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29話
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「ロイ、違うんだ。これは、お前のために––」
「はなして! おかしゃんなかせるひと、だいっきらい!」
瞳を潤ませて、拒絶を示したロイにジェレドは取り乱して首を横に振る。
次々とロイが投げつけるクッションやおもちゃに、彼は避けながらも徐々に視線を鋭く尖らせていく。
頭によぎるのは、ロイが暴行されたあの日の出来事。それは、きっとロイも同じはずなのに……私のために立ち向かってくれている。
「ロイ、止めろ!」
「いや! あっちいって! おかしゃんはなして!」
「違う、俺は本当にお前のため……っ」
投げつけられた、硬い木製のおもちゃがジェレドの鼻へと当たる。その瞬間、彼の苛立ちが伝わる程に表情が険しくなっているのを感じた。
「やめろ! 言うことを聞け!」
振り上げられた拳、それを見て……私は咄嗟に押さえられていたジェレドの腕へと、恥もなく噛みつく。
顔をしかめて、緩くなった彼の腕から抜け出しロイを抱く。
ジェレドへと背を向けたまま、震えて泣きそうになっているロイだけは守るために離さない。
「ごめんね、ごめん。ロイ……こわいよね、大丈夫。もう大丈夫だから」
「だいじょぶだよ、……なかないでおかしゃん、ろいがいるよ」
あぁ、優しくて……震えながらも私を気遣ってくれるこの子が愛しくて仕方がない。
なのに、不安にさせて恐怖させてしまった事が悔しくてたまらない。
「エレツィア……どうして分かってくれないんだ!」
「ジェレド、部屋を出て行って!」
「違う、俺は……君と向き合うつもりだったんだ。これが最善だ!」
「最善? 無理強いして私を襲う事がですか?」
睨む視線を向けると、彼は「違う」と何度も連呼して首を横に振る。真意を説明するかのように、一度深呼吸をしてから、彼は言葉を吐き出した。
「歪な夫婦関係のままじゃ、ロイが可哀想だと思わないのか? 俺は、君に歩み寄ろうとしているんだ」
「まずは、話し合いのはずです! これが貴方の歩み寄りなのですか?」
「違うんだ、こうやって言い合いになると思ったから。まずは気持ちを伝えるはずだったんだ! ロイのためにも!」
ロイを抱きながら、ふつふつと怒りが遅れてやってくる。彼の言い分は、「ロイのために」という建前で一方的な愛情を私に注ぐという事、こちらの気持ちを考えぬ彼に嫌悪が胸を満たす。
言い訳にロイのためという言葉を添えて。独善的な愛で私を凌辱したのだ。
「出て行って、今は……顔も見たくない」
「駄目だ。俺は……君と」
話し合いにすらならない。怯えているロイを抱きしめ、どうすればいいのか視線を迷わせてしまう。
打開策がない、そもそも私は……ジェレドがどうして心変わりしたかすら、分からないのだから。
「エレツィア様! 大丈夫ですか!!」
打開策を思考する中、部屋の扉を勢いよく開いたのはカレン達、住み込みの使用人達だった。
彼女達は入室して早々、私を見て目を見開く。服が裂け、はだけた肌に何があったのか察してくれたのかもしれない。
「っ!! エレツィア様!」
「っ……申し訳ありません。私達が部屋の警備を離れておりました!」
カレンが上着を羽織らせてくれ、騒ぎに駆けつけてくれた使用人や警備の皆が私とロイを囲んでくれる。暖かな言葉をかけてくれる裏、ジェレドに対しては冷たい視線だった。
主君に対してあるまじき行為だと理解してなお、敵意をむき出してくれている事が頼もしい。
私は一人ではないと、言ってくれているようにさえ感じた。
しかし、冷たい視線を受ける張本人の表情は再び苛立たし気に歪みが増していく。
「お前達、いま俺達は夫婦間の話し合いをしている。邪魔をせずに部屋を出ていくんだ」
語気が強く、睨む視線は鋭さを増していく。彼のその剣幕に怯んだ様子を見せる使用人達であったが、その中で立ち上がってジェレドへと果敢に進む者がいた。
私に仕えてくれている。カレンだ。
「旦那様、エレツィア様やロイ君を見れば、話し合いは出来てはいないと分かります。まずは頭を冷やしてください」
主従の関係を崩さぬように、言葉こそ選んではいるが。目尻が上がって拳を握るカレンの口調には確かに怒りを感じる。
ジェレドもそれを感じ取って瞳が揺らいだが、カレンへと詰め寄った。
「どいてくれ。俺とエレツィアの話し合いだ。この屋敷で仕事を続けたいのなら、邪魔をするな」
主従を利用した最低の脅し文句。その傲慢な物言いに、煮え立つ怒りのまま私が反論を述べようとした刹那。カレンは前に歩み寄り、ジェレドを睨みつけた。
「ええ構いません、どうぞ解雇してください!」
「なっ……」
「母親になるために奮闘する優しく気高いエレツィア様に仕える事が、私の何よりの喜びです。ここでエレツィア様を守れずに、主従を続ける気など毛頭ありません! どうぞ、お好きに解雇なさってください。絶対に通しませんから」
その剣幕、言葉に瞳が潤む。更にカレンに賛同するように、周囲の使用人達もジェレドの前へと歩み出した。
「……っ! くそ……」
ジェレドはその剣幕に押されるように、舌打ちと共に部屋を去っていく。
その瞬間に、安心したのかロイが大粒の涙を流して泣き出す。カレンを含む使用人達は、皆がいつもの笑顔に戻ってロイをあやしてくれた。
その光景が頼もしくて、嬉しくて。熱くなっていく目頭を抑えられずに雫が溢れていく。
「ありがとう……ありがとう、皆」
感謝と共に、ロイを抱きしめる。
私を守るために立ち上がってくれた、優しく小さなこの子が愛おしくて堪らない。ロイは、私の幸せそのものだ。
そして、心配の言葉をくれるカレン達に囲まれたその日。起こった出来事がウソのように、安心できる夜を過ごした。
ごめんね。ロイ……怖い思いをさせて。
お母さんはもっと強くなるから、どうか……どうか貴方の母でいさせて。
「はなして! おかしゃんなかせるひと、だいっきらい!」
瞳を潤ませて、拒絶を示したロイにジェレドは取り乱して首を横に振る。
次々とロイが投げつけるクッションやおもちゃに、彼は避けながらも徐々に視線を鋭く尖らせていく。
頭によぎるのは、ロイが暴行されたあの日の出来事。それは、きっとロイも同じはずなのに……私のために立ち向かってくれている。
「ロイ、止めろ!」
「いや! あっちいって! おかしゃんはなして!」
「違う、俺は本当にお前のため……っ」
投げつけられた、硬い木製のおもちゃがジェレドの鼻へと当たる。その瞬間、彼の苛立ちが伝わる程に表情が険しくなっているのを感じた。
「やめろ! 言うことを聞け!」
振り上げられた拳、それを見て……私は咄嗟に押さえられていたジェレドの腕へと、恥もなく噛みつく。
顔をしかめて、緩くなった彼の腕から抜け出しロイを抱く。
ジェレドへと背を向けたまま、震えて泣きそうになっているロイだけは守るために離さない。
「ごめんね、ごめん。ロイ……こわいよね、大丈夫。もう大丈夫だから」
「だいじょぶだよ、……なかないでおかしゃん、ろいがいるよ」
あぁ、優しくて……震えながらも私を気遣ってくれるこの子が愛しくて仕方がない。
なのに、不安にさせて恐怖させてしまった事が悔しくてたまらない。
「エレツィア……どうして分かってくれないんだ!」
「ジェレド、部屋を出て行って!」
「違う、俺は……君と向き合うつもりだったんだ。これが最善だ!」
「最善? 無理強いして私を襲う事がですか?」
睨む視線を向けると、彼は「違う」と何度も連呼して首を横に振る。真意を説明するかのように、一度深呼吸をしてから、彼は言葉を吐き出した。
「歪な夫婦関係のままじゃ、ロイが可哀想だと思わないのか? 俺は、君に歩み寄ろうとしているんだ」
「まずは、話し合いのはずです! これが貴方の歩み寄りなのですか?」
「違うんだ、こうやって言い合いになると思ったから。まずは気持ちを伝えるはずだったんだ! ロイのためにも!」
ロイを抱きながら、ふつふつと怒りが遅れてやってくる。彼の言い分は、「ロイのために」という建前で一方的な愛情を私に注ぐという事、こちらの気持ちを考えぬ彼に嫌悪が胸を満たす。
言い訳にロイのためという言葉を添えて。独善的な愛で私を凌辱したのだ。
「出て行って、今は……顔も見たくない」
「駄目だ。俺は……君と」
話し合いにすらならない。怯えているロイを抱きしめ、どうすればいいのか視線を迷わせてしまう。
打開策がない、そもそも私は……ジェレドがどうして心変わりしたかすら、分からないのだから。
「エレツィア様! 大丈夫ですか!!」
打開策を思考する中、部屋の扉を勢いよく開いたのはカレン達、住み込みの使用人達だった。
彼女達は入室して早々、私を見て目を見開く。服が裂け、はだけた肌に何があったのか察してくれたのかもしれない。
「っ!! エレツィア様!」
「っ……申し訳ありません。私達が部屋の警備を離れておりました!」
カレンが上着を羽織らせてくれ、騒ぎに駆けつけてくれた使用人や警備の皆が私とロイを囲んでくれる。暖かな言葉をかけてくれる裏、ジェレドに対しては冷たい視線だった。
主君に対してあるまじき行為だと理解してなお、敵意をむき出してくれている事が頼もしい。
私は一人ではないと、言ってくれているようにさえ感じた。
しかし、冷たい視線を受ける張本人の表情は再び苛立たし気に歪みが増していく。
「お前達、いま俺達は夫婦間の話し合いをしている。邪魔をせずに部屋を出ていくんだ」
語気が強く、睨む視線は鋭さを増していく。彼のその剣幕に怯んだ様子を見せる使用人達であったが、その中で立ち上がってジェレドへと果敢に進む者がいた。
私に仕えてくれている。カレンだ。
「旦那様、エレツィア様やロイ君を見れば、話し合いは出来てはいないと分かります。まずは頭を冷やしてください」
主従の関係を崩さぬように、言葉こそ選んではいるが。目尻が上がって拳を握るカレンの口調には確かに怒りを感じる。
ジェレドもそれを感じ取って瞳が揺らいだが、カレンへと詰め寄った。
「どいてくれ。俺とエレツィアの話し合いだ。この屋敷で仕事を続けたいのなら、邪魔をするな」
主従を利用した最低の脅し文句。その傲慢な物言いに、煮え立つ怒りのまま私が反論を述べようとした刹那。カレンは前に歩み寄り、ジェレドを睨みつけた。
「ええ構いません、どうぞ解雇してください!」
「なっ……」
「母親になるために奮闘する優しく気高いエレツィア様に仕える事が、私の何よりの喜びです。ここでエレツィア様を守れずに、主従を続ける気など毛頭ありません! どうぞ、お好きに解雇なさってください。絶対に通しませんから」
その剣幕、言葉に瞳が潤む。更にカレンに賛同するように、周囲の使用人達もジェレドの前へと歩み出した。
「……っ! くそ……」
ジェレドはその剣幕に押されるように、舌打ちと共に部屋を去っていく。
その瞬間に、安心したのかロイが大粒の涙を流して泣き出す。カレンを含む使用人達は、皆がいつもの笑顔に戻ってロイをあやしてくれた。
その光景が頼もしくて、嬉しくて。熱くなっていく目頭を抑えられずに雫が溢れていく。
「ありがとう……ありがとう、皆」
感謝と共に、ロイを抱きしめる。
私を守るために立ち上がってくれた、優しく小さなこの子が愛おしくて堪らない。ロイは、私の幸せそのものだ。
そして、心配の言葉をくれるカレン達に囲まれたその日。起こった出来事がウソのように、安心できる夜を過ごした。
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