26 / 60
21話
しおりを挟む
「今日はなんの予定だ? エレツィア」
「おかしゃ……きょーはなに?」
洋服を裁縫していると、催促するように尋ねてくる二人に思わず笑みがこぼれる。
なんだか似た者同士の二人が微笑ましくて、心が跳ねるのは抑えられない。
「今日は、クリームシチューよ」
「やた!」
食卓を囲う日々を重ねていくうち、ロイとアウルムの仲は深くなっているように感じる。
今だって、シチューだと聞いて喜んで飛び跳ねるロイに頷いて同意するアウルムに、初めて会った時のような冷たい印象はない。
「ほら、座っててください。食卓に並べますから」
その言葉が合図のように、二人とも素直に座ってくれるのだ。
ロイももちろんだけど、アウルムもジッと食事が並ぶ様子を見守る様は少し可愛いらしいと思ってしまう。
「じゃあ、いただきますしてね?」
「いたらきます!」
「ありがとう、頂く」
アウルムはすっかり自分の理念を崩している。あれだけ堅かった意志は今は見る影もない。
それに一役買っているのは、ロイの存在が大きいはずだ。
「あうるう、おいし?」
「あぁ、美味いな」
アウルムの返答に、ロイは作った私よりも喜んでくれるのだから。こっちまで釣られて心が躍る。
そして、私が微笑むとアウルムは少し視線を向けて頬を小さく緩めるのだ。
遠く、交わる事はなかったはずなのに。私はお互いの仲を少しずつ深めていくのを実感していた。
◇◇◇
楽しい時間というのは、過ぎるのは一瞬だ。
アウルムとの契約、百着の洋服を仕立てる期日がいよいよ今日となる。応接間へとアウルムに来てもらう。
やって来た彼は並べた品々に感嘆の声を漏らすと共に、頬に笑みを刻んだ。
「素晴らしい……契約通り、百着。品質もデザインも申し分ない。これなら問題ないはずだ」
並ぶのは望まれていた洋服が百着、広い応接間に並べてみると圧巻であった。しかし、彼は私をジッと見つめて意味深な視線を向けている。
その視線に答えて、私は目を細めて微笑んだ。
「期待通り、いや……それ以上をお見せすると言った通り。別室にも追加で洋服を揃えております。この部屋と合わせて計百五十着。どうぞお納めください」
「っ流石だ……いや、確かに期待以上だ。エレツィア」
感激の声を上げ、アウルムはこれ以上ない程の笑みを見せた。
といっても、今まで見せていた無垢な笑顔とは違う。邪な金勘定をしているのが伝わる程に頬を緩ませる欲望に真っ直ぐな表情だ。
いつも通り、損得に貪欲な彼に思わず苦笑してしまう。商いにおいては頼もしい限りだ。
「早速だが、これらの販売をすぐに始める。すでに客は大勢待っているからな。君にも多くの益がある事を約束しよう」
「ありがとう、期待しています」
「あぁ、ここからは俺の役目だからな。期待以上を見せてみせるさ……所で、言っていたロゴは決めたのか?」
思い出したように問いかける彼へ、「もちろん」と返事をする。衣服を一着持ち上げて、綺麗に刺繡したロゴを彼へと見せる。商品の顔。ブランドとなるその名を。
「なるほど……良い名だ」
「はい、これはロイから始まった服ですから」
刻まれた『ディア・チャイルド』という刺繡。
一億ギルという絶望的な数字、頂きすら見えなかった山にようやく一歩登り出せたのを感じる。
ロイの親権を得るための一歩は、確実に進み始めていた。
「直ぐに販売する手配をしよう。その前に……」
洋服を納品し、話は終わったかと思いきや。彼は懐から重みのある紙束を机の上へ置く。見えるのはお金だ。それも厚みを見ればそれなりの額だろう。
出された金銭の意味が分からず、首を傾げて問いかける。
「これは?」
「今までの食事の礼だ。しめて三十万ギルだ、足りるだろうか?」
恩を作りたくはない性分なのだろう。しかし、私は金銭を求めて料理を振る舞っていた訳ではない。
札束を、そっと彼の元へと押し返す。
「いりません、私が好きで作っただけですから」
「……うれしくないのか?」
「? はい、私は料理に関してはお金を求めておりませんでしたので」
驚愕した様子の彼に、首を傾げてしまう。それほど、驚くような事を言っただろうか。
私の一方的な善意に対価など必要はないと伝えたつもりだけど……
「どうかしましたか?」
「……すまない、動揺している。両親は俺に興味は示さなかったが、いつも金銭を渡せば喜んでくれていた。それが当たり前で、金さえあれば誰もが喜ぶと思っていたが、違うのだな」
その一言に、彼がどのように育てられてきたのか少しだけ想像が出来た。
金遣いの荒い前当主は借金苦に悩まされており。先立つものすらなく当主を継いだアウルムが一代で没落しかけたウィンソン家を立て直したのは、両親の期待に答えようという気持があったのかもしれない。
金銭の譲渡の対価が両親からの愛であれば、異常な程に損益にこだわる理由にも納得はいく。
「人を喜ばせるのは、決してお金だけではありませんよ」
「他に……何かあるのか?」
尋ねる彼だったが、言葉を遮るようにロイが応接間を覗き込む。
ひょこっと顔を出し、私へと視線を投げかける。
「おかしゃん。あそびたい~」
「えぇ。ロイ……今行くわ」
立ち上がり、アウルムへと視線を向ける。
問いかけの答えへと導くため。
「ロイと共に暮らす今なら、答えが分かるかもね」
「ロイ?」
「えぇ、お金の意味も知らぬあの子は……誰よりも人を喜ばせる方法を知っているはずよ」
呟く言葉は、彼が求める答えではない。されど、言葉で伝えようとも彼は納得しない。
純粋なロイから、何かを得て欲しい。そう思う気持ち呟きながら、私はロイの元へと歩みを進めた。
「おかしゃ……きょーはなに?」
洋服を裁縫していると、催促するように尋ねてくる二人に思わず笑みがこぼれる。
なんだか似た者同士の二人が微笑ましくて、心が跳ねるのは抑えられない。
「今日は、クリームシチューよ」
「やた!」
食卓を囲う日々を重ねていくうち、ロイとアウルムの仲は深くなっているように感じる。
今だって、シチューだと聞いて喜んで飛び跳ねるロイに頷いて同意するアウルムに、初めて会った時のような冷たい印象はない。
「ほら、座っててください。食卓に並べますから」
その言葉が合図のように、二人とも素直に座ってくれるのだ。
ロイももちろんだけど、アウルムもジッと食事が並ぶ様子を見守る様は少し可愛いらしいと思ってしまう。
「じゃあ、いただきますしてね?」
「いたらきます!」
「ありがとう、頂く」
アウルムはすっかり自分の理念を崩している。あれだけ堅かった意志は今は見る影もない。
それに一役買っているのは、ロイの存在が大きいはずだ。
「あうるう、おいし?」
「あぁ、美味いな」
アウルムの返答に、ロイは作った私よりも喜んでくれるのだから。こっちまで釣られて心が躍る。
そして、私が微笑むとアウルムは少し視線を向けて頬を小さく緩めるのだ。
遠く、交わる事はなかったはずなのに。私はお互いの仲を少しずつ深めていくのを実感していた。
◇◇◇
楽しい時間というのは、過ぎるのは一瞬だ。
アウルムとの契約、百着の洋服を仕立てる期日がいよいよ今日となる。応接間へとアウルムに来てもらう。
やって来た彼は並べた品々に感嘆の声を漏らすと共に、頬に笑みを刻んだ。
「素晴らしい……契約通り、百着。品質もデザインも申し分ない。これなら問題ないはずだ」
並ぶのは望まれていた洋服が百着、広い応接間に並べてみると圧巻であった。しかし、彼は私をジッと見つめて意味深な視線を向けている。
その視線に答えて、私は目を細めて微笑んだ。
「期待通り、いや……それ以上をお見せすると言った通り。別室にも追加で洋服を揃えております。この部屋と合わせて計百五十着。どうぞお納めください」
「っ流石だ……いや、確かに期待以上だ。エレツィア」
感激の声を上げ、アウルムはこれ以上ない程の笑みを見せた。
といっても、今まで見せていた無垢な笑顔とは違う。邪な金勘定をしているのが伝わる程に頬を緩ませる欲望に真っ直ぐな表情だ。
いつも通り、損得に貪欲な彼に思わず苦笑してしまう。商いにおいては頼もしい限りだ。
「早速だが、これらの販売をすぐに始める。すでに客は大勢待っているからな。君にも多くの益がある事を約束しよう」
「ありがとう、期待しています」
「あぁ、ここからは俺の役目だからな。期待以上を見せてみせるさ……所で、言っていたロゴは決めたのか?」
思い出したように問いかける彼へ、「もちろん」と返事をする。衣服を一着持ち上げて、綺麗に刺繡したロゴを彼へと見せる。商品の顔。ブランドとなるその名を。
「なるほど……良い名だ」
「はい、これはロイから始まった服ですから」
刻まれた『ディア・チャイルド』という刺繡。
一億ギルという絶望的な数字、頂きすら見えなかった山にようやく一歩登り出せたのを感じる。
ロイの親権を得るための一歩は、確実に進み始めていた。
「直ぐに販売する手配をしよう。その前に……」
洋服を納品し、話は終わったかと思いきや。彼は懐から重みのある紙束を机の上へ置く。見えるのはお金だ。それも厚みを見ればそれなりの額だろう。
出された金銭の意味が分からず、首を傾げて問いかける。
「これは?」
「今までの食事の礼だ。しめて三十万ギルだ、足りるだろうか?」
恩を作りたくはない性分なのだろう。しかし、私は金銭を求めて料理を振る舞っていた訳ではない。
札束を、そっと彼の元へと押し返す。
「いりません、私が好きで作っただけですから」
「……うれしくないのか?」
「? はい、私は料理に関してはお金を求めておりませんでしたので」
驚愕した様子の彼に、首を傾げてしまう。それほど、驚くような事を言っただろうか。
私の一方的な善意に対価など必要はないと伝えたつもりだけど……
「どうかしましたか?」
「……すまない、動揺している。両親は俺に興味は示さなかったが、いつも金銭を渡せば喜んでくれていた。それが当たり前で、金さえあれば誰もが喜ぶと思っていたが、違うのだな」
その一言に、彼がどのように育てられてきたのか少しだけ想像が出来た。
金遣いの荒い前当主は借金苦に悩まされており。先立つものすらなく当主を継いだアウルムが一代で没落しかけたウィンソン家を立て直したのは、両親の期待に答えようという気持があったのかもしれない。
金銭の譲渡の対価が両親からの愛であれば、異常な程に損益にこだわる理由にも納得はいく。
「人を喜ばせるのは、決してお金だけではありませんよ」
「他に……何かあるのか?」
尋ねる彼だったが、言葉を遮るようにロイが応接間を覗き込む。
ひょこっと顔を出し、私へと視線を投げかける。
「おかしゃん。あそびたい~」
「えぇ。ロイ……今行くわ」
立ち上がり、アウルムへと視線を向ける。
問いかけの答えへと導くため。
「ロイと共に暮らす今なら、答えが分かるかもね」
「ロイ?」
「えぇ、お金の意味も知らぬあの子は……誰よりも人を喜ばせる方法を知っているはずよ」
呟く言葉は、彼が求める答えではない。されど、言葉で伝えようとも彼は納得しない。
純粋なロイから、何かを得て欲しい。そう思う気持ち呟きながら、私はロイの元へと歩みを進めた。
156
お気に入りに追加
3,055
あなたにおすすめの小説
あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します
矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜
言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。
お互いに気持ちは同じだと信じていたから。
それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。
『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』
サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。
愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~
矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。
隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。
周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。
※設定はゆるいです。

婚約破棄で見限られたもの
志位斗 茂家波
恋愛
‥‥‥ミアス・フォン・レーラ侯爵令嬢は、パスタリアン王国の王子から婚約破棄を言い渡され、ありもしない冤罪を言われ、彼女は国外へ追放されてしまう。
すでにその国を見限っていた彼女は、これ幸いとばかりに別の国でやりたかったことを始めるのだが‥‥‥
よくある婚約破棄ざまぁもの?思い付きと勢いだけでなぜか出来上がってしまった。
大好きなあなたを忘れる方法
山田ランチ
恋愛
あらすじ
王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。
魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。
登場人物
・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。
・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。
・イーライ 学園の園芸員。
クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。
・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。
・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。
・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。
・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。
・マイロ 17歳、メリベルの友人。
魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。
魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。
ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。

アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません
天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。
私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。
処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。
魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる