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37話
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「な……なんの用ですか? エレツィアさん」
一呼吸おき、白々しく平静を装うリエスだったけど。その視線は集点が合わずに泳いでいる。
傍らに立っている彼女の新しい婚約者も、私の言葉とリエスの不審な挙動に眉を潜めて見ていた。
私は気にせずに彼女の問いに答える。
「だから、言いましたよ。ジェレドとの件について、お話があります」
「っ!!」
「なんの事だいリエス。ジェレドって、エレツィアさんの夫だろ?」
血相を変え、リエスは私の手首を掴んだ。
「す、少しエレツィアさんと話してくるわ」
「どうしました? ここで話せば良いじゃありませんか」
リエスみるみるうちに顔を青ざめさせて、身体を震わせていく。
同情はない、私は彼女が焦る以上の苦難を押し付けられたのだから。
「ジェレドと別れれば、全て解決すると思いました? あの人と不倫していた代償から逃れられると?」
「リエス!? ど、どういうことだ!?」
リエスの婚約者が焦る様子を見るに、彼へ何も話していないのだろう。
まぁ、他人の夫と不倫していたなどと公に話す女性もいないけど……
話していないのなら好都合だ、私も理不尽に彼女の母性本能を満たす騒ぎに巻き込まれたのだ。彼女の婚約者もこの話に巻き込んでしまおう。
「あら、聞いておりませんか? リエスは私の夫と不倫関係だったのです。再婚を望んでおられましたよね?」
「そんなはずがない、そうだろリエス。僕が初恋だと言っていたじゃないか」
大それた虚言を吐くものだ。
見逃すと思ったのだろうか、私とロイの平穏を奪った代償は払ってもらおう。
「実は、貴方達の不倫を証明する邸がまだ残っているのですよ。当時の使用人達の証言も集まっております」
「っ!?」
アウルムから譲り受けた邸。権利を持っているだけでは腐らせるだけ、ならば現金に変えるのが得策だろう。
「こちらを、ジェレドと貴方で折半にて買い取っていただく。それを慰謝料とさせてください」
「そんな……わ、私は関係な––」
関係ない、そんな戯言を吐こうとした彼女の手をギュッと握りつつ。ありったけの怨嗟を込める。痛みに顔をしかめる彼女へと笑顔を向けると、怯えた表情を見せてくれた。
「関係ない貴方のせいで、こちらは多くの苦労をする事になりました。今さら逃げるなど許されませんよ? 安心してください、貴方が払うのは屋敷の四割で済むでしょうから」
「あ……あぁぁ」
「リエス、話を聞かせてくれ! どういうことだ? 俺に何か隠しているのか!」
「ち、違うの! 私は本当に……貴方を愛して––」
「お二人とも、ここは公爵家の方が主催する会です。どうぞ、爛れたお話は外でお願いします」
私の言葉で、声を荒げた二人は集まっている視線に気付いたのだろう。
話を聞いていた夫人達は、懐疑的な視線をリエスへと注ぐ。たまらず、会場の外へと走り出した彼女を婚約者は追いかけていく。
もはや、彼女は社交会に参加できぬ程の噂が立つだろう。人の夫に手を出す女性を、会へ参加させる許可を出す夫人がいるはずもない。
何も知らなかった婚約者の男性は気の毒だが、婚約をしていたのだ。リエスが有責で謝罪金は受け取る事ができるだろう。
リエスには同情等するはずがない。ロイは彼女の母性を満たす道具にされかけたのだ、そして私も多大な悲痛を味わった。ジェレドと共にこれから許されぬ非難を受けてもらわねば気が済まない。
「だ、大丈夫? エレツィアさん」
「さっきのお話……本当? 私、貴方のためなら味方になるからいつでも言ってちょうだいね」
夫人達は味方を申し出るように、一様に慰めの言葉をくれた。
有り難い提案にお礼をしつつ、夫人達へ会釈して姉の元へと戻った。
「終わった? エレツィア」
「えぇ、ロイを見てくれてありがとうございます。お姉様」
「おかあさん! ロイね、大人しくまってたよ。えらい?」
「えらいよ。ロイ……私の子で居てくれて、ありがとうね」
ギュッと抱きしめると、ロイは微笑みつつ私の頬にキスをくれた。
そのいじらしさ、可愛いらしさに悶絶してしまいそうだ。この子の前では平静を装う事が難しい。
「それで、元旦那のあいつにも制裁を与えてやる予定なのよね?」
「そうですね……」
しおらしく俯いていた彼の姿を思い浮かべる。
だが、やはりというべきか。私には同情の気持ちが微塵もなかった。今までされた事を許せる訳ではないから。
「リエスと同じく、同情をするつもりはありません」
「それでいいのよ。その権利が貴方にはあるんだから」
姉の肯定を受けつつ、ふと先程グラスを落としていた給仕を見つめる。
視線が合えば、焦った様子を見せて会場から出て行く給仕に、思わず笑みがこぼれてしまう。
ロイは……絶対に渡さない。
一呼吸おき、白々しく平静を装うリエスだったけど。その視線は集点が合わずに泳いでいる。
傍らに立っている彼女の新しい婚約者も、私の言葉とリエスの不審な挙動に眉を潜めて見ていた。
私は気にせずに彼女の問いに答える。
「だから、言いましたよ。ジェレドとの件について、お話があります」
「っ!!」
「なんの事だいリエス。ジェレドって、エレツィアさんの夫だろ?」
血相を変え、リエスは私の手首を掴んだ。
「す、少しエレツィアさんと話してくるわ」
「どうしました? ここで話せば良いじゃありませんか」
リエスみるみるうちに顔を青ざめさせて、身体を震わせていく。
同情はない、私は彼女が焦る以上の苦難を押し付けられたのだから。
「ジェレドと別れれば、全て解決すると思いました? あの人と不倫していた代償から逃れられると?」
「リエス!? ど、どういうことだ!?」
リエスの婚約者が焦る様子を見るに、彼へ何も話していないのだろう。
まぁ、他人の夫と不倫していたなどと公に話す女性もいないけど……
話していないのなら好都合だ、私も理不尽に彼女の母性本能を満たす騒ぎに巻き込まれたのだ。彼女の婚約者もこの話に巻き込んでしまおう。
「あら、聞いておりませんか? リエスは私の夫と不倫関係だったのです。再婚を望んでおられましたよね?」
「そんなはずがない、そうだろリエス。僕が初恋だと言っていたじゃないか」
大それた虚言を吐くものだ。
見逃すと思ったのだろうか、私とロイの平穏を奪った代償は払ってもらおう。
「実は、貴方達の不倫を証明する邸がまだ残っているのですよ。当時の使用人達の証言も集まっております」
「っ!?」
アウルムから譲り受けた邸。権利を持っているだけでは腐らせるだけ、ならば現金に変えるのが得策だろう。
「こちらを、ジェレドと貴方で折半にて買い取っていただく。それを慰謝料とさせてください」
「そんな……わ、私は関係な––」
関係ない、そんな戯言を吐こうとした彼女の手をギュッと握りつつ。ありったけの怨嗟を込める。痛みに顔をしかめる彼女へと笑顔を向けると、怯えた表情を見せてくれた。
「関係ない貴方のせいで、こちらは多くの苦労をする事になりました。今さら逃げるなど許されませんよ? 安心してください、貴方が払うのは屋敷の四割で済むでしょうから」
「あ……あぁぁ」
「リエス、話を聞かせてくれ! どういうことだ? 俺に何か隠しているのか!」
「ち、違うの! 私は本当に……貴方を愛して––」
「お二人とも、ここは公爵家の方が主催する会です。どうぞ、爛れたお話は外でお願いします」
私の言葉で、声を荒げた二人は集まっている視線に気付いたのだろう。
話を聞いていた夫人達は、懐疑的な視線をリエスへと注ぐ。たまらず、会場の外へと走り出した彼女を婚約者は追いかけていく。
もはや、彼女は社交会に参加できぬ程の噂が立つだろう。人の夫に手を出す女性を、会へ参加させる許可を出す夫人がいるはずもない。
何も知らなかった婚約者の男性は気の毒だが、婚約をしていたのだ。リエスが有責で謝罪金は受け取る事ができるだろう。
リエスには同情等するはずがない。ロイは彼女の母性を満たす道具にされかけたのだ、そして私も多大な悲痛を味わった。ジェレドと共にこれから許されぬ非難を受けてもらわねば気が済まない。
「だ、大丈夫? エレツィアさん」
「さっきのお話……本当? 私、貴方のためなら味方になるからいつでも言ってちょうだいね」
夫人達は味方を申し出るように、一様に慰めの言葉をくれた。
有り難い提案にお礼をしつつ、夫人達へ会釈して姉の元へと戻った。
「終わった? エレツィア」
「えぇ、ロイを見てくれてありがとうございます。お姉様」
「おかあさん! ロイね、大人しくまってたよ。えらい?」
「えらいよ。ロイ……私の子で居てくれて、ありがとうね」
ギュッと抱きしめると、ロイは微笑みつつ私の頬にキスをくれた。
そのいじらしさ、可愛いらしさに悶絶してしまいそうだ。この子の前では平静を装う事が難しい。
「それで、元旦那のあいつにも制裁を与えてやる予定なのよね?」
「そうですね……」
しおらしく俯いていた彼の姿を思い浮かべる。
だが、やはりというべきか。私には同情の気持ちが微塵もなかった。今までされた事を許せる訳ではないから。
「リエスと同じく、同情をするつもりはありません」
「それでいいのよ。その権利が貴方にはあるんだから」
姉の肯定を受けつつ、ふと先程グラスを落としていた給仕を見つめる。
視線が合えば、焦った様子を見せて会場から出て行く給仕に、思わず笑みがこぼれてしまう。
ロイは……絶対に渡さない。
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