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ほどけぬ糸⑥

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 父との話し合いを行なった翌日、俺は急くように早朝から屋敷を後にした。
 向かうのは、リエスの元だ。

 父は俺とエレツィアの婚姻関係の継続を望んでいたが、そんなのは間違っている。
 俺は愛する女性と添い遂げて、エレツィアは自由になる方がいい。ロイには血の繋がった父である俺と愛し合うリエスが母親になるべきだ。
 
 それが一番、純粋で歪みのないお互いの幸せのはずだ。

 だから、リエスを連れてロイに会いに行くべきだと思った。ロイがリエスと形だけでも親子の仲を取り繕えば父の考えも変わるかもしれない。 
 そう思って、愛する彼女の元へと向かったのだが……


   ◇◇◇


「リエス、扉を開けてくれ。どうか……話をさせてほしい」
 
「帰ってジェレド、貴方とはもう話をしたくない」

 玄関扉を隔てて、俺とリエスは顔すら合わせずに話し合う。
 いつもなら、花のように可憐な笑顔で出迎えてくれるリエスなのに、今日は冷たく突き放される。

「君に、今すぐにでもロイと会って欲しいんだ。頼む」

「うそつき」

「え?」

 言われた事を理解できず、言葉を失ってしまう。
 リエスはそんな俺を置いて、話を続けていく。

「貴方のお父上から文が届きました。これ以上、ジェレドと関係を続けるのは止めろと。貴方のご両親が納得しているなんて話は、ウソだったのね」

 その言葉に、全てを納得してしまった。
 父は本気で、俺とエレツィアが婚姻関係を続ける事を望んでいるのだ。子爵家といえど、リエスはマカドニア家の令嬢。そんな彼女を父が責めれば、当然関係は途絶えるしかない。
 もはや俺を当主に見据えていない父は、情話で問題を起こされる前に対処を図ったのだ。

「待ってくれリエス。違う、少し状況が変わったんだ、説得するためにもロイと会って欲しい!」

「そうやって、期待を持たせて……私が母になりたい願望を利用して、遊んでいたのよね?」

「違う! 俺は本気で君を愛して……」

 駄目だ、ようやく……本当の幸せを手に入れるはずだったのに。
 失うのは嫌だ。俺を愛してくれる彼女がいなければ、俺は何を支えに生きていけばいい。

「お願いだ。まずは顔を見せてくれリエス。ロイと会おう!」

「私は……母になりたかったの、だから貴方と一緒になると決めたのに、ご両親が認めてくれないのなら、無理だよ……」

「リエ––」

「帰って! もう、私は……貴方の言葉が信じられないよ。もう、嫌だ……」

 初めて聞いた、彼女の叫び。隔たりとなった玄関扉の向こう側から、彼女の気配が消えてしまう。
 いくら彼女の名を呼んでも、もう答えてくれる事はなく。
 愛を求めても、愛してくれた彼女と会う事さえ出来ない。

「リ……エス……」

 同じだ。
 かつて、関係を持った侍女のミアナと同じ結末を俺は迎えている。愛していたはずなのに、俺の犯した過ちによって、手元から消えてゆく。残るのは、俺だけ。
 流れた涙、空からは今の俺を馬鹿にするように土砂降りの雨が降り始める。

 夢見ていた未来は消えて、抱いていた希望は無くなった。
 愛するリエスと家族になる事は、叶わないのだ。

「……」

 もはや、全てを失った。
 ローレシア家の当主としての座も、愛する人も……俺には何が残っている?
 こんな俺に……
















































『私も、貴方を幸せにすると誓います』


「っ」

 こんな時に思い出すのは、結婚式の日にエレツィアが言ってくれた言葉。
 ウェディングドレスに身を包み、微笑んだ彼女の姿。

(そうだ。俺には……彼女とロイが残っているじゃないか)

 俺も、一度はエレツィアを愛すると決めていた。
 自身の過ちの罪悪感から遠ざかっていたが、今こそ……父が望む婚姻関係のためにも、俺とエレツィアが愛し合う関係になれないだろうか? 

 なぜ気付かなかったのだろう。それが最も最善じゃないか。

 血の繋がった俺とロイ。
 ロイを愛するエレツィア。
 足りないのは、俺とエレツィアの愛情のみ。
 ミアナとリエスは俺から離れたが、エレツィアは今も身近にいる。

 そうだ、今度こそ。
 今こそ。

「エレツィア……俺は君を」

 罪悪感など、気にするのはやめよう。
 今はエレツィアと向きあって少しでも関係を改善していくべきだ。それがロイのためにもなる。
 エレツィアと、家族になる。それが最善だ。

 きっと分かり合えるはず。

 


 彼女は、俺の孤独感を埋めてくれるはずだ。


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