【完結】旦那様の愛人の子供は、私の愛し子です

なか

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22話

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 製作した洋服をアウルムが用意した馬車へと全て積み終える。
 百五十着。積み上げればその多さに感嘆の声が漏れてしまう。

「これだけ在庫を抱えても、直ぐに売れるだろうな」

 そう呟く彼の言葉通り、それから帰ってくる度に彼は売り上げがかなり好調だと知らせてくれる。
 いぬやねこ、トカゲなどをモチーフにした可愛いらしい洋服は以前の社交会と同様に、夫人方からかなりの高評価を頂いているらしく、あっという間に売れていくようだ。

「いやぁ……笑いが止まらんな!」

 すっかり、上機嫌なアウルムに釣られてロイも笑う。
 いつものように食卓に並んだ食事を食べつつ、対面に座るアウルムの一喜一憂にロイが真似っ子をしているのだ。

「あうるう、うれしの?」

「ん? あぁ、そうだな。この事業は大きな金脈だぞ。もっと稼げる!」

「きんみく~」

 話す内容は少し下衆なのに、ロイの抜けた言葉に私もアウルムも微笑みがこぼれてしまう。
 食卓に笑みを添えてくれるのは、いつだってロイだ。
 賑やかな食事を終え、一息ついた時にロイはアウルムの服の裾をちょいちょいと引く。

「ろいね~あうるうにわたしたいのあるよ」

「ん? なんだ」

「これ、おれい」

 お礼。そう言ってロイが手渡したのは小さな花だった。
 タンポポだ。貴重でもなく、庭に咲いていた花。だけど輝くような黄金色を放つ一輪。それをアウルムへ手渡して自信満々にロイは笑う。

「おかしゃんとろいに、しあわせつくってくれて。ありがと」

「っ」

 目を見開き、ロイからのタンポポを彼は大事そうに受け取る。
 その手は優しくて、慈しみを感じるほどに繊細だ。

「ろい、うれしかたよ。あうるう、ありがと」

「……あぁ、ありがとう。ロイ」

 短く、お礼を告げたアウルム。手渡して満足したのか、遊具で遊ぶと言って駆け出していくロイの背を見送り、私は視線をアウルムへと向ける。
 無表情のまま、タンポポを見つめる彼。一見して、喜んでいるようにはとても思えないだろう。
 だけど、その頬には小さな笑みが刻まれているのが、私には見えた。

「ロイ、人を喜ばせる天才でしょ?」

 言った言葉に、彼は一笑して答える。

「まぁ……そうだな。否定はしない。嬉しいものだな、金にならんというのに」

 紙で優しく包み込み、胸のポケットに大事そうに入れる彼。
 普段と口調は一切変わっていないというのに、嬉し気に声色は跳ねているように見えた。胸に入れたタンポポを見つめ、愛おしく無垢に微笑む彼に胸がうずく。

(……?)
 
 おかしな感覚に首をかしげるが、考えを遮るようにアウルムが私へと視線を移す。
 その瞳は、真剣な眼差しながらも今までの鋭い視線ではなかった。柔和な面立ちに心が和らぐ。

「ロイには、色々と教わった気がする。これだけの礼を頂けるとはな」

「喜んでくれたなら、良かった。ロイは……純粋に貴方にお礼をしてくれたわね」

「あぁ……商いだけに生きてきたが、嬉しいものだな。純粋な善意というのも」

 くしゃりと、屈託のない笑顔が向けられた時。胸が大きく鼓動するのが分かった。
 顔も……なんだか熱い気がする。彼の金色の瞳があまりにも柔らかくなって私を見つめるものだから、鼓動が高鳴る。

(なに、これ……?)

 初めての感覚にアタフタと言葉を返せずに視線を泳がせていると、私の肩をアウルムがポンと叩く。
 顔を上げると、黒髪が金色の瞳にかかりながら、妖艶な顔立ちに添えた笑みが私を見つめていた。

「また、礼をする。君とロイが喜ぶものをな」

 呟き、颯爽と去っていく彼の姿。
 態度や言動は変わっていない、なのに印象が変わった視線に胸が熱くなって収まらない。

「ね~ね~ おかしゃん、どしたの? おねつ?」

 気付けば、心配そうに私を見上げているロイ。心配ないと笑って首を横に振る。
 この気持ちの答えは少しは分かる。もうすっかり枯れていたはずの感情だったはずなのに、再び水を得て僅かにだけど花咲いた感情。だけど……この感情には蓋をしなくてはならない。

「大丈夫だよ、ロイ。おふろはいろうか」

「うん!」

 私は人妻、決してこのような感情を抱いてはならない。なによりも……親権を得る道では不要なものだ。
 蓋を閉じて、考えないようにしよう。

 ロイの母となるため、よそ見をする事は許されないのだから。


 離縁まで残り期間。
 二年と少し。
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