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23話

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 『ディア。チャイルド』の販売は、瞬く間に売れる勢いに製造が追いつきそうにもない。その人気ぶりに都度、報告にやって来るアウルムの笑顔は回数を重ねる毎に頬が吊り上がっていくようにさえ見えた。

「エレツィア、喜べ。洋服はすでに八十着が売れたぞ。特に君が一度社交会で見せた犬の洋服は飛ぶように売れた。すでに在庫切れで要望の声が多い」

 あの時、ロイの可愛さが重なってアピール出来たのは抜群の効果だった。華やかな社交会にそぐわないと言われる可能性もあったが、想像よりも夫人達にロイの可愛さが刺さったのだろう。
 まぁ、ロイの可愛さなら当然だけど……と、誰に対してか分からぬ自慢で胸を張る。

「聞いているのか?」

「っ!! ご、ごめん。ロイについて考えていたら、迷走していたわ」

 アウルムの当然の心配に、慌てて平然を取り繕う。どうやら私自身も相当舞い上がっていたようだ。
 しかし、浮ついた気持ちを更に空に羽ばたかせるような報告がアウルムより聞かされた。

「他国の高位貴族方も偉く気にいったようでな。交易も約束してくれた」

「それは……本当に良かったです」
 
 『ディア・チャイルド』の好調な滑り出しに、自然と頬が緩む。
 同時に、他国にさえ交易の伝手を持つアウルムの才腕には羨望を抱く。

「とりあえず、これが売上だ。受け取ってくれ」

 ドンっと置かれたのは、六百万ギルもの大金。売れた品数が八十に対してこの額は、あまりにも破格な高額である。その重々しさに目を瞠り、問いかけがこぼれる。

「一着が数万の仕入れだったはずです、八十着だけでこの額は……」

「正直に言って、品数が少ない現状は需要に間に合わず額が高騰している。一着を二十万ギルで買い取る夫人までいてな」

「それは……大丈夫なのですか?」

「良くはない。品薄状態で販売を続ければいずれ信用を失う。一刻も早く適正価格で売買できるよう、引き続き衣服の作製を頼みたい」

 六百万ギルという重み、それは多くの夫人達からの期待でもある。早く作れと言われているようで、尻に火が付いてでも仕上げていく必要がありそうだ。

「引き続き、数を揃えていきますね」

「あぁ、よろしく頼んだ」

 いつも通り、定期的な報告を済ませて一息ついた時。応接間の扉が小さく開き、可愛らしい頭がひょっこりと覗く。その姿を見て、私は頬がほころぶのを止められない。

「ロイ、どうしたの?」

「おかしゃん、おはなしおわり?」

「ええ、終わったよ」

「すまないな、ロイ。君の母を独占してしまっていた」

 アウルムはロイを軽々と抱き上げ、その頭を優しく撫でながら私へと抱き渡す。
 手付きは優しく、慈しみさえ感じる視線を彼はロイへと向けた。

「あうるう、あそんで~」

「アウルム、だ。いいぞ、なにがしたい?」

「おえかき!」

 アウルムは商いが好調な事も相まってか、よくロイの相手をしてくれている。益か損の二択で生きていた彼が、ロイに見せる笑みは純粋で、その姿に親しみを抱いてしまう。

「おかしゃんと、あうるうの、おかお~」

「うまいじゃないか、将来は画家だな。今のうちにサインをもらっておこうか」

 暖かな陽光が窓から降り注ぐ中、笑顔で世辞をのべるアウルムと、ロイの走らせるクレヨン。それを見つめて思うのは、この穏やかな時がずっと続いて欲しいという願い。

 ロイの親権を得る、その日まで穏やかに過ごしたいのが本音だ。

 しかし、当然ながら。
 私達の平穏が終わる期限は、刻一刻と迫っていた。


   ◇◇◇


 ロイが寝入った夜。
 呼び出したアウルムは、開口一番に頭を下げた。

「急に呼び立てて、すまないな」

「いえ、何がありましたか?」

「実は、ローレシア家が本格的に屋敷を買い戻すために資金を集めている情報が入った。残された期間は、もって三週間だろう」

「そ……うですか」

 予想はしていた事だ。ローレシア家にとって私達の居場所が分からぬ現状は引き伸ばしたくない。
 だからこそ、こうなると思っていた。

「いっその事、俺が屋敷を買い取る事も考えたのだがな」

「え?」

「だが、それを行えばローレシア家は本気で君を探す。対象は必ず買い取った俺であり、匿っている事を隠し通す事は難しくなる。今後、ロイの件でもめる際、別の男と共に住んでいたのでは都合が悪い」

 彼はそう言って、頭を下げた。

「すまない、俺に出来るのはここまでだ」

 悔しそうな表情に、心が痛む。
 彼は充分に私達に幸せをくれた。
 見つかれば問題になるというのに、人妻でもある私を匿ってくれた……契約期間以上の平穏をくれたのだ。責める理由などない。

「いえ、貴方は充分私達との契約を果たしてくれてました」

 彼は約束通りに私とロイに平穏をくれた。充分だ。


 だが、今の状況のままではいられない。
  
 私の最終目標はロイの親権を得ること。
 そのためには一億ギルの資産が必要。
 だから、この状況を利用すべき……

 そして、こうなる事を私は予期して。一矢報いる方法を考えていた。
 
「アウルム、私はこの事業を大きくしたいと思っています」

「それには俺も賛成だが、考えがあるのか?」

 彼が与えてくれた平穏な時間で考え抜いた策略、それを話す時がきた。

「アウルムにはあの屋敷を買い取る資金を、ジェレドへ提供して欲しいのです」

 当然ながら、理解できないといった様子の彼へ私の真意を聞かせていく。考え抜いた策と、今後の展望。
 それらを明かせば、彼の表情が納得に満ちた笑みに変わる。

「……確かに、その方法は多くの利益となる」

「お願いできますか?」

「分かった。ロイへの手出しも出来ぬよう、脅しておこう。だが……君の気持ちは大丈夫なのか?」

 尋ねる彼の言葉に、思わず笑みが溢れてしまう。
 最初の出会いとは違って、彼が私を心配してくれる事が嬉しい。

「心配、してくれるの?」

「もちろんだ。礼が、まだ出来ていないだろ……」

 その言葉に胸がグッと熱くなって鼓動は高鳴る。
 気持ちを押し込め、私はぎこちない笑みを浮かべた。

「っ……ありがとう。でも、必要な事だから。このまま、ただ彼らに屋敷を買い戻されるなら一矢報いたい。こちらの資産を増やしたいの」

「……分かった。だが、辛くなれば頼れ、君は手放せぬ商売相手だから」

 私の肩を叩いて笑ってくれる。
 その美麗な微笑みは魅力的で、帰りたくないと思う気持ちが溢れる。
 だけど、閉じ込める。

 ロイの親権のため、この気持ちに現を抜かして止まる訳にはいかない。
 一億ギルという大金は、苦労無くして届く額ではないのだから。


   ◇◇◇


 その後、アウルムとの関係を隠すため、私はテルモンド家に世話になった事実を繕った。
 十日後にはアウルムがを進めてくれた事を聞いて、帰り支度を整える。

「おかしゃん~~おうち、帰るの?」

「大丈夫。もうロイが不安に思う事はないからね」

「うん? ロイはおかしゃんといっしょなら、だいじょぶだよ」

 胸が熱くなる。
 絶対に、ロイは守ってみせる。
 再度誓った想いを抱き。まだ小さなロイの手を繋いで共に歩く。 
 
 諦めていた家族の姿を体験できた。今の私にはそれで充分だ。
 絶対に、ロイは手放さない。守り通してみせる。
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