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33話
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「そ、それは……本当なのか? アウルム殿!」
抱き止められていた腕は赤くなり、未だにひりつく痛みが襲う。
しかし、目を見開き、恐怖しているという言葉がよく似合うジェレドの姿に少しだけ溜飲が下がる。
「真偽は不明だが、俺が市場を調査させている者からの報告だ」
「っ……とにかく、アウルム殿はすぐに屋敷から出て行ってくれ。俺は父に本件の報告へと向かう」
帰って来て早々、私とのひと悶着を繰り広げたジェレドは踵を返すように再び玄関へと足早に向かった。
自身の命すら危うい話が舞い込んできたのだ、恋情云々を繰り広げる余裕がないのかもしれない。
とはいえ、助かったのは事実だ。
「ありがとう、アウルム」
「……」
謝意を示した私だったけど、彼は沈黙していた。金眼がすっと動き、私へと視線を移す。
無表情のまま、思考の読めぬ彼に思わず半身を引くと、驚くほど軽やかに彼は私の腕を取った。
「痛むか?」
ジェレドに強く握られ、赤くなった腕。それを見た彼の一言。
私は、叩きつけるような鼓動を抑えるように首を横に振った。
「だ、大丈夫。ありがとう。アウルム」
「本当は、他家の家事情に関わるつもりはなかったんだがな」
呟くアウルムの、私の腕を撫でる手先は、まるで宝石を扱うように甲斐甲斐しくて、その優しさに心が破裂しそうな感情が溢れて顔が熱い。
それでも、彼が発した言葉の真意が聞きたくて。私は火照った顔と震える声で尋ねる。
「なら……どうして、助けてくれたの?」
「わからん」
短く答える彼に私自身も何を返せばいいのか分からず、少しの沈黙が流れる。
しかし、それを解いたのはアウルムだった。
「だが、君がジェレドに抱きしめられる姿を見て。むしゃくしゃした」
その言葉に……彼が動いた真意が読み解けていく。
私の火照った顔が、さらに熱を帯びていくのを感じた。
「不思議だな。金以外に大して興味がないと思っていたが、君と一緒だとそうも言えない感情を抱く俺がいる」
鼓動が止まらない。塞ぎこんだ視線が上げられないのに。
続く彼の言葉が私の心臓にさらに負荷をかけてくるのだ。
「そ……れは……ど、どういった……感情です、か」
かすれるような声しか出ない、自分でも情けない程に意識してしまっており。恥ずかしさと混乱が混ざった感情が、冷静な思考に戻してはくれない。
「分からない……が」
ふわりと、腕を引かれて。彼の顔が近くなる。
火照った顔が恥ずかしくて、顔を手で隠すけど。彼の手が私の手をほどいて視線を合わせてくるのだ。
「心地よい感情……とは思う。というか、どうしてそんなに顔が赤い」
「だ、誰のせいですか……」
「俺のせいではないだろう。ちなみに助けた費用は今回は特別に無償にしておいてやる」
いつも通りの軽い口調に戻る彼に、寂しさと共に私自身も自然と笑みがこぼれた。
こうやって、私の事情を知ってもなお態度と考えを変えない彼には感謝をしたい。変わらずに接してくれる人がいるというのは、心が安らぐものだから。
「では、そろそろ失礼する。ジェレド殿に吐いたウソがばれては、居心地が悪いからな」
「う、ウソだったのですか?」
「当然だろう? 市場調査させている者などいるはずがない、俺は自分で見聞きした事しか信用しないからな。まぁ、ジェレド殿が言葉を直ぐに信じるような道化で助かった。これで暫くは対策に追われるさ」
あまりに大胆なウソを吐くものだ。だが、あながちウソとも言えない所もある。
ジェレドにとって、アウルムが吐いたウソを信じて行動する事は、悪い事ではないだろう。
しかし、そこまでして私を救ってくれた彼には、やはり感謝しかない。
「本当に……感謝しかありませんよ。アウルム」
「これからは俺が毎日来るようにする。だが本当に困った時は、ロイを連れて俺の元に来い。わかったな」
「良い……のですか?」
尋ねた言葉に、彼は頬に笑みを浮かべて頷いた。
「俺は君とロイと三人で過ごした日々をまた送りたい。この先もずっとな」
ずっと……
何気ないような、言葉なのに。込められた意味に心地よい鼓動が鳴る。
「では、またな。洋服の件、頼んだぞ」
「ありがとう……」
去っていく彼の背に、見えなくとも頭を下げる。今回だけでない、彼には救われてばかりだ。
ロイのために始めた事業、今はジェレドのためにも……大きく躍進させていきたい。
「おかしゃん……あうるう、帰ったの?」
「ロイ、帰っちゃったよ」
「うー」
眠りから覚めたのか、目をこすりながらやって来たロイを抱き上げる。
可愛く、慈しみしか感じないこの子の幸せのため、そして自分自身の幸せのためにも。私はジェレドに屈しはしない。
「ご飯にしようね、ロイ。何が食べたい」
「ろいね~しとぅーがいい」
くよくよと答えの出ない問答で悩むような、らしくない事はやめよう。
ロイが見せてくれる微笑みで、胸にあふれる幸せ。これを手離さぬよう、あがいて生きる。
それが、アウルムが教えてくれた。
私の後悔なき最善のはずだ。
抱き止められていた腕は赤くなり、未だにひりつく痛みが襲う。
しかし、目を見開き、恐怖しているという言葉がよく似合うジェレドの姿に少しだけ溜飲が下がる。
「真偽は不明だが、俺が市場を調査させている者からの報告だ」
「っ……とにかく、アウルム殿はすぐに屋敷から出て行ってくれ。俺は父に本件の報告へと向かう」
帰って来て早々、私とのひと悶着を繰り広げたジェレドは踵を返すように再び玄関へと足早に向かった。
自身の命すら危うい話が舞い込んできたのだ、恋情云々を繰り広げる余裕がないのかもしれない。
とはいえ、助かったのは事実だ。
「ありがとう、アウルム」
「……」
謝意を示した私だったけど、彼は沈黙していた。金眼がすっと動き、私へと視線を移す。
無表情のまま、思考の読めぬ彼に思わず半身を引くと、驚くほど軽やかに彼は私の腕を取った。
「痛むか?」
ジェレドに強く握られ、赤くなった腕。それを見た彼の一言。
私は、叩きつけるような鼓動を抑えるように首を横に振った。
「だ、大丈夫。ありがとう。アウルム」
「本当は、他家の家事情に関わるつもりはなかったんだがな」
呟くアウルムの、私の腕を撫でる手先は、まるで宝石を扱うように甲斐甲斐しくて、その優しさに心が破裂しそうな感情が溢れて顔が熱い。
それでも、彼が発した言葉の真意が聞きたくて。私は火照った顔と震える声で尋ねる。
「なら……どうして、助けてくれたの?」
「わからん」
短く答える彼に私自身も何を返せばいいのか分からず、少しの沈黙が流れる。
しかし、それを解いたのはアウルムだった。
「だが、君がジェレドに抱きしめられる姿を見て。むしゃくしゃした」
その言葉に……彼が動いた真意が読み解けていく。
私の火照った顔が、さらに熱を帯びていくのを感じた。
「不思議だな。金以外に大して興味がないと思っていたが、君と一緒だとそうも言えない感情を抱く俺がいる」
鼓動が止まらない。塞ぎこんだ視線が上げられないのに。
続く彼の言葉が私の心臓にさらに負荷をかけてくるのだ。
「そ……れは……ど、どういった……感情です、か」
かすれるような声しか出ない、自分でも情けない程に意識してしまっており。恥ずかしさと混乱が混ざった感情が、冷静な思考に戻してはくれない。
「分からない……が」
ふわりと、腕を引かれて。彼の顔が近くなる。
火照った顔が恥ずかしくて、顔を手で隠すけど。彼の手が私の手をほどいて視線を合わせてくるのだ。
「心地よい感情……とは思う。というか、どうしてそんなに顔が赤い」
「だ、誰のせいですか……」
「俺のせいではないだろう。ちなみに助けた費用は今回は特別に無償にしておいてやる」
いつも通りの軽い口調に戻る彼に、寂しさと共に私自身も自然と笑みがこぼれた。
こうやって、私の事情を知ってもなお態度と考えを変えない彼には感謝をしたい。変わらずに接してくれる人がいるというのは、心が安らぐものだから。
「では、そろそろ失礼する。ジェレド殿に吐いたウソがばれては、居心地が悪いからな」
「う、ウソだったのですか?」
「当然だろう? 市場調査させている者などいるはずがない、俺は自分で見聞きした事しか信用しないからな。まぁ、ジェレド殿が言葉を直ぐに信じるような道化で助かった。これで暫くは対策に追われるさ」
あまりに大胆なウソを吐くものだ。だが、あながちウソとも言えない所もある。
ジェレドにとって、アウルムが吐いたウソを信じて行動する事は、悪い事ではないだろう。
しかし、そこまでして私を救ってくれた彼には、やはり感謝しかない。
「本当に……感謝しかありませんよ。アウルム」
「これからは俺が毎日来るようにする。だが本当に困った時は、ロイを連れて俺の元に来い。わかったな」
「良い……のですか?」
尋ねた言葉に、彼は頬に笑みを浮かべて頷いた。
「俺は君とロイと三人で過ごした日々をまた送りたい。この先もずっとな」
ずっと……
何気ないような、言葉なのに。込められた意味に心地よい鼓動が鳴る。
「では、またな。洋服の件、頼んだぞ」
「ありがとう……」
去っていく彼の背に、見えなくとも頭を下げる。今回だけでない、彼には救われてばかりだ。
ロイのために始めた事業、今はジェレドのためにも……大きく躍進させていきたい。
「おかしゃん……あうるう、帰ったの?」
「ロイ、帰っちゃったよ」
「うー」
眠りから覚めたのか、目をこすりながらやって来たロイを抱き上げる。
可愛く、慈しみしか感じないこの子の幸せのため、そして自分自身の幸せのためにも。私はジェレドに屈しはしない。
「ご飯にしようね、ロイ。何が食べたい」
「ろいね~しとぅーがいい」
くよくよと答えの出ない問答で悩むような、らしくない事はやめよう。
ロイが見せてくれる微笑みで、胸にあふれる幸せ。これを手離さぬよう、あがいて生きる。
それが、アウルムが教えてくれた。
私の後悔なき最善のはずだ。
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