……ジェ、レド?」

「……ミアナ」

 かつて、愛していた女性。ロイの実母でもあるミアナの声。
 聞き間違えるはずもない、記憶と変わらぬ繊細で美しい声色に、俺は扉を開いた。
 見間違うはずもない、薄紅色の唇。サファイアのような蒼色の瞳は……俺を見つめて潤んでいる。
 その美貌と、変わらぬ様子に。思わず手を差し出して彼女を抱きしめた。

「ミアナ、今まで……どこにいたんだ」

「ごめんなさい、ごめん。貴方から別れを告げられるのが怖くて……ごめんなさい」

「謝罪はいい。また会えてよかった。だけど、どうして急に手紙なんて」

「……私と、貴方の子。……あの子は、貴方の傍にいるの?」

 ミアナから問われた言葉に、伏し目がちに首を横に振る。
 彼女の表情も、みるみるうちに青ざめていくのが分かった。

「私……ずっとあの子を残してしまった事を後悔していたの。でも、引き返した時には……貴方が連れて行った後だった」

「……ミアナ。なら、なぜ引き取りに来なかった?」

「ごめんなさい。…………貴方が連れて行ってくれて安心していたの。私と愛し合った証が、貴方の元に残るのなら。それでもいいと」

 彼女の言葉に、俺は何も言えなかった。
 それだけ、彼女が俺を愛してくれていたのだろう。

「でも」、と。彼女は言葉を続けた。

「この前、お手伝いさせてもらった社交会で見たのよ。貴方と同じ、深紅の瞳を持った子共と一緒にいた女性を……一目で分かった。私の子で、貴方の結婚相手だって」

「……」

「そして、見てしまったの。貴方の婚約者が、薬指に指輪をはめていない姿を」

「だからって、今さら何を伝えに来たんだミアナ。何が言いたい?」
 
 俺の問いかけに、彼女は一呼吸を置いて答えた。

「私達、やり直せないかな?」

「な……にを」

「だって、貴方はもう結婚していないじゃない。なら、私と一緒になっても問題ないでしょう?」

「待ってくれ、少し考えさせてくれ。突然の事ばかりで、考えがまとまらない」

 思考を落ち着かせる時間を求めても、彼女は矢継ぎ早に言葉を止めない。
 
「ねぇ。貴方と……あの子、私達三人で幸せになれない? 今からでも」

「待て、ミアナ。落ち着け……親権はエレツィアにある。もうあの子は俺たちの子じゃないんだ」

「そんなはずがない! だって……あの子は私達と血が繋がっているのよ? 血縁じゃない元婚約者なんて、誰も認めないわ」

「違う、ミアナ。エレツィアは……ロイの母親だ」

「貴方はもう……諦めたの? 私、ずっと望んでた。貴方と、あの子で一緒に過ごす未来を」

 その言葉に、思わず考えてしまう。愛していたミアナと、ロイ。三人で過ごす日々を。
 もう手元には何も残っていないと悲泣する人生か、血のつながりを持つ家族で共に過ごすのか……

「ねぇ。ジェレド……お願い。もう貴方を縛るしがらみはないでしょ? 一緒に、失った時間を取り戻そう? 私、貴方と家族になりたい」

「ミ……アナ」

 彼女が望むのは、俺が諦めていた夢。
 

 俺の……答えは。
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