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27話
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翌朝、昨日の件でジェレドがまた何かを言ってくるかと思ったけど、彼は早朝から何処かへ出かけてしまったようだ。
大方、再婚相手の所だろう……
居ないなら好都合。ロイと私は気兼ねなく平穏を楽しむだけだ。
抱える苦悩も、今は何も考えずに時間を過ごしてもいいはずだ。
「おかさん、みて! おうち!」
自信満々に、積み木を重ねておうちを作ったロイへ、微笑みがこぼれる。
少し押せば倒れてしまいそうなおうちの横で、褒めて褒めてと視線を向けてくるロイがあまりにも可愛くて。
「上手よロイ。ロイならおしろも作れちゃいそうね」
「おしろ……ろい、おしろつくる!」
言うが早いか、絵本を持ち出して描かれているおしろを見ながらロイの建設作業が始まった。
ぺたりとお尻を付けて座る姿は、愛おしい。
ロイを見つめながら洋服を作っていると、恐ろしい程に作業は捗るのだ。
「凄いですねエレツィア様、ロイ君を見ている方が作業が早いですよ」
傍らで同じ作業をしていたカレンが目を丸くして驚いていたけど、私にとってロイを見る事は何よりも頭を冴えさせる事だ。驚く事じゃない。
「う? だれかきたよ?」
ふと、ロイが玄関の方へと視線を向ける。
何か聞こえたのだろうかと手を止めた時に、屋敷の使用人が部屋へとやって来た。
「エレツィア様。アウルム・ウィンソン様がお越しです。お会いしたいと……」
「アウルムが?」
ジェレドが居ないタイミングを見計らったのだろうか。
なんにせよ、出迎えなくては。
「客室へ案内して。私も直ぐに向かいます」
「承知いたしました」
「あうるうきたの?」
「そうね、ロイも一緒に来る?」
「うん!」
小さな手が私の手を握る。
ワクワクした様子のロイの姿は、彼は好いている事が分かって少しだけ嫉妬してしまう程だ。
客室へと向かうと、アウルムは珍しく無表情だった。
「お待たせしました。アウルム」
「いや、俺も急に来てすまない。連絡したいことがあってな」
「あうるうー!」
挨拶もほどほどに、ロイは走り出してアウルムの膝にちょこんと座る。
その光景に、アウルムでさえ驚いた様子だった。
「ロイ、少し前に会ったばかりだろ?」
「あうるう、あのいえだけにくるおもってたの」
なるほど、ロイにとってアウルムと会っていたのは前の屋敷。こちらの本邸に戻ると会えないと思っていたのだろう。幼いながらに別れを覚悟していたとは。
それに気付いたのか、アウルムはロイの頭を優しく撫でた。
「ロイ、またいつでも遊んでやるから、安心しろ」
「ほーと? ろいね、あうるうとあそぶのすきだよ」
「……俺もだ」
アウルムは笑みを浮かべながら、そっと私へと視線を向けた。
「この屋敷に帰ってきて、不満はないか?」
「相変わらず、問題は山積みです」
「……いつだって、相談は受け付けるからな」
琥珀のような金色の瞳が私を射貫き、凛々しい顔立ちが私へと優しく微笑む。
損益しか考えなかった彼の、純粋な気遣いが嬉しくて。鼓動が乱れてしまうのを深呼吸で抑える。
真っ直ぐな視線を向けてくる彼から視線を逸らし、答える。
「それで、今日はどうしたのですか? 洋服はまだ数が揃っておりませんよ?」
「あぁ、まずは報告だ。君が提案してくれた案通りに事が進んだ。ローレシア家から譲渡された土地で、洋服を作るための施設を建設予定だ」
彼の言葉に、ホッと一息つく。アウルムの屋敷から出たのは、このためだ。ロイを取り戻すために土地ぐらいは明け渡すと睨んでおり、それを利用して事業の拡大を狙ったのだ。より多く稼ぐため。
ジェレドが建設した別邸を三千万ギルの代替えとし、おこぼれの土地を利用させてもらった。
とはいえ、それが出来たのはアウルムの手腕が大きいのだけど……
そう考えていると、彼は言葉を続けた。
「それと、渡したい物があってな。君とロイが喜ぶ物だ」
なんだろうか。
尋ねようとした言葉を吞み込んでしまったのは、彼からの贈り物が見えたから。
「これ、君とロイに」
トランクからアウルムが取り出すのは、マフラーだった。
もこもこと暖かみのある繊維、拙いながらも仕上げたそれは、私とロイでお揃いの柄だった。
「アウルムが……編んだ……の?」
「あぁ、これから寒くなるからな。二人は風邪を引かぬよう俺からの贈り物だ。金以外を誰かに贈るのは、初めてだが……どうだ?」
どうだ……なんて。
抱く感情は、決まっている。
「あうるう! これ、ろいにくれるの!? やたー!」
「あぁ、自由に使ってくれ。ロイ」
ロイが喜々として、マフラーを顔にぐるぐると巻く姿を見る。その愛おしい笑顔を作ってくれたのは、アウルムだ。
その彼が私を伺い見ながら、珍しく不安そうな表情を見せていた。
「エレツィア……どうだ? 少し下手だっただろうか……」
駄目だ。駄目なのに。
「……嬉しい。嬉しいよ、アウルム。凄く、凄く……嬉しい」
そのマフラーは拙くて、糸もグダグダだ。
だけど、彼が不慣れながらも私とロイを喜ばせるために作った物だと思えば。暖かい感情が胸を満たす。
その思い、溢れた気持ちを声に出す。それが本音だったから。
「そうか……良かった!」
駄目……
貴方の屈託なくはにかむ顔。頬に刻まれた純粋な笑顔を可愛らしいとさえ思ってしまう。
私はまだ人の妻で、駄目だ……駄目なのに。『好き』だと想う感情を、胸に抱いてしまうのだ。
「……ありがとう、アウルム」
「あぁ、使ってくれ」
諦めていた感情。抱いてはいけない想い。
それを、私はアウルムに募らせている事を実感しながら。マフラーをギュッと胸に抱く。
「では俺は次の商談へ向かう。せわしなくてすまないな」
立ち上がった彼に思わず伸ばした腕、彼の袖を掴み。
気持ちが抑えられず、呟いてしまう。
「また……来てくれる?」
「っ……もちろん」
笑ってくれる彼に、心はホっとする。
「また、今度」と、言ってくれる彼に心が鼓動して。
アウルムの背を見つめながら、迷っていた心に覚悟が灯った。
私は、やはり離縁したい。
ロイと一緒に、自由になりたい。
諦めていたこの気持ちを……大切にしたいから。
大方、再婚相手の所だろう……
居ないなら好都合。ロイと私は気兼ねなく平穏を楽しむだけだ。
抱える苦悩も、今は何も考えずに時間を過ごしてもいいはずだ。
「おかさん、みて! おうち!」
自信満々に、積み木を重ねておうちを作ったロイへ、微笑みがこぼれる。
少し押せば倒れてしまいそうなおうちの横で、褒めて褒めてと視線を向けてくるロイがあまりにも可愛くて。
「上手よロイ。ロイならおしろも作れちゃいそうね」
「おしろ……ろい、おしろつくる!」
言うが早いか、絵本を持ち出して描かれているおしろを見ながらロイの建設作業が始まった。
ぺたりとお尻を付けて座る姿は、愛おしい。
ロイを見つめながら洋服を作っていると、恐ろしい程に作業は捗るのだ。
「凄いですねエレツィア様、ロイ君を見ている方が作業が早いですよ」
傍らで同じ作業をしていたカレンが目を丸くして驚いていたけど、私にとってロイを見る事は何よりも頭を冴えさせる事だ。驚く事じゃない。
「う? だれかきたよ?」
ふと、ロイが玄関の方へと視線を向ける。
何か聞こえたのだろうかと手を止めた時に、屋敷の使用人が部屋へとやって来た。
「エレツィア様。アウルム・ウィンソン様がお越しです。お会いしたいと……」
「アウルムが?」
ジェレドが居ないタイミングを見計らったのだろうか。
なんにせよ、出迎えなくては。
「客室へ案内して。私も直ぐに向かいます」
「承知いたしました」
「あうるうきたの?」
「そうね、ロイも一緒に来る?」
「うん!」
小さな手が私の手を握る。
ワクワクした様子のロイの姿は、彼は好いている事が分かって少しだけ嫉妬してしまう程だ。
客室へと向かうと、アウルムは珍しく無表情だった。
「お待たせしました。アウルム」
「いや、俺も急に来てすまない。連絡したいことがあってな」
「あうるうー!」
挨拶もほどほどに、ロイは走り出してアウルムの膝にちょこんと座る。
その光景に、アウルムでさえ驚いた様子だった。
「ロイ、少し前に会ったばかりだろ?」
「あうるう、あのいえだけにくるおもってたの」
なるほど、ロイにとってアウルムと会っていたのは前の屋敷。こちらの本邸に戻ると会えないと思っていたのだろう。幼いながらに別れを覚悟していたとは。
それに気付いたのか、アウルムはロイの頭を優しく撫でた。
「ロイ、またいつでも遊んでやるから、安心しろ」
「ほーと? ろいね、あうるうとあそぶのすきだよ」
「……俺もだ」
アウルムは笑みを浮かべながら、そっと私へと視線を向けた。
「この屋敷に帰ってきて、不満はないか?」
「相変わらず、問題は山積みです」
「……いつだって、相談は受け付けるからな」
琥珀のような金色の瞳が私を射貫き、凛々しい顔立ちが私へと優しく微笑む。
損益しか考えなかった彼の、純粋な気遣いが嬉しくて。鼓動が乱れてしまうのを深呼吸で抑える。
真っ直ぐな視線を向けてくる彼から視線を逸らし、答える。
「それで、今日はどうしたのですか? 洋服はまだ数が揃っておりませんよ?」
「あぁ、まずは報告だ。君が提案してくれた案通りに事が進んだ。ローレシア家から譲渡された土地で、洋服を作るための施設を建設予定だ」
彼の言葉に、ホッと一息つく。アウルムの屋敷から出たのは、このためだ。ロイを取り戻すために土地ぐらいは明け渡すと睨んでおり、それを利用して事業の拡大を狙ったのだ。より多く稼ぐため。
ジェレドが建設した別邸を三千万ギルの代替えとし、おこぼれの土地を利用させてもらった。
とはいえ、それが出来たのはアウルムの手腕が大きいのだけど……
そう考えていると、彼は言葉を続けた。
「それと、渡したい物があってな。君とロイが喜ぶ物だ」
なんだろうか。
尋ねようとした言葉を吞み込んでしまったのは、彼からの贈り物が見えたから。
「これ、君とロイに」
トランクからアウルムが取り出すのは、マフラーだった。
もこもこと暖かみのある繊維、拙いながらも仕上げたそれは、私とロイでお揃いの柄だった。
「アウルムが……編んだ……の?」
「あぁ、これから寒くなるからな。二人は風邪を引かぬよう俺からの贈り物だ。金以外を誰かに贈るのは、初めてだが……どうだ?」
どうだ……なんて。
抱く感情は、決まっている。
「あうるう! これ、ろいにくれるの!? やたー!」
「あぁ、自由に使ってくれ。ロイ」
ロイが喜々として、マフラーを顔にぐるぐると巻く姿を見る。その愛おしい笑顔を作ってくれたのは、アウルムだ。
その彼が私を伺い見ながら、珍しく不安そうな表情を見せていた。
「エレツィア……どうだ? 少し下手だっただろうか……」
駄目だ。駄目なのに。
「……嬉しい。嬉しいよ、アウルム。凄く、凄く……嬉しい」
そのマフラーは拙くて、糸もグダグダだ。
だけど、彼が不慣れながらも私とロイを喜ばせるために作った物だと思えば。暖かい感情が胸を満たす。
その思い、溢れた気持ちを声に出す。それが本音だったから。
「そうか……良かった!」
駄目……
貴方の屈託なくはにかむ顔。頬に刻まれた純粋な笑顔を可愛らしいとさえ思ってしまう。
私はまだ人の妻で、駄目だ……駄目なのに。『好き』だと想う感情を、胸に抱いてしまうのだ。
「……ありがとう、アウルム」
「あぁ、使ってくれ」
諦めていた感情。抱いてはいけない想い。
それを、私はアウルムに募らせている事を実感しながら。マフラーをギュッと胸に抱く。
「では俺は次の商談へ向かう。せわしなくてすまないな」
立ち上がった彼に思わず伸ばした腕、彼の袖を掴み。
気持ちが抑えられず、呟いてしまう。
「また……来てくれる?」
「っ……もちろん」
笑ってくれる彼に、心はホっとする。
「また、今度」と、言ってくれる彼に心が鼓動して。
アウルムの背を見つめながら、迷っていた心に覚悟が灯った。
私は、やはり離縁したい。
ロイと一緒に、自由になりたい。
諦めていたこの気持ちを……大切にしたいから。
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