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ほどけぬ糸⑧
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その光景を見た瞬間に、激情に身体が駆られていた。掴んだエレツィアの手を抱き寄せて離さぬよう、妻の傍に断りもなく居た男性に見せつけるように抱きしめる。
渦巻いた嫉妬心と、怒りの感情が無礼を承知で激しい口調へと変えた。
「俺の妻に、何用ですか? アウルム殿!」
俺の言葉にエレツィアが忌々しそうに表情を歪める姿も不愉快だった。
エレツィア、どうして君はこの男の前では……俺の妻であることにそれ程の拒絶を示す。その心境を考えれば、心に醜い感情が募っていく。
「ジェレド殿、商談をしていただけです。他意はありませんが、お気に障ったなら申し訳ない」
つらつらと、何事もないように冷静なアウルムが憎たらしくさえ感じた。こちらの醜い感情すらも読み解きながら平然としている男に、幾重にも上にいる存在だと見せつけられているようで……
「では、もう帰って頂きたい。今度から妻と会う際は俺がいる場だけにして頂きたい」
「ジェレド……何を勝手に!」
「エレツィア! 君は俺の妻だ! 知らぬ間に男性と会うことが、許されると思っているのか!」
嫌でも、声が荒れる。
こんな姿を見せたい訳ではないのに、エレツィアを奪われるかもしれない恐怖が彼女を強引に縛り付けようとする。
そして、彼女はそんな俺の勝手な考えを当然のごとく拒否する。
「これは、重要な商談です。文句があれば、ドルトン様に相談させて頂きますが?」
父の名が出れば返す言葉がでない。父はエレツィアの事業を評価している。次期当主候補から外されている俺に、彼女の事業に口を出す立場がない事は理解できた。
しかし、醜い感情が渦巻いて。言葉は言い返せぬままに彼女を強く抱きしめる。離さぬよう、加減など忘れて。
「っ……やめ、ジェレド」
縛るよう抱きしめ、苦痛に歪む君を見ると。心がほんのりと和らぐ。
力で伏す、そうすればエレツィアが自身のものになっていると錯覚できたから。
「ジェレド殿……夫婦といえど無理強いはいただけません」
エレツィアを強く抱きとめた俺の腕を、アウルムが握る。その力は……痛みに顔が歪む程だった。
思わず、エレツィアを抱きとめる手が緩んでいってしまう。
「っ、アウルム殿……手を離してください。これは夫婦の問題です」
「……」
「これ以上、関わらないで頂きたい! 貴方には関係ない!」
「確かに……夫婦の問題だ。俺には関係ないな」
あっさりと俺の腕から手を離したアウルムは、帰り支度を整えるように荷物をまとめだす。その幕引きに虚を突かれて、俺もこれ以上の問答はせずに済んだと一息吐いた。
コートに身を包み、準備を整えた時、「ですが……」と呟き彼は顔を上げた。
その金色の瞳は、酷く細く。頬が吊り上がり笑みを浮かべる彼に、何故か背筋に悪寒が走った。
「エレツィアは俺の重要な商売のパートナーだ。もし今後、彼女が望まぬ行為を無理強いした場合。フローレンス家、並びに彼女の事業へ期待を寄せる名家を敵に回すと心得よ」
目の前の男は……笑みを浮かべているはずなのに。
夕刻の落ちかけた薄暗い日差しを背に受けて笑う彼の姿を見ると、身体の力が抜けていく。
その瞳が、酷く冷酷に俺を射貫いている事に気付いた。
「確かに俺には夫婦の問題に口を出す権利はない。だが、俺の商売を邪魔立てして益を損失させるような行為に、目をつぶってやるほどに甘くはない」
怖い……そう思ってしまう威圧感を確かにアウルムに感じた。
そして、今まで俺に見せていた朗らかな笑みとは違う。目の前で見せられている凍てつくように冷たい笑みに、自然とエレツィアを押さえていた腕の力が抜けて、彼女が逃れる。
そして、アウルムの背に隠れるように動いた彼女へ苦言を呈そうとしたが、それを許されぬ視線が言葉を詰まらせる。
「命と、金。どちらを天秤にかけるとすれば、俺は真っ先に金をとる。金鉱脈事業の損失、さらにエレツィアへの無理強いで一度ならぬ二度も損失を出すようであれば……」
目の前に立つ男の……。
冷たく見下す金眼に、身体が震えてしまう程の恐怖を感じてしまう。
彼の一言一句が、俺の身体を硬直させて。
「その命では、払えぬ代償が待っていると心得よ。分かったな」
脅迫に近い言葉。それを責める度胸もなく、俺はただ黙って震えて頷くしか出来なかった。
ウィンソン家に仇成すなど、父が許すはずもなかったから。
「そうだ。俺はジェレド殿に助言があるのを忘れていた」
一転、優しい声色に戻るアウルム殿。
感じていた恐怖が和らぎ、そっと顔を上げると彼は言葉を続けた。
「先の金採掘事業、貴殿によって早まった撤退により多くの失業者がいるのはご存知か?」
「……な、なにを言っている」
突然、何を言いだしているのだ。
疑問から漏れ出た問いに、彼は言葉を返した。
「失業者は原因が貴方にあると気付き、フローレンス家へ怨みを抱いている。暴動の計画まで進めていると耳に入っている。一刻も早くドルトン様と協議された方が良いかと」
目の前の男の笑みは温和に戻ったというのに。
さらりと告げられた深刻な危機に、先程までの恐怖が再び俺の身体を震わせた。
渦巻いた嫉妬心と、怒りの感情が無礼を承知で激しい口調へと変えた。
「俺の妻に、何用ですか? アウルム殿!」
俺の言葉にエレツィアが忌々しそうに表情を歪める姿も不愉快だった。
エレツィア、どうして君はこの男の前では……俺の妻であることにそれ程の拒絶を示す。その心境を考えれば、心に醜い感情が募っていく。
「ジェレド殿、商談をしていただけです。他意はありませんが、お気に障ったなら申し訳ない」
つらつらと、何事もないように冷静なアウルムが憎たらしくさえ感じた。こちらの醜い感情すらも読み解きながら平然としている男に、幾重にも上にいる存在だと見せつけられているようで……
「では、もう帰って頂きたい。今度から妻と会う際は俺がいる場だけにして頂きたい」
「ジェレド……何を勝手に!」
「エレツィア! 君は俺の妻だ! 知らぬ間に男性と会うことが、許されると思っているのか!」
嫌でも、声が荒れる。
こんな姿を見せたい訳ではないのに、エレツィアを奪われるかもしれない恐怖が彼女を強引に縛り付けようとする。
そして、彼女はそんな俺の勝手な考えを当然のごとく拒否する。
「これは、重要な商談です。文句があれば、ドルトン様に相談させて頂きますが?」
父の名が出れば返す言葉がでない。父はエレツィアの事業を評価している。次期当主候補から外されている俺に、彼女の事業に口を出す立場がない事は理解できた。
しかし、醜い感情が渦巻いて。言葉は言い返せぬままに彼女を強く抱きしめる。離さぬよう、加減など忘れて。
「っ……やめ、ジェレド」
縛るよう抱きしめ、苦痛に歪む君を見ると。心がほんのりと和らぐ。
力で伏す、そうすればエレツィアが自身のものになっていると錯覚できたから。
「ジェレド殿……夫婦といえど無理強いはいただけません」
エレツィアを強く抱きとめた俺の腕を、アウルムが握る。その力は……痛みに顔が歪む程だった。
思わず、エレツィアを抱きとめる手が緩んでいってしまう。
「っ、アウルム殿……手を離してください。これは夫婦の問題です」
「……」
「これ以上、関わらないで頂きたい! 貴方には関係ない!」
「確かに……夫婦の問題だ。俺には関係ないな」
あっさりと俺の腕から手を離したアウルムは、帰り支度を整えるように荷物をまとめだす。その幕引きに虚を突かれて、俺もこれ以上の問答はせずに済んだと一息吐いた。
コートに身を包み、準備を整えた時、「ですが……」と呟き彼は顔を上げた。
その金色の瞳は、酷く細く。頬が吊り上がり笑みを浮かべる彼に、何故か背筋に悪寒が走った。
「エレツィアは俺の重要な商売のパートナーだ。もし今後、彼女が望まぬ行為を無理強いした場合。フローレンス家、並びに彼女の事業へ期待を寄せる名家を敵に回すと心得よ」
目の前の男は……笑みを浮かべているはずなのに。
夕刻の落ちかけた薄暗い日差しを背に受けて笑う彼の姿を見ると、身体の力が抜けていく。
その瞳が、酷く冷酷に俺を射貫いている事に気付いた。
「確かに俺には夫婦の問題に口を出す権利はない。だが、俺の商売を邪魔立てして益を損失させるような行為に、目をつぶってやるほどに甘くはない」
怖い……そう思ってしまう威圧感を確かにアウルムに感じた。
そして、今まで俺に見せていた朗らかな笑みとは違う。目の前で見せられている凍てつくように冷たい笑みに、自然とエレツィアを押さえていた腕の力が抜けて、彼女が逃れる。
そして、アウルムの背に隠れるように動いた彼女へ苦言を呈そうとしたが、それを許されぬ視線が言葉を詰まらせる。
「命と、金。どちらを天秤にかけるとすれば、俺は真っ先に金をとる。金鉱脈事業の損失、さらにエレツィアへの無理強いで一度ならぬ二度も損失を出すようであれば……」
目の前に立つ男の……。
冷たく見下す金眼に、身体が震えてしまう程の恐怖を感じてしまう。
彼の一言一句が、俺の身体を硬直させて。
「その命では、払えぬ代償が待っていると心得よ。分かったな」
脅迫に近い言葉。それを責める度胸もなく、俺はただ黙って震えて頷くしか出来なかった。
ウィンソン家に仇成すなど、父が許すはずもなかったから。
「そうだ。俺はジェレド殿に助言があるのを忘れていた」
一転、優しい声色に戻るアウルム殿。
感じていた恐怖が和らぎ、そっと顔を上げると彼は言葉を続けた。
「先の金採掘事業、貴殿によって早まった撤退により多くの失業者がいるのはご存知か?」
「……な、なにを言っている」
突然、何を言いだしているのだ。
疑問から漏れ出た問いに、彼は言葉を返した。
「失業者は原因が貴方にあると気付き、フローレンス家へ怨みを抱いている。暴動の計画まで進めていると耳に入っている。一刻も早くドルトン様と協議された方が良いかと」
目の前の男の笑みは温和に戻ったというのに。
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