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34話

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 あれから、ジェレドはアウルムの脅しが効いたのか分からぬが、彼の父の元へ会いに行く機会が増えていた。
 余程アウルムを敵に回すような行為は控えたいのだろう。私に対しても愛を囁いてくるだけにとどまり、無理強いを強いるような事は無くなった。
 
 それでも……彼から聞く「愛している」という言葉に、嫌悪は抱けど琴線は響く事は無い。
 されたこと、今までの行為の数々を許せるほどに私は寛容な人間ではない。心が狭いと責められようとも、ジェレドに対して拒絶が勝るのだから。仕方ない事だ。

 しかし、どうやらアウルムが言っていた暴動とはあながちウソではないようで。
 フローレンス家に不信を抱く民達への対応のため、彼が屋敷にいる日々はめっきり減った。



 対照的に、アウルムが私の元へ訪れてくれる機会は格段に増えた。
 今日も、彼は膝にロイを乗せて私が作るハンバーグを待っている。

「あうるう、きょーも来てくれて、ろいうれしい」

「そうか。ならこれからも毎日来てやる」

「ほーと? ろい。あうるうすきだよ」

「…………俺もだ」

 少し恥ずかしかったのか、照れたように視線を逸らすアウルムを私は厨房からニヤニヤと見つめてしまう。

「なんだ?」

「いえ、もう少しでハンバーグができますよ」

「やたー!」

「おい、危ないぞ」

 膝の上で喜ぶロイの身体を支えつつ、アウルムの頬には笑みが浮かんでいるのが見えた。
 その光景を微笑ましく見つめながらハンバーグを机に置いていくと、ロイもアウルムもそろったように瞳を輝かせて見つめるのだ。そんな二人が可愛いと思ってしまう。

「さぁ、いただきますしましょう」

「うん! いららきます! おかしゃん、あうるう」

「いただく……ありがとう、エレツィア」

 三人で過ごす食卓、ジェレドの不在が多くなり。こうして集まる日が今はなによりも待ち遠しい。
 そんな日々が、私の心に平穏をくれて。幾日が過ぎた。


「おかさん、おいぬさん。これ、おうまさん」

「そうよ、ロイ。上手よ! おかあさんにも絵を描いて」

 ロイは最近はお絵かきにご執心のようで、紙を持ち出してはクレヨンを気の向くままに走らせる。
 もう三歳となったロイが描く動物は、独創的で可愛らしい。大人には描けない自由なデザインというのだろうか。

「……これは、おかしゃん!」

「っ……ロイ」

 ロイが描いてくれた私の似顔絵はニコニコと笑っていた。様々な出来事があったが、ロイが思い描く私が笑顔である事を、自己満足ではあるが誇らしく思う。

(ロイの前で、笑っていられた証……よね)

 漏れ出る微笑みのまま、ロイが描いた私の似顔絵は額縁に飾らせてもらった。これを見ればやる気が沸くから。



 事業も好調に進み始めている。
 アウルムが手に入れてくれた元はローレシア家の土地。そこに幾つかの工房を作り、裁縫の技術の高い人材を雇って洋服を作る流れを築いたのだ。
 工房には定期的にアウルムが連れて行ってくれて、ロイと共に向かう事が日常となっている。
 それを見るジェレドは何か言いたげな視線を向けたが、事業の邪魔立てをするなとドルトン様からも釘を刺されているのだろう、何か言ってくることはなかった。

「おかしゃん! あうるうとあそんでくる~」

「ええ、楽しんできてね。ロイ」

「お、おい。俺は今日はゆっくりと––––」

 工房に来る際は、アウルムが商談の予定なども無い日だ。それをロイも分かっているのか、アウルムと遊べると分かって嬉々として彼の手を引く。口では拒否しつつも、何処か嬉しそうにアウルムはロイと遊ぶことを許容するのだ。
 最近は、アウルムの膝に座り、絵本を読んでもらう事がロイの楽しみのようだ。

 私はこの際に、工房の従業員達に洋服の製法や、完成品の確認。
 そして当然ながら私自身も洋服の製作に取り組む。

「エレツィア様の縫い目、とても丁寧で綺麗ですね。なのに作業も早いのは凄いです」

「そんな……皆が支えてくれたおかげです」

 品質は落とさぬように最後の確認や仕上げは私が担当しており、私自身も夜中まで洋服作りに励んでいるおかげか。刺繡や、裁縫の技術は本職の方々に褒めてもらえるまでになっていた。
 洋服の製作はかなり順調に進み、売れ行きも右肩上がりが続いている。

 悩みはあるが、アウルムのおかげで平穏な生活が過ごす事が出来ていた。
 

 そして。

 
 ロイは……五歳となった。


   ◇◇◇


 太陽の照りがカーテンの隙間から差し込む中、応接間に案内したアウルムに私は微笑みを向ける。

「アウルム、貴方の協力もあり……この二年間で千着を超える洋服を販売できました。ありがとうございます」

 謝意の言葉に、アウルムは首を横に振りながら。讃えるような拍手を私へと向けた。
 その瞳は心から喜びを感じているように、笑みで細められている。

「君の成果だ、誇ってもいい……良くやってくれた。まさか洋服だけでなく、ロイが描いた動物の刺繡をいれたハンカチまで販売するとは、すさまじい売れ行きだぞ」

 呟きつつ、彼は懐から紙を取り出す。記載されているのは、数字の羅列だった。

「君に頼まれて、こちらで貯め込んでいた売上だ。目を通してくれ」

 ローレシア家に事業の好調具合を隠すため。私は売上のほとんどをアウルムへと託していた。そのおかげか、ドルトン様の干渉も少なく済んでいた。
 人件費、材料費、諸々の費用を引いた売上が記されている紙を手に取る。

 目標だった額は、一億ギル。
 私の手元にあるのは千万ギル。

 そして、隠していた売上の額が……





「六千万……」

 その額を見て、手元から力が抜けていくのを感じた。
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