【完結】旦那様の愛人の子供は、私の愛し子です

なか

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ほどけぬ糸⑤

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 きめ細かな、彼女の紅色の髪を撫でて心を落ち着かせる事に努める。しかし、彼女はその心の平穏を許してくれない。

「ねぇ、ジェレド……ロイ君とはいつ会わせてくれるの!?」

「リエス、言っただろ。採掘事業が頓挫して難しくなったんだ。今は待ってくれないか?」

「一体いつまで待っていたらいいのよ! 私は早く会いたいのに……」

 荒げた声に、心臓の鼓動はドクリと跳ね上がる。彼女が声高く叫ぶ事など初めての事で、冷えた汗が背中を伝うのを感じた。

「ずっと、ずっと……会わせてくれるって約束だったじゃない!」

「分かってくれ、俺だって君にロイを会わせたいよ。でも、君と一緒に住む邸の建設費用で、フローレンス家は大変で」

「私が悪いって言っているの? 私は建てて欲しいなんて頼んでない!」

「ち、違っ」

 そんなつもりはないのに。
 気持ちが沈み、感情が高ぶった彼女には何を言っても真意を分かってもらえない。

「もう帰って!」

「リエス、落ち着いてくれ。俺は、君と一緒にいたいんだ。安心したいんだよ」

「私だって、ロイ君と会って……母になる実感が欲しいの! 貴方といれば、母になれると思ってたのに……もう帰ってよ!」

 叫ぶ彼女に押されて、大人しく部屋の扉へと手をかける。

「リエス、俺は君を愛してる。必ずロイと会わせる、だから今は待っていて欲しい」

「待って欲しい? 私と会う事さえ出来ない息子は本当に貴方の子なの?」

 問われ、言葉を返せない。
 ロイについて知っている事も、父である実感もない俺には、答えが出るはずもなかった。

「また来る」

 それだけを言い残し、リエスの屋敷を去っていく。励ましてくれる者は再び居なくなり、久方ぶりに訪れた耐え難い孤独感が、胸を締め付けて涙がとめどなくこぼれてしまう。

 俺とリエスを結び付けるロイは、今は居ない。
 出来ることは屋敷を一刻も早く取り戻す事だ。
 しかし、俺に出来ることなどなく。今は父が資金を集めるのを、待つ事しかできない。
 
 そんな自分に、ため息が漏れ出た。


   ◇◇◇


 フローレンス邸の応接間、来訪者が提示した話に、隣に座っていた父がゴクリと喉を鳴らす。
 その瞳は提示された話の真偽を疑っているようにさえ見えた。

「ほ、本当に……良いのですか? 屋敷を取り戻す大金を工面してくださるなど……」

「もちろん。今回の件、俺が判断を見誤ったせいだ」

 頷くのは、ウィンソン伯爵家当主。殿。

 鉱脈事業の発案者であり、此度の件で最も迷惑をおかけした方。なのに、彼はフローレンス家がエレツィアが手放した屋敷を求めている事を聞きつけ、謝罪のために費用を工面をしてくれると言うのだ。
 破格の提案。それを遠慮出来る程の余裕を俺は持ち合わせておらず、頭を下げる。

「本当に……ありがとうございます。俺の失態なのに」

「いえ、信用していた俺にも悪い部分はある」

 言葉には、若干の辛辣さを感じはした。しかし、些事な事を気にしている余裕はない。
 
「それで……屋敷は、いつ取り戻せますか?」

「ジェレド殿、何もなく援助するのは流石に体裁が悪い。こちらも幾つかの対価を求めたい」

 今回の件、事業の損失で生じた大金を理由もなく補填したとなれば、各家と商いをしているアウルム殿にとって都合の悪い事が多いのだろう。
 隣に座る父もそれが分かっていたようで「なにを求めますか?」とためらう事もなく尋ねた。

「求めるのは、ジェレド殿が建てた別邸。そしてフローレンス家が保有する土地です」

 父に返答した彼に、驚きを隠せない。
 地図を広げて示す彼が欲しい土地は、荒れた土地で扱いに困っていたために問題は然程は無い。しかし、俺が建てた別邸は別だ。

 事業の予算から横領した前金、建設費。全てを合算すれば五千万ギル程かかったのだ。
 土地同様に扱いに苦慮していたとはいえ、此度の対価に引き渡すには釣り合っていない。

「そ、それは……」

「分かった。ウィンソン伯の提案を受け入れよう」

 俺の迷いに反し、父の判断は早かった。

「父上、これはあまりに」

「ジェレド……従え。今は一刻も早く、子が帰る環境を取り戻す事が優先だ」

 次期当主にロイを見据える父にとって、あの邸は必要もないのだろう。
 今や優先順位がロイ第一になった父を説得できる器量が俺にあるはずもなく。父同様にアウルム殿へ頷きで返答をする。

「では、契約成立という事で。ジェレド殿、奥様とお子が今は他家に世話になっているとお聞きした。そして、貴方が子にした行為についても」

 微笑みを浮かべ、気遣いの言葉をくれるアウルム殿。
 そんな彼に、どこまで知っているのだ? と疑問が生まれてしまう。
 しかし、疑心など向ければ此度の件が取り止めの可能性がある。機嫌を損ねぬよう注意を払いつつ、尋ねた。

「アウルム殿には、本当に……感謝しております。しかし……どうしてそこまでご存知で?」

「他家のお家事情とは、益になるか調べているので」

 その言葉に、ストンと疑心が腑に落ちた。
 確かに、彼はこちらの家事情を知っており、それを利用して邸を手に入れ、土地まで受領した。
 益になるため、こちらの事情をくまなく知るのは当然なのかもしれない。
  
 敵や味方などという関係よりも、分かりやすく単純な行動理念だ。

「なるほど、すみません。不必要な質問でした」

「いえ、お家事情を利用したようで申し訳ない。それと……一つ言っておきましょう。貴方の妻は大きな事業を起こしており、すでに名家の方々に気に入られている。くれぐれも、彼女とその子供の気分を害す行為だけは避けるように……ローレシア家の信頼を落としますよ」

「ほ、本当ですか?」

「えぇ、公家の方々にも気に入られてますから。そんな彼女を害したとなれば、どうなるか想像できますね?」

 脅すような彼の言葉に、ゴクリと喉を鳴らしてしまう。エレツィアが……名家に信頼されている。
 そうなれば、ロイを簡単に連れて行く事も叶わないではないか。

 戸惑う俺をよそに……話し合いは順調に進む。
 こうして無事に、エレツィアが手放した屋敷は返ってきた。
 
 しかし、ロイが帰ってくればリエスとの仲もどうにかなると思ったが。
 エレツィアが築き上げた立場により、ロイへ手出しすることが許されなかった。
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