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21話
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「今日はなんの予定だ? エレツィア」
「おかしゃ……きょーはなに?」
洋服を裁縫していると、催促するように尋ねてくる二人に思わず笑みがこぼれる。
なんだか似た者同士の二人が微笑ましくて、心が跳ねるのは抑えられない。
「今日は、クリームシチューよ」
「やた!」
食卓を囲う日々を重ねていくうち、ロイとアウルムの仲は深くなっているように感じる。
今だって、シチューだと聞いて喜んで飛び跳ねるロイに頷いて同意するアウルムに、初めて会った時のような冷たい印象はない。
「ほら、座っててください。食卓に並べますから」
その言葉が合図のように、二人とも素直に座ってくれるのだ。
ロイももちろんだけど、アウルムもジッと食事が並ぶ様子を見守る様は少し可愛いらしいと思ってしまう。
「じゃあ、いただきますしてね?」
「いたらきます!」
「ありがとう、頂く」
アウルムはすっかり自分の理念を崩している。あれだけ堅かった意志は今は見る影もない。
それに一役買っているのは、ロイの存在が大きいはずだ。
「あうるう、おいし?」
「あぁ、美味いな」
アウルムの返答に、ロイは作った私よりも喜んでくれるのだから。こっちまで釣られて心が躍る。
そして、私が微笑むとアウルムは少し視線を向けて頬を小さく緩めるのだ。
遠く、交わる事はなかったはずなのに。私はお互いの仲を少しずつ深めていくのを実感していた。
◇◇◇
楽しい時間というのは、過ぎるのは一瞬だ。
アウルムとの契約、百着の洋服を仕立てる期日がいよいよ今日となる。応接間へとアウルムに来てもらう。
やって来た彼は並べた品々に感嘆の声を漏らすと共に、頬に笑みを刻んだ。
「素晴らしい……契約通り、百着。品質もデザインも申し分ない。これなら問題ないはずだ」
並ぶのは望まれていた洋服が百着、広い応接間に並べてみると圧巻であった。しかし、彼は私をジッと見つめて意味深な視線を向けている。
その視線に答えて、私は目を細めて微笑んだ。
「期待通り、いや……それ以上をお見せすると言った通り。別室にも追加で洋服を揃えております。この部屋と合わせて計百五十着。どうぞお納めください」
「っ流石だ……いや、確かに期待以上だ。エレツィア」
感激の声を上げ、アウルムはこれ以上ない程の笑みを見せた。
といっても、今まで見せていた無垢な笑顔とは違う。邪な金勘定をしているのが伝わる程に頬を緩ませる欲望に真っ直ぐな表情だ。
いつも通り、損得に貪欲な彼に思わず苦笑してしまう。商いにおいては頼もしい限りだ。
「早速だが、これらの販売をすぐに始める。すでに客は大勢待っているからな。君にも多くの益がある事を約束しよう」
「ありがとう、期待しています」
「あぁ、ここからは俺の役目だからな。期待以上を見せてみせるさ……所で、言っていたロゴは決めたのか?」
思い出したように問いかける彼へ、「もちろん」と返事をする。衣服を一着持ち上げて、綺麗に刺繡したロゴを彼へと見せる。商品の顔。ブランドとなるその名を。
「なるほど……良い名だ」
「はい、これはロイから始まった服ですから」
刻まれた『ディア・チャイルド』という刺繡。
一億ギルという絶望的な数字、頂きすら見えなかった山にようやく一歩登り出せたのを感じる。
ロイの親権を得るための一歩は、確実に進み始めていた。
「直ぐに販売する手配をしよう。その前に……」
洋服を納品し、話は終わったかと思いきや。彼は懐から重みのある紙束を机の上へ置く。見えるのはお金だ。それも厚みを見ればそれなりの額だろう。
出された金銭の意味が分からず、首を傾げて問いかける。
「これは?」
「今までの食事の礼だ。しめて三十万ギルだ、足りるだろうか?」
恩を作りたくはない性分なのだろう。しかし、私は金銭を求めて料理を振る舞っていた訳ではない。
札束を、そっと彼の元へと押し返す。
「いりません、私が好きで作っただけですから」
「……うれしくないのか?」
「? はい、私は料理に関してはお金を求めておりませんでしたので」
驚愕した様子の彼に、首を傾げてしまう。それほど、驚くような事を言っただろうか。
私の一方的な善意に対価など必要はないと伝えたつもりだけど……
「どうかしましたか?」
「……すまない、動揺している。両親は俺に興味は示さなかったが、いつも金銭を渡せば喜んでくれていた。それが当たり前で、金さえあれば誰もが喜ぶと思っていたが、違うのだな」
その一言に、彼がどのように育てられてきたのか少しだけ想像が出来た。
金遣いの荒い前当主は借金苦に悩まされており。先立つものすらなく当主を継いだアウルムが一代で没落しかけたウィンソン家を立て直したのは、両親の期待に答えようという気持があったのかもしれない。
金銭の譲渡の対価が両親からの愛であれば、異常な程に損益にこだわる理由にも納得はいく。
「人を喜ばせるのは、決してお金だけではありませんよ」
「他に……何かあるのか?」
尋ねる彼だったが、言葉を遮るようにロイが応接間を覗き込む。
ひょこっと顔を出し、私へと視線を投げかける。
「おかしゃん。あそびたい~」
「えぇ。ロイ……今行くわ」
立ち上がり、アウルムへと視線を向ける。
問いかけの答えへと導くため。
「ロイと共に暮らす今なら、答えが分かるかもね」
「ロイ?」
「えぇ、お金の意味も知らぬあの子は……誰よりも人を喜ばせる方法を知っているはずよ」
呟く言葉は、彼が求める答えではない。されど、言葉で伝えようとも彼は納得しない。
純粋なロイから、何かを得て欲しい。そう思う気持ち呟きながら、私はロイの元へと歩みを進めた。
「おかしゃ……きょーはなに?」
洋服を裁縫していると、催促するように尋ねてくる二人に思わず笑みがこぼれる。
なんだか似た者同士の二人が微笑ましくて、心が跳ねるのは抑えられない。
「今日は、クリームシチューよ」
「やた!」
食卓を囲う日々を重ねていくうち、ロイとアウルムの仲は深くなっているように感じる。
今だって、シチューだと聞いて喜んで飛び跳ねるロイに頷いて同意するアウルムに、初めて会った時のような冷たい印象はない。
「ほら、座っててください。食卓に並べますから」
その言葉が合図のように、二人とも素直に座ってくれるのだ。
ロイももちろんだけど、アウルムもジッと食事が並ぶ様子を見守る様は少し可愛いらしいと思ってしまう。
「じゃあ、いただきますしてね?」
「いたらきます!」
「ありがとう、頂く」
アウルムはすっかり自分の理念を崩している。あれだけ堅かった意志は今は見る影もない。
それに一役買っているのは、ロイの存在が大きいはずだ。
「あうるう、おいし?」
「あぁ、美味いな」
アウルムの返答に、ロイは作った私よりも喜んでくれるのだから。こっちまで釣られて心が躍る。
そして、私が微笑むとアウルムは少し視線を向けて頬を小さく緩めるのだ。
遠く、交わる事はなかったはずなのに。私はお互いの仲を少しずつ深めていくのを実感していた。
◇◇◇
楽しい時間というのは、過ぎるのは一瞬だ。
アウルムとの契約、百着の洋服を仕立てる期日がいよいよ今日となる。応接間へとアウルムに来てもらう。
やって来た彼は並べた品々に感嘆の声を漏らすと共に、頬に笑みを刻んだ。
「素晴らしい……契約通り、百着。品質もデザインも申し分ない。これなら問題ないはずだ」
並ぶのは望まれていた洋服が百着、広い応接間に並べてみると圧巻であった。しかし、彼は私をジッと見つめて意味深な視線を向けている。
その視線に答えて、私は目を細めて微笑んだ。
「期待通り、いや……それ以上をお見せすると言った通り。別室にも追加で洋服を揃えております。この部屋と合わせて計百五十着。どうぞお納めください」
「っ流石だ……いや、確かに期待以上だ。エレツィア」
感激の声を上げ、アウルムはこれ以上ない程の笑みを見せた。
といっても、今まで見せていた無垢な笑顔とは違う。邪な金勘定をしているのが伝わる程に頬を緩ませる欲望に真っ直ぐな表情だ。
いつも通り、損得に貪欲な彼に思わず苦笑してしまう。商いにおいては頼もしい限りだ。
「早速だが、これらの販売をすぐに始める。すでに客は大勢待っているからな。君にも多くの益がある事を約束しよう」
「ありがとう、期待しています」
「あぁ、ここからは俺の役目だからな。期待以上を見せてみせるさ……所で、言っていたロゴは決めたのか?」
思い出したように問いかける彼へ、「もちろん」と返事をする。衣服を一着持ち上げて、綺麗に刺繡したロゴを彼へと見せる。商品の顔。ブランドとなるその名を。
「なるほど……良い名だ」
「はい、これはロイから始まった服ですから」
刻まれた『ディア・チャイルド』という刺繡。
一億ギルという絶望的な数字、頂きすら見えなかった山にようやく一歩登り出せたのを感じる。
ロイの親権を得るための一歩は、確実に進み始めていた。
「直ぐに販売する手配をしよう。その前に……」
洋服を納品し、話は終わったかと思いきや。彼は懐から重みのある紙束を机の上へ置く。見えるのはお金だ。それも厚みを見ればそれなりの額だろう。
出された金銭の意味が分からず、首を傾げて問いかける。
「これは?」
「今までの食事の礼だ。しめて三十万ギルだ、足りるだろうか?」
恩を作りたくはない性分なのだろう。しかし、私は金銭を求めて料理を振る舞っていた訳ではない。
札束を、そっと彼の元へと押し返す。
「いりません、私が好きで作っただけですから」
「……うれしくないのか?」
「? はい、私は料理に関してはお金を求めておりませんでしたので」
驚愕した様子の彼に、首を傾げてしまう。それほど、驚くような事を言っただろうか。
私の一方的な善意に対価など必要はないと伝えたつもりだけど……
「どうかしましたか?」
「……すまない、動揺している。両親は俺に興味は示さなかったが、いつも金銭を渡せば喜んでくれていた。それが当たり前で、金さえあれば誰もが喜ぶと思っていたが、違うのだな」
その一言に、彼がどのように育てられてきたのか少しだけ想像が出来た。
金遣いの荒い前当主は借金苦に悩まされており。先立つものすらなく当主を継いだアウルムが一代で没落しかけたウィンソン家を立て直したのは、両親の期待に答えようという気持があったのかもしれない。
金銭の譲渡の対価が両親からの愛であれば、異常な程に損益にこだわる理由にも納得はいく。
「人を喜ばせるのは、決してお金だけではありませんよ」
「他に……何かあるのか?」
尋ねる彼だったが、言葉を遮るようにロイが応接間を覗き込む。
ひょこっと顔を出し、私へと視線を投げかける。
「おかしゃん。あそびたい~」
「えぇ。ロイ……今行くわ」
立ち上がり、アウルムへと視線を向ける。
問いかけの答えへと導くため。
「ロイと共に暮らす今なら、答えが分かるかもね」
「ロイ?」
「えぇ、お金の意味も知らぬあの子は……誰よりも人を喜ばせる方法を知っているはずよ」
呟く言葉は、彼が求める答えではない。されど、言葉で伝えようとも彼は納得しない。
純粋なロイから、何かを得て欲しい。そう思う気持ち呟きながら、私はロイの元へと歩みを進めた。
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