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28話

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 ロイが寝付いた夜中、浮ついた気持ちを抑えられずにマフラーを見つめながら笑ってしまう。
 止められぬ嬉しい感情は、心地よくて……胸がトクトクとリズムよく刻まれている。

 そんな中、私の部屋の扉が開かれた。

「エレツィア……起きているか?」

「っ!? ジェレド。ノックをしてください」

 突然やってきた彼へ叱責と共に睨めば、彼は暗い表情で私を見つめた。

「なぁ、エレツィア…俺考えたんだ、ロイのためにも……離縁しないでいれないだろうか?」

 この人は、何を言っているの?

「くだらぬ事を言わないでください、貴方がロイのためと口にしないで、出ていってください」

「俺に、君とやり直す機会をくれないか? 頼む」

「ふざけないで、私はもう誓約通りに離縁すると決めました。そんな機会、二度とありませーー」

「エレツィアッッ!」


 言葉が止まったのは、目の前で起きた出来事が現実だと思えなかったから。
 突然、身体を引かれて。力強い両腕で離さぬように抱きしめられる。

 銀の髪が揺れ、深紅の瞳で私を見つめるジェレドに。

「今まで、すまなかった。気持ちを改めて、君に向き合いたいんだエレツィア……俺と、本当の夫婦になって欲しい」

 抱きしめられ、耳元で囁かれる言葉。
 何が起こっているの? 私は夢でも見ているのだろうか。そんな考えが頭をよぎるが、近くの寝台で眠るロイを見て、これは現実だと冷静な思考を取り戻す。

「何を言っているの? まずは離してください。ロイが寝ているので、話なら別室でお願いします」

 いきなり、何を言い出しているのか。何を考えているのか。
 それを探りつつ彼の腕から逃れようとするが、抱きしめられる力が強くて、抜けられない。
 顔をジェレドへ向ければ、彼の深紅の瞳は真っ直ぐに私を見つめていた。

「俺は、本気なんだ。今度こそ、幸せを取りこぼしたくはない」

「な、なにを言っているの? 今朝まで離縁を願っていたのは、貴方でしょ」

「俺に残っているのは、君とロイだけなんだ。やり直そう、俺と君が愛し合う事が、ロイの最善なんだ」

「なにをい––」

 首筋に彼の大きな手がかかり、力を込められる。
 女性の私に抗う力などなく、彼の意図するままにお互いの顔が近づいていった。

「俺は、君を今度こそ幸せにするから」

「や、やめっ」

 必死に、顔を逸らしジェレドからの口付けへ抵抗する。
 彼の力や、抱擁には優しさは感じられない。一方的な愛が、私へと向けられている。

「やめて……お願い、止めて。ジェレド」

「エレツィア……俺が君を今度こそ愛する事を、分かって欲しいんだ。お願いだ、もう一度俺と夫婦になってくれ」

 拒否、拒絶の言葉を吐けば更に高潮したような表情を彼は浮かべる。
 女性の私では、抗えない力で押さえつけられている事が怖くて。一方的に蹂躙されている事が悔しくてたまらない。

「エレツィア、俺には……もう君しか居ないんだ」

 意味の分からぬ言葉と、一方的な愛が私へと向けられていく、
 寝台の上へと押し倒されて、服に手をかけられる私に見えたのは床に落ちてしまったアウルムからの贈り物。
 幸せをくれた贈り物は、乱雑に床に転がって。手を伸ばしても、もう届かない。

「夫婦になるんだ。ロイのためにも」

「っ……やめ」

 再び近づく顔、必死にもがき、抵抗する。

 あぁ……私の幸せはいつだって奪われていく。
 結婚式の淡い希望も、ロイとの平穏も、諦めていた恋情も……陵辱されてしまう。
 それが堪らなく悔しくて、嫌になる。

 私だって、幸せになりたいよ。

「やめて。お願いだから……やめてよ。ジェレド……」

 華族の娘として、ロイの母として強くあろうと生きていた。でも、現実の私は性差で覆せぬ力で抵抗も徐々に意味をなくす。
 溢れた悔しさのせいで、涙が止まらない。
 押さえられた両腕では流れ落ちていく涙を拭う事すらできず、子供のように懇願して、ただ嘆くしかできない。

「どうして、分かってくれないんだ。ロイのため、これが最善だろ!」

 叫ぶ言葉に、肩が震える。彼の鬼気迫る表情が怖くて、身体が震えていく。
 強くあろうと生きてきたはずなのに、目の前の光景と今から起こる出来事が怖くて仕方がない。

「やめて……お願いだから、離して……」

「エレツィア、愛し合えば分かるはずだ。俺たちだって、きっとまだやり直せる」

 服にかけられた手、彼は冷静さを失って力を込める。布が引き裂かれていく音が聞こえ始めて。
 彼の顔が、私へと迫ってくる。

 お願い。

 





 誰でもいい、お願いだから。














 助けて。









































「おかさんを、はなして!」

 声が聞こえ、閉じた瞳を開く。
 ジェレドの頭へと、投げつけられたクッション。そして、その声に私は視線を向ける。

「ロ……ロイ……」

「はなして! あちいけ! おかさんをはなちて!」

 怖いはずなのに、逃げたいはずなのに。
 泣き出したいはずなのに……ロイは涙をグッと堪えて、震える声でジェレドへと叫ぶ。

 私を……助けるために。
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